45. 罪の館への潜入
取引が終わると、ラティはチャーリーに恭しく一礼して声をかけた。
「チャーリー様、品はお渡ししました。こちらには用事がありますので、これにて失礼いたします」
そう言うと、彼は腹心の執事アーレンを伴い、馬車の脇の森の中へと足早に向かった。
そこにはあらかじめ二頭の馬が用意されていた —— 逃走用の足がかりだ。
二人は馬にまたがると、ためらうこともなく夜の闇の中へと駆け去った。
蹄の音は次第に遠ざかり、やがて完全に森の闇に呑み込まれた。
チャーリーは俺たちをざっと眺めた後、鉄格子の強度を確かめるように力いっぱい揺らした。
頑丈だとでも言わんばかりに、格子は微動だにしなかった。
チャーリーはそれを確認すると、俺たちに背を向け、御者台に飛び乗り、馬鞭を振って馬車を森の奥へと走らせた。
道中、俺たちはより一層念入りに演技を続けた。
俺とユーナは交互に泣いた。小さく、震える声で。
恐怖と絶望に満ちた頼りない泣き声 —— 必死な様子は微塵もない。
チャーリーは御者台に座り、眉をひそめて舌打ちを漏らしている。
不快感を隠す気もない様子だった。
ただ、「品」が例年より少ないことを不審に思ったのだろう。
それでもそれ以上俺たちに八つ当たりはせず、ただ一心不乱に馬車を別荘へと走らせた。
ほどなく、馬車は山間に隠された別荘の前で停まった。
この別荘は規模が大きく、装いも極めて豪奢だ。
夜明け前だというのに、内部は煌々と灯がともっている。
まるで永遠に眠らないかのように。
—— その灯は、温かそうに見えて実は冷たい。
照らし出しているのは、血と涙と絶望だけだ。
馬車が止まると、チャーリーは御者台から飛び降り、鉄格子の錠前を開けた。
そして、容赦なく俺の腕をつかみ、引きずり下ろした。
力は凄まじく、腕が折れてしまうかと思うほど。乱暴に引かれた俺は、冷たい地面に叩きつけられた。
「んっ……」
俺は意図的に弱々しい声を上げ、体を丸め、今にも壊れそうな小ささで震えてみせた。
実際のところ、この程度の衝撃は蚊に刺されたようなものに過ぎない。ただ、演技に徹するだけだ。
続いてユーナも同じように鉄格子から引きずり出された。
俺の隣に投げ落とされたユーナも、すすり泣く真似をして小さくしゃくり上げ、体を震わせながら俺に寄り添い、無力な様子を演じていた。
しばらくすると、武装した男たちが数人、別荘から走り出してきた。
チャーリーは俺たちをその男たちに引き渡すと、小声で何かを囁いた後、すぐに別荘の中へと消えた。
もう振り返ることはない。
引き渡された男たちは、俺たちの腕を乱暴につかんで引きずり始めた。
手加減など一切ない。俺たちは抵抗できないふりをし、弱々しく身を捩りながら小さく泣いた。
過激な行動に出るつもりはない。ただ疑念を招くだけだから。
彼らに引きずられるまま、俺たちは別荘の地下室へと連れていかれた。
地下室は薄暗く、湿気がこもり、カビのにおい、血のにおい、そして言葉にならない悪臭が入り混じっていた。
地下室はいくつもの小さな牢屋に区切られていた。
それぞれの牢には、多くの少女たちが監禁されていた。
彼女たちは俺たちと同じような粗末な布を身にまとい、中にはこれ以上にないほどボロボロの衣装を着ている者もいた。体は埃や血にまみれ、顔色は紙のように白く、血の気は微塵もない。
あの目。
虚ろで、無感動だ。生きる希望はすべて消え失せ、ここにはただの抜け殻が残されているだけだ。
牢の中には、様々な道具が置かれていた。種類は雑多で不潔極まりなく、中には暗紅色の血痕に染まったものも少なくない —— 見るだけで背筋が凍る。
これらの少女たちがここでどれほど地獄のような仕打ちを受けてきたか、想像を絶するものがあった。
真っ暗な天井をぼんやりと見つめている少女もいた。
目を虚ろに彷徨わせ、何も考えていないように見えた。
魂はとうに体から抜け落ち、ここに残されているのはただの抜け殻 —— この罪深き場所で、かろうじて息をしているだけだ。
俺とユーナはその姿を見て、思わず拳を強く握り締めた。
指先が白くなるほど、爪が掌に食い込むほど。
怒りだ。胸の奥で怒りの炎が燃え上がる。
あの人間のくずどもめ。人の命を商品扱いとし、獣以下の所業を働いている。
ただ、俺たちにはまだやるべきことがある。今はまだ、立ち上がる時ではない。
ここで騒げば、少女たちを救うことはできない。証拠を隠滅しようとする首謀者たちに逃げる時間を与えるだけだ。
すべての努力が水泡に帰す。
それだけは避けなければならない。
だから俺は胸の奥の怒りを押し殺し、怯えるふりをしながら、頭の中で道順を記憶した。
曲がり角、目印、一つ一つの細部を、すべて記憶に刻みつけた。
この少女たちを救い出すために、今は耐えるしかないのだ。
ユーナの方をそっと眺めた。
彼女の体はまだ小さく震えている。瞳には怒りと心痛があふれ、目元は僅かに赤らんでいたが、涙を必死にこらえて落とすことはなかった。
それも無理はない。彼女もかつて奴隷として売り渡されてきた身だ。
似たような苦しみを経験したことがある。目の前の少女たちの苦痛が、彼女自身の過去を呼び覚ましたのだろう。
絶望と無力さを、誰よりも深く理解している。
ただ、行動前に心の準備をさせておいた甲斐があった。事前に、今回の目的は少女たちを救い、罪人たちに報いを受けさせることだと伝えてあった。
一時の怒りに流されて事を荒立てるな、と。
だからユーナもただ拳を固く握り、怒りを抑えたまま俺の演技についてきてくれた。怯えるふり、無力なふり —— すべてを完璧に演じている。
破綻など、一切ない。
他の少女たちのように牢に放り込まれることもなく、俺たちはそのまま引きずられて別荘の奥へと連れていかれた。
やがて俺たちは、水桶が並ぶ部屋にたどり着いた。
ここは地下室よりは幾分清潔だったが、それでも鼻をつかえるにおいが充満していた。
部屋には一列に水桶が並べられ、中は冷たい水で満たされていた。
どうやらここは「商品」を簡単に清める場所らしい。
貴族や商人たちが欲しがるのは清潔な品であって、汚れた奴隷ではないのだから。
「こいつらは運がいいな。運ばれてきたばかりなのに、いい先に売られるなんて」
俺たちを連れてきた男の一人が、首を振りながら言った。声には羨ましさと、悪意のあるからかいが混じっていた。
その中の筋骨隆々の男が、舌をなめるように唇を触った。
「ああ、精霊の味を確かめてみたかったな…… 惜しい」
「おい、バカか?頭がおかしいのか?」
もう一人の背が高く目付きの悪い男が、顔色を変えてその男の襟首をつかみ、頭に一撃を食らわせた。
「気でも狂ったのか?これは会長が特別に注意するように命じた品だ。競売にかける上等品だ。
会長に知れたら、お前だけじゃ済まない —— 俺たち全員が道連れになるぞ!」
「いや、悪かった、悪かった! ただ口走っただけだ。考えるくらいは許せよ?」
一撃を食らった男は頭を押さえ、痛そうに顔をしかめながらすぐに謝った。
「もう考えない。さっさと清めて出品するぞ。時間を無駄にすれば俺たちみんな痛い目を見る」
そう言うと、男は手桶を持ち上げ、俺たちに向かって思いっきり水をかけた。
冷たい水が一気に全身に降り注いだ。
肌を刺すような寒さが体を包み、思わず身震いした。
粗い麻布の服は水を吸って肌にべったりと張り付き、たまらなく不快だ。
体に塗った煤や泥も、一部洗い流された。
透き通るような白い肌が少しだけ現れたが、まだ汚れは残っており、すっかり綺麗になったわけではない。




