48. 断罪の余波、そして眠れない朝
競売会に参加していた貴族と商人 —— そして彼らの家族もまた、アルフレッド公爵が直々に率いた禁衛軍の電撃的な一斉検挙によって、残らず縄をかけられた。
前夜の競売会場で高らかに笑っていた権貴たちの家族が、今は一人また一人と温かな屋敷から引きずり出されていく。
昨日まで誇っていたあの驕りも体裁も、禁衛軍の鎧の前では跡形もなく砕け散った。
混乱の中、逃げ惑う群衆に踏み潰されて落命した者が数名いた。
だが、それを差し引いても、関係者とその家族は全員 —— わずか五日のうちに、エリクソン公爵領最大の都市、アムニット市へ護送されてきた。
俺はエリクソン公爵邸のテラスに立ち、遠くを見つめていた。
白金の長髪が月光のように肩へ垂れ、毛先が微かな冷風にそっと揺れる。
城門へと続く道に、禁衛軍の馬車の列がゆっくりと入ってくるのを、俺は静かな瞳で眺めていた。
胸の内に、何の波立ちもない。
(あいつらの手は、無辜の血で染まっている。この結末は、自業自得というものだ)
その後 —— 彼らはアムニット市の法廷において、公開裁判にかけられた。
一人ひとり罪状が読み上げられ、それぞれの報いを受けた。
爵位と全財産を剥奪され、凍てつく地牢に終身幽閉された者。
辺境の荒野へ流罪となり、大地を耕しながら二度と戻れぬ者。
そして —— 自らの手で奴隷を嬲った者たちは、法の名のもとに処刑された。
刑場に響いた断末魔は、アムニット市の路地裏にまで染み渡り、長い間、人々の耳から離れなかった。
それは、傷つけられた無辜の魂たちへの、せめてもの贖いとなった。
ラティ・モルガン —— オリバー商会のために奴隷を輸送していた男についても、当然、このまま野放しにするつもりなど毛頭なかった。
父上に命じて彼を俺の騎士に任じさせたのは、最初から仕組んだ一手だった。
(あの男を一時的に安心させ、警戒を解かせる。そのためだけの布石だ)
騎士の地位を与えられたことで、ラティは公爵府の庇護を得たと思い込んだ。
だが、彼がオリバー商会と手を結び、奴隷売買に加担したその瞬間から —— 彼の末路はとっくに決まっていたのだ。
今となってはオリバー商会はエリクソン領内で完全に壊滅した。
その名の下にあった財産も商業ルートも土地も、残らず母上ヘレナが全権を握るクローディア商会に接収された。
(…… 自分の名前を商会に使われるのは、正直あまり気が進まないんだが)
しかし母上は、商会株の一割を俺に与えると言い、かつ経営の決定権には一切タッチしなくていいとも言った。
(…… 毎年、何もせずに配当金が入ってくる、か)
それは —— さすがに文句を言い続ける気力が削がれた。
毎年ただ寝ているだけで金が増える。社畜だった俺の前世にはなかった概念だ。
仕方ない、大人しく受け取ることにする。
母上は実に手際がよかった。
数日のうちにオリバー商会の残骸を整理し、黒い商売に染まった事業を根こそぎ排除した。
残った合法的な部分は即座に軌道に乗せ、エリクソン家に絶え間ない富をもたらすようになった。
(さすが俺の母上だ。経営手腕は本物だな)
ラティの利用価値は、ここに至って完全に消えた。
俺にとって彼はもはや、役目を終えた駒に過ぎない。
だが —— ただ処刑するわけにはいかない、というのもわかっていた。
奴隷輸送の件はすでに一度、公開裁判にかけられている。
爵位は剥奪され、騎士に格下げされた —— それ自体が一つの決着だ。
同じ罪証を再び持ち出して再審に持ち込めば、手続き上の正当性が問われ、他の貴族たちに付け込む隙を与えかねない。
(それに、ハランド帝国皇帝はエリクソン領を虎視眈々と狙っている。配下の小貴族たちを影から操って、こちらの足を引っ張る機会を探しているはずだ)
余計な口実を作れば、その連中が「権力の乱用だ」「人を草のように扱う」と騒ぎ立てる。
領地の安定を守るためには、直接手を出すわけにはいかない。
…… では、どうするか。
(騎士が戦場で死ぬのは —— ごく普通のことだよな)
俺は静かにその結論を出した。
三か月後 —— ラティ騎士はレイク郡に向かうよう命を受けた。表向きは、取るに足らない領地の雑務を処理するための出張だった。
道中、彼は山賊の一団に待ち伏せされた。
練られた者たちで、手際も鋭かった。
ラティは騎士の腕前を持つ身ではあったが、多勢に無勢、抗う間もなく倒れた。
その亡骸は、レイク郡外れの茂みの中で発見された —— 魔獣に食い荒らされ、見る影もない姿で。
知らせがアムニット市に届いた後、俺は執事に命じて遺体を回収させた。
丁寧に清め、整えられた騎士の鎧を着せ、アムニット市の騎士墓地に、騎士に相応しい礼をもって葬った。
葬儀の日、俺は足を運ばなかった。
執事を代理として向かわせただけだ。
(罪に塗れた人間に、わざわざ時間と感情を費やすつもりはない。体裁を整えてやったことが、俺にできる最大限の情けだ)
そして彼の娘 —— エステラ・モルガン。
かつて俺を見下し、高慢に振る舞っていた令嬢は、父の死から三日後、アムニット市西部の修道院へ送り出された。
殺しはしなかった。そばに置き続けることもしなかった。
(彼女自身が直接、奴隷売買に手を染めていたわけじゃない。それが一点目。
そして —— あの恨みがましい顔を毎日見続けるのは、正直しんどい。それが二点目だ)
修道院は静かで、世俗の喧騒とは無縁だ。
神に仕え、己の過去と向き合いながら余生を過ごす —— それはある意味で、父の罪への間接的な贖いとも言えるかもしれない。
(まあ、本人がそう思えるかどうかは知らないけどな)
以上は —— 全て後日談だ。
話を戻そう。オリバー商会を家宅捜索した、その朝のことへ。
俺とユーナは、疲れ果てた体を引きずって、アムニット学院へ向かっていた。
一晩中、激しく戦い続けた。
俺の白金の長髪は少し乱れ、細い体が微かにふらついていた。
目の端に血の気が滲んでいるような、濃い倦怠感が全身にのしかかっている。
隣のユーナも、長い髪を肩にかけたまま、戦い終わりの疲労を顔に滲ませていた。
(なんで俺たち、わざわざ学院に向かってるんだろうな……)
答えは明確だ。欠席したくないから、だ。
一歩歩くたびに欠伸が込み上げてくる。
足取りが覚束なく、ユーナの体が隣でふらりと揺れた瞬間、俺はとっさに手を伸ばして彼女の腕をそっと支えた。
指先が彼女の温かい肌に触れる。
ユーナがわずかに瞳を瞬かせ、こちらを振り向いた。
疲れた瞳の奥に、静かな感謝の色が灯っている。口元が、ほんの少し —— 柔らかくほどけた。
「お嬢様、私は大丈夫です」
声は少し掠れていた。
「…… そう」
俺は短く頷き、支えていた手をそっと離した。そのまま歩きながら、静かに言葉を続ける。
「もうすぐ教室だ。授業が終わったら、すぐに休もう」
ユーナは小さく、「はい」と返した。
どうにかこうにか教室の扉の前まで辿り着いた。
中からはすでに同期の声がざわめいて聞こえてきて、新しい一日の始まりを告げている。
(…… あいつらは普通に眠れてたんだろうな。羨ましい)
扉を開けた、その瞬間 ——。
「クローディアーーーー!!」
泣き声とともに、一つの人影が猛烈な速さで飛んでくるのが見えた。
チャーリー・アマドールだった。
瞳が真っ赤に腫れ上がっている。
頬に乾いた涙の跡が筋になって残っていた。
まるで一晩中泣き続けたかのような顔をして、彼女は俺の手を両手でがっしりと掴んだ。
「クローディア様…… わ、私…… クビになった…… っ」
嗚咽交じりの声が揺れた。
零れる涙が止まらない。
「今朝、オリバー商会から通知書が来て…… 商会が解散になったって…… 全員自動的に離職だって……」
ぽろぽろと涙が落ちる。
「やっと…… やっと正式な販売員になれたのに…… 何もかも、無くなっちゃった…… っ」
俺は彼女の手の震えを感じた。
(…… そうだよな)
チャーリーのような、後ろ盾も家柄もない少女が、大商会で正式採用されるまでどれほどの苦労をしたか —— 俺にはよくわかっている。
俺がオリバー商会を潰したのは必要なことだった。間違いはない。
でも、彼女が積み上げてきたものが巻き込まれたのもまた、事実だ。
それに —— 彼女はうちと仕立て契約を結んでいる。だが、俺たちは日常的に宴会に出るわけでもないから、発注が多いとは言えない。
仕立て契約だけでは、生活を支えるには十分じゃない。
(まあ…… どうせ、手は打ってあるんだけどな)
俺はゆっくりと、チャーリーの手の甲を細い指先でぽんぽんと軽く叩いた。
声は淡々と、いつも通りだ。
「大丈夫よ、チャーリー。まだチャンスはいくらでもある。明日にでも、新しい商会が開くかもしれないし」
—— もし俺のことを知らない人間が聞けば、単なる空虚な慰めに聞こえただろう。
だが、チャーリーは違う。
彼女は俺の正体を知っている。
エリクソン公爵の娘、クローディア・フォン・エリクソン。
だからこの言葉は —— 彼女の耳に、約束として届いた。
「…… ほんとうに?」
さっきまで絶望で染まっていた黒い瞳が、一瞬で輝きを取り戻した。
涙が乾く間もなく、今度は期待の光が満ちていく。
彼女はぎゅっと俺の手を握り直して、今にも飛びついてくる勢いで問い返してきた。
「ほんとうに、ほんとうに?!」
「…… うん」
俺は短く頷いた。それ以上は何も言わなかった。
疲れ果てていて、余計な言葉を絞り出す余力がなかった、というのも正直なところだ。
(一晩も寝ていない。精霊でもさすがにこれは堪える)
ただただ、どこかに倒れ込んで目を閉じたかった。
頭の中がどんよりと霞がかっていて、意識の端がじわじわと遠くなっていくのを感じながら —— それでも俺は授業の席に向かって、静かに足を踏み出した。




