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93. 破れた仮面と、豊かな休日

 俺は小さくうなずいて、内心ではとっくに八割方予想していた。


 さっきチャーリーとニーナが運び込んできたあの箱たち —— 考えるまでもない。彼女たちは我が家に、新調の服を届けに来たのだ。


 なにしろ母上は前に、「仕立ての上手い仕立て屋さんを見つけて、学院用と宴会用の服をまとめて作らせたい」と言っていた。そういえば、チャーリーのことだったんだな。


「見知らぬ仕立て屋さん」の二人に会うだけのことだが、彼女たちは何も知らない。友達なのだ。


 礼儀の授業が終わった直後で、髪は乱れ、顔にも疲労が滲み出ている、そんなだらしない姿を見せたくはなかった。


 それに今の俺はエリクセン公爵家の継承者という立場だ。だらしない格好で部下どころか取引先を出迎えるわけにはいかない。


 もしこれが礼儀の先生の耳に入ったら、明日の授業が延長されるのは確実だ。


 だから俺はユーナに「五分だけ待ってて、部屋に戻って身なりを整えてくる」と一言告げると、小走りで自室へと駆け戻った。


 ボサボサになった白金色の長い髪をさっと梳き、清潔な薄色の常服に着替え、ハンカチで頬を拭いた。


 見た目が整ったと確認してから、ユーナと連れだって応接間へと向かった。


 俺が部屋に入ると、母上が穏やかな笑みを浮かべてちょんちょんとこちらに顎をしゃくった。


「クローディア、座りなさい。チャーリーさんが仕立ててくれた新しい服を全部持ってきてくれたわ。気に入るかどうか、確かめてちょうだい。」


 俺は軽く膝を折って、母上に簡単な礼を呈した。


 俺が腰を下ろすと、チャーリーは手に提げていた箱をそっと下ろし、部屋の中央にあるテーブルへと歩み寄った。


 木箱の蓋を一つずつ開け、中から服を一着ずつ取り出しては披露していく。


 精巧な礼服に、裾には細い紋様が刺繍されていて、それから日常着としての軽やかな常服もある。


 色の配合は柔らかくて、一着ずつに個性的な特徴があり、デザインは斬新で、ディテールの処理も隅々まで行き届いている。


 十三歳の少女が作ったとは到底思えない出来栄えだ。


 表向きは、時折そっとうなずいて「なかなかいいですね」「このデザイン、素敵です」と小さな声で呟くだけだったが、心の中はとうに抑えきれなくなっていた。


 一ヶ月ぶりの再会だ。彼女たちとゆっくりおしゃべりしたいし、休暇がどうだったか、さまざまな角度から聞きたかった。


 ついにチャーリーが全部の服の披露を終え、大事そうに一着ずつ畳み直して箱に戻すと、母上に向かって軽く一礼した。


「公爵夫人様、クローディア様。すべてのお衣裳のご披露が終了いたしました。もしサイズが合わない箇所などございましたら、後日お直しいたします。」


 ニーナも横で控えめにうなずき、それでいてちらりと俺を盗み見て、切実な合図を送ってきている。

 このチャンスを逃さず、母上が口を開けるより先に、俺は切り出した。


「チャーリーさん、ニーナさん。お疲れ様でした。お衣裳は大体拝見しましたが、全体として大変満足しております。ただ、いくつか細い点について詳しくお話したいことがありまして…… 私の部屋に来ていただくわけにはいきませんか?」


 チャーリーとニーナの目が一瞬で輝いて、即座にうなずいた。口調は丁寧ながら、喜びを隠しきれていない。


「もちろんです、クローディア様。」


 母上が笑って手をひらひらと振った。「行ってらっしゃい。お二人とよく話してきなさい。あまりご迷惑をおかけしないようにね。」


 俺は立ち上がって母上に一礼すると、チャーリーとニーナを連れて自室へと引き返した。


 ユーナが後ろからついてきて、盆を持っていた。その上には急須と三つの茶杯が載っていた。


 俺の部屋に入ると、ユーナは慣れた手つきでドアを閉め、手をかざして防音の結界を張りめぐらした。


 防音の結界が完全に効いたと確認してから —— 俺はもう、我慢できなかった。


 その場でクルリと振り向くと、ソファの背にもたれてダラリと崩れ落ちた。両足を思い切り前に伸ばし、大きく息を吐く。


 肩の力も完全に抜けて、それに合わせて顔の表情まで緩みきっていく。


 この無防備な姿を、さっきの厳格な礼儀の先生に見られたら、手にした教鞭で容赦なく叩かれるに違いない。


「公爵の娘がそんな無礼な態度でいいのか」「少しも貴族の気品がない」と、きりきり舞いで説教されるだろう。


 チャーリーとニーナは、俺が一瞬で「仮面が剥がれた」姿を見て、もう堪えきれずに、口を押さえて「プッ ——」と吹き出した。


 ユーナもお茶を運んで来て、テーブルに置く。


 俺は眉をひそめて、うっすらと筋肉痛の走る肩を揉みながら、きょとんとして彼女たちを見た。


「なにがそんなにおかしいの? そんなに笑えること?」


 チャーリーは目尻に浮いた涙を拭いながら、額の前で少し乱れた前髪を梳いて、笑いを含んだ声で言った。


「だっておかしいよ~。今の君の姿のほうが、私たちの知ってる君らしいんだもん! さっき応接間でやってた『お淑やか演出』、見てて肩が凝れそうなくらいぎこちなかったよ。」


 俺はちょっと不服げに、体を起こして耳元の白金色の髪をかきあげた。彼女たちをじっと見据える。


「私が普段から少しも貴族としての気品がないっていうなら、いくら礼儀を習ってなくても、何年も公爵邸で育てば、せめて多少は気品が備わっているはずなのに?」


 その問いが終わる前に、目の前の三人が揃って首を横に振った。


 殊に俺のすぐ隣に座っているユーナに至っては、首を激しく横に振ってやまない。


 俺はがっくりと項を垂れた。心の中で悲鳴を上げる。


 あの二人ならまだしも —— 変装した一般人としての俺を知っているのだから —— ユーナまでそんな目で見るなんて!


 チャーリーは笑いを堪えて、真剣な顔で俺を見つめた。口調は実にまじめだ。


「全然だめですよ、クローディア様。初めてオリバー商会でお会いしたとき、普通の服を着てらしたから、お菓子を買いに来た少女だと思っちゃいました。貴族のお嬢様にはこれっぽっちも見えなかったです。」


 その言葉を聞いて、俺は前にケーシーとして変装してオリバー商会に行ったときの光景を思い出した。


 あのときチャーリーが初めて俺に会ったとき、確かに眉をひそめて「お嬢ちゃん、どんな味のお菓子が欲しいの?」と聞いてきた。


 でもあのときはわざと変装していたんだ。普通に見えるようにわざと地味な格好をしていたから、数に入らないよ!


 俺は思わず白目を向けて、ソファに崩れ落ちた。呆れた顔だ。


「俺がそんなに威厳がないっていうのか? 少しも貴族のお嬢様らしくない?」


 チャーリーとニーナは顔を見合わせて、また笑い出した。ユーナもそっと俺の腕を叩いて、優しい声で慰めてくれる。


「このままの小姐のほうが、一番親しみやすくて、威張っている貴族のお嬢様よりずっと可愛いですよ。」


 その話題はそれ以上深掘りしないことにして、ユーナが俺たち三人分のハーブティーを淹れてくれた。


 みんなでテーブルを囲んで、この休暇にそれぞれ何をしていたか、おしゃべりを始めた。


 娯楽の乏しい中世異世界において、一番面白いことといえば、やっぱり友達と集まって、それぞれが生きてきた景色を話し合うことだ。


 まずはチャーリー。テーブルの上の茶杯を手に取って、一口すすってから、少し誇らしげな口調で言った。


「私、この休暇はほとんど毎日服を作ってました。クローディア様のご注文が多すぎて一人で手が回らなくて、ニーナに手伝ってもらうことにしたんです。」


 ニーナがすかさずうなずいて、目をきらきらさせながら、少し興奮した声で言った。


「クローディア様、私にくださったあの魔導刻画筆、すごく使いやすいです! ありがとうございます。」


 二人の充実した顔を見て、俺も彼女たちのために嬉しくなった。


「私たちの話はこれで終わりです、次はクローディア様の番!」


 チャーリーが茶杯を置いて、体を少し前のほうに乗り出した。好奇心丸出しの目で俺をじっと見つめる。


「クローディア様、この休暇は授業以外に何をしてたの? なんだか顔色が疲れてるみたいだけど。」


 俺は茶杯を手に取り、一口ハーブティーをすすめて喉を潤した。


「私ね、この休暇に海辺へ行ってきたのよ。リック郡の海辺ね。景色はなかなか良かったわ。」


「わあ ——海辺!」チャーリーが一瞬で羨ましそうな表情を浮かべて、目を丸くした。


「流石は公爵の娘様だね、海辺に行けるなんて。贅沢すぎじゃない? 私、生まれてこの方まだ一度も海なんて見たことないよ。人から聞いた話だけど、海は青くて、端から端までずっと続いてるんだって。」


 彼女の羨ましそうな顔を見て、俺は心の中でそっとため息をついた。


 実はアムニット城からリック郡までは、せいぜい二百キロしか離れていない。前世なら高速鉄道に乗れば一時間の距離だ。


 でも交通やインフラが極端に遅れているこの中世では、この距離ですでに相当遠い部類に入る。


 長距離馬車の運賃は高い。一回乗るだけで銀貨十枚もする。ましてや道中の食事や宿泊の費用となれば、さらにかかる。


 これは一般家庭にとっては相当な出費だ。だからごく普通の人々はめったに遠出をしない。


 一生を生まれた街で過ごし、アムニット城にさえ行ったことがない人がいる。ましてや海辺に行って海を見るなんて、夢のまた夢だ。


「でも、エリクセン沿岸は最近あまり平穏じゃないって聞いたよ。クラーケンが暴れてるんだって。」ニーナが突然眉をひそめて、口調を真剣なものにした。


 彼女はいつも魔法や魔物の話題に関心を持っていて、学院でもその方面の本ばかり読んでいるから、クラーケンのことを知っているのも不自然ではない。


 俺は軽くうなずいて、あっさりとした口調で答えた。


「そうね。私たち海へ行ったのは、そのクラーケンを討伐するためよ。沿海の貴族たちが父上に手紙を出して助けを求めてきてね。クラーケンのせいで民がまともに暮らせないって。それで父上が私と母上を連れて行ったの。」


 ニーナが崇拜の眼差しで俺を見つめた。一方で、チャーリーは急に奇妙な表情を浮かべた。


 口元に不穏な笑みを浮かべて、両手の指をもぞもぞと震わせながら、ゆっくりと俺に近づいてくる。口調も含めてのものになっていた。


「え~、そうなの~。じゃあ海辺まで随分馬車に揺られたんでしょ? 揺れ揺れで大変だっただろうなぁ。どこか揉んで緩めてあげようか? お尻とか、揉んだら楽になるよ?」


 その瞬間、俺はひどく不穏な空気を感じ取った。体がふいに緊張して、無意識に椅子の背もたれのほうへ身を縮める。


 両手でお尻の両側をしっかりガードして、警戒した目でチャーリーを見つめながら、首を振って言った。


「結構です! 私は全然平気ですから、お手数はおかけしません!」


 彼女は俺がそこまで警戒してガードしている姿を見て、軽くため息をついた。顔に失望の色が浮かぶ。


 しょんぼりと自分の場所に戻ると、小声でぶつぶつと呟いている。「揉むだけだよ、肉が一枚減るわけじゃないのに。」

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