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304/341

302. 七鳳女池

 ロープウェイ駅の前の掲示板には、透明なセロハンテープで一枚のA4用紙が貼ってあった。


「風の強さのため、本日は山頂直通ロープウェイを運休。洗羊潭(せんようたん)ロープウェイは中駅までの運行とする」とある。


 文字は太いゴシック体で、朝の露にじっとりと濡れて、輪郭が少しにじんでいた。


 私は掲示板の前で内容を読み終えると、振り返って窓口へ戻り、中駅までの三人分の料金を差し出した。


 係員は無言で金を受け取り、機械から三枚の磁気カード式の切符を吐き出した。


 差し出すときに切符の端が窓口の角に引っかかったので、私は指先で直してから抜き取った。


 ロープウェイが上がり始めると、風がゴンドラの換気口から途切れることなく吹き込んで、ユーナがさっき結んだポニーテールから髪の房を何筋も解き散らした。


 彼女は手で一度押さえたが、おさまらず、諦めて放っておいた。


 ゴンドラが軽く揺れ、支柱を一つ越えるごとに低い金属の共振音を立てる。


 車内に貼られた安全案内の青いシールは、一隅がもう剥がれ始めていて、風に微かに震えていた。


 足元には広葉樹の林が広がり、樹冠が風に灰緑色の裏側を覗かせて、山全体が整った呼吸をしているように見えた。


 ゴンドラが着くと、桟道の入り口の風は山麓より一段強かった。


 私が最初の板を踏んだ瞬間に、それを感じた。


 風が谷底から吹き上がり、桟道の両側のトウヒの林を一方向へ押し倒し、すべての樹冠が同じ向きに傾いていた。


 板の上には薄い松葉と削りくずが積もり、踏む感触は枯れ葉の上と変わらず、パリッとして軽い音がして、足の裏にほんのりとした弾力があった。


 桟道は山稜の起伏に沿って北西へ伸び、数十メートルごとに曲がり角があり、角を一つ曲がるたびに見える景色が入れ替わった。


 最初のうちはロープウェイ駅の屋根が見えていたが、三つ目の曲がりを越えると、駅はトウヒの樹冠にすっかり隠され、前後には桟道とトウヒと、足元で広がり続ける視界だけが残った。


 木の遮蔽のない曲がり角で、風花城が桟道の左下方に丸ごと現れた。


 高いところから見下ろすと、古城はもうあのにぎわう表通りでも、明かりのともる店でも、南城門で揺れる提灯でもなかった。


 それは広がる青灰色の輪郭となり、蒼海の西岸に静かに収まっていた。


 密集した古い市街地と、東へ疎らに広がる新市街地のあいだに明確な境はなく、ただ灰色が濃いところから薄いところへと移り、やがて湖岸の白い水際に溶けていた。


 蒼海は午前の光のなかで灰青と銀白の入り交じる色をしていた。


 風が湖面に千万の細かい波紋を吹き立てていた。


 一つ一つの波紋が違う角度で違う光を反射するので、湖全体は誰かが巨大な貝殻の内側を極限まで磨き上げて、山のふもとに敷いたようだった。


 ユーナが私の隣で立ち止まり、手を桟道の鎖にかけた。


 彼女はしばらく見て、きれいだとも雄大だとも言わず、ただ顎を鎖に載せて、黙って見ていた。


 風が吹いてくると、彼女の前髪の乱れが目の前で何度か揺れたが、彼女は手をやっておさえることもしなかった。


 ヘレナは私たちの数歩後ろに立っていた。


 彼女も立ち止まったが、鎖のそばへは寄らず、ただ桟道の真ん中に立って、顔を湖の方へ向け、何気なく数秒見つめてから、先へ歩き出した。


 私はついていかず、もうしばらく鎖のそばに立ってから、振り返ってあとを追った。


 桟道は先へ伸びていた。


 板の隙間からは下の低木と露出した岩が見え、露に濡れて色を落とした板もあって、踏むと微妙な滑りがあった。


 斜行エレベーターで下へ移動し、降りると目の前に案内板が置かれていた。


 案内板は鉄板製で、白地に赤文字。「七鳳女池(しちほうじょち)・300m」のような文字が記されていた。


 矢印は左の、さらに細い桟道を指している。


 桟道の鎖には錆びた錠前がいくつかぶら下がっていた。


「行く?」ヘレナが一度私の方を振り返った。


「行く」


 細い桟道をそれほど歩かないうちに、植生が変わり始めた。


 トウヒの密度が少し下がり、代わりにツツジとササが増えた。


 低木の高さが押さえられた分、視界は主桟道よりもかえって開けていた。


 足元の板はさらに細い切り石になり、無数の靴底に磨かれて光り、湿った空気のなかで微かに水気を帯びていた。


 最初の湖はトウヒ林の縁に現れた。


 水は深くなく、湖底の白い小石がはっきり見えた。


 水の色は青と緑のあいだで、白い小石に際立たされて、湖全体が流れるカルセドニーを満たしたように見えた。


 水面は極めて静かで、風の大半はトウヒに遮られ、水面にはごく細い波紋が一層浮かぶだけで、水に映る雲影をぼやけた白い塊に揉みほぐしていた。


 湖岸には低いすげが生え、水面に沿って茂り、水陸の境に細やかな深緑の房飾りの線を引いていた。


 私はしゃがんで、手を水に入れた。


 水温は指先よりずっと低く、触り心地は清らかで、浅瀬にありがちなぬめりはなかった。


 水が指のあいだを流れるとき、流れが指先の温もりを奪う速さが感じられた。


 ユーナが私の隣でしゃがみ、彼女も手を伸ばして水を探った。


 彼女は何も言わず、手を引っ込めて二度振ると、水滴が裾の上に落ち、葉を伝って水の中へ滑った。


 二つ目の湖はさらに高い山あいにあり、細長く、引き伸ばした楕円のかたちをしていた。


 湖底には濃い褐色の落ち葉と枯れ枝が沈み、水に浸って茶葉のような色をしていた。


 湖岸には厚い苔が生え、踏むと水に浸したスポンジを踏むようだった。


 私は苔の縁で一歩踏み、靴底が苔の層にめり込み、くぐもった吸い音を立てた。


 三つ目と四つ目の湖はごく近く、あいだに細い尾根を一つ挟むだけだった。


 左は淡い青、右は墨緑だった。


 同じ水源が異なる鉱物を含む岩層を二つ抜け、同じ標高でまったく違う色に染まっていた。


 淡い青の湖底には細かい白い砂が敷かれ、墨緑の湖底は濃い腐葉土の堆積で、二つの色が並ぶさまは、誰かがわざと違う色のガラス板を二枚、地面に並べたようだった。


 五つ目の湖はもう少し低い位置にあり、陽光がちょうど水面を直射していた。


 水温は前の湖より高く、湖底に細長い水草が生え、流れのなかでゆっくり揺れていた。


 一本一本の葉に、日光が細い金の縁取りをまとわせていた。


 私は湖岸にしばらく立ち、水草の揺れを見ていた。


 風はない。水面の揺れはすべて水の中から来ていた。


 見えない何かの流れが湖底から湧き出し、水草を同じ向きへ押しやっては、また引く。


 往復、反復。


 六つ目の湖は坂を上がる道をしばらく歩いたあと、突然桟道の右に現れた。


 水面は前のどれより広く、対岸に小さな草地(そうち)があり、そこに白い花がいくつか咲き、風に軽く揺れていた。


 空には極めて細い雨足が漂っていた。


 雨と言うには、風に散らされた霧といったほうがよく、頬に落ちて冷たさを感じる間もなく乾いていた。


 湖面はこの雨霧に覆われ、対岸の輪郭がぼやけ、濃淡の違う緑の層だけが残った。


 一羽の水鳥が湖心を泳ぎ抜け、水面に細長いV字の波紋を引いて、それから雨霧のなかへ消えた。


 ユーナが立ち止まり、水鳥の消えた方角を見ていた。


 彼女は手を鎖から下ろし、衣の裾で指に付いた水気を拭ってから、私に尋ねた。


「あと、いくつ?」


「一つ」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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