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7. 七年越しの白米と、檻の中のピンク髪

俺がその一言を口にした瞬間、商人の目がぱあっと輝いた。まるで砂漠の中で泉を見つけた旅人みたいに。


「ああ、お嬢様! 実はございますとも、そのようなお品が。どうぞ、こちらをご覧ください」


そう言うなり彼は急いで手首の収納ブレスレットから麻袋を取り出し、袋口を縛っていた麻紐をさっさと解いた。


するとそこから、ぷくぷくと丸く実った穀物の粒がさらさらと流れ出てきた。


……まあ、東アジア人みたいに米の種類と産地にこだわれとまでは言わない。あるだけでも十分ありがたい話だ。


「この小さな粒の食物は、ハラル麦と申します。南方のイタリア王国に属するハラル公爵領の産でして。あの公爵領と、さらに南の未開の地でしか育たないため、正直なところ生産量はあまり多くはございません。その王国を訪れた折にこの珍しい主食を見かけ、帝国の首都で売れるかもしれないと思い、少し持ち帰ってみたわけです。珍しいものに興味を持つ貴人がいれば、ひと儲けできるかと」


「しかしながら……新しいものというのは、必ずしも歓迎されるとは限りませんね。皆さん麦だとは認識してくださったのですが、粉に挽いてからパンをどう作るか、誰にも分からなかったのです。最初はぽつぽつと買う方もおいでになりましたが、やがてぱたりと客足が途絶えてしまいました。食べられないものに金は出せない、と」


そこで彼は少し寂しそうな表情を浮かべた。


……まあそうだよな。あんだけの在庫を抱えたままじゃ、痛い出費だろう。


「でも、どうしてそんな商品の欠点をわざわざ話してくれるんですか? 売れなくなるじゃないですか」


商人が自分から欠陥を暴露するなんて、俺には理解できなかった。


商人ってのは普通、売れ残り商品を巧みに言葉で包んでさばくものじゃないのか。なのにこの人は真逆のことをしている。


「お嬢様、ご存じないかもしれませんが——もし公爵様のお力添えがなければ、今日の私はなかったでしょう。ですので公爵家の皆様にお売りする商品については、一切の隠し事はいたしません。長所も短所も、すべてお伝えすると決めています」


その理由を知ったのは後のことだった。母から聞かされた話によれば——


七年前、父アルフレッドが村人を率いて魔獣と戦っていたとき、ゴブリンの群れに囲まれていたこの商人を救い出したらしい。さらには、ゴブリンどもに捕らわれた彼の妻のために、父は単身でゴブリンの巣へ乗り込み、魔物に手をかけられる寸前だった彼女を救出したというのだ。


その出来事以来、この商人は無条件で俺たちの家族を支え続けた。父の軍勢が魔物と戦う最前線でも、将士が温かい食事を食べられるよう、彼は妻と娘を炊き出し要員として軍に送り込んだ。自身は商人としての才覚を活かして各地を奔走し、良質で安価な食糧と資金を調達し続けた。


……なるほど。こりゃ信頼できる商人だ。


感動的な話を聞き終え、俺は立ち上がって、テーブルの上に置かれていたハラル麦の袋を手に取った。小さな粒をひとつまみ、掌に出してみる。


外側は黄色い籾殻に覆われている。


だが本当に俺が求めているものかどうかを確かめるには、この皮を取り除く必要がある。


そう考えた瞬間、掌の上で小さな炎がぽっと灯り、籾殻をさらりと燃やし尽くした。


残ったのは——半透明に輝く、小さな結晶。


どう見ても麦じゃない。紛れもない、本物の米だった。


前世は赤龍国南方育ちの俺にとって、米飯への執着はもはや信仰の域に達している。


この異世界に転生してから、毎日続くパンと小麦で作った西洋風パスタの日々に、俺の精神は着実に摩耗していた。


公爵家のお嬢様だから石のように硬くなった保存パンを食べずに済んでいるのは幸運だけれど——俺には東洋人の胃袋がある。一時は耐えられても、ずっと「西洋飯」だけでは到底やっていけない。


掌の上に光る米粒を見た瞬間、俺はうっかり顔がにやけてしまった。


そのまま迷わず、俺は目の前の商人に倉庫に残っているハラル麦の在庫を全部注文した。


商人は感激のあまり、原価以下での売却を申し出てくれた。


でも俺たちにも譲れない一線がある。結局、協議価格——原価の百十パーセント——でしっかり買い取ることにした。


その後は他の商人たちが次々に商品を披露する時間だった。


その中で、俺は好きな野菜の種をいくつか発見してしまった。


東方のある遠い国から運ばれてきたという白菜の種子。それに加えて四、五種類の野菜の種。気づけば全部の在庫を買い占めていた。


費用はもちろん、俺の日常生活費から。公爵府の予算には入らない買い物だから、十二年間コツコツ貯めてきたお小遣いを崩すしかなかった。


……小遣いでここまで買えるってどういうことだ? これ本当に「お小遣い」なのか?


前世での月収を思い出すと、生活費を引いたら残りはたかが知れていたな……と少しだけ遠い目になった。


最後の商人が部屋に入ってきたとき、彼女は他の商人と違い、ブレスレットから商品を取り出そうとしなかった。


代わりに傍らの給仕にさっと耳打ちすると、その給仕は小走りで部屋を出ていった。商品を取りに行ったのだろう。


給仕が戻るまでの間、彼女はぼうっと突っ立っているわけでもなく、自分が扱う「商品」についてよどみなく説明を始めた。


……さすが商人、様になってるな、とは思ったけれど。


その「商品」というのが——現代の地球ならとっくに禁止されているものだった。


奴隷だ。


この生産力の低い中世の世界では、奴隷はまだ主要な「商品」として流通し続けている。しかも当事者たちは、それを恥ずべきことだとも思っていない。むしろ正当な産業だと信じ切っている。


俺には何も言えなかった。この世界の技術水準は、地球の中世ヨーロッパと大差ない。蒸気動力なんて影も形もなく、本すら一冊一冊手書きで写されている時代だ。


そんな時代の人々に現代の倫理観を押し付けるのは、キ〇ガイみたいなもんだろう。おまけに、魔女扱いされて十字架にかけられるリスクまである。


だから俺は、奴隷商という商売を生業にするこの老婆に嫌悪感を覚えながらも、平静な顔を保ち続けた。


その商売に乗らなければいい。それだけだと思っていた。


——給仕が破れた衣をまとった人々を次々と部屋に連れてくるまでは。


そのまま全員を買い取って解放する「お人好し」になるつもりはない。


そんなことをしたら奴隷商人に資金を流すだけだ。そのお金でさらに多くの子供が普通の家庭から引き剥がされ、檻の中に閉じ込められることになる。それは解決じゃない。


でも——。


その群れの中に、ひとりの少女がいた。


ピンク色の長い髪が、薄暗い部屋の中でもはっきり目に映った。彼女は檻の一番奥で膝を抱えてぶるぶると震えていた。


顔立ちを見れば、俺と同じくらいの年頃だと分かる。でも生育環境の差か、俺よりずっと小さく見えた。


俺が立ち上がって近づいていくと、彼女は怯えた表情でぱっと両腕で顔を庇った。


その反射的な動作だけで、全部分かった。ここに来る前から、ずっと暴力に晒されてきたのだ。


むき出しになった細い腕には、大小十数本の傷跡が刻まれていた。俺の推測を証明するように。


大衆を救うことはできない。でもこんなに幼い子を見捨てることも——できなかった。


前世の記憶も合わせれば、俺はもう四十二歳だ。こんな年頃の子の親であってもおかしくない。


我が子がこんな目に遭っていたら、と考えたら——放っておくなんて選択肢は消えていた。


「お母様、この子を買っていただけませんか。私のお友達にしたいんです」


そう言いながら、俺はいつもの笑顔を全開にした。


子供のおねだり顔には、誰も逆らえない。それは万国共通の真理だ。


少女は俺の言葉を聞き取ったようで、庇っていた細い腕がおずおずと下がった。信じられないものを見るような目で、俺をじっと見つめてきた。


結果は言うまでもない。母はその場でさっさと代金を払い、この子は俺のものになった。


母は彼女を俺の専属侍女に任命した。来年一年間の研修を経たのち、正式採用されることになる。


少女は体を洗ってもらった後、俺の強い要望で麻布製の茶色いワンピースと新しい靴に着替えさせてもらった。


着替えながら、彼女はずっと泣いていた。


後になって知ったことだが、この中世の世界では、麻布の服ひとつと粗末な革靴一足でさえ、普通の家族が一ヶ月暮らせるほどの値段がするらしい。


まして、買われてきたばかりの奴隷の少女に着せるなんて——それがどれほど異例なことか、当時の俺には分かっていなかった。


必要な買い物を済ませて、俺たちは小さな少女を連れて馬車の停めてある場所へと戻った。


ちなみに彼女が馬車に乗り込んだ瞬間、その目がきらきらと輝いた。まるで初めて見る宝物に触れたみたいに。


一年後、俺たちがもっと打ち解けてから、彼女はようやく話してくれた。


「馬車に乗ったことがなかったわけじゃないんです。でも……狭い鉄の檻に大勢で押し込まれて移動していたので、こんなに快適な馬車に乗るのは初めてで」


俺は何も言えなかった。


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