人狼の幼体《シズク》ー3
◆◇◆◇◆
契約証明書と《幾つかの薬草》を持って宿屋へと戻った。軋む板材の音を耳に受けながら上階へと向かう道すがら、ふと見上げた通路の先に部屋の外に顔を覗かせるエリアの顔が見えた
「今戻りました」
俺はエリアに向けて声を掛けたが返事はなく、エリアは顔を引っ込めていなくなった
「…?」
俺は不思議に思いつつ件の部屋の前に着くと、先ほどまで開いていた扉が閉じていることに気がついた。つい先程までエリアが顔の上半分を覗かせていたのだが───気にするだけ野暮なのだろうか
そう考えながら扉を叩いた
「帰りました」
再び声を掛けてみたものの返事はなかった。閉じられた扉の前で不思議に思いつつドアノブに手を掛けて中へ入ろうと捻るも、中に入ることができず待ち惚けを受けた
「エリア?」
三度声を掛けるが返事がない
「…」
『探索』より
聞き耳と気配察知で扉の先を確認した。扉に鍵が掛けられている。離れた位置に呼吸音がひとつ、布スレの音がひとり分、気配もひとつだけ
これはおかしい。明らかな変化に俺は急いで『開錠』をして扉を開けた
「エリア!」
扉が開いた瞬間、俺は部屋へと押し入った
「アーツ!?」
「シズクの容態は!」
俺は最初、シズクが死に瀕していると思い、中へと急いで入ったのだが、そこに居たのはエリアだけだった。心配する俺の言葉に、エリアは不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向いた
「エリア?シズク…あの娘は?」
「誰?意味不明」
「いや、ここに寝てただろ
お前に面倒を見ろって」
俺はエリアを問い詰めるべく肩に手を置こうとしたが、彼女はそれをかわした
「不明、そんな子知らない
アーツこそ、何を買ってきたの?」
「は?いや薬草を買うために
出かけるって言っただろ」
「無駄、浪費」
エリアは頬を膨らませ、俺の持っている契約証明書と薬草を指差してそう言った
「あのな」
俺はエリアの顔を覗き込んだ。彼女は視線を合わせようとしない。そんな中
「…」
額から頬をなぞって落ちていく汗に微風が吹き涼しさを受けた。開け放たれている窓。俺はそこに残る《爪の痕》が目につき、急いで窓の外に顔を突き出し『目星』『移動術・応用』『予測』を使い
「居た…」
《脱走》───シズクはこの一室から逃げ出していた。エリアは怯えた様子を見せていたが途端に涙を浮かべると喚き始めた
「不明、不明、不明
知らない!知らない!知らない!
アーツのバカ!バカバカ!バカ!」
「…」
エリアがひとしきり俺を罵倒すると部屋の隅で丸くなり、背中を向けてしまった。その姿は、まるで隠し事をしている子供そのものだった
「…ガキかよ」
「うぅ」
今問題なのは脱走していることではない。《結合分離薬》しか投与していないことだ
彼女の容態が良くなる可能性は極めて低い。自然治癒力が低下している今、無茶な運動を続ければ最悪全身の血管に血栓ができ、四肢が腐るだけじゃ済まなくなる。エリアに構っている暇はない
「エリア、お前は綺麗な水を用意していろ」
俺はエリアに背を向け、部屋の窓に足を掛けた
「俺はあいつを連れ戻す」
俺はエリアに指示を言い残し、窓から見えたシズクの亜麻色の髪に向けて『移動術』『脚力強化』などで窓から飛び出し、後を追うことを先決した




