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66. 緑の迷宮、帝国の剣と、銀白の騎兵

最後の兵士の死体がさらさらと灰白色の灰へと崩れ落ちた――その直後だった。


遠くない場所の森の中から、規則正しく重厚な足音が響いてきた。


黒々とした影が、木々の幹の隙間からゆっくりと滲み出てくる。地面にまで影が落ちるほど、その数は多い。


――先ほど、俺たちが死力を尽くしてようやく打ち倒した帝国軍団の兵士たちだ。


だが今回は違う。びっしりと隙間なく整列した縦隊が、三つの方陣を成して現れた。前の一団の、二倍以上はいる。


彼らはこちらの四人を視認した瞬間、一瞬だけ歩みを止め――次の瞬間にはもう、戦闘準備の姿勢を整えていた。


左手に分厚い円形盾、右手に鋭い長槍。盾と盾がぶつかり合う「ガンガン」という低い音が響きわたる。


整然とした隊列が、俺たちの方角へ向かってじりじりと迫ってくる。一歩一歩が重く、地面さえかすかに揺れているかのようだった。


ユーナは両手で火元素の長剣を握りしめたまま、顔に緊張を滲ませている。


「……前の方陣一つを倒すだけで、もう限界に近かったのに」


チャーリーの声が震えていた。彼女は横に首を傾け、俺を見て、眼差しには助けを求めるような色があった。


「クローディア、また三つも来たんだけど……これ、どうするの?」


俺は深く息を吸って、視線を前方へ戻した。


(まずい。体内の魔力が、みるみる削られていく感覚がある)


ブリュンヒルデの槍の変身スキルには、持続時間の制限がある。今の消耗ペースでは、あと二十分が限界だ。一秒でも延長はできない。


対して目の前の三方陣は、先ほどの三倍の兵力だ。


四人で全力を出したとしても、二十分では到底倒しきれない。下手をすれば、ここで全滅する。


俺は無意識のうちに手を伸ばし、腰に差していた細剣の柄に触れた。


――賭けるしかない、か。


俺はゆっくりと右手を持ち上げ、指先でブリュンヒルデの槍の穂先を軽く撫でた。


身体を覆っていた魚鱗の甲冑が、さっと淡い白光を帯びる。それは少しずつ微細な光粒へと変わり、ゆっくりと空気に溶けていった。


変身が解ける。


代わりに現れたのは、もとから着ていた地味な黒い麻のワンピース。裾は足首まで垂れ、俺の細身に沿って落ちている。戦闘の汚れがあちこちについていて、少々みすぼらしい。


変身状態が完全に解除されると同時に、ブリュンヒルデの槍もゆっくりと一条の流れ光となり、指先を伝って手首の収納ブレスレットの中へと戻っていった。


俺は手を上げ、腰の細剣の柄を握った。指先に、金糸楠木の滑らかで温かい感触が伝わってくる。


――シュッ。


剣を鞘から引き抜く音が澄んでいた。刃が弱い光を反射して、俺の顔の上に映った。


両手でそっと細剣を持ち、じっくりと観察する。


剣身には隅々まで精緻な花文様が刻まれており、その文様は密で繊細だ。古帝国の紋様を思わせるような意匠で、光の当たり方によっては微かな輝きを放っている。


握り手と台座には、贅沢な金糸楠木が使われていた。木目がはっきりと見え、さらに白金色の金属線が何本か埋め込まれ、握り手に巻きついている。装飾でもあり、滑り止めの役割も果たしているのだろう。


どう見ても、斬撃戦闘用の幅広刀ではない。剣身は細く、重さも普通の戦刀よりずっと軽い。


むしろ、貴族の礼儀的な場で携帯するための――儀礼剣と呼ぶほうが近いだろう。


だが、先ほどの百人長はこの剣を使って独立した封鎖空間を作り出し、俺を閉じ込めてみせた。


ということは、この剣の能力は相当なものだ。ただの飾りなどでは、決してない。


俺は深く息を吸って、心底の疑念を一旦押し込め、体内の暗魔力をゆっくりと細剣の剣身へと流し込み始めた。


魔力が指先から少しずつ剣身へと入り込む。細剣がかすかに震え始め、微細な「ウゥン……」という唸り声を発した。まるで、俺の魔力に応えているかのように。


次の瞬間、この剣に関する情報が、前触れもなく俺の脳裏へと流れ込んできた。刻み込まれたように、くっきりと鮮明に。


俺は固まった。


細剣を握る手が、わずかに止まる。眼の中に、驚きの色が広がった。


この剣の名は、古帝国の正式名称を冠している。


その名は――「グリンマンランク帝国之剣」。


(……マジか)


搭載されているスキルは、二つ。


第一のスキルは、独立した空間を構築するもの。敵のうちの一人と自分とを閉鎖空間に封じ込め、外界のいかなる干渉も遮断する。


第二のスキルは、グリンマンランク帝国軍内のあらゆる兵種を召喚できるもの。魔力さえ十分に注ぎ込めば、それだけ強力な戦力を呼び出せる。


――そういうことか。


さっきの百人長が召喚したあの巨大な盾持ち骸骨兵は、百人長自身の固有スキルではなかった。この「グリンマンランク帝国之剣」に元々備わっているスキルだったのだ。


俺は手の中の細剣を見つめた。剣身はやはり微かな光沢を帯び、繁雑な花文様が魔力の潤いを受けてより一層くっきりと浮かび上がっている。


心底から、衝撃が込み上げてくる。


こんな一見ありきたりな剣が、まさか古帝国の遺産だったとは。


(……だからこそ、この地下城がこれほど特殊なのか)


一国の至宝を収める場所だ。ひと筋縄ではいかないのも、当然というものだろう。


「クローディア、どうかしたの?」


ユーナの声が届いた。彼女が俺の傍に寄り添い、俺の手の中の細剣を見てから、俺の顔を見た。


「その剣……何か特別なの?」


俺は首を横に振り、すぐには答えなかった。ただ、素早く我に返った。


今は驚いている場合じゃない。兵士たちがどんどん近づいている。時間を無駄にはできない。


俺は細剣を強く握り直し、体内の暗魔力を素早く剣身へと注ぎ込んだ。魔力を送り込む速度が、どんどん速くなっていく。


剣身が何かを感じ取ったかのように、表面に黒々とした靄が沸き上がり始めた。黒靄は剣身の周りにゆっくりと絡みついていき、奇妙な気配を帯びている。


体内の魔力が、猛烈な勢いで消費されていく。俺は確かに感じた。身体が急速に弱っていく。頭が重い。指先が微かに震えて、細剣を握り続ける力さえ、もうわずかしか残っていない。


――けど、やるしかない。


俺が体内の魔力をほとんど全て細剣へと供給しきった瞬間、「グリンマンランク帝国之剣」はようやく魔力の搾取を止めた。黒靄も徐々に落ち着き、狂ったような吸収が収まった。


俺はよろけ、もう少しで地面に倒れ込むところだった。チャーリーが目敏く手を伸ばし、俺の腕を掴んで支えてくれた。


「クローディア、大丈夫?」


声が心配そうに揺れている。彼女の目が、まっすぐに俺を見ている。


「……大丈夫」


俺は息を吐きながら、首を横に振り、額の冷や汗をぬぐった。


(だいたい、何なんだこの剣。兵士を一回召喚するだけで、全魔力の半分近くを持っていくとか……節操なさすぎる)


さっきの百人長が骸骨盾兵を一体しか召喚せず、それも一時間も持たなかった理由が、やっと分かった。コスト過大で魔力が続かなかったのだ。


ユーナが素早く傍へ寄り、収納袋の中から新しい魔力薬水を取り出し、俺の前に差し出した。


「クローディア様、早く飲んでください。魔力を補充しないと」


俺は頷き、薬水を受け取った。体が弱っているせいか、指がうまく動かない。瓶の蓋を一度でつかみ損ねてから、ようやく握り直し、ごくごくと一気に流し込む。


薬水が喉を滑り落ちていく。かすかにひんやりとした感触がある。


体内に入ると同時に、素早く魔力へと変換される。疲弊した身体に染み渡るように広がって、ぐるぐると揺れていた頭がじわじわと落ち着いてきた。体内の魔力も、少しずつ戻ってくる。


薬水を飲み干し、空の瓶をユーナへ返した瞬間だった。


俺たち四人の目の前で、ふわりと淡い黒靄が漂い始めた。


十二の輪郭が黒靄の中に浮かび上がり、ゆっくりと姿を凝固させながら、宙に浮いている。具体的な形はまだ見えないが、その黒影たちから、強大な気配が静かに滲み出てきていた。


これが、「グリンマンランク帝国之剣」が召喚した兵士たちだ。


俺は手の中の細剣をきつく握りしめた。


(どんな兵が出てくるんだ……?)


期待と緊張が、同時にこみ上げてくる。


一方、あの帝国兵の方陣は、すでに長溝のエリアに到達していた。


彼らは足を止め、隊列を再整備した。円盾は相変わらず幾重にも重なり合い、長槍がこちらに向けて突き出されている。殺気は濃く、今にも突撃してきそうな空気が漂う。


そして彼らが歩みを止めたその瞬間――俺の目の前の十二の黒影も、とうとう形を成した。


俺は目を見張った。


眼前の十二名の兵士を、まじまじと見つめる。


胸に込み上げる衝撃が、もう一度、波のように押し寄せてきた。


彼らは全身を厚重な銀白色の甲冑に覆われていた。その鎧は磨き上げられ、眩しいほど光を反射している。顔面さえ鋼製の仮面で守られ、見えるのは一対の、冷たく鋭い瞳だけだ。表情はわからない。


彼らの足下の軍馬も、同じく分厚い銀白色の馬鎧をまとっている。馬鎧には、あの細剣と同じ繁雑な花文様が刻まれていた。


軍馬は頭を高く掲げ、ひときわ高い嘶きを上げた。声は朗々と響き渡り、その中に穏やかならぬ殺気をはらんでいた。


彼らが手にする武器は、それぞれ違う。船の櫂ほどの長さの長槍を携えた者もいれば、表面に刺突が並んだ重厚な長柄鉄槌を握る者もいる。長槍は全体が漆黒で、穂先は鋭く研ぎ澄まされ、寒々とした光を放っていた。


「これは……鉄甲聖騎兵?」


ニーナの声が、かすかな震えをはらんでいた。彼女は思わず一歩後退していた。まっすぐな視線が、眼前の十二名の騎兵に釘付けになっている。


「……昔、古典籍で読んだことがあります。古帝国内でもっとも名高い重騎兵、そして帝国が魔人軍と戦うにあたって最も鋭い刃となった存在だと。


四人で小隊を組めば、百名の普通兵に匹敵する戦力になる……そう、書かれていました」

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