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91. 真夜中の漁と、甲板の焼き魚

 時は遡って、船上のとある一日。


 俺がユーナを引っ張って、ごった返す船倉の食堂に駆け込んだとき、外はすっかり夜になっていた。


 食事を配る水夫が、無表情に今夜の分を差し出してくる。


 固くなりきった黒パンが二切れ、塩辛さが鼻を突く薄切りハムが一枚、それから俺が数日前に少し手を加えておいたチェダーチーズが少々。


 手を加えたとはいえ、せいぜい「辛うじて食べられる」程度の仕上がりだ。


 船全体の食事と同じで、淡白で単調 —— 塩っ気以外、味らしい味がない。


 俺は貧相な夕食を両手に抱えながら、口元がひきつってしまった。


 —— このまま食べ続けたら、本当に精神を病む。


 前世は好きなものをいくらでも取り寄せられ、市場でも思いのまま食材を買い揃え、焼き肉に鍋にと食べ放題だった人間だ。


 今世がエルフの公爵令嬢とはいえ、毎日パンに塩漬けハムでは体が持たない。


 ユーナが隣に立って、小さな鼻にしわを寄せている。


 世も末、という顔で手の中の食事を見つめ、一口をつける気にもなれないようだった。


 …… この子は俺の料理で舌が肥えすぎてしまった。


 俺が作るものは香り、辛味、旨味、甘味が重なり合って、ただの煮込み料理でさえ満足感がある。


 今目の前にあるものと比べれば —— 人生を疑うレベルで単調だ。


 俺はこっそりため息をついた。


「このままだと、クラーケンが出てくる前に、俺たちが不味い飯に先にやられるな。」


 ユーナが力強くうなずいた。


 ピンク色の髪がふわっと一緒に揺れる。


 深く、深く同意した。


「クローディア様、わたし…… 今すぐ、クローディア様の作ったもの食べたいです。」


 声が小さくて、ちょっと泣きそうだった。


 その可愛らしい遠慮がちな顔を見た瞬間、俺の中でちっちゃな反骨心と食への執念が「むくっ」と頭をもたげた。


 次の瞬間には、頭の中で大胆な作戦が出来上がっていた。


 俺は目を輝かせ、ユーナのひんやりした手を掴み、問答無用で甲板へ引っ張り始めた。


「来い、ついてこい。」


「え? クローディア様、どこへ ——」


「ちゃんと食べられるもの、調達しに行く。」


 ちょうど夕食の時間帯で、水夫はほぼ全員、下の船倉に集まって飯を食い、酒を飲み、おしゃべりをしていた。


 甲板には誰もいない。


 海風だけが静かに吹き、波が船腹を叩く音が響いている。


 俺たちは船首の一番先端まで歩いた。


 視界が開けていて、人に見つかりにくい場所だ。


 足を止めて、俺はユーナに真剣な顔で言い含めた。


「ユーナ、ここで見張りをしていてくれ。誰か来たらすぐ教えること。すぐ戻る。」


「は? クローディア様、何をする気で ——」


 言い終わる前に、俺は上着を脱いで無造作にユーナに手渡した。


 ユーナの頬が「ぱっ」と薄く赤くなった。


 慌てて受け取り、胸に抱きしめる。


 梅の淡い香りと、俺の山茶花の香りが混ざり合った。


 彼女の目線が少し泳いで、こちらを見つめないでいた。


 それでもこっそり小声で聞いてくる。


「小姐、あの…… 何をされるんですか……?」


「明日の朝ごはんを調達する。」


 俺は甲板の隅をごそごそ探り、前にここに仕舞っておいた丈夫な細麻縄を一巻き取り出した。


 これは船の索具用じゃない。


 暗い海の中で方向を見失わないように、メイフラワー号との距離を確保するための命綱だ。


 縄の一端を左足の足首にしっかり括り付けた。


 きつすぎず、でも外れないように。


「海で魚を捕ってくる。」


 語り口は、庭に散歩に行くくらいの気軽さだった。


 ユーナが目をまん丸に見開いた。


「海の中?!今夜はもう暗いし、下にはまだ……!」


 クラーケンという単語は声に出せなかったようだが、顔いっぱいに心配が溢れていた。


 俺はユーナの頭をそっと一撫でして、なだめるように笑った。


「大丈夫。水属性適性があるから水の中で息ができる。縄もそんなに長くないし、動ける範囲は十メートルくらい。何もないから。帰ったら明日の朝、新鮮な蒸し魚を作ってやる。」


 船の黒パンと塩漬けハムと比べれば —— 最もシンプルな蒸し魚でも、天国の味だ。


 ユーナは唇を噛んだ。


 俺が一度決めたことは曲がらないとわかっているから、それ以上止めることもできず、力強くうなずいた。


 俺の上着を両腕でぎゅっと抱いたまま、横に退いて、四方に鋭い視線を走らせる番犬モードに入った。


「絶対気をつけてください。早く戻ってきてくださいね。」


「うん。」


 俺は一声返して、船首の縁まで進んだ。


 迷わず、飛び込んだ。


「ぼちゃん ——!」


 冷たい海水が俺を包み込んだ。


 さっきの戦闘のときとは全然違う。


 あのときは緊張と圧迫感がずっとあったけど、今は気持ちが楽だ。


 水属性との親和もあって、まるでよく知った場所に帰ってきたみたいに、自然に体が馴染む。


 水に入った途端、無意識に微弱な水魔法を起動した。


 水中でそのまま呼吸できるように。


 異世界のこの便利さは、本当にありがたい。


 外はすっかり夜で、海面からの光はほとんどない。海の中はもう漆黒で、手を伸ばしても見えなかった。


 俺は指先に柔らかな白い光魔法を集め、小さな光球を作り出した。


 それを目の前にふわりと浮かべると、周囲数メートルの水域が穏やかに照らされた。


 眩しくはない。でも、泳ぐ魚の群れと海底の砂岩がちゃんと見える。


 足首の縄はぴんと張っていて、もう一方の端は船に固定されている。行動半径は水深十メートルほど。


 安全を最優先に。無闇に深追いするつもりは最初からない。


 光球が照らした先に —— 魚が想像以上にいた。


 大小さまざまな海魚が水草や礁石の間を縫って泳いでいる。


 名前のわからないものばかりだけど、サイズはどれも食べごろだ。


 これを見た瞬間、船の食事で沈んでいた気持ちが、きれいに吹き飛んだ。


 面倒な手間はいらない。


 俺は水魔法を静かに広げ、周囲にそっと束縛の層を薄く張った。


 近づいてきた魚たちは体がふわりと止まるような感覚を受け、見えない力にそっと集められていく。


 十分もしないうちに、新鮮な海魚がひとまとまり手元に揃っていた。


 俺とユーナが十分食べられる量で、母上とオーレリアンにも少し分けてやれる。


 どれが食べられる魚か、俺には判断できないが、それは船の料理長に見せれば解決する。


 あの地獄のパンとハムから逃げられるなら、なんでもやる覚悟だった。


 足首の縄が軽く引かれた。


 限界まで来たという合図だ。


 十分捕れた。 戻ろう。


 俺は水魔法で魚を体の周りに寄せたまま、光に向かって上へと泳いだ。


 水面に顔を出すと、ユーナが俺の上着を抱いて船首でじっと待っていた。


 水面に白い光球が見えた瞬間、ほっとした表情になって、こちらに向かって小さく手を振ってくれた。


 翌朝。


 空がやっと薄い水色に変わり始めた頃、夜間の警戒担当だった母上に起こされた。


 交代の時間だ。


 頭がまだぼんやりしていたけど、体は勝手にリズムを覚えていた。


 今日は下の食堂には行かなかった。


 においが複雑で、食事もさらに絶望的なあの場所には、もう行く気になれない。


 甲板に直接出た。


 海風が涼しく、空はまだ淡い色をしていた。


 ひっそり朝ごはんを作るのには最高の時間帯だ。


 俺は空間手環から昨夜捕った魚を取り出した。


 魔法の保存効果のおかげで、海から引き上げた直後と変わらない。


 鱗が銀色に輝いて、身は締まっていて、鮮度は完璧だった。


 携帯用の小刀を取り出し、手際よく鱗を引き、内臓を除き、洗い流す。


 浮遊魔法で数匹の魚をふわりと空中に浮かべ、指先に小さな火を灯した。


 火魔法の温度を丁寧に調節しながら、じっくりと均一に熱を通していく。


 しばらくすると —— 魚の香ばしい匂いが、海風に乗って漂い始めた。


 そのとき、甲板に見慣れた人影がのんびりと現れた。


 あの朗らかなおじさん —— オーレリアン・ヘイクだ。


 手にはいつも通りの船の標準朝食が握られている。


 硬いパンにハムとチーズを挟んだもの。


 顔には「この苦難にもう慣れてしまった」という達観した表情が浮かんでいた。


 でも俺の姿と、目の前に浮いている焼き魚を目にした瞬間 —— 一変した。


 目が「ぱっ」と輝いて、小走りでこちらへやってくる。


 魔法で魚を浮かせながら焼いているのを見て、顔に驚きがはっきり浮かんでいた。


「さすが、あいつの娘だな。こういう細かいところまでそっくりだ。」


 そう言って感慨深そうにため息をついた。


 誰の話か、もう少し聞きたかったが、彼はそれ以上語らずに、手に持っていたパンを俺の前に差し出した。


 普通の量よりずっと多い。


「ほら、これおまえの朝飯だ。」


 俺は自分が焼いている魚を指さした。


「魚があるんで、パンはいいです。」


 でも彼は頑固に首を振り、俺の火を使っていないほうの手に、強引にパンを押し込んだ。


「そうはいかん。魚だけじゃ足りないだろ。まだ成長期なんだから、たくさん食わなきゃ大きくなれない

 ぞ。」


 そこまで言われたら断るのも角が立つ。


 俺はしぶしぶ受け取り、一口かじった。


 昨日のより硬い。


 船に焼き直せる窯はなく、パンは出発前に全部焼き上げて積んである。


 日を経るごとに水分が抜けて、小石みたいになっていく。


 ハムのほうは —— この冷蔵庫のない世界で肉を保存する唯一の手段が塩漬けなので、必然的に塩辛さが限界突破している。

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