301. 夜の古城
昼間しまっておいた折りたたみの机や椅子がすべて出され、焼き鳥台の炭火が赤々と燃えている。
串の上の脂が垂れると、小さな火の粉が跳ね上がっては消えた。
通り全体が炭火と暖かな黄色の提灯の光に包まれ、空気のなかには焼き魚とクミン、そして餌塊というものが炭火で表皮を焦がしたあとの香ばしさが混ざっていた。
私たちは復興路をぶらぶらと進んだ。
ヘレナがフロントでもらった手描きの地図を持って一番前を歩き、各交差点で立ち止まって地図をひと回し裏返し、それから一方向を指して「こっち」と言う。
三つ交差点を曲がり、細い横丁へ入った。
路地は二人が並んで歩くのも窮屈なほど狭いが、その突き当たりの店の前にはかえって行列ができていた。
店構えは大きくなく、看板は木の額で、筆で「蒼洱小館」と歪に書かれている。
店主本人が書いたようだった。
ヘレナは地図を折りたたんでトレンチコートのポケットにしまい、列の末尾へ行って立った。
「フロントが言うには、この店の酸辣魚が風花城で一番だそうだ」
ユーナはつま先立ちになって店内を覗き込んだ。
店から立ち昇る湯気が彼女の顔をかすませる。
彼女は鼻をひくつかせた。
「匂いで分かる」
並ぶことおよそ二十分でようやく私たちの番が来た。
店内は六卓しかなく、壁には蓑と笠が飾られていた。
壁際の棚には各種の薬草を漬けたガラス瓶がずらりと並び、色は琥珀から深い褐色まで様々だ。
私たちは窓際の席に座った。
窓枠は木で、窓辺にはミントの鉢が置かれ、葉は厨房から漂う油煙にすっかりしおれていた。
私は酸辣魚、炒め餌塊、樹花の和え物、ミントのスペアリブスープを注文した。
女将は四十がらみの白族の女性で、エプロンに青い花模様の刺繍が一周巡らせてあった。
小さな帳面に料理名を書き付けつつ、厨房の方へ振り返って方言で一声叫んだ。
その甲高い声に、窓台のミントの葉がびくりと震えた。
料理はすぐに出た。
酸辣魚には蒼海でその場から引き揚げたフナが使われている。
大きくなく、一鍋に四匹。
スープの底には酸木瓜とトマトが入り、酸味は酢のような鋭さではなく、果実の香りを帯びた丸やかな酸っぱさだ。
唐辛子は干し唐辛子で、鍋に入れる前に炭火で焙ってあり、辛さのなかに焦げた香ばしさが混じっている。
ユーナは一口食べて酸っぱさに顔をしかめたが、箸は止めず、また鍋から一匹挟んだ。
ヘレナはミントのスペアリブスープを小鉢によそい、一口飲んでから、小さな手帳を出してその上にいくつか字を書いた。
私は彼女が何を書いたかは訊かず、自分の鉢の炒め餌塊に専念した。
餌塊は薄く切って、漬け菜と肉みじん、青蒜(葉ニンニク)と一緒に炒めてあり、鍋の火力がしっかり乗っていて、一枚一枚の縁がちょうど良い具合に焦げている。
会計のとき、女将が方言で値段を言ったが私には聞き取れず、彼女は破いたメニューの裏にボールペンで値段を書いて差し出した。
私は金を数えて渡すと、彼女はお釣りを渡し、それからカウンターの下から小さなキンカンを三つへし折って私の手に押し込んだ。
「うちの庭で採れたんや、道中に食べとくれ」
蒼洱小館を出ると、夜風が蒼山の方角から古城へと吹き込み、山上から降りてくる冷たさを包んでいた。
路地の両側の提灯が風のなかで軽く揺れ、石板の路面を一面の流れるような暖かなオレンジ色に染めていた。
路傍には老人が屋台を出して焼き乳扇を売っており、炭火の上に金網を架し、乳扇が焼けて膨らむと竹串で一巻きにし、バラジャムを塗って客へ渡していた。
私たちは当て所もなく二筋の通りを歩いた。
手鼓を売る店を通りかかると、店の者が入口に座って鼓を打っており、軽快なリズムが何人かの観光客を引き寄せて見物させていた。
花茶を売る小さな店を通りかかると、店主が入口に試飲の小杯をずらりと並べており、ユーナは一つ一つ味見して回り、最後にバラ茶の小袋を一つ買った。
南城門を通りかかると、城門のアーチのなかで誰かがギターを弾いており、和音が石壁のあいだにこだまして、豊かな残響を響かせていた。
ヘレナは南城門の前で立ち止まり、城楼に掲げられた一列の赤い提灯を仰いだ。
提灯は風に一方向へ傾き、房飾りがほとんど横に靡いていた。
南城門からホテルへ戻る道すがら、夜風はずっと止まらなかった。
その風は路地のなかを縫うように吹き抜け、人家の窓の外に干された衣類をパタパタと鳴らした。
蒼洱小館を通りかかると、店内の灯りはまだともっており、女将が入口にしゃがんで空きビール瓶のカゴをきちんと積んでいるところだった。
私たちが通りかかるのを見て、手を振り挙げて挨拶代わりにした。
ホテルに着くと、廊下の絨毯が私とユーナの足音を吸い取った。
ヘレナは廊下の突き当たりで一瞬立ち止まり、私が隣のドアをルームキーで開け、それを枠に挟んで止め、振り返って彼女を見た。
「明日の朝は何時?」
「七時半にしようか」私はもう一枚のルームキーをポケットから抜き、廊下を隔てて手渡した。「日の出から一時間半後、光の具合がいちばん良く、山上もさほど寒くはない」
彼女はルームキーを受け取って指のあいだに挟み、うなずいて多くは語らず、ドアを押して中へ入った。
錠がカチリと閉まる音がした。
ユーナは先に部屋へ入り、窓辺に伏せてカーテンの隙間を一本指で開け、外を覗いていた。
蒼海は夜のなかで濃い色の輪郭へと縮こまり、対岸の灯りは誰かが地面に金粉を一掴み撒いたように、明滅して定まらなかった。
私はドアを閉め、カードを電源スロットに差し込むと、玄関の灯りがともった。
「明日山へ行くから長袖を着な」
ユーナは振り返らず、ただほんのり頭を横に傾けて、聞いたことを示した。
私はウエストポーチをサイドテーブルに置き、明日使うものを引っ張り出して先に卓の上に並べた。
ペットボトルの水一本、ビスケット一袋、防風ジャケットをクローゼットから取り出して背もたれにかける。
ユーナもキャンバスシューズを脱ぎ捨て、スリッパに履き替えてたどたどしく歩み寄り、今日買ったバラ茶をテレビ台の上に置き、それからしゃがんでリュックを漁り、日焼け止めをひとつ探し出して一番上の層に置いた。
「これ、持っていくの」
「山に日なんてあるの?」
「あるよ」彼女は日焼け止めを卓の上で一回転させ、瓶がビスケットの袋にぶつかって鈍い音を立てた。「明日分かるから。高原の日は領地のとは違うの、雲を隔てていても人を真っ赤に焼くくらいよ」
私は彼女を一瞥し、それ以上は言わず、その日焼け止めも収納袋へしまった。
浴室から水音がした。
私が先に風呂に入り、寝間着に着替えてベッドの縁に座って髪を拭いていると、水滴が髪の先から床へと落ち、いくつか濃い色の小さな円を滲ませた。
ユーナが中へ入っていくあいだ、私はベッドに横たわり、隣室から聞こえる水流の音を聞きながら、天井の煙探知機がまだあの小さな赤い点を瞬かせているのを眺めていた。
窓はしっかり閉まっておらず、蒼山の方角からの風が隙間から忍び込み、カーテンの角を軽く靡かせては落とした。
カーテンの揺れに律動はなく、時には早く、時には遅く、風が疲れたら休み、思い出したようにまた吹くといった調子だ。
私は手を伸ばしてサイドテーブルのスマホを掴み、明日の天気予報を眺めた。
曇りのち晴れ、十度から二十一度、南西の風三級。
私は画面をロックし、スマホを枕元に置いた。
ユーナが出てきたとき、髪はまだ水滴を垂らしておの、彼女はタオルで髪を包みベッドの縁に座って、私に背を向け、その濡れたピンクの塊を一つの肩の前へと集めてゆっくり拭っていた。
タオルが水に濡れる音はとても軽く、エアコンの低い送風音のなかでほとんど押し消されそうだった。
私もベッドから起き上がり、もう一本の乾いたタオルを彼女の肩にかけ、彼女の手からすでに半ば濡れていたタオルを受け取り、手を替えて彼女の背後に垂れたその髪の先を拭ってやった。
彼女は何も言わず、ただ肩を後ろへ寄せるだけで、ちょうど私の懐へと寄りかかった。
窓の外から風がまた一陣吹き、カーテンが靡き、また落ちた。
蒼海の方角の灯りがカーテンの隙間から壁に一筋の暗い金色の光紋を投げ、カーテンの揺れに合わせて壁面を一寸ずつ滑っては、また戻ってきた。
私は濡れたタオルを彼女の頭から取って、背もたれにかけた。
「明日は早起きだから」
「うん」彼女は枕を柔らかく叩き、ベッドサイドランプを消した。「あなたも早く寝て」
部屋が暗くなり、カーテンの隙間から差し込む一本の暗い金色の薄光だけが、壁の角とサイドテーブルのあいだに細長い明るい筋を切り出した。
エアコンの送風音、風に煽られるカーテンのさやさやという音、隣のベッドでユーナが寝返りを打つときのマットレスのスプリングの細かな軋む音。
それらが混ざり合い、人の心を安らげる一種のホワイトノイズになった。
私は目を閉じ、布団を顎まで引き上げ、これらの細かな音を聞きながら、ゆっくりと沈んでいった。
餌塊
うるち米を蒸して搗いたもので、餅やうどんのような食感が特徴です。焼いてジャムや味噌を塗ったり、薄切りにして肉や野菜と炒めたり(炒餌塊)して食べます。
酸辣魚と酸木瓜
洱海(蒼海)で獲れた新鮮なフナなどを、完熟する前の「酸木瓜(野生のカリンの仲間)」やトマト、トウガラシと一緒に煮込んだ料理。酢を使わず果実の爽やかな酸味を生かすのが本場大理の味です。
焼き乳扇
牛乳を加熱して作られた薄いシート状のチーズを炭火で炙り、竹串に巻きつけながらバラジャム(玫瑰糖)を塗って食べる大理古城の定番ストリートフードです。
樹花
大理の高山地帯の樹木に着生する地衣類(キノコ・コケの一種)で、和え物(涼拌)にしてさっぱりと食べる珍味です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




