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42. あなたは安全だとでも思った?

「クロディア様、ご冗談を……売、売却人口が、エリクソン公爵領内で違法とは……死刑でございますのに……とんでもございません……っ、そんな、残忍なことは……!」

ラティ・モルガンは、笑顔を取り繕った。苦い、乾いた笑み。声には恐怖と動揺が滲み、言葉が続かなかった。最後の、無駄な抵抗だった。


「ラティ様、お利口なこと」


俺は穏やかに頷いた。


「そうです。エリクソン公爵領では、去年より全面的に奴隷交易を禁止しました。公爵領内で人身を取引する者はすべて死刑。例外はありません」


俺の声はゆっくりと冷たく、硬くなっていく。


温度が、消えた。


「けれど——オリバー商会の内部には、まだ闇市場がございますの。そしてその闇市場最大の供給元が」


俺は一拍置いた。


「——あなた、ラティ・モルガン、なのでございますけれど?」


「証拠が御入り用? ありますわ、ありますとも」


俺は黒い帳簿の表紙を叩いた。


「この公爵領に根を張り始めて、もうどれほどになりますか? オリバー商会も、あなたも」


俺の瞳が、ゆっくりと細まる。


「(この公爵領の毒瘤を、ようやく切り除ける)」


今日は敢えてラティと面と向かう。


それは——俺がすでにすべて掌握しているからだ。


俺の提案で、俺のために設立した。


公爵家に忠誠を誓う、地下情報網。


工作員たちは公爵領のあちこちに潜んでいる。情報を集積し、怪しい人物や勢力を監視する。


今回、ラティとオリバー商会の底を明かせたのは——その工作員たちだ。


すべての秘密が、筒抜けだった。


「(第一次の決着だ)」


オリバー商会。モルガン家。そして——この公爵領に根を張る、すべての毒瘤。


俺はユーナの手を強く握り返した。


「く……くぐぐっ……」


ラティは冷汗を呑み込んだ。全身が、小刻みに震え続けている。


(……もう、終わりだ)


恐怖が、目に見えたように滞んでいくのが分かった。


それでも——彼は諦めなかった。


彼は、まだ家族の運命を賭けようとしている。


「クロディア様、アルフレッド様——罪臣ラティ・モルガンは、オリバー商会と不届きな取引をしておりました。人身の売却……罪に該当します。死ぬて当然です」


彼は震える手で頭を下げた。


「ただ——生き延びるための条件を、提供いたします」


声は震えていた。だが、その奥底にはかすかな光が宿っていた。


「オリバー商会のすべての証拠があります。商会との連絡記録も、人身を取引した証拠も。すべて提出いたします」


彼は面を上げた。目は震えていたが、そこにはかすかな希望が宿っていた。


「その見返りに——家族の一命だけを、お許しください。拙者共を……!」


ラティ・モルガンは、老練で狡猾な男だった。


彼の読みは正しかった。


俺は、ずっとオリバー商会の排除を目論んでいた。


前に、オリバー商会が黒ローブ会と組んでいたことは、オットーを調べ上げた時点で把握していた。


オリバー商会のすべてが、腹の底まで黒い。人口の売却、禁制品の密輸入、脱税——挙げれば切りがない。


公爵領最大の毒瘤。父上と俺が、ずっと,排除しようとしていた相手だ。


だが——オリバー商会の根は深い。この地に根を張り始めて、すでに数十年。巨大過ぎる。


そしてその背後には、親会社がある。


——ハロルド帝国皇室に隷属する商会。


正当な理由もなくオリバー商会に手を出せば——ハロルド帝国の怒りを買う。公爵領と帝国の間に楔を打ち込む。最悪の場合、戦争になりかねない。


今の公爵領には、まだそれだけの軍事力がない。火薬は生産し始めたばかり。帝国と対抗できるほどには、育っていない。


だから——ずっと待っていた。正当な理由を。


その機会を。


ラティは、その躊躇を見透かしていた。


だから彼は自分を、「協力者」としての価値があると思った。


オリバー商会を潰すのに使える駒として。


彼の運命を、交渉材料として使おうとした。


(……使えるな、この男)


俺は静かに彼を見下ろした。


父上に目を向ける。父上も、静かに俺の方を見ていた。


俺は小さく頷いた。


すると父上も、かすかに頷き返した。


——了解した、という合図。


アルフレッド公爵が、ゆっくりと立ち上がった。


高みから、厳しく威厳のある声。


「ラティ・モルガン男爵」


爵位を剥奪する、という声。


「人身の取引、脱税——重大罪行だ。死刑は免れない」


ラティの顔から、血の気が完全に引いた。


「しかし——主動に罪を認め、オリバー商会との取引を白状し、約束した」


公爵は一拍、置いた。


「今次、刑を減じる」


「ラティ・モルガンの爵位を剥奪。領地を収奪。男爵から騎士に格下げ——子は継承不可」


ラティの目に、かすかな光が宿った。


「その代わり——ラティ一家は、以後、クロディア・フォン・エリクソンの家臣となる」


公爵は俺を示した。


「新たな当主は——クロディア・フォン・エリクソンだ。これよりモルガン家全家はクロディア様の配下に入り、忠誠を誓うこと。違反すれば——斬で示してあげましょう!」


「は……っ! 感謝いたします! 感謝いたします、アルフレッド様! クロディア様!」


ラティは泣きながら頭を深々と下げた。


涙が、頬を伝っていた。


「以後は、忠義を誓います……クロディア様の命に、全てお従いいたします……っ!」


俺は静かに手を振った。


「立ちなさい」


ラティは震える足で立ち上がった。


全身がまだ小刻みに震えているが、目にはかすかな光が宿っている。


死ななくていい、という安堵。それと、新しい主人への恭順。


「ラティ騎士」


俺は彼をそう呼んだ。


「以後は、この公爵邸で待機しろ。僕から話がある」


「は……っ! 畏まりました! 全てお話しいたします……っ!」


ラティは深く頭を下げた。


「オリバー商会のこと、すべて掌握しております。決して隠し事は……」


「その必要はない」


俺は彼を制した。


「君の情報は、すべてすでにあるからの」


ラティの目から、驚きの色が滞んだ。


「(……この少女は、全部わかっている)」


彼は黙って頭を下げた。


俺はユーナの手を取った。


父上に向け、小さく頷く。


父上も、かすかに笑って頷いた。


(……娘は、嫁に行ったのか)


内心で、そう思った。


俺はユーナの手を引いて、会客室を後にした。

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