328. 不平等条約
ヴェセラン城の王宮大広間。
あの長卓は、宮殿の奥から運び出されてきたものだった。
天板の漆は何カ所かすり減り、下の淡い木目がのぞいていた。
だがこの場で、机の新旧を気にする者はいなかった。
インゲリアの官僚たちが両側に分かれて座り、その表情は、まるで自分の葬儀に無理やり出席させられた者のようだった。
唇をきつく結び、目尻を下げ、指が膝の上で何度も握られては緩む。
誰も口を開かなかった。
ヘレナは卓の頭の座の位置に立っていた。
座らなかった。
条約の文書が彼女の前の天板に平らに広げられ、紙の縁が窓の隙間から漏れる海風にわずかにめくれ上がり、満足したようにまた落ちた。
アルジャーノン・ランカスターは、長卓の反対側の端に座っていた。
王冠はすでに外され、彼の右手側の天板に置かれていた。
冠の頂の宝石が、午後の光のなかで小さな暗い赤色の光斑を反射していた。
彼はその王冠を見ていなかった。
彼はあの条約を見ていた。
視線が紙面の上に長く留まっていた。
ヘレナが口を開いた。
声は大きくなかったが、卓の両側の人々は誰もが聞き取れた。
「国王陛下。この条約は、あなたにとって満足のいくものかしら」
アルジャーノンは答えなかった。
指が卓の縁に置かれ、爪には不健康な灰白色が浮いていた。
唇が一度動いた。
何かを噛んでいるようだった。
食べ物ではない。口まで出かかって、また飲み込まれたことばだ。
背後に立つ近衛隊長は、彼の後頭部から視線の狙いを外し、窓の外、硝煙で灰色に染められた空へ目を向けた。
インゲリア諸島最後の奇襲は、艦隊の全滅という結末を迎えた。
アルジャーノン・ランカスターがヘレナの前で降伏文書に署名したとき、使ったのは彼自身の筆だった。
その軸にはランカスター家の金雀花の紋章が刻まれていた。
ペン先に墨をたっぷり含ませると、彼は手首を浮かせたまま三秒止め、それから筆を下ろした。
羊皮紙の上で墨が小さくにじんだが、字ははっきりしていた。
戦後賠償会議が、ヴェセラン城王宮のなかで始まった。
ヘレナがすべての交渉を全権で取り仕切り、要求は文書として卓上へ提出された。
インゲリアの官僚たちはその書類を受け取ると顔を見合わせた。
紙が彼らの息づかいでかすかに震え、衣擦れのような音を立てた。
条約の文面は全八条。
エリクソン公国の紀年法で日付が記され、文字は整い、墨色も均一だった。
一、インゲリア諸島国は本条約の発効日より、五十年のあいだ対外戦争を行わない。五十年の満了後、対外戦争を行う必要が生じた場合は、エリクソン公国に申請し、その承認を得なければならない。
二、クーパー港および港湾付属施設をエリクソン公国に賃貸する。賃貸期間は九十九年、年額の賃料は銅貨一枚とする。
三、諸島国は本条約の発効後三カ月以内に議会を設置し、王権を弱めなければならない。議会の設置日より九百九十九年のあいだ、議会の権利を廃止し、または弱めてはならない。
四、諸島国はエリクソン公国に対し、戦争賠償として金貨五十万枚を一括で支払い、さらに本条約の発効日より毎年、金貨五万枚を継続的補償として十五年にわたり支払う。
五、諸島国の海軍艦艇数は、エリクソン公国海軍の艦艇規模の百分の三十を下回らなければならない。また、いかなる海軍艦艇も、エリクソン公国の現役艦艇のうち最大排水量のものを超える排水量を有してはならない。
六、エリクソン公国との貿易に際しては、諸島国領域内の税関権をエリクソン公国の税関が行使する。関税、輸入料およびその他の関連費用の基準は、すべてエリクソン公国の税関が定める。
七、諸島国の王家海軍および王家陸軍は、大規模な軍備縮小を実行しなければならない。陸軍の総員は二万人を超えてはならない。ただし城の守備兵はこれに含まれない。海軍の総員は一万人を超えてはならない。本条の有効期間は第一条と同じとする。
八、諸島国が有する南向きの防御砲塔は、すべて撤去しなければならない。また、堡塁、城郭、砲台、要塞など、攻撃性を帯びる建造物の再建および新設を行ってはならない。
条約文書は天板の上を滑って、インゲリア側へ押しやられた。
書記官が震える指で紙を受け取ったとき、紙は彼の指のあいだで小さく揺れ、かすかな衣擦れの音を立てた。
「こ、これは……」
財務大臣が椅子から跳ね上がる速度は速すぎて、膝が卓の脚にぶつかって鈍い音を立てた。
だが痛みにかまっている余裕はなかった。
彼は条約の写しを目の高さに掲げ、眼球が紙面の上を素早く動いた。
左から右へ、そしてまた左から右へ。
唇が音もなく動いていた。
一字ずつ噛み砕いて飲み込み、自分の目が間違っていないと確かめようとするかのように。
「これは条約じゃない。これは……」
彼のことばは終わらなかった。
背後から一本の手が伸び、彼の手から紙を奪い取った。
農業大臣。濃い緑の長袍を着た禿げ頭の男だ。
彼は条約に一度目を通し、それから地面に叩きつけた。
紙は石板の床に舞い、ふわりと浮いて、彼自身のブーツの前に落ちた。
「これは亡国だ!」
その声はドーム天井に一度弾け、そして大広間の沈黙に呑み込まれた。
ほかの官僚数人が同時に立ち上がった。
椅子の脚が石板の床を削る音があちこちで起こり、甲高く、混乱していた。
誰かが拳で天板を叩いた。
墨壺が一度跳ね、墨が数滴飛び散って木目の上に落ち、素早く不規則な小さな黒点となってにじんだ。
「署名するな」と叫ぶ者がいた。
三度叫んだ。
二度目は一度目より大きく、三度目を叫ぼうとしたとき、ヘレナが片手を上げて合図をした。
壁際に立っていた憲兵たちが、その数人の官僚の背後へ歩み寄った。
石板を踏むブーツの音は均整が取れて重く、迫りくる拍節機のようだった。
憲兵はひとりにつき一本の腕をつかんだ。
乱暴に引きずるのではなく、抗いがたい力で腕を背中へねじ上げ、そして大門へ連行した。
農業大臣は連れ出されるあいだも叫び続け、その声は大広間から廊下へ伸び、そして大門の閉まる音に断ち切られた。
財務大臣は敷居で足を取られ、片方の靴が扉の内側で脱げ落ちた。
拾う者はいなかった。
その靴は石板の床に横向きに転がり、靴底を上に向けていた。
底の革はすっかりすり減っていた。
大門が閉まった。
大広間に残ったのは、アルジャーノンと、その背後にいる数名の文官だけだった。
窓の外から、防波堤の方角から海風が吹き込み、壁に掛けられた金雀花の家の旗をばたばたとはためかせた。
旗の縁の房飾りが、石壁の染みを絶えず払っていた。
その染みの形は、地図の上からすでに消えた、ある島の輪郭のようだった。
ヘレナには分かっていた。
これが極めて不平等な条約であることが。
だが、彼女はわざとそうしたのだ。
エリクソン公国が独立を宣言したその瞬間から、最初の商船がインゲリア海峡を抜けて大洋へ出ようとしたその日から、諸島国はすでに彼らの首根っこを押さえていた。
通行料、停泊料、水先料、灯台料。
彼らはもっともらしい名目を並べ立てて海峡を掌中に握り、通りかかる商船という商船から、一片ずつ油をこそぎ取ってきた。
彼らが大陸の交易収入のおよそ三分の一を握っているのは、商いの力ではない。
地理位置の力だ。
インゲリア海峡を盾に、彼らは大陸じゅうの商人にひとつの習慣を刷り込んだ。
海に出るなら、保護費を払え、と。
ハーランド帝国に敗れたあとは、戦争賠償を商船へ転嫁した。
新しい王が即位して宮殿を造るときも、その予算を商船に割り当てた。
彼らは海峡で自分の艦隊を肥やし、その艦隊で海峡の支配を固めた。
完璧な閉環だった。
海水と血で鋳造された、紙幣の印刷機だ。
諸島国が匪賊同然であることは、世に知れ渡っている。
だがこの閉環は、打ち破れないものではない。
破るには、適切な位置に、適切な力で、十分に硬い楔を打ち込むだけでいい。
ヘレナは卓の頭上に立ち、向かいの王を見て、口元をわずかに上げた。
「アルジャーノン陛下、あなたはどう選ぶおつもりかしら。この条約は、あなたにとって、ちょうどいい按配ではないかしら」
彼女の声は荒々しくはなく、むしろ古い友人と、ありふれた決定を相談しているかのようだった。
最後のひとことが大広間に落ちたが、誰も応じなかった。
アルジャーノンは眉をきつく寄せた。
顔の血の瘡蓋が海風に吹かれて、いよいよ暗い赤色に映えた。
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