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53. 草原の伏兵

俺は勢いよく目を開き、瞳に驚きが走った。


心の中が疑問符で埋め尽くされる。


(二つの波動って、どういうことだ?


誰かが空間魔法で偽の転移門を作り、俺の索敵を撹乱しているのか?


それとも、この一帯に本当に地下迷宮の入口が二つあるのか?)


通常、地下迷宮の入口は一つだけだ。


入口が二つ存在した事例など、歴史上一度も記録されていない。


ヘイティ先生が授業で言っていた —— 低級の迷宮でも高級の迷宮でも、入口は必ず一つ。例外はない、と。


この発見が、俺の胸に好奇心と警戒心を同時に呼び起こした。


そして右側の魔力波動は、左側より明らかに強い。


気づけば自然と意識がそちらへ引き寄せられていた。


あの波動が持つ空間属性の力は圧倒的だ。対応する迷宮のランクは相当高い —— それだけ宝物も多いだろうが、危険度も相応に跳ね上がる。


俺とユーナならまだ戦える。


でもチャーリーとニーナは、一般人より少し強い程度の少女たちだ。


無策に突っ込んだら、二人を危険にさらすことになる。


「どうしたの、クローディア? 入口、見つかった?」


チャーリーが俺の目が開いたのを見て、すかさず口を開いた。声に期待が滲んでいる。


俺は三人の方に向き直り、ゆっくりと告げた。


「二つの魔力波動を感じた。どちらも空間属性の要素を帯びている —— たぶん地下迷宮の入口だと思う。一つは左、もう一つは右。右側の方がずっと強い」


「え? 入口が二つ?」チャーリーが目を丸くした。


「そんなこと、あり得るの? 地下迷宮の入口って一つしかないって聞いてたけど」


ユーナも眉をひそめ、表情に疑念の色が浮かぶ。


ニーナもこくりと頷き、小さな声で言った。


「…… 気をつけて」


俺はしばらく黙って考えた。


(二つの波動はどちらも精純だ。偽の転移門が模倣できるような代物じゃない。おそらく本当に入口が二つある —— ただ、こんな事例は前例がなさすぎる)


「右に行ってみましょう」


俺はゆっくりと口を開いた。語気は静かだが、迷いがない。


「右側の方が波動が強い分、迷宮のランクも高いはず。危険は増えるけど、それだけ見返りもある。せっかく出会ったんだし、行ってみる価値はあるでしょ」


「よし、右だ!」チャーリーがすぐに賛同した。


「危険とか気にしない! 高級迷宮の中に何があるか見てみたいもん!」


ユーナは少し心配そうにしながらも、頷いた。


「分かりました。お嬢様についていきます」


ニーナも静かに頷いた。言葉はなかったが、瞳の光が少し強くなった。


―――――――――――――

こうして俺たちは、右側の魔力波動へ向かって歩き始めた。


俺が先頭に立ち、強大な波動を意識で追いながら方向を絞る。


ユーナが俺の隣を歩き、周囲の気配に常に目を配っていた。


チャーリーとニーナはその後ろについている。


森の奥へ進むにつれ、あたりはどんどん静まり返っていった。


聞こえるのは俺たちの足音と、風が葉を揺らす「さわさわ」という音だけだ。


陽光はもはや鬱蒼とした葉の間を抜けられず、差し込む光が刻一刻と薄くなっていく。


空気の中には草木の清涼な香りに混じって、うっすらとした魔力の気息が漂い始め、一歩進むたびに濃くなっていった。


十数分ほど歩いたとき、右側の波動が急に鮮明になった。


俺は足を止め、前方に目を向ける。


すぐ先に、小さな山の窪地があった。


その中央に、二本の彫刻石英柱が立っていた。


柱は全体が白く、表面には複雑な紋様が刻まれ、その溝から淡い魔力の光沢が滲み出ている。


そして二本の柱の間には —— 菫色の光幕が漂っていた。


光幕は静かに揺れ、強大な空間属性の魔力を絶えず放ち続けている。


周囲の魔力気息は、ここで極限まで濃縮されていた。


これが地下迷宮の入口だ。間違いない。


「見つけた! クローディア、入口を見つけたよ!」


チャーリーが思わず声を弾ませ、興奮に頬を染めた。


冒険者に憧れ、迷宮探索を夢見てきた彼女にとって、これは夢が叶う瞬間だ。


「ようやく……」ユーナが小さく息をついた。


「お嬢様、今すぐ入りますか?」


俺は菫色の光幕を、目を細めてじっくりと見つめた。


同時に周囲の魔力波動を感じ取りながら、心の中の警戒心はまったく緩んでいない。


扉の両脇に立つ彫刻石英柱が、この迷宮のただならぬ格を物語っている。


光幕から放たれる魔力は、俺が予想していたよりもはるかに強大だった。


中の迷宮は、きっと簡単なものではない —— 危険度は相当高いはずだ。


それでも —— 胸の奥の好奇心が、じわじわと燃え上がっていた。


俺は小さく頷いた。瞳に静かな決意が宿る。


「入りましょう。でも中に入ったら、必ず私のそばから離れないこと。勝手に動かないで。危険を感じたらすぐ私かユーナの後ろに隠れて、絶対に無理しないで」


「分かった!」チャーリーが即答した。


ニーナもそっと頷き、魔法杖をぎゅっと握り直した。


(あの二人が勝手に突っ走らなければ、大事にはならないはずだ)


俺は深く息を吸い、一歩前に踏み出した。


ユーナ、チャーリー、ニーナが俺の背中に続く。


四人の足が、菫色の光幕へと向かって、一歩一歩刻まれていく。


俺の体が最初に光幕に触れた瞬間 —— 強大な空間属性の力が全身を包み込んだ。


軽い浮遊感。


耳元の風音と草木の香りが、一瞬で消えた。


視界が塗り替えられる。


―――――――――――――

四人全員が光幕を抜けると —— 周囲の風景が一変した。


薄暗い鬱蒼とした密林が、腰丈ほどの草原へと切り替わっていた。


あまりにも鮮烈な変化に、俺たち四人は思わず足を止め、ぽかんとした。


見渡す限り、枯れた黄草が大地を覆い尽くしている。


どこまでも、どこまでも続いていて、果ては霞んで見えない。


風が吹くと草が揺れて「さわさわ」と音を立てる —— さっきの森とは全然違う音だ。


空は薄い灰色だった。


太陽もなく、雲もない。


草原全体が、静かな寂寞に包まれていた。


(…… 地下迷宮って、こういう場所なのか?)


俺は内心で首を傾げた。


(前世の漫画で読んだダンジョンとは、全然違うんだけど)


思い描いていたのはこうだ —— 閉鎖的な廊下を一列で進み、石壁に刺さった松明だけを頼りに暗闇の中を歩く。


床には仕掛けタイルが潜んでいて、踏めば矢が飛んでくるか岩が落ちてくる。


隅に怪しい宝箱が転がっていて、暗がりから突然魔物や擬態怪が飛び出してくる —— そういうやつだ。


(でも、まあ)


思考が引き戻される。そういえばヘイティ先生が言っていた。


地下迷宮はあくまで特殊空間の総称にすぎない。中が「迷宮の形」をしているとは限らない。本質は異次


元空間であり、入口はその世界と繋がる空間属性の転移門に過ぎない。


そして今俺たちが使っている転移魔法も、もとは魔力学者が迷宮の入口構造を解析する過程で、「たまたま」研究してしまった副産物だという。


目的はあくまで魔鋼の大量生産だった —— と先生は話していた。


(その研究成果を発表するとき、魔力学者たちは「転移魔法の開発は付け足しに過ぎない」と一言添えたらしい)


それを聞いた魔法師たちが、怒り狂ったのは当然だろう。


長年研究して手がかりもなかったものを、「ついでに作った」と言われたのだから。


俺は思わず口元を緩め、小さく首を振った。


—— が、すぐに笑顔を消した。表情が引き締まる。


(今は迷宮の中だ。気を抜くな)


俺は深く息を吸い、静かに目を閉じた。


体内の魔力をゆっくりと全身へ広げ、外へ向けて魔法索敵を展開する。


…… すぐに、反応が返ってきた。


乱れた、微弱な魔力波動。


四方の草叢から —— 密かに、しかし確実に。


蠕動するように、無数の小さな気配が蠢いている。


(…… 囲まれてる)


俺は精神を集中させ、精密に数を拾った。


四方の草叢に、およそ四十体の魔物。


均等に分散配置されていて、隙間がない。


(最初から待ち伏せていたのか。俺たちが踏み込んでくるのを、じっと待っていた ——)

指先がかすかに冷えた。


心の中の警戒心が、一瞬で最大値まで跳ね上がる。


俺は目を見開いた。


瞳に警戒と険しさが宿り、即座に身を翻して三人へ命じた。


「伏兵がいる! ユーナ、私の後方を任せて —— 後ろと両側の魔物を警戒して。チャーリー、ニーナ、今すぐ私とユーナの間に入って。動かないで!」


学院での演習が、ここで生きた。


三人は慌てることなく動いた。


俺たちは素早く、簡潔で安定した防衛陣形を組み上げた。


俺はためらわず魔力を動かした。


左手を持ち上げると、氷魔法が瞬く間に凝結し —— 丸い氷晶の盾が形成される。


右手では金魔法を操り —— 全身が金色に輝く砍刀が一閃、手の中に現れた。


刃は鋭く、冷たい光を帯びていた。


ユーナも一秒の遅れもなく動いた。


収納手環から火属性の長剣を取り出す。


剣身を淡い炎の魔力が纏い、灼熱の気息を放っていた。


ユーナは両手で剣を構え、後方と両側の草叢を鋭い目で睨み据えた。


チャーリーとニーナも各自の荷物から短剣を取り出し、しっかりと握った。


小柄で鋭い、近距離防衛と攻撃に向いた武器だ。


俺たちは魔法使いだ。普段の訓練も魔法攻撃が主体になる。


でも実戦では、魔物が遠くから大人しく魔法を食らって倒れてくれるわけじゃない。


突然眼前に飛び込んできて、接近戦を仕掛けてくることだって多い。


だから近接武器を備えておくのは、魔法使いとして当然の心得だ。

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