呆れて告げるは不満と不服
◆◇◆◇◆
宿屋の窓から飛び出した俺を待っていたのは数人の襲撃者だった。その中に見知った顔が二つ?エルドロとあの商会長だった
逃走の足を止めた俺に商会長は声を上げた
「なんだ!?何か落ちてきたぞ」
「アビーク様、下がって下さい」
エルドロが商会長を庇うように前に出た。俺は外套の被り物を外し、彼らと対峙した
「エルドロさんお久しぶりですねぇ
それに商会長さんも…えっと
お名前は何でしたっけ?そういえば
名乗ってもいらっしゃらなかったですね」
『交渉術』より
挨拶や名乗りは交渉の第一歩だ。友好的であることの表現で最も短く済む方法だ。このまま逃げても良かったが俺の中で確認したいことができたので口を利くことに決めたのだ
「アーツさんお久しぶりです」
「エルドロ、何を躊躇している!
奴を早く殺せ!」
声色が幼い商会長は素人同然だが、エルドロは違った。奴隷商としての経験が豊富であろうことは、俺が名乗ったことで攻撃を躊躇している様子から窺えた
なぜこの商会長?ごときに付き従っているのか、甚だ疑問だ
「ですが、アビーク様」
「いいから!早くしろ!命令だ!」
エルドロは鞭を構えたが、攻撃を仕掛けてくる気配はない。俺が逃げれば、彼らは追うしかない。そうなれば、エルドロの所属する商会は信用問題へと発展して潰れるだろう
だからこそ、エルドロは敵対する意思を明確にせず、攻撃を仕掛けない。俺が彼らを見て立ち止まった理由を察した上での、賢明な判断だ
「アーツさん、契約証明書を
渡してくれませんか?」
「なぜ?」
『混乱鎮静・自問自答』より
本当に狙いは何だろうか?シズクの契約証明書を渡すことは、正直なところ俺にとって大きな損失ではない。しかし、この執着様は商会長がそれを欲しがる理由が単なる金銭や奴隷としての価値ではないことが窺える
よしんばそうではないとして、俺の契約に提示した金貨50枚が目的だろうか?あれは一朝一夕で貯まるものではない。貯めた俺自身がそれをよく知っている。それを《ポン》と出せるというのは商会長にとって俺の財産が奪うだけの価値があるものに見えたのだろうか
あるいは、エリアだろうか。彼女は歳若く、見た目も良い、伸びしろもあるため、仮に奴隷として教育するなら白金貨に迫る価値がある《原石》だろう。しかし、この線は薄い。何しろ身辺調査の末に踏み切ったのだとしたら早すぎるのだ
だからこそ《何故》となる。シズクに執着し、俺を亡き者にしようと躍起になるアビークの真意が
「あれは、そもそも
商品ではなかったのです」
俺があれこれ考え込んでいるとエルドロが不意に話し始めた。商品ではないとはどういう意味なのだろうか
「というと?」
「おい!エルドロ!」
「正直に話すしかないでしょう。アビーク様」
商会長?アビークと呼ばれている男の狼狽えは尋常ではない様子を見せていた
◆◇◆◇◆
「シズクは、この方
商会長のご子息の個人資産だったのです」
「は?」
「それというのも先日のあの騒動は私が
シズクを教育するにあたって
貨物運搬教育中に起きた事故なのです」
『状況整理』より
事故の概要───それはアビークの個人資産であるシズクが教育中に倒れ、それをアルトラが保護したことでエルドロとアルトラが暴力による衝突を引き起こしかねなかった一件へと発展したのだ
「なので、その…」
「ふぅん」
「話しただろ
分かったなら早く返して貰いたい」
なるほど、合点がいった。このアビーク共の脳内には脳みそ以外のものが詰まっていそうだ。とどのつまり愚か者だ
「でも契約は締結している
今更取り消したいと言われてもな」
「違う!それは父が勝手にしたことだ
俺には関係ない」
「アビーク様、あまり前に出られては」
この手の輩の相手は面倒だ。そもそもが初手に突っぱねれば良かったのだ。交渉の席に着いた時点であれは誰がなんと言おうともあの時点で《商品》として成立したのだ
『予想』より
大方シズクの価値を知ってか知らずか、己の偉大さを誇示するためにわざと値札をつけたのだろう。それがあれよあれよと交渉締結となり、周りまわってこの暴挙
救いようがない
結果として俺はそれに金銭を払い身元を引き受けた。それが証明書として残っている。それを夜にやってきて渡せだの放棄しろだのとあまりに身勝手が過ぎないか?
まぁ、条件次第では証明書の破棄もやぶさかではないがコイツらには無理だろうが…聞くだけ聞くか
「時にシズクを身受けした後
どうする気だ?」
「何ってお前には関係ないだろ」
『心情看破』より
この問いに対しアビークは小さな声で解答を拒絶した。誰が見ても分かる下心を全面に出す笑顔と共に、この時点で俺はシズクを渡す気が完全に失せた
「アーツさん、シズクは
私が改めて教育をし
アビーク様の元で奉仕人として
役に立つのです」
「…」
「なのでどうか」
「そうだな
無理、帰れ」
「えぇ…い、今なんと」
「無理、分かる?嫌だってこと
拒否してるの、受領不可
交渉決裂、返さないってこと」
「な、何故」
『人狼の知識』より
人狼は分流種の中でも人類の歴史に現れないことで有名だ。そもそも現れたとしても敵対とすることが多い危険な種族と言える。しかし、味方でなかった訳ではない
そして人狼が味方として参戦する戦争の文献では《かの種族》は決まってその命が消え行くその瞬間まで他の種族が命欲しさに裏切り寝返ろうとも相手に食らいつき共に散る覚悟を持ち続けた忠誠心溢れる種族なのだ
その忠誠を踏み躙ることを今、コイツらは彼女の身体にし、これからもしようとして居る。その裏にどんな意図があろうともこの苛立ちは《本物》だ
「わからないか?
それが分からないからこう言ってんだよ
帰れ、俺は飯を食いに行くんだよ」
『ジパルハザードの厄毒耐性』を獲得しました




