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52. 地下迷宮の扉

十分ほど待つと、遠くから軽やかな足音と、チャーリーの賑やかな声が聞こえてきた。


顔を上げると、チャーリーとニーナがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。


チャーリーはいつも通りはつらつとしており、瞳には活気があふれ、走りながら手を振っている。


「クローディア!ユーナ!来たよ!遅刻してないよね!」


チャーリーの隣を走るニーナは、相変わらず物静かで、藍色の長髪を肩に垂らし、淡い水色のワンピースをまとっている。


うつむきがちで、チャーリーの後ろにそっとついてくる。


俺たちの前まで来ても、ちらりと視線を上げただけですぐに目を伏せ、白い頬にうっすらと赤みが差した。


恥ずかしがり屋なのは相変わらずだ。


そのころには俺も朝食を食べ終えており、空の茶杯をユーナに渡した。


ユーナはそれを受け取って収納手環にしまい、残ったビスケットもきれいに片付けた。


手慣れた動作で、あっという間に荷物が整う。


チャーリーは俺の前まで来ると、目が一瞬でぱちりと輝いた。声に驚きが滲んでいる。


「わあ!クローディア、今日は変装魔法を使ってないんだね!やっぱり素顔が一番可愛い!」

チャーリーは俺をじっと見つめ、瞳に羨望の色を浮かべながら矢継ぎ早に続ける。


「ねえ、クローディアの髪、本当にきれい!あと、青い瞳も可愛いし、肌も白いし、体からなんとなくいい匂いもするし!


クローディアと一緒に地下迷宮に行けて、しかも素顔まで見せてもらえるなんて、もしクラスのみんなに言ったら、みんなめちゃくちゃ羨ましがるだろうなあ!」


確かに以前、チャーリーは俺の本当の顔を見たことがある。


でもあのときは馬車の幌の中で、明かりも暗かった。


今日のように、日差しの下でっきりと見るのは初めてだろう。


そんな彼女の浮かれっぷりを見ていたら、ちょっとからかいたい気分になった。


俺はゆっくりと笑顔を消し、わざと真顔を作った。


じっとチャーリーの瞳を見据え、半分冗談、半分本気の口調で言い放つ。


「もし外部に漏らしたら、あなたの一族が跡形もなく一掃されることになるわよ」


言い方は穏やかだったが、語尾にはかすかな威圧が乗っていた。


公爵の娘というのは、どうしても滲み出る気品と気配がある。


チャーリーは案の定ひえっと縮み上がり、笑顔が一瞬で凍りついた。


体ごと後ずさりし、声に焦りと慌てが混じる。


「えっ!わ、わかった!絶対言わない!クローディア、そんな顔するの怖すぎる!


殺されても言わないから!本当に!絶対に!」


こんなにびっくりした顔をするとは思わなかった。


笑いがこみ上げてきて、俺は口角を少し上げながらも、引き続き無表情を保った。


横からユーナが割り込み、穏やかにフォローする。


「チャーリー、怖くないですよ。クローディア様は冗談を言っていただけです。


ただ、お嬢様の本当の身分は誰にも教えちゃいけません。


もしバレてしまったら、お嬢様も私もアムニットから公爵領に戻らなくてはならなくなり、一緒に授業を受けたり遊んだりできなくなっちゃいますから」


チャーリーはユーナの言葉を聞いて、大きく息をついた。


胸に手を当て、まだ少し動揺が残っている様子だ。


「そういうことか…… びっくりした。クローディアが本気だと思ったよ」


ニーナもこくりと頷き、顔を上げて俺をちらりと見てから、すぐにまた目を伏せ、小さな声で言った。


「私も、言いません」


声はかすかで、耳を澄まさないと聞き取れない。


言い終えると頬がさらに赤くなり、ますます恥ずかしそうだった。


俺は二人を見ながら、ついに笑みを抑えられなくなり、小さく首を振った。


「もう、からかうのはやめましょ。行くわよ。早く着いたほうが早く終わるし」


「うん!」チャーリーが即座に答えた。


さっきの動揺はもうどこかへ飛び、元の興奮した顔に戻っている。


ニーナの手を引き、ぴょんぴょんと弾みながら俺とユーナの横についた。

―――――――――――――


こうして四人は、笑ったり話したりしながら歩き始めた。


木漏れ日が葉の隙間からこぼれ落ち、俺たちの体にぽかぽかと降り注ぐ。


一時間ほど歩き続け、俺たちはアムニット市の北側に広がる森に入った。


足を踏み入れたとたん、俺は思わず眉をひそめた。


どこかで嗅いだことのある感覚が、胸の奥からじわっと浮かび上がってくる。


この森は —— 以前、俺とユーナが手分けして黒袍会の陰謀を食い止めた、あの場所だった。


(あのときのことを思い出すと、指先に力が入る。でも ——)


心の奥がすっと沈んだが、すぐに力を抜いた。


ジャックはすでに報せを送ってきている。


黒袍会は今しばらく大きな動きができない。


ここは、今は安全なはずだ。


そういえば、この場所に新しい地下迷宮が生まれたのも、俺には驚きではなかった。


ヘイティ先生が魔力学の授業で、地下迷宮の生成原理を教えてくれたことがある。


一言で言えば、一帯に大量の魔力が集まり、短時間で散らずに蓄積され続けると、地下迷宮が生まれるという話だ。


魔力で生まれた空間だから、迷宮の中には地上では手に入らないものがたくさんある。


代表的なのは大量の魔力が注ぎ込まれた魔鋼で、それを目当てに冒険者たちは命懸けで潜っていく。


(魔力を大量に集める、って口で言うのは簡単だけど ——)


俺は心の中でそっと続けた。


魔力というのはとにかく不安定な性質を持ち、うっかりすると凝縮した魔力の塊はすぐ空気中へ逃げていってしまう。


誰かが意図的に魔力を引き集め、ずっと維持し続けない限り、自然にあれほどの量が一か所に集まるなんてことは、まずあり得ない。


—— もしくは、魔力を持った生き物が同じ場所で大勢死んだとき以外は。


俺は袖口を指先でそっと撫でながら、ヘイティ先生の言葉を脳裏でたどった。


魔力というのは、人でも魔物でも、自分の体の中で作り出すものではない。


空気や食べ物から少しずつ取り込み、体内に蓄えておくものだ。


そして魔力を持った生き物は —— 人間であれ魔獣であれ —— 死ぬと、体に蓄えていた魔力をじわじわと外へ放出し始める。


以前、俺とユーナはこの森で黒袍会の陰謀を潰すため、一瞬にして百匹近くの中級魔物を屠った。


あの魔物たちの体内には、それぞれかなりの魔力が蓄えられていた。


死後、その魔力がずっとこの一帯に流出し続け、谷全体に溜まっていった。


その状態が長く続いたことで、地下迷宮が生まれる条件が整ったというわけだ。


地下迷宮の生成には、大きく分けて二つの段階がある。


第一段階は、魔力の蓄積。これはもう完了している。


第二段階は、魔力薄膜の形成だ。


目を細めて周囲を見回すと、肉眼では何も見えないが、俺の感覚には谷の周囲に薄い魔力の膜が漂っているのがはっきりとわかる。


それが魔力薄膜だ。


この薄膜は谷の内側から魔力が外へ逃げるのを防ぎ、この一帯に常に魔力があふれた状態を保ち、迷宮の生成に必要な条件を整えてくれる。


(魔力学者たちはいまだに、この薄膜がどうやってできるのか解明できていないらしいけれど)


わかっているのは、迷宮が生まれ始める初期段階で、一帯の魔力の流れが何かしらの不思議な力によって遮断されるということ —— その力が、魔力薄膜と呼ばれているものだ。


魔力薄膜が形成されると、その区域の中に扉がふっと出現する。


さまざまな素材で作られた大きな扉 —— それが地下迷宮の入口だ。


そして入口の素材は、生成されたときの魔力の蓄積量によって決まる。


魔力が少なければ入口は普通の石レンガ、魔力が多ければ多いほど、より貴重な素材になる。


最も低い級の迷宮は、普通の石レンガの扉だ。


特に変わったところはない。


(でも、最高級の地下迷宮になると ——)


俺の脳裏に、ヘイティ先生が語った歴史が浮かんだ。


グリンマン帝国とハーランド帝国が共同で管理する国境都市、グリンマンド市の中心部にある迷宮。


その名は古戦場地下迷宮。


百年前、グリンマン・ランク帝国が大分裂を起こし、その残骸から生まれたグリンマン帝国とハーランド


帝国が国家として立ち上がったばかりのころ ——


二つの大国はグリンマン・ランク帝国の正統後継者の座を巡り、大規模な戦争を繰り広げた。


(あの戦争は、史上最大規模だったと先生は言っていた)


心の中で、ぽつりと思う。


その戦場では、両国の公爵だけで数十人が命を落とした。


伯爵や侯爵に至っては数百名。


子爵や男爵といった下位貴族の戦死者の数は、今のエリクソン領の常備軍よりも多いほどだったという。


(一般兵士たちの数なんて…… 考えるだけで胸が重くなる)


貴族というのは、爵位の高低にかかわらず、必ず魔法適性を持っている。


体内には相応の魔力が蓄えられており、たとえ最も低い男爵であっても、その魔力量は一般人の百倍を下回らない。


それが貴族の強みであり、その立場を支える柱でもある。


あれほど多くの貴族が同じ場所で命を落としたとき、それぞれの体内から膨大な魔力が一斉に戦場へと解放されていった。


魔力の蓄積速度は信じがたいほど速く ——


戦争が始まってわずか三日目に、その戦場には地下迷宮が生まれた。


入口の扉は、黄金で鋳造されていた。


それは今に至るまで、世界でただ一つの黄金の扉を持つ地下迷宮だ。


生まれた直後から、グリンマン帝国とハーランド帝国の双方がこの迷宮を独占しようと主張し、再び戦端を開くかと思われた。


しかし最終的に、戦場から最も近いライリーダシア王国の仲裁が入り、両国は一歩ずつ引いて停戦協定を結び、共同管理という形で落ち着いた。


(あれほど凄惨な戦争の、まさかの副産物というわけか)


俺はひとつため息をつき、頭の中でゆっくりと思考をまとめた。


我に返ると、四人はすでに冒険者協会から受け取った案内地図を手に、森の奥へと歩みを進めていた。


チャーリーが立ち止まって地図を広げ、眉をひそめて周囲の木立と見比べながら、口の中でぶつぶつつぶやいている。


「おかしい、地図だとこのあたりのはずなんだけど…… どこにもないよ?」


俺は近づいて、彼女の手元の地図を覗き込んだ。


丁寧に書き込まれており、入口の大まかな場所も示されている。


でも木が鬱蒼と茂って視界を塞いでいるし、そもそも俺たちは少し急ぎすぎて、いつの間にか森の奥まで迷い込んでいた。


「探すのはやめて。地図はここでは使いにくいから、私が魔力で索敵するわ」


チャーリーの肩を軽くたたき、俺は静かに言った。


チャーリーはすぐに頷き、地図を折りたたんで、目をきらきらさせながら俺を見た。


「了解!やっぱりクローディアは頼りになるよ!」


目を閉じ、俺は体内の魔力をゆっくりと解き放った。


意識を広げながら、周囲に漂う魔力の波動を感じ取っていく。


霧の中にぽつぽつと灯がともるように、周囲の魔力の流れが脳裏にじわりと浮かび上がってくる。


—— そのとき、二つの異なる魔力の波動が、同時に俺の感覚に飛び込んできた。


一つは進行方向の左側から。


もう一つは右側から。


どちらもはっきりと空間属性の要素を帯びていた。


(これは —— 地下迷宮の入口特有の波動だ。間違いない)


俺は目を開け、淡々と告げた。


「見つかった。しかも二か所ある」

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