335. タニア王国
「御者さん」
私は背後の土手の方へ、少し声を張った。
「近くで、借りられる馬と車を探してきてくれませんか。ここからタニアまでは、まだ何日もかかります」
御者は、土手の後ろの低い茂みから立ち上がった。
軍靴にはオナモミと葉屑がびっしりと付いている。手にはまだ、あの二本の匕首が握られていた。刀身には黒い粉の残りがこびりついている。
彼は匕首をズボンの脚で表裏それぞれ一度ずつ拭ってから、腰の革の鞘に収めた。
馬車の残骸の方へ一瞥をくれると、そう時間をかけずに判断を下し、草地を大股に横切って、まだ炊事の煙が見える一番近い集落へ向かっていった。
ユーナは私の隣まで来て、足を止めた。
彼女は地面に散った灰褐色の粉を見下ろす。粉はすでに大半が風に散らされ、石の風下側のくぼみに小さな一山だけが残っていた。
しゃがみ込み、その一山を掌に掬い上げる。立ち上がり、道端の半分枯れた老木の下まで歩いていって、掌を返した。
粉は指のあいだを抜けて木の根元の土へ落ち、落ち葉の欠片と混ざり合って、境目が分からなくなる。
彼女は腰を伸ばし、掌に残った灰色の跡を払った。
私は彼女の後ろ、三歩ほどの位置に立って、グリンマンランク帝国の剣を収納の腕輪へ戻しているところだった。
刀身が完全に腕輪の収納空間に収まると、私は腕輪のバンドを少し直し、手首の上の方へ一つ分ずらした。
「村の真ん中に、何かありそう」
ユーナが言った。
戻ってくる道すがら、彼女の視線は村の廃墟の中心部を通っていた。崩れた茅葺き屋根の欠片のあいだから、二本の石柱が突き出している。
高さは低い塀と瓦礫の山のあいだで最も高いわけではないが、その形は周りのどの残骸とも違っていた。
「門柱よ。あいだに光の幕がある。ダンジョンの入口ね」
私は鞄から小さな革表紙の手帳と短い炭筆を取り出し、言いながら手帳の表紙をめくった。
「文様はごく簡素だから、危険な高ランクのダンジョンではないはず。この入門クラスなら、チャーリーとニーナの稽古にちょうどいい」
門柱の前まで行ってしゃがみ、手帳を膝の上に開いて、炭筆でおおよその位置図を描く。
まず村へ入る土の道を表す二本の並行した曲線を引き、その道が北へ分かれるところへ丸を一つ描き、丸のなかに「地」の字を走り書きした。
手帳を閉じてから、表紙についた埃を指先ではじき、腰の袋の外側のポケットに押し込む。
御者が、傷を負っていない宿場の馬二頭と、まだ八分どおり新しい軽装の馬車を引いて、南の土の道からやってきた。
車体の側板には塗装の擦り傷があるが、車軸の手入れは行き届いていて、車輪が泥のくぼみに落ちても車体はほとんど揺れなかった。
馬の手綱を馬車の縁の柱に結びつけると、彼は車体の後ろへ回り、荷台の後部に載せてあった踏み台を足で蹴り直した。
踏み台の脚が泥の上で二度鳴って、収まった。
「お嬢さん、この馬車は隣の宿場から借りたもので、馬は買ったものです。馬車代は、帰ってから宿場の管理人に渡せばいいと。馬代は銅貨32枚、領収書はこちらです」
彼は懐から二つに折ったざら紙を出して、私に渡した。
紙の表面には細かな小麦粉がついていて、字は爪に墨をつけて引いたものらしい。筆跡はひどく歪んでいたが、どうにか読めた。
私は領収書を受け取って一瞥し、紙を折り直して財布の内ポケットにしまった。
「ご苦労さま。先を急ぎましょう」
五日後、ウィスタニア城の外壁が、西の地平線から浮かび上がってきた。
城壁の高さは、道中で通ってきたどの町よりも一段高かった。灰白色の石積みの表面には淡黄色の地衣が貼りつき、壁の根元から半ばほどの高さで止まっている。
胸壁には一定の間隔で旗が立てられていた。タニア王国の獅子の紋章だ。旗は風にはためき、巻き上がった布の端が旗竿を叩いて、単調なリズムの音を立てている。
城門は開いていた。
門番の衛兵は、城門の両脇の石の台に突っ立っていて、鎧はよく磨かれている。ところが武器の方は石の台に立てかけたままで、ハルバードの刃には、半分ほど残った瓢箪の水筒が引っかかっていた。
入城する列は長くない。先頭はラバ車で穀物を運ぶ農夫が数人。荷台には乾燥豆と塩漬けの魚が山盛りで、ラバは尻尾を気まぐれに振っている。
中ほどは商人の長衣を着た行商人の一団で、背中の荷袋がどれも丸く膨らんでいる。荷を負った馬一頭の荷鞍には、反物の束が麻縄で何重にも縛りつけられていた。
ウィスタニアの大通りは石畳で、車輪で擦り減った縁のあたりがわずかに沈み、井戸水を汲むときに跳ねたしずくが浅く溜まっている。
通りの両側には店構えが連なり、一階の窓や扉はすべて開け放たれている。店主は棚を店内から外の日除けの布の下まで延ばしていた。
左の店からは香辛料の匂いが流れてくる。シナモン、クローブ、乾燥させたローズマリーが混ざった濃い香りに、馬が鼻を鳴らした。
右は染め物を売る店だ。日除けの竹の竿に干された反物は、深紅、紺青、からし色の三色。端からは染めたばかりの湿った染料が滴り、石畳の隙間に溜まった水を、淡い赤と淡い青の縞に染めている。
人々が通りを行き来し、足音、値引きの掛け声、子どもの叫び声、鍛冶屋の奥から響く鉄の槌の音が重なり合っている。
子どもたちの一団が路地から飛び出してきた。それぞれ手に風車の玩具を握り、羽根が勢いよく回っている。赤、緑、黄の三色の羽根が、模様のついた円盤のようにぶれて見える。
アンド、一人の子どもが止まった。
風車はまだ回っている。だが、その子の顔は風車から上がった。
アンド、ユーナを指差した。
「ママ、あの人の髪、ピンクだ!」
その子の母親は、隣の露店で毛糸玉を選んでいた。
振り返り、視線が子どもの指の先をたどる。
彼女はもう一度見ることはしなかった。
片手を子どもの目の上にかぶせると、もう一方の手で毛糸玉を露店に放り戻し、子どもの手を引いて路地の方へ退がっていった。
「見ちゃいけない。早くなさい」
私はユーナの右後ろ、半歩ほどの位置を歩いていた。
あの母親の声は聞こえたし、店の柱にもたれて話していた中年の男二人、急に口を噤んだのも聞こえた。
もっと奥では、陶器の店の女将が棚の後ろから首を伸ばして一瞥し、それから引っ込んだ。棚の急須が服の裾に引っかかって傾き、二度揺れてから止まる。
ユーナは歩き続けた。
歩調は遅くも速くもならない。
彼女の指は私の掌のなかで、指先の温度を変わらず伝えてくる。
彼女はもう片方の手で左の香辛料の店を指し、言った。
「あの店、いい匂いね」
私は横を向いて、彼女を一瞥した。
まつげが午後の光のなかで淡い灰色の影を二本落とし、目の縁は赤くも濡れてもいない。
私は右手をユーナの掌から抜き、それから向きを変えた。横から伸ばして、ユーナの肩に置く。ユーナの肩の前に垂れていた桃色の髪を一房、指に絡め取り、そっと耳の後ろへかけた。
「ユーナ」と私は呼びかけた。「あの人たちの言葉で、嫌な気持ちにならないの?」
ユーナは振り返った。横顔が私の顔にとても近い。彼女の息が、鎖骨の上の露出したわずかな皮膚を撫でていくのが分かる。
「人の見方なんて、気にしないよ」
彼女の人差し指の先が私の左の頬に当たり、そっと押した。
指の腹が肌に触れた瞬間、彼女の口の端がわずかに上がる。
「私が気にしてるのは、あなただけ、クローディア」
私の反応は、まる一拍遅れた。
唇を一度結び、それから顔を右へ少しだけ横に向けた。動いた幅は、押された頬がユーナの指先から離れるのにちょうど足りる程度だった。
耳の先が白金色の髪のあいだから少しだけ覗き、その先端に内側から薄い赤がにじむ。
「本当に、昔とそっくりになったわね」と私は言った。
「記憶は完全に戻ったって言ったでしょ。まだ信じてないの」
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