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94. 伝送魔法の汚名と、宿の夜

「実は馬車なんて使ってないんですよ。」


俺は彼女たちを見ながら、笑って言った。


「転送魔法を習得した身ですから、もちろん直接リック郡の海辺まで飛んだんです。馬車は揺れる上に遅いし、お尻が痛くてたまらない。わざわざあんな苦行を受ける気なんてさらさらないわ。」


「え? 転送魔法? すごい!」


チャーリーが目を丸くする。ニーナも顔を上げ、瞳に好奇心を宿らせている。


—— ところがその時。


ずっと俺の傍らで静かに座っていたユーナが、ふわりと軽い口調で横から水を差してきた。


「まあ、転送先の誤差がひどくて、私たちをいきなり湖の中に放り込んじゃったんですけどね。あの時、小姐は思い切り水を飲み込んでむせていましたよ。」


俺は一瞬で固まった。


すぐさまユーナの方を振り向いて、鋭く睨みつける。


手を伸ばして彼女の頬をぷにっとつまみ、そっとひとひねりする。歯を食いしばって言う。


「ユーナ! よくも私の立場を崩してくれましたね! あの時は『大丈夫ですよ』なんて言ってたくせに。本心では気にしてないふりをして、こんな場で私を笑い話にするつもりだったの?」


頬をつまされたユーナは、ぷっくり頬を膨らませる。


それでも怒る様子もなく、むしろ笑みを浮かべて言う。


「小姐、私はただ本当のことを言っただけですよ。それに、あの時水にむせていた顔は、とても可愛らしかったですもん。」


その声は柔らかく、どこか甘えるような雰囲気が滲んでいて —— 俺もこれ以上つまみ続けるのは忍びなくなり、渋々手を離した。


呆れた眼差しでもう一度睨んで、その場は流すことにした。


チャーリーとニーナはユーナの暴露話を聞いて、腰を曲げるほど笑い転げていた。


あまりの爆笑ぶりに、俺もつられて思わず吹き出した。


「ぷっ……!」


その後、俺はクラーケン討伐の顛末をざっくりと話して聞かせた。


一時間ほど語り合ったところで、ふと窓の外の空を眺めると —— 太陽はすでに西に傾き、空の果ては淡いオレンジ色に染まっていた。


胸に焦りが走る。


「そろそろおしまいにしましょう。二人も早く帰宅したほうがいいわ。」


チャーリーとニーナがきょとんと俺を見つめる。「どうしたの? もう少し話してもいいじゃない。」


「だめなの。」


俺は首を振り、慌てた口調で続ける。


「こんなに長く話し込んでいたら、邸の使用人に目をつけられるし、母上に私たちが以前から知り合いだとバレたら台無しになる。


それに、今からアムニット城まで戻ると一時間はかかる。夜道は危険だから、暗くなる前に出発したほうが無難よ。」


二人は顔を見合わせ、俺の懸念を察してうなずいた。


立ち上がって言う。


「わかった、じゃあ今日はここまでにしよう。また機会があればゆっくりおしゃべりしましょう。」


俺も立ち上がり、二人を部屋の入り口まで見送る。「道中、十分気をつけてね」と念を押し、ユーナに従って歩き去る後ろ姿を見届けた。


廊下の奥に二人の影が消えた瞬間、俺はドアを閉め、再びソファにもたれて身を沈める。


胸の奥に、ほんのりと名残惜しい気持ちが漂う。


あと数日もすれば、アムニット学院に戻って学生生活が再開する。


煩わしい礼儀の授業から一時的に解放され、同年代の仲間たちと日々授業を受け、おしゃべりし、はしゃぎ、思い切り青春を謳歌できる —— そう思うだけで、気持ちまで弾んでくる。


何しろ魂はすでに三十路の中年人間である俺にとって、受験のプレッシャーもなく、人間関係の腹の探り合いもなく、ありのままに青春を過ごせる学院生活は、心から憧れるものだ。


前世では決して手に入らなかった、自由で純粋な日々。


受験という重圧がないだけで、学校はこの上なく楽しい場所になる。


時はあっという間に過ぎ、気がつけば新学期の前日になっていた。


その朝、休暇の最後の礼儀の授業を終えた。


相変わらず体はくたびれているが、「これで最後」と思うだけで不思議と力が湧き、普段よりも姿勢をきちんと保てた。


父上と母上に挨拶を済ませ、俺はユーナと共に馬車に乗り込み、アムニット城へと向かった。


馬車はがたがた揺れながら進み、二時間ほどかけてようやくアムニット城に到着した。


俺とユーナは馬車を降り、以前借りていた部屋のある建物へと歩いた。


かつて俺に部屋を貸してくれたオリバー商会はすでに廃業している。


だがこの物件を引き継いで管理しているのは、母上が統括し、俺の名を冠したクローディア商会だ。


所有権はオリバー商会から我が商会へ移転済みなので、引っ越すことなくこのまま住み続けられる。


ただし、物件の名義はクローディア商会であり、個人ではないため、入居者として俺は商会と賃貸契約を結ぶ必要がある。


もちろん家賃は月に銅貨一枚という、形式だけのものだ。


—— ところが扉を開けた瞬間、俺は思わず目を見張った。


一ヶ月以上手入れをしていなかった部屋の中は、あちこちに埃が積もっていた。テーブルの上も椅子の上もベッドの上も、一面に薄い灰色の埃の膜が覆っている。


窓ガラスもくすんで曇り、日差しもまともに差し込まない。部屋の隅にはクモの巣まで張り、全体がくすんで乱雑で、足を踏み入れる気も失せる。


俺は眉をひそめ、心の中でため息をついた。


水魔法を使えばすぐに掃除は済むし、手間も大してかからない。


だが今はもう夕方で空は暗みを増している上、馬車の長旅で体も疲れ切っており、今から掃除をする元気など残っていなかった。


「ユーナ。」


俺はユーナの方を振り返り、諦めたような口調で言う。


「今日はもう遅いから掃除は後にしよう。近くの宿を探して一晩泊まり、明日の朝一番に戻って片付けることにしましょう。」


ユーナはうなずき、優しい眼差しで俺を見る。「わかりました、小姐、おっしゃる通りにいたします。」


俺たちはドアを閉め、近くの通りへと歩き出した。


見た目がまあ清潔そうな小さな宿を一軒見つけ、中に入る。


ロビーは質素で、古い木製のテーブルと椅子が数脚置かれているだけだ。


カウンターの奥には四十代後半くらいの女店主が座り、無表情でカウンターを拭いていた。


俺はカウンターの前まで進み、そっとノックして声をかける。


「すみません、ツインルームを一部屋お願いしたいのですが。朝食と夕食は不要で、一泊おいくらですか?」


そう言いながら、空間手環から銀貨を一枚取り出してカウンターに置く。


女店主は顔を上げ、俺を上から下まで眺め、続いて隣のユーナにも視線を向ける。


どこか品定めをするような眼つきだ。


それからカウンターの銀貨を手に取り、指で弾いてじっくり真贋を確かめる。


本物だと確認すると、引き出しから真鍮の鍵を取り出してカウンターに置いた。


鍵には小さな木札がついており、「二階 203 号」と刻まれている。


「ツインルームは一泊銅貨二十枚。朝夕の食事は含まない。」


女店主の口調はそっけなく、余計な言葉はない。


さらに引き出しを開け、銅貨を一枚ずつ丁寧に数えて、俺に渡す。


「銀貨一枚は銅貨百枚分。二十枚を頂くので、おつりは八十枚。数えてご確認ください。」


俺は山のような銅貨を受け取る。ずっしりと重い。


空間手環があって本当に助かる。そのままするりと手環に収める。


もしこれがなければ、この銅貨の山を抱えて歩くのは大変な手間だったろう。


俺は女店主に軽くうなずく。


「確認は結構です。ありがとうございます。」


女店主は手を軽く振ると、再び視線を落としてカウンターを拭き始め、それ以上は何も語らない。


俺とユーナは鍵を受け取り、階段を上って二階へ向かう。


木製の階段は踏むたびに「ぎしぎし」と軋む。頼りない音が響き、心もなんとなく落ち着かなくなる。


203 号室を見つけて鍵を開け、部屋に入ると —— 内装は極めて簡素、いや質素と言ったほうがいい。


小さな木製ベッドに、清潔だが肌触りの粗い布団。古びた書物机と木の椅子が二脚あるだけで、他の家具は何もない。


壁は白く塗られているが、あちこち黄ばんで塗装が剥げ、隅には薄く埃が積もっている。それでも俺たちが借りていた部屋よりははるかにましだ。


俺はベッドの脇に行って腰を下ろす。板張りのベッドは硬く、座るとお尻にごつごつとした感触が伝わってくる。


ユーナは窓際へ歩いて窓を開ける。爽やかな夜風が流れ込み、部屋に漂っていた微かなカビの臭いを払い去る。


「それにしても、こんな質素な部屋でも一泊銅貨二十枚もするんですね。」


俺は思わずため息混じりに呟く。


「朝夕食をつけると銅貨三十枚になるのか……。」


ユーナが俺の隣に腰を下ろし、しみじみとした口調で言う。


「小姐、普通の庶民はこうした個室にはなかなか泊まれません。たいていは一階の大部屋を選び、十数人が床に雑魚寝して一泊銅貨五枚です。


さらに安いのは『縄寝』と呼ばれる宿泊スタイルで、一泊銅貨二枚。ですが体への負担は大きい上に危険も伴い、衛生状態もお世辞にも良いとは言えません。」


俺はわずかに目を細める。「縄寝…… ああ、以前話してくれたやつですね。一階に麻縄を何本も張り渡し、その縄に体を預けて眠る方式のことでしょう。」


この世界にも同じ習慣があるのか。


前世の歴史の資料で読んだことがある —— 産業革命期の昔の国で、宿代すら払えない極貧の人々が行っていた寝泊まりの方法だ。これほど世界共通の暮らしの知恵も珍しいと思う。


「その通りです、小姐。」ユーナはうなずき、真剣な声で続ける。


「縄はかなり高い位置に張られているので、かろうじて体を預けて一晩を凌ぐだけです。少し身動きすれば落ちる危険がある上、大勢が密集するので衛生的にも悪く、病気も流行りやすいのです。」


俺はそっとため息をつく。


胸の奥にしみじみとした感慨が湧く。


遠出をせざるを得ない貧しい人々にとって、身を横たえられる場所が確保できるだけで十分なのだ。


快適さや安全性など、贅沢に過ぎない。

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