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6. 商会のVIP室で、米を探す

 数え切れないほどの視線と声掛けを浴びた後、予定より十分ほど遅れて、俺たちはついに建物全体が石レンガで作られた、三階建ての立派な建物の前に辿り着いた。


 看板には堂々と「オリバー商会」の五文字が記されており、その下には墨で新たに文字が書き加えられていた。


 ——「エリクセン公爵家御用達」


 思うに、エリクセン公爵領は俺の父アルフレッドが地元の民衆を率いて自ら切り開いた土地だ。


 そのため、昔からの領民であろうと、公爵領の成立後に移り住んできた商人や住民であろうと、誰もがアルフレッド公爵に対して深い敬意を抱えている。


 その敬意は時として、遥か遠くの帝国皇帝への忠誠さえ超えることがあるほどだ。


 帝国内で隔離政策を繰り返す無能な皇帝と比べれば、内政に励み、通商環境を重視してくれる「偉大なる創業者」の方がよほど慕われるのは当然だろう。


 だから一部の商人は、ほぼ赤字に近いボランティア価格で公爵府に商品を納入することを厭わない。


 その代わり、商会の看板や商品に「エリクセン公爵家御用達」の文字を掲げることができる。


 それが彼らへの最大の報酬というわけだ。


 値引きというのは、買う側としては当然ありがたい。


 それに俺の家は皇帝からの重税で何かと頭を抱えている状況だし、家名の評判を広めることも大切だ。


 だから俺の家では、商人たちに自分たちの名前をブランド看板として使うことを認める代わりに、毎月必ずその月の仕入れ商品のサンプルを公爵府に提供してもらうことにしている。


 これによって、商品の品質が俺たちの基準を満たしているかどうかをチェックできるわけだ。


 今回訪れたこのオリバー商会は、まさにそんな主要な御用達業者のひとつだった。


 商会の大門をくぐると、すぐに黒い燕尾服を着た白髪の老紳士が現れ、俺たちに向かって深々と頭を下げた。


「奥様、そしてお嬢様。本日はオリバー商会にご来店いただき誠にありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 彼が言い終わらないうちに、母は右手のブレスレットから鉄製のメダルを取り出し、老人に提示した。


 エリクセン家の家紋が精巧に刻み込まれている身分証だ。


 老人はメダルを見た瞬間、一瞬だけ驚きの色を浮かべたが、一秒後にはすっかり元の落ち着いた表情に戻っていた。


 俺が人の表情の変化を前世の営業職並みに細かく観察していなければ、この老人の一瞬の動揺など、まず気づけなかっただろう。


 本当に腕のいい接客のプロだ、このお爺さん。


「おお、これは大変な光栄にございます。本日は公爵夫人とお嬢様のご来訪を賜り、誠に恐縮にございます。では、最高級のVIPルームにご案内いたします。そこでゆっくりと本日の商品をお選びください。また、他の商会の商人たちにも早急に連絡を取り、極上の品々を取り揃えるよう手配いたします」


「ええ、その方たちもお呼びしてもらえるかしら。ご配慮ありがとうね」


 母が優雅に応じる。


「とんでもございません、これは私どもの当然の務めでございます。夫人、こちらへどうぞ……」


 老人は他の木扉とは明らかに格の違う、装飾の施された一枚の扉の前に歩み寄り、魔力を使ってその錠を開けた。


 扉を引き開けると、老人は右手で俺たちに先に入るよう促した。


 この部屋の内装は、商会のロビーとは鮮明な対比をなしていた。


 ロビーと比べると、この部屋にはより多く、より大型のガラス窓が設けられており、そのおかげで外よりもずっと明るい印象だった。


 プライバシーに配慮して、すべてのガラスには白い磨きガラスが使われている。


 現代地球ならガラスなど大した値段ではないが、今は中世ヨーロッパ風の異世界だ。


 これだけ大量で大型かつ品質の優れたガラスを揃えるのは、相当な費用がかかるはずだ。


 この商会がVIPルームにどれだけ資本を投資しているかが、よく分かった。


 足元の絨毯とソファも、ロビーの布製ソファや麻製の編みカーペットとは格が違う。


 本革のソファに赤い絹のカバー、そして足元に敷かれたふかふかの毛皮の絨毯は、一目見ただけでとびきり高貴な一級品だと分かった。


 生産力がずっと発達した現代社会でも、こんなに多くの高級品を一度に目にするなんて想像もしていなかった。毛皮なんて、前世でも本当に高価だったもんなぁ。


 この部屋の使用人たちも実に機敏だった。


 俺たちの来訪を事前に通知していなかったにもかかわらず、三分以内に淹れたての温かいハーブティーを用意し、鮮やかな赤い花模様の陶器のカップに注いで持ってきてくれた。


 商人たちが集まる間の暇潰しにと、お茶と一緒に添えられたのは、なんと動物性クリームを使った小さなケーキだった。


 中世において、貴重な動物性生クリームと白砂糖、そして精製された白小麦粉で作ったスポンジケーキを楽しめるなんて、本当に贅沢なことだ。


 ギルティな楽しみだな、まったく。


 俺が美味しそうにお菓子を食べているのを見て、母も嬉しくなったのか、使用人にもう少しケーキを追加してくれるよう頼んだ。


 しかし、さすがに最高級品だけあって在庫が足りないらしく、もう一皿をすぐに出すことができず、あと一時間ほど焼き上がりを待ってほしいとのことだった。


 ……甘いものがないと、お母様は目に見えてしょんぼりするんだな。


 そこで俺は、自分の皿の上に残っていた、まだひと口しか食べていないラズベリーケーキを「はい」と母に分けてあげた。


 すると彼女は「なんて優しい子なの……!」と感激して涙まで流し始めた。


 うわあ、そこまで泣かなくても……。


 十分ほど待った後、部屋のドアに静かなノック音が響き、母が入室を促した。


 およそ六名の商人たちが部屋に入ってきた。


 体格はそれぞれ異なり、その中にはなんとドワーフの商人まで混じっていた。


 ちなみに、この世界のドワーフは前世のファンタジー小説やRPGで描かれるイメージと全く同じで、髪の毛と見まがうほど豊かな髭を蓄え、身長は十二歳の俺と比べてもまだ低いくらいだ。


 しかも彼はこの街で最も名の知れた金属商人らしい。


 人間がファンタジー生物に対して抱くイメージというのは、時として本当に的を射ているものだな。


 最初に並んだ商人が、自分のマジックバッグから次々と商品を取り出し、俺たちの前の大きなテーブルの上に整然と並べ始めた。


 まず最初は、とあるお抱えの村から仕入れたという小麦粉だった。


 俺たちの城で使う小麦粉は、ずっとその村で作られたものを使っているらしい。


 見た目からすると、この小麦粉は現代地球の製粉工程で作られたものより色が少し暗く、粉の粒も現代加工品ほど細かくない。


 だからお菓子や精緻なスイーツを作りたい時は、(ふるい)でひと手間かける必要があった。


 とはいえ、必需品ということで、母は迷わず百キロを注文した。


 城には多くの使用人や衛士たちがいるから、それも当然の分量だ。


 次に、白小麦粉より格段に安い黒小麦粉とオートミールが並べられ、そこでその商人の商品はほぼ出尽くした様子だった。


 俺たちはこの土地の支配者である公爵家ではあるけれど、配下の末端兵士たちにまで毎食白パンを食べさせることは、この世界においては望むべくもない贅沢だ。


 だから安価な主食をより多く買い入れるのは当然の経営判断だった。


 この商人は主に主食系の穀物を扱っているらしい。なら、ひとつ聞いてみようかな。もし持っていたら、俺は本当に嬉しいんだが。


「あの、すみません、商人のおじさん」


 俺は声をかけた。なるべく幼く可愛らしく、はっきりと。


「商品の中に、小さな小さな粒々の食べ物はありますか? あの……麦の粒みたいな、細かくて白い粒々の食べ物なんですけど」


 もしここに地球人がいれば、俺が求めているものが「お米」だとすぐ分かっただろう。


 この数年間、領内の気候を観察してきた結果、エリクセンの気候は地球のフランス中部に近いと俺は判断した。


 であれば、ヨーロッパにおける稲作の主要産地(イタリア北部など)からそれほど気候的に遠くはないはずだ。


 なら、この商人が貿易の過程で程度の米の在庫を持っていてもおかしくないと、俺は踏んでいたのだ。

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