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43. 侍女と、首輪と、偽りの荷物

それから、およそ半時ほどが過ぎた頃。


面見室の扉が、静かにノックされた。


低く、慎重な音。どこか、ぎこちない遠慮が滲んでいた。


俺は面見室の中央のソファに腰を下ろし、指先で手の中の魔導器の欠片を静かに撫でていた。その音を聞いても、ただ顎をわずかに持ち上げ、平坦な声で言った。


「入れ」


扉がゆっくりと開いた。


ラティ・モルガンが、真新しい騎士服を纏って入ってきた。姿勢は以前と変わらず凛としているが、男爵の頃の傲気は跡形もなく消えている。眉間には恭順と緊張だけが漂っていた。


その後ろに、娘のエステラがぴったりとついてきた。俯いたまま、全身をわずかに強ばらせて —— 逃げ場を失った小鳥のように。


今の彼女が俺を見る目には、先ほどまでの傲慢も侮蔑もない。


あるのは、深い恐怖と卑屈だけだった。


顔を上げる勇気さえ、もうないらしい。


先ほどの紫のオートクチュールのドレスは、もうどこにもない。今の彼女が纏うのは、シンプルな白黒のメイド服だ。襟には白いエプロンが結ばれ、裾はちょうど膝上。かつての甘やかされた体に、どこか窮屈さが纏わりついていた。


これも協定の一部だ。


俺への無礼、そして父の大罪 —— その代償として支払うべきもの。


モルガン騎士の娘、エステラ・モルガン。俺と彼女の父ラティとの取り決めにより、無礼の償いと家族の罪責を部分的に相殺するため、今日より俺の侍女となった。


期限は一生。解放などない。


彼女はユーナとは違う。


ユーナは、ずっと俺の傍にいた。心の全部で、俺だけを見ていた。


だがエステラは —— 彼女が俺に好意を持っているとは到底思えない。心から忠誠を誓っているとも思えない。


生まれた時から貴族の特権の中で育ち、他人を奴隷にすることで得た富と快楽を当たり前のものとして享受してきた女だ。その骨の髄まで染み付いた傲慢は、一朝一夕では消えない。


だから —— 備えた。


彼女の首に、奴隷の首輪を嵌めた。


黒い、魔導金属製の首輪。表面には細密な拘束の符文が刻まれている。裏切りの心が芽生えた瞬間、あるいは逃亡を試みた瞬間 —— 首輪は締まり、骨まで届く痛みを解き放つ。


それから、あのいかにも目立つドリルツインテールも、丸髷に替えさせた。


褐色の髪が、きれいに頭頂でまとめられている。余分な飾りは何もない。清潔で、端整だ。


俺の侍女の列に、あんな浮いた姿が並ぶのは御免だ。


侍女としての品格に欠けるし、何より俺の体裁に傷がつく。


エステラが今の髪型と装いを心の底から嫌がっているのは、見れば分かった。


首がわずかに強ばり、両手がメイド服の裾をぎゅっと握り締めている。指先が白くなるほど。それでも一切の反抗は見せず、ただ従うしかない。


騎士となったラティ・モルガンと、その娘エステラが、扉を潜ったその瞬間、二人揃って片膝をついた。冷たい床の上で、恭順に、塵に額を埋めるような声で。


「罪深き臣(罪深き臣の娘)、姫殿下にご挨拶申し上げます」


「ん、礼は不要」


俺は顔も上げなかった。指先は、変わらず魔導器の欠片の上を滑っている。


「時間を無駄にしたくない。本題に入ろう」


そう言って、目の前の二脚のソファを指し示した。


二人はすぐに「はっ」と恭しく応え、静かに立ち上がった。ゆっくりと、何かを乱さないように気を使いながら、ソファの前まで歩いてきた。


そして —— 端に、ぎりぎり腰を乗せるだけで座った。背筋を伸ばし、前のめりに、膝の上に両手を置き、俯いて。息を殺しているようだった。


ユーナが俺の隣に座っている。ピンクの長い髪が肩に流れ落ち、小柄な体が微かに俺に寄り添っている。


腕を組み、目の前の父娘を警戒の目で見つめていた。まだ、警戒を解いていない。


「二人に聞く」


俺はようやく顔を上げ、二人をゆっくりと見回した。


「オリバー商会との奴隷取引、そのすべての詳細を話せ」


「仲介人、取引場所、引き渡しの時間、奴隷の拘禁場所 —— そして取引の流れ、すべてだ。一言でも隠せば、どうなるか分かっているな」


二人の体が、わずかに強ばった。顔には一瞬の狼狽。だが —— 迷いはなかった。


今、自分たちの命は俺の手の中にある。隠し事は、破滅を意味する。


ラティが口を開いた。


声は恭しく、慎重だ。一切の漏れなく —— 彼は、奴隷取引のすべてを話した。エステラは隣で時折、ラティが思い出せない細部を小声で補った。


声は細く、震えていて、一欠片の隠し事もしなかった。


俺は静かに聞いた。時折、小さく頷くだけ。目には何も映っていなかった。


だが —— 心の中は、別だった。


(…… これほどとは)


オリバー商会の奴隷取引が残忍だとは知っていた。


だが、これほどまでとは思っていなかった。


スラムから生きた人間を拐かし、そのまま荷物のように売り買いし、好き放題に扱う。


人が、物だ。


ラティの話によれば、彼とオリバー商会の間を繋いでいたのは、チャーリー・マルトという男だ。


取引の前、チャーリーは必ずラティに連絡を入れ、引き渡しの時間と場所を伝える。


ラティはその指定された時間に、捕らえた奴隷を引き連れてアムニット市近郊の森に向かう —— そこでチャーリーが受け取り、郊外に隠された別荘まで運ぶ。


その引き渡し場所は、恐ろしく分かりにくい。赤い塗料で染められた石がいくつかと、木の枝に結ばれた赤い布切れ。知らない者が見れば、何の変哲もない森の空き地にしか見えない。


そしてその別荘は ——


「(単なる拘禁施設じゃない)」


奴隷を一時的に拘束し、競売にかけるだけの場所ではない。


そこは、あの狂った商人たちが気の赴くままに奴隷を蹂躙し、欲望をぶつける、罪の巣窟だった。


別荘の位置は、ラティは正確に知っていた。取引の相手方として、かつてその「罪悪の宴」に招かれたことがあるからだ。

ただし —— 奴隷が実際にどの部屋に拘禁されているかは、知らない。


オリバー商会の人間は用心深く、疑い深い。ラティは「荷物を届ける側」に過ぎない。別荘の内部構造など、知らせる必要がないと判断されていた。


そして次の引き渡しの時間は —— 明日の深夜四時。


今は前夜の二十三時。


(…… 残り五時間もない)


ラティは言い添えた。もし自分が時間通りに現れなければ、チャーリーは必ず異変に気づく。そうなれば奴隷は即座に移送され、証拠は抹消される。あとはすべてが煙の中に消える。


だとすれば —— 今夜しかない。


この機を逃せば、オリバー商会を潰す機会は永遠に来ないかもしれない。


「では、ラティ騎士」


俺はゆっくりと口角を持ち上げた。目に細い光が宿る。


「今回の荷渡しに —— 俺たちも同行させろ」


ラティの顔色が、一瞬で変わった。


「それは ——! お嬢様、それだけは!」


慌てた声が、室内に響く。首を横に振り続けながら、必死の形相で続けた。


「チャーリーは非常に慎重な男です! 荷渡しの際は、私と腹心の執事アーレンの二人のみと取り決めてあります! たった一人でも余計な人間がいれば、彼は姿を現さない! 取引は即刻中止です……! そうなれば、すべての計画が……!」


「ラティ騎士、頭が固いね」


俺は小さく笑った。声には、一欠片の揶揄が混じっている。


「俺がいつ、荷渡しの列に加わると言った?」


「お嬢様が…… おっしゃるのは……」


ラティは固まった。


次の瞬間 —— 彼の顔から、すべての血の気が引いた。


「だ、ダメです! お嬢様! それだけは絶対に!」


震えた声。全身が微かに揺れている。


「危険すぎます……! もしお嬢様に何かあれば……! アルフレッド様が……! 私の一族が……!」


「ラティ騎士」


俺は穏やかに、しかし静かに彼を遮った。


先ほどまでの余裕の笑みは、もうない。


声が、冷えた。


「お前が心配することではない」


「これ以降のことは、俺とユーナが対処する。お前はお前の役割を果たせ —— 時間通りに荷渡しの地点まで俺たちを届け、異変を悟られないようにしろ。それだけだ」


ラティは、もう何も言わなかった。


口を開いても、何も変わらないと分かっていた。反論すれば、かえって火に油を注ぐだけだ。


彼は深く息をついた。顔には苦渋が滲んでいた。だが、最後には静かに頭を下げた。


「…… は。承知いたしました、お嬢様」


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