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5. 可愛すぎるのも罪らしい——俺、初めて街に出る

 光陰矢の如し、七年という歳月はあっという間に過ぎ去ってしまった。


 城の庭園に咲く薔薇は何度も花開いては散り、俺はよく窓辺に座って、庭師のジジイことトムが花の世話をしている姿をぼんやりと眺めていた。


 七年前より一層猫背になってしまったけれど、枝を剪定する手つきだけは昔と変わらず鮮やかだ。


 そして鏡の中の自分を見ればそこには、かつて魔法の暴走で木人形をぶっ飛ばしていたあの小さな女の子の面影はなく、すらりとした一人前のエルフの少女が立っていた。


 身長は百六十センチ近く、プラチナブロンドの長い髪は流れる月光のように腰まで垂れていて、毛先がほんのりとカールしている。


 廊下の甲冑装飾の前を通るたびに、その磨かれた金属面に映る顔が俺を出迎える。


 父と母の両方から受け継いだ、贅沢すぎる顔立ちが。


 母から受け継いだ穏やかなアーモンドアイ。睫毛は蝶の羽みたいにふさふさで、


 父から受け継いだ高く、筋の通った鼻梁。そのラインは優雅でいて、どこか揺るぎない意志を感じさせる。


 その二つが合わさった結果、一度見たら忘れられない、とんでもない美貌が出来上がってしまっていた。


「今日はアムニット市にお買い物に行くのよ~。あなたにとっては初めての街ね!」


 母の声がクローゼットから飛んでくる。タンスの扉をパタパタと開け閉めする音を伴いながら。


 母はペールグリーンのシンプルなワンピースを手に取り、俺の体に合わせてひらひらと当ててみせた。


 裾に施された繊細な蔦の刺繍は朝の光の中でうっすらと浮かび上がり、襟元と袖口には小粒の真珠が輝いている。


「きれいに着飾らないとダメよ。でも目立ちすぎてもいけないわ。悪い人に目をつけられたら面倒だもの」


 そう言いながら、母は慣れた手つきで俺の襟元をちょちょいと整えてくれる。


 その体からは、いつものスミレの香りがふんわりと漂ってきた。


「なにせ今回は私たちふたりだけの外出だから~、もし山賊団に出くわして、私たちを奴隷として売り飛ばそうとしたら大変なことになっちゃうわよ~♪」


 ……上品で端整なお母様の口から、まさかそんな物騒な一言が飛び出すとは。


「お母様、困るのは私たちですか? それとも向こう(山賊)ですか?」


 一撃でジャイアントを真っ二つにできる戦闘力を持ったエルフが、山賊団ごときに脅かされると本気で心配できるのは逆にすごいと思う。


 俺にはちょっと無理だ。


 結局、コーディネートはペールグリーンのワンピースに白いタイツ、素朴な黒い革靴でまとまった。


 鏡の中の少女は清楚で可憐で、まるで森から出てきた妖精のようだった。


 実際エルフなのでそうなのだけど。


 俺がくるりとターンしてみせると、スカートが花びらみたいにふわりと広がった。


 その瞬間、母が突然鼻を押さえて、慌ててハンカチを取り出した。


「お母様?」


 俺は首をかしげる。白金色の髪がさらりと肩を滑り落ちた。


「何でもないわ、ちょっと花粉症が出ただけよ」


 母は手を振って誤魔化したが、俺はしっかり見てしまった。


 目尻に滲んだ涙と、白いハンカチに残った生々しい血の跡を。


 ……部屋の中に花なんて一本もないんですけど? 一体何を言ってるんですか、この人。


 馬車は石畳の上をガタゴトと走り、揺れるたびに胃がひっくり返りそうになった。


 俺は座席の端っこにある革の手すりを死ぬほど握りしめ、指の関節が白くなるほど力を込めていた。


 カーテンの隙間から外をのぞくと、道沿いの田園風景がだんだんと密集した家並みに変わっていくのが見えた。


 空気の中に混じり始めるのは、街特有のにおい——パンを焼く麦の香り、鍛冶屋から漂う煤煙、そして説明のつかない複雑な匂い。


 城門の前で行列に並んで待っていると、後方から急に騒ぎが起きた。


 御者の驚いた声に引っ張られて、俺は思わず窓から頭を出した。


 見れば後ろの馬車の上、中年の男性が座席にもたれかかって、顔面蒼白で口と鼻から血を流している。灰色の顎ひげが暗い赤色に染まっていた。


 さらに不気味なことに、近くの幌馬車から降りてきた数人が俺の顔を見た瞬間、まったく同じように鼻血を吹き出し始めた。


 次々と倒れていく様子は、まるで収穫期に刈り取られる麦の束のようだった。


「な、何なの?!」

 慌てて車内に引っ込み、俺は無意識にスカートの裾をぎゅっと握りしめた。


 ペールグリーンの生地にみるみる皺が寄っていく。まるで今の俺の心と一緒だ。


 伝染病か……?


 この世界の文明レベルは地球の中世ヨーロッパに似ていて、下水道も整備されていないから、街の中にはありとあらゆる未知の感染症が蔓延している可能性がある。


 俺は急いで自分に浄化術クレンズをかけた。淡い金色の光が掌から広がって全身を包んだが、異常な魔力の波動も毒素も何も検出されなかった。


 母は険しい表情でカーテンをきっぱりと引いた。厚手の亜麻布が外の喧騒を遮断する。


 俺を引き寄せて抱きしめてくれた母の胸から、早鐘のような鼓動が伝わってきた。


「怖くないわよ」彼女は俺の長い髪をそっと撫でながら、やさしい声で言った。


「あなたのせいじゃないわ。だってあなたが可愛すぎるんだもの。普通の人間がクローディアを見たら脳の許容量を超えて鼻血が出て、そのまま失血過多で倒れてしまうのは仕方のないことよ♪」


 ……お母様、最近どんどん娘への全肯定が狂気じみてきてない?


 真実を知ったのは、それからずいぶん後になってからだった。後日、ヘイティ先生から専門的な講義(?)を受けて、俺はようやく理解した。


 あの人たちの異常反応は病気ではなく、人間が俺の容貌から本能的に受ける「視覚的ショック」が原因だったのだ。


 俺の顔面は、人間の脳内にある原始的な美的機構を過剰に刺激するらしく、そのインパクトが体力の乏しい者には一時的な急性生理反応として現れる。


 要するに、尊死(鼻血と失神)という形で。


 ……はぁ。なんか色々と言葉が出てこない。世界観どうなってんだ。


 でもまあ、これ以上の余計なトラブルと死傷者を避けるために、それ以来街に出るときは必ず広いつばの帽子をかぶって、薄いベールを垂らして顔全体を隠すことにした。


 城門の前で一時間以上並んだ末に、ようやく馬車が街へと入った。


 街に入った瞬間、俺はベールの隙間からこっそり外を覗いた。


 通りに立ち並ぶ建物はほとんどが木造で、一部の比較的新しい大きな建物だけが石レンガで外壁を仕上げていた。


 街のメインストリートは、馬車が二台並んでやっと通れる程度の砕石路に過ぎない。


 それでも街外れの未舗装の泥道に比べれば、砕石路は天国みたいなものだったけど。


 ……やっぱり、領地を豊かにしたければ「まずは道路の整備から」ってことだな。前世の歴史が証明している。


 十分ほどで、馬車は大きな屋根付きの広場に差し掛かった。


 御者がひょいと顔をのぞかせて、声をかけた。


「奥様、お嬢様、商業通りに到着いたしました。北へ数分歩けば、いつも利用している大商人の店がございます。私はここで馬車の番をしておりますね」


 そう言い終えると、御者は顔を引っ込め、小走りで馬車の後ろへ回り、荷台のステップを開けた。


 俺と母が降りやすいように。


 母が先に降り、振り返って俺に両手を差し伸べた。


「抱っこして降ろしてあげる」という全面的な意思表示だ。


 いや、もう十二歳ですよ!! いつまで幼児扱いするんですか!!


 ……しかし、地面に敷いてある泥混じりの乾いた藁を見て、今日の俺が少し踵のあるお洒落靴を履いていることに気づいた瞬間。


 俺は大人しく、母のお姫様抱っこを受け入れるしかなかった。


 くっ……! 精神年齢四十二歳の元オヤジが、実の母親にお姫様抱っこで馬車から降ろされるなんて、どんな公開処刑だ……。


 その様子を見ていた通りすがりの市民たちが、何人か足を止めてこちらをじっと見つめてきた。


 帽子とベールで隠しているというのに、隙間から漏れ出た僅かな横顔を見ただけで、何人かが口と鼻から血を流しながらその場にガクンと崩れ落ちた。


 彼らは倒れる際、うわ言のようにぶつぶつと呟いていた。


「神よ……美しすぎる……」


 ……何を言ってるのかさっぱり分からない。


 この街の人たち、なんか脳のブレーキ壊れてない? 本当に謎すぎる。


 俺は母の手を握って、二人で近くの通りへと歩き出した。


 道を歩くたびに通行人がビクッと振り返り、中には何に突き動かされたのか、ふらふらと突進してきて、俺たちに声をかけようとする男まで現れた。


 ちょっと、ただ買い物してるだけなのに絡んでこないでくれる?


 ……まあ、それだけのガワが絶世の美少女だってのは分かってるんだけどね。


 なぜか前世のオヤジ心が、ふわっとした謎のドヤ感と誇らしさを抱いてしまうのは内緒だ。


 もっとも、その手のナンパ野郎どもも大した度胸はなかった。俺に不躾な声をかけようとした瞬間、隣の母の体から、周囲の空気が凍りつくようなガチの殺気が一筋ピキッと漏れて。


 男たちは顔面を真っ青にし、冷や汗をだらだら流しながら、蜘蛛の子を散らすように脱兎の勢いで逃げ去っていった。


 ……その程度の根性で、うちの最強ママンの娘に声をかけようとしたわけ?


 本当にダサすぎて、言葉も出ないぜ。

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