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71. 鍛冶師と魔導転換の奇跡

 椅子の背もたれに体を預けて、俺は三人の様子をぼんやりと眺めていた。


(……こういう時間が、前世には全然なかったな)


 社畜として働き始めた頃から、俺の生活は残業と締め切りで埋め尽くされていた。


 友人と食事に出かける機会など、年に一度あればいい方で、仕事が終われば家に帰ってそのまま死んだように眠る。それが当たり前だと思っていた。


 だから、こうして四人でだらだらと話しながら飯を食って、笑いながら時間を過ごすなんていう場面は、前世ではほとんど記憶にない。


(転生してきたのも、悪い話じゃないな)


 危険なことも多い。身体もいろいろと変わった。でも、こういう昼下がりを手に入れられたなら、差し引きしてもそんなに悪くない。少なくとも、前世のあの孤独な昼飯よりは、ずっとましだ。


 俺たちはそのまましばらく食事を楽しんだ。話題はとりとめもなく、笑いが絶えず、料理がなくなる頃にはもう十分に満たされていた。


 会計を済ませて店を出ると、外はまだ陽光が穏やかだった。


 風がそっと頬をなでて、どこからともなく花の香りがついてくる。昼下がりの空気は柔らかく、散歩にちょうどいい気温だった。


「午後、どこ行くの?」


 ユーナが俺の腕をそっと引きながら、ピンクの目をきらきらさせて聞いてきた。


「行きたいところがある。ちょっと付き合って」


「どこ?」


「材料屋」


「……また魔導器の?」


「そう」


 ユーナとチャーリーが顔を見合わせた。ニーナは小さく「はい」とだけ言って、俺についてきた。


 俺が向かったのは、金属加工品を扱う鍛冶工房だ。


(なぜ市販の金属材料でないといけないのか、一応説明しておこう)


 金属属性魔法には、魔力によって金属を直接生成する術式が存在する。


 永続性があり、硬度も調整できる便利な魔法だ。だが、魔力で生成した金属には根本的な欠陥がある――内部の魔力濃度が高すぎて不安定なのだ。


 外部から別の魔力が流し込まれると、内部の魔力との干渉が起こる。最悪の場合、魔力暴走が引き起こされる。


 魔導器はそもそも外部から魔力を注入して動作するものだから、そんな材料を使えば、動かす度に爆発を招くようなものだ。


 だから鍛冶師が打った「普通の金属」でなければならない。


 工房の前に着くと、入り口の外には各種の金属製品が並んでいた。武器、工具、それから素材として使える金属のインゴット。


 金属を焼く熱気が空気に漂い、かすかに焦げた金属の匂いがした。隣の店と比べると、温度が二、三度は違う気がする。


 俺が先に入ると、店の奥から大柄な中年男性が顔を上げた。頬に浅い傷跡がある。見た目はいかつい。だが口を開けば妙に人懐っこい。


「おっ、ケイシーちゃん、来てくれたか!」


 俺とここの親方とは、もうかなりの付き合いになる。


 金属材料を何度も買いに来るうちに、自然と顔なじみになった。今では記帳式の掛け払いで金属を持ち帰れるほどの間柄だ。


 月末にまとめて清算すれば、量も品種も文句を言われない。


「また材料もらいに来ました。魔導器用に」


「ちょうどいい。今日は新しいインゴットが入ってるぞ」


 親方はカウンターの裏に回り、腕に巻いた収納魔法の腕輪から、ひとつひとつインゴットを取り出して並べていく。金属同士がぶつかる音が、店内にこんこんと響いた。


「これを見ろ、精鉄だ。硬度が高くて、魔力伝導性も文句なし。基礎的な魔導器ならこれで十分だ。それからこっちは――」


 親方が次に出したのは、やや青みがかった銀色のインゴットだった。


「ミスリルだ。高いけどな、魔力伝導性は精鉄の比じゃない。高度な魔導器には欠かせない素材だよ。お前さんもよく分かってるだろうが」


 俺はインゴットを一つ一つ指先で撫でながら確かめた。素材の均質性、表面の結晶密度、熱の抜け方。言葉で説明するのは難しいが、何度も触れているうちに感覚で分かるようになってくる。


 ユーナとチャーリーは入り口近くの椅子に腰を下ろして、棚に置かれた小さな金属細工をつついていた。特に興味はなさそうだが、文句も言わない。いつものことだ。


 ニーナは俺の隣に立って、カウンターの上のインゴットをじっと見ていた。


(なんか言いたそうだな)


 時々俺の顔をちらっと見上げては、また視線をインゴットに戻す。何かを尋ねようとして、踏み出せずにいる様子だ。


 そんな時、ニーナが俺の袖をそっと引いた。


 顔を上げると、彼女はわずかに頬を紅潮させて、細い声で言った。


「ケイシー姉さん……あの、私も、魔導器の作り方を学びたいんです」


 俺は目を止めた。


(この子、また言うかなと思っていたんだよな)


 以前、ユーナが俺の作った魔導器を使って、学院の的を一撃で貫通した場面がある。


 あの時のニーナの目を俺は覚えている。驚きと同時に、何か強い感情が動いていた。


 それからしばらく経った今も、彼女の中にその気持ちが残っていたらしい。


 俺が答える前に、親方が先に口を開いた。声はやさしかったが、内容は正直だった。


「……坊ちゃん、お嬢さん。正直に言うとな、この子、金属属性の親和性がないだろう。そうなると、魔導器の製作はなかなか難しいぞ」


 彼は腕を組み、ニーナを見下ろしながら続けた。


「魔導図を刻むには、金属に対する精密な魔力操作が必要だ。金属属性の親和性があってこそ、その操作が安定する。親和性のない者でも理論上は可能だが、刻んだ魔導陣の安定性が段違いに落ちる。下手をすると暴走する」


 俺も頷いた。


「親方の言う通りだよ、ニーナ。魔導図を刻む精度っていうのは、金属に対してどれだけ細かく魔力を制御できるか、そこにかかってくる。


 金属属性の親和性がある人と比べると、どうしてもブレが出る。ブレた魔導陣は動作が不安定になるし、最悪の場合、魔力暴走を引き起こす」


 ニーナはゆっくりと頭を下げた。


 肩がわずかに落ちた。


 長い青い髪が顔にかかって、表情が見えなくなった。


(……分かってた。でも聞かなきゃよかったとか、そういう顔はしてほしくない)


 俺は手を伸ばして、ニーナの頭をそっとひと撫でした。


「でも、方法はある」


 ニーナがぱっと顔を上げた。


 目の縁がほんのり赤い。それでも目の中に光が戻ってきていた。


「ほ、本当に……?」


「嘘ついたことあった?」


 俺は腕輪の中に手を差し入れて、一本のペンを取り出した。


 見た目は普通だ。黒い軸、何の装飾もない。どこにでもありそうな筆記具に見える。


 だがこれは、俺が最近作り上げた魔導器だ。


「これに魔力を少し注いでみて」


 俺はペンをニーナに差し出した。


 ニーナは受け取って、しばらく見つめてから、おそるおそる自分の魔力をペンの中に流し込んだ。


 次の瞬間。


 ペン先が金色の光を放ちはじめた。


 純粋な金属属性の魔力の光だった。


 鍛冶工房の中が、一瞬だけ昼間よりも明るく照らされた。


「…………」


 ニーナが固まった。


 目を大きく見開いて、自分の手の中のペンを見つめている。


「これ……金属属性の魔力……?私が、出してるの……?」


 声が震えていた。


 隣で親方がインゴットを取り落とした。


「ど、ど、どういうことだ……!」


 がしゃん、と金属の塊が床に落ちたが、親方は気づいていない。目がペンから離れない。


「この子に金属属性なんてなかったはずだろ!?なのにこれだけ純粋な金属魔力が出るなんて……30年この仕事してきて、こんなの初めて見た……!」


 親方がカウンターを回り込んで、俺の前に立った。


「ケイシーちゃん、頼む、教えてくれ。これはどういう仕掛けなんだ」


 俺は少し笑った。


「そのペンに転換魔導陣を刻んであります。注入された魔力を、単一属性の魔力に変換する仕組みです」


 魔力の純度というのは、鍛冶師にとって死活問題だ。


 金属属性の魔力を七割の純度で扱える職人と、五割の純度しか出せない職人では、鍛造速度も製品の強度もまるで違う。


 それは技量だけで埋められる差じゃない。


 このペンに刻まれた転換魔導陣は、注入された魔力をおよそ95パーセントの純度まで精製する。


 100パーセントには届かないが、それでも人間が自力で達成できる上限を遥かに超えている。


 属性親和性が最高レベルの魔法師でも、自力でここまでの純度は出せない。


 親方は俺の説明を聞き終えて、しばらくの間、動かなかった。


 やがてゆっくりと、深く頭を下げた。


「……ケイシーちゃん、お前さんは本当に、とんでもないものを作りよった。親和性のない者でも魔導器を扱えるようになる、それがどういう意味か分かるか?金属職人の世界が、根っこから変わるんだぞ」


 ニーナはまだペンを両手で持ったまま、金色の光をじっと見つめていた。


 目の縁に光るものがある。


 それでも口元がほどけていた。


「ケイシー姉さん……ありがとう、ございます……。私、本当に、魔導器が作れるんですね……?」


「教えてあげるよ、一から」


 俺はもう一度、彼女の頭をゆっくりとひと撫でした。

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