332. 物語
「ただ、あなたが今見ているこれらの光景は、もう一度現れ出たものにすぎないの。そしてあの黒晶人ヘイジンレンも、村中の人間の怨念が凝り固まってできたものよ」
ユーナは口を開きかけた。
本当に起きたことだ。
黒晶人ヘイジンレンの体の稜角、声を発しないまま彼女へ迫り続けたあの顔、打ち砕かれて粉末になり、また凝り固まったあの体。あれは、この人たちの死だ。
この人たちが死んだあとに残された、散っていかないもの。
彼女は自分の指を見下ろした。
この荒れた、たこだらけの手は彼女のものではない。だが、この両手からは、毎年の夏の取り入れ、秋の種まき、粉ひき、火起こしの痕が見て取れる。
「じゃあ、さっきまであなたたちと戦っていた私は、もう」と、彼女は戦場での最後の光景を思い出す。
銃口が吐いた火花。
黒晶人ヘイジンレンの胸の、拳ほどの穴。
指に溶け込んだ、あの数粒の粉末。
「いいえ、何も起きていないわ。あなたはあの友達に助け出されたもの」
婦人は一度、間を置いた。
「それに、あなたが幻覚のなかにいるあいだ、黒晶人ヘイジンレンのほうからあなたたちを探しに来ることはないの」
ユーナの唇が一度結ばれる。
彼女はこのことばの意味を考えているのではない。考えをこのことばへ散らさなければ、「本当に起きたことだ」という数文字の上で、さらに奥へ掘り進んでしまいそうだったからだ。
だが、その婦人は明らかに、彼女を逃がすつもりはなかった。
「イスーがあの部屋のなかで何をされていたのか、私は見てはいない。でも、同じ道を通ってきた者として、そこで何が行われているのかは、痛いほどわかるわ」
光景が歪み始めた。
全体が同時に変わるのではない。
端からだった。誰かが両手で一枚の画布を真ん中から外へ揉み皺にしていくように、まず端の麦畑が崩れ、次に空地の地面が、そして空の星々が崩れる。
すべての色が一点へ向かって縮み、縮み、そして弾けた。
彼女は小さな女の子になった。
彼女は極めて小さな部屋の隅で、体を縮めている。
四方の壁は日干しレンガで、窓はない。壁の上方、天井に近い一角に拳ほどの穴が開いているだけだ。月光がその穴から斜めに差し込み、地面に硬貨ほどの光の斑を落としていた。
自分の体から、乾いた土と藁の匂いがする。
外の風音は壁に大半を遮られ、だから部屋のなかは静かだった。
自分の呼吸が、自分の耳のなかで何度も跳ね返るのが聞こえるほどに。
婦人の声が、別のものに変わった。遅く、重い。
「三十数年前、ハーランド帝国軍が諸島国の軍を打ち破り、この村もそれに続いて陥ちた」
声が止まる。
あの穴から、外が見える。
両手を麻縄で後ろ手に縛られた人が、押し倒される。そして次の人、そしてその次の人。
彼らは倒れるとき、さほど音を立てなかった。痛くないからではない。縛られたまま引き倒されるとき、口が先に地面へぶつかるからだ。唇が裂けても、その音は日干しレンガの土のなかにこもるしかない。
精霊。半精霊。背中を丸めた老人。
村の外れに新しく掘られた大きな穴の前へ連行される。兵士たちは彼らを穴の縁に一列に並べた。
長槍が背中に突き刺さる。一突き。二突き目はない。
死体が穴へ滑り落ちる音は短い。肉が土に当たる、鈍い音。そして次の人。
反対側では、若い者たちが縛られたまま家から引き出されていく。男も女もいる。
兵士が左右から両腕を抱え上げるようにして、村外れの脱穀場へ引きずっていく。
火鉢の炭はもうずいぶん長く燃えている。焼き鏝が炭のなかで暗い赤の光を放っていた。
一人が火鉢の前へ引き出されて押さえつけられ、そしてその焼き鏝が首の付け根に落ちる。皮と肉が焦げる匂いが広がった。
壁が薄すぎる。
外から、布が裂ける音が聞こえる。
一度ではない。何度も。
そして若い女の子の声。泣き声ではない。彼女が一度も聞いたことがなく、それでも一度聞けば意味がわかってしまう、途切れ途切れの発声。誰かが唇を肉に噛み込んでいるような声。
彼女は目を穴へ戻した。
兵士たちが数人を、向かいのあの家へ連れていく。
灯は油皿で、炎が窓の格子に橘色の光の輪を描いている。
扉が開く。
なかの人は机の上に押さえつけられ、背中には引き裂かれた衣の縫い目がまだ一本残っている。
机の脚が地面の上を行き来し、長いのと短いの、速いのと遅いの、擦れる音を立てる。
誰かが壁際に片膝をつき、体を前へ前へと揺らしている。
一人の兵士が家から出てきて、窓の格子の前を通るときに何かを地面へ捨てた。引きちぎられた一つの襟。その襟の縁には、あの娘が昼間、母と一緒に織った青いレースがまだ縫い付けてあった。
彼女はあの壁の隅の、穴の後ろで体を縮めていた。
ずいぶん長く。外のすべての音が止むまで。穴から差し込む月光の斑が、左の足の甲から右の足の甲へ移り、また離れていくまで。
彼女は生き延びた。
光景が縮み始める。
月光の斑が後ろへ退き、穴の外へ出て、そして土の家の場面全体がユーナの意識のなかでページをめくった。
彼女は再び、あの四十数歳の婦人になった。
昼間、追い立てられたあの空地に立ち、他の老人たちと一緒にいる。
月光は別の年を照らし、同じ一人を照らしていた。
粗布のスカートは膝のところで擦り切れて穴が開き、腰と背中の鈍い痛みは昼よりも沈んでいる。
斜め向かいの家に灯りが点いている。
窓の格子の上に落ちる影が、灯火のなかで絶えず動いている。
なかで何が起きているのか、彼女は知っている。
誰かに教えられたからではない。三十年前、彼女があの壁の隙間の後ろで、拳ほどの穴から、まったく同じ灯火を見て、まったく同じ音を聞いたからだ。
その音が、今また窓の格子から流れ出している。
彼女は人々のなかに立って、あの窓を見つめている。
手は拳を握り、爪が掌のたこに食い込み、何本もの三日月形の窪みを刻んでいた。
どれだけ経ったか、わからない。
扉が開く。
兵士たちが、あの女の子たちを外へ引きずり出してくる。
数人はまだ自分で歩ける。脚は揺れているが、背中にはもう完全な衣服はない。
数人は、一人が肩を、もう一人が脚を持って、横向きに運ばれてくる。そのうちの一人は、右手が担架から垂れ、指がわずかに開いている。
イスーではない。
イスーはまだ家のなかにいる。
彼女が一歩を踏み出した瞬間、腰の後ろを槍の柄が重く打った。
脚の力が抜け、体が前へよろめき、膝が泥の上に落ちる。
槍先が肩甲骨に当たる。冷たく、わずかな反りを持った刃が皮膚に貼りつく。
「行け」
その声が後ろから彼女を家へ押し込む。
家のなかの空気は、血と汗と、長く燃やしすぎた灯油の焦げ臭さで息苦しい。
床の上で綺麗なところは一箇所もない。
机の縁には汗の跡と引っかいた痕。壁際には引き裂かれた衣服の切れ端が積もり、色は青から白、そして生成りまで揃っている。
イスーは一番奥の壁際にいる。
体の上には、引きちぎったカーテンの布が一つ、手で掛けられている。
金色の長い髪が板の上に散り、毛先には乾いた血の塊が絡みついていた。
首には横へ走る切り口が一本。とても揃っていて、血管を一太刀で断ち切る手つきだった。
婦人は腰を曲げ、イスーを抱き上げる。
カーテンの布が少し滑り落ちた。
イスーの鎖骨のあたりは青や紫に染まり、脚の付け根の内出血は月光の下で濃い紫黒に光る。
腹部は布の下でわずかに膨らんでいる。正常な丸みではない。人為的に裂かれたあと、体液が溜まって持ち上げた、不自然な腫れだ。
裾は濡れて、脚の側面に張りついている。
婦人は唇の内側を噛む。
彼女はイスーの腕を腹の上から退かせ、体の両側へ置く。
片手でイスーの後頭部を支え、もう片方を膝の裏へ通す。
イスーの背はもう彼女の肩まで届いていた。それなのに、抱き上げると軽い。
彼女はイスーを抱えて家を出る。
村が燃えていた。
茅の屋根は火を得てから燃え広がるのが早く、濃い煙は橘色の炎と混じって梁から噴き上がる。
瓦が落ち、泥の上で砕ける。
兵士たちの何人かは鎧を脱ぎ捨て、上半身裸になって、燃える家の周りで踊っていた。
彼らの影と炎の影が重なり合い、長く伸びたり急に縮んだりする。
食糧はずっと前に運び出されている。火は、余興にすぎない。
彼女は彼らを見なかった。
彼女はイスーを抱えて脱穀場を抜け、倒された柵を越え、あの新しく掘られた深い穴の前まで歩く。
穴の底の土は掘り返したばかりで、まだ陽に乾ききっていない湿り気を帯びている。
帯刀の刃の背が、彼女の首の後ろに当たった。
刃ではない。
峰だ。
冷たい金属が、首の汗ばんだ皮膚に貼りつく。
彼女は止まった。
脚は砕けなかった。
手は震えなかった。
彼女はイスーを低く下ろし、腰を曲げ、娘を穴の底へ入れる。
押しもせず、投げもしない。
彼女はイスーの腕を腹の上から退かせ、体の両側へ置き、そしてあのカーテンの布を整え直して、肩と脚を覆った。
彼女は最後にもう一度、イスーの指に触れた。
首の後ろの峰が向きを変えた。
刃が皮膚に触れた瞬間はとても冷たく、そしてすぐに冷たくなくなった。
光景が暗くなる。
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