299. 六廊の街
ヘレナは入り口に立ったまま中へは入らず、隣の絞り染めの布を売る店に釘付けになっていた。
店先の物干し竿には、染め甕から引き上げたばかりの布がびっしり掛かり、深い藍色の地に白い胡蝶の文様が染め抜いてある。
布はまだ濡れていて、藍色の雫を石畳に滴らせ、小さな黒ずんだ水溜まりをいくつか作っていた。
彼女は手を伸ばして布の端をつまみ、染め工の主人——上半身裸で腕に藍の染料をべったりと塗りたくった若い男と、この文様がどんな植物で調えた染料か真剣に論じていた。
「板藍根とヨモギです」若い男は藍の染料のついた指で身振りしながら言った。「板藍根で青が出て、ヨモギで緑を足して藍緑にするんです。夏に染めた色が一番鮮やかで、冬はちょっと暗くなります」
ヘレナはうなずき、手環から小さな手帳とボールペンを取り出すと、真剣にそれを書き留めた。
私は彼女のその真剣な様子を見て、これらの染料の配合をエリクソンへ持ち帰れないかと考えているのだろうと察した。
エリクソン領の現在の主な染料の供給元は、鉱石を挽いた粉末といくつかの在来の植物で、色数そのものが限られ、単調だ。
大半の貴族の衣類の色は、植物抽出寄りの暗い緑と深い茶、あるいはコストの高い鉱石の赤と藍紫のどちらかだ。
この藍草とヨモギで調える天然の藍染めが持ち込めれば、エリクソン領の織物産業にとって悪くない向上になりそうだ。
「すみません」母は顔を上げ、その若い染め工に真面目に尋ねた。「もしこの染め方を故郷へ持ち帰りたいとしたら、何を持っていけばいいのでしょう。配合ですか、それともこの植物そのものもですか」
若い男はぽかんとし、どう見ても二十歳そこそこの白いワンピースの女がこんな真面目な質問をするとは思わなかったらしく、我に返って言った。
「配合だけで十分ですよ。植物はその辺で探せばいいですし、板藍根は国中どこにでもあるし、ヨモギにいたっては言うまでもなくどこにでも生えてます。肝心なのは発酵の工程で、その時間と温度を押さえないと、出来上がる色がおかしくなります」
「発酵はどれくらい?温度はどのくらいに?」
「夏は自然発酵で三日から五日、冬は湯煎で保温してだいたい七日です。温度は……」
私とユーナは傍らに立ち、ただ見守るしかなかった。
母とその若い男のあいだで、植物の藍染め技術についておよそ十分間に及ぶ本格的なやり取りが始まり、そのあいだ母は手帳にすべての要点を書き留めた。
若い男は語るほどに乗りに乗り、二人はすっかり意気投合した。
私とユーナはそばでしばらく立っていたが、入る隙がまるでなく、自分から二歩前へ出て隣の屋台で焼きたてのバラ餅をそれぞれ一つずつ買って食べた。
皮は少し焦げていたが、餡のバラジャムはよく香り、高原のバラで作ったすっきりとした花の甘さで、スーパーで買う保存料の入った甘ったるいものとは違った。
私はバラ餅を噛みながら、横顔で母がまだ染工と真剣に配合を論じているのを眺めた。
ふと、母をこの彩雲行省へ旅に連れてきたのは、この人生でとても正しい決断だったと思った。
なぜなら、彼女は彼女なりのやり方で、すっかり溶け込んでいたから。
主通りを半ばまで歩くと、あちこちの匂いが混ざり始めた。
焼きたての乳扇の焦げた甘みが路地の小押し車から漂い、隣の屋台で焼き上がったばかりのバラ餅の薫る香りと重なった。
もう少し先へ行くと、炭火の台を構えたお爺さんが蒼海のフナを焼いていて、魚の皮は炭火でこんがりと焼き上がり、その上には唐辛子の粉とクミンが振りかけられ、脂が炭に落ちてじゅうじゅうと音を立てていた。
乳扇を焼く屋台は、改造した古い三輪車で、荷台を一枚の鉄板の焼き台に変えている。
鉄板の上の油が煙を立て、長く切った乳扇が一列に並べて焼かれている。
乳扇は白族特有の乳製品で、牛乳に酸を加えて固め、薄く延ばして干したものだ。
乾かすと半透明の薄い黄色になり、くるっと巻いて、風に煽られた紙のようになる。
店主は中年のおばさんで、長い箸を手に、手際よく鉄板の上の乳扇を返していた。
乳扇は熱を浴びると膨らみ始め、表面が薄い黄色から黄金色へと変わり、縁がぴんと巻き上がって、濃厚な焦げたミルクの香りを漂わせた。
「焼けたよ、何に付ける?バラ糖、唐辛子塩、それともそのまま?」おばさんが顔を上げて聞いた。声には屋台特有のさばさばとした調子があった。
「私はバラ糖」ユーナはほとんど即座に答えた。
彼女はとっくに鉄板のそばへ寄っていて、黄金色に焼けた乳扇の列を目で追っていた。
「それ、バラ糖でできてるの?さっきバラ餅食べたじゃない」
「同じバラ、食べ方が違うだけ」おばさんは乳扇を一本挟み上げると、バラ糖の中でぐるりと転がし、ユーナへ差し出した。「ほら、食べてみな」
ユーナは受け取ってふうふうと吹き、大事そうに一口かじった。
乳扇の外側はサクッとしていて、噛むとかすかなカチリという音がし、中はコシがあった。
チーズの中の噛み応えのある部分のようなものが、バラ糖の甘みと、焼いたことで乳脂そのものから立つ焦げ香りと重なり、味が層をなして、この土地でしか出せない複雑な食感になっていた。
ユーナの顔つきが変わった。
驚きではなく、「美味しくてどう表現していいか一瞬分からない」ような沈黙だ。
彼女は何度か噛むと顔を上げて私を見、眉尻を少し持ち上げ、目だけで合図を送ってきた。あなたも食べなよ、と。
「私は唐辛子塩」私はおばさんに言った。「一本」
おばさんはきびきびと一本挟み上げると、唐辛子塩の皿にちょっとつけ、私に渡した。
唐辛子塩の方はバラ糖とは対照的で、唐辛子の鋭い辛みが乳脂の焦げ香りの上に被さり、塩気が甘みを押し留めていた。
だが乳扇本来のミルクの香りはまだ残っていて、唐辛子と塩の隙間からふっと漏れ出てきて、意外にも完全には消されていなかった。
その感じは少しだけ、とてもきついコーヒーを飲んだあとでも、その苦い余韻の中に牛乳の甘みをかぎ取れるようなものだった。
「美味しい」私は言った。「菜包魚よりずっと」
「これはハードルが低いわ」ユーナは噛みながら言った。「菜包魚は魚に味がなかったもの」
「叻沙城の食べ物は全部ダメだった」母はそのままの味の乳扇を一本手に、一口噛んで、かみしめてから評を下した。「でもこれは、美味しいと認めてもいいわ」
これが母の、この旅で二度目の食物への「美味しい」だった。
前回は彩雲城の過橋米線のスープ。
二度とも本心だった。
私は心の中でそっとそれを覚え、改めて竹串を手に取り、もう一本唐辛子塩を頼もうとした。
乳扇を焼く屋台からもう少し先へ行くと、あのフナを焼くお爺さんのところだ。
ユーナが私の手を引いて焼き魚の屋台の前に長く立ち、お爺さんがにこにこしながら竹串に刺した焼き魚を二本差し出した。
魚の上の唐辛子の粉は日の光に照らされて赤く光っている。
「急がないで、骨に気をつけてね」私は竹串を受け取り、そのうち一本をユーナに渡した。
彼女は焼けぎわの熱い魚の皮をふうふう吹き、慎重に小さく一口噛むと、そのまま顔中が輝きだし、口の中でぼそぼそと言った。
「どうしてこんなに美味しいの……」
魚の皮はサクッとしていて、少し大げさなくらいで、噛めばはっきりとしたカチリという音が聞こえた。
魚の身は炭火の高温でとても乾き、それは水分が抜けてパサパサになったのではなく、高温が表面を素早く閉じ込め、中の肉にはわずかな水分が残る、そんな乾き方だった。
コシはあるが硬くはなく、炭火で燻した香りを帯びていた。
唐辛子の粉とクミンが魚全体を包み込み、一口ごとに辛く、香ばしく、焦げて、乾いた味が重なり合う複雑な味だった。
それに蒼海のフナ本来の鮮味が加わって、すべての味付けに足場のある底ができていた。
「蒼海のフナだよ」お爺さんは私たちが真剣に食べているのを見て、誇らしげに言った。「他では取れん、うちらがここでしか取れん。湖で育ててる、今朝獲ったばかりで、その場で捌いて焼く、新鮮や」
「ええ、とても新鮮です」ユーナは一口飲み込んで、真剣な顔でお爺さんを見た。「お爺さん、この魚、いくらですか」
「一本八円で、三本で二十円、安くしとくよ」お爺さんは言った。
「もう一本」私は言った。「私一人じゃ足りないの」
お爺さんはとっくに炭火の脇の桶から魚を一本挟み上げて炭火へ載せていて、手つきはきびきびと慣れきっていて、この生涯で何本焼いたか分からないほどの熟練だった。
その手の甲には大小さまざまな焼け傷の跡が無数についていて、長年炭火のそばで働いた証だった。
私はその跡を見て、ふと一つのことを思った。
前世の私がいつかネットの口コミを眺めていたとき、ある旅行ブロガーの投稿でこの焼き魚を見かけたことがある。
コメント欄で誰かがこう書いていた。
「このお爺さん、何十年も魚を焼いてて、手の跡だけで本が一冊書けるくらいだけど、魚の味は年々良くなってる」
そのとき私はその投稿をブックマークに入れた。
いつか行くことのなかった、あのブックマークの中に。
今、私はここに立って、あの投稿の魚を食べている。
確かに美味しい。
私がその味を噛みしめている最中に、このことがふっと我を忘れさせるほどのものだとは思わなかったが、そうなった。
その感じは言い表しがたい。
切なさでもなければ、感慨でもない。
ただとても穏やかな、「まだ間に合うこともあるんだ」という確かな実感だった。
「クロティア」ユーナの声が私を引き戻した。「あなたの魚、焼けたよ」
「うん」私は新しい竹串を受け取り、一口噛んで、その我の忘れようを胸の奥へ仕舞い込んだ。
彼女はおそらくさっきの私の様子に気づいていたが、何も聞かなかった。
ただ黙って自分の焼き魚を食べ終え、それから手を伸ばして私の髪を撫でた。
その動作はとても軽く、風が通り過ぎるほどに軽かった。
私が横顔を向けると、彼女はもう別の方角を見ていて、そばで甲馬紙を売る小さな屋台を眺めていた。
その屋台には神様の姿と文字が刷られた色とりどりの黄色の紙が並べてあった。
「あれは何?」彼女が甲馬紙を指して私に聞いた。
「白族が祈りに使う紙だよ」私は言った。「願い事を書いて燃やすと、神様のもとへ届くっていう」
「神様のもとへ届くの」ユーナはその言葉を繰り返し、考えて言った。「だったら風花城の神様はきっとお忙しいわね、この通りの屋台だって少なくないのに」
私は笑った。
母は傍らに立ち、そのままの味の乳扇と半分食べかけの焼き魚を手に、加わりもせず、反対もせず、ただ傍観するような姿勢で静かに食べていた。
ときおり顔を上げて両側の店を一瞥し、ときおりうつむいて足元の水渠の水の流れ方を眺め、まるで「見物」ということをすっかり身体に覚え込ませた人のようだった。
六廊の主通りの風は埠頭より少し小さく、両側の古い家に挟まれて、狭くて力強い抜け風になり、吹いてくるときには裾と髪を一緒に持ち上げた。
遠くの蒼山の雪線は真昼の日の光に白く輝き、空全体を一段と深い青へと際立たせていた。
一、 無形文化遺産と伝統工芸
板藍根と絞り染め(扎染)
板藍根: 伝統的な中医学(漢方)では熱を下げ毒を散らす薬草ですが、同時に古代中国における天然植物染料の主要な原料でもあります。
大理白族の絞り染め: 中国の国家級無形文化遺産(日本の重要無形文化財に相当)です。布を糸で縛って染め甕に浸す工程が核心的な技術です。板藍根と他の草木を組み合わせることで、淡い青、深い藍色、緑がかった「藍緑色」まで染め上げることができ、手作業で染められた布にはひとつひとつ異なる美しい「蝶」や「花」の白い模様が残ります。
二、 地方の郷土グルメ
バラ餅(鮮花餅 / せんかべい)
雲南省を代表する伝統的な焼き菓子。雲南特産の食用八重咲き赤バラを餡に使用しており、何層にも重なったパイ皮と、甘く爽やかな花びらの香りが特徴です。作中で「スーパーで買う保存料入りの甘ったるいものとは違う」と強調されているように、焼き立てならではの自然な花の香味が楽しめます。
焼き乳扇
大理白族を代表する乳製品。牛乳を発酵・凝固させたあと、薄く伸ばして竹竿に巻きつけて乾燥させます。形が扇に似ていることからこの名がつきました。食べ方は様々です。
バラ糖をつける: 甘酸っぱいミルクの風味とバラの華やかな甘みが合わさった、非常に特徴的なスイーツになります。
唐辛子塩(椒塩)を振る: 辛みと塩気がミルク特有の酸味を抑え、焼いたことで引き立つ濃厚な焦がしミルクの香りを際立たせる、独特な味わいです。
過橋米線
雲南省の有名な伝統麺料理。油の膜で保温された熱々のスープに、新鮮な生肉の薄切りや野菜をくぐらせて火を通し、米線(米の麺)を入れて食べます。作中で母ヘレナが以前そのスープだけを絶賛していたことからも、その出汁の旨味の深さが窺えます。
菜包魚
西双版納や東南アジア風の料理で、一般的にサンチュやパクチーなどの葉野菜で焼き魚と特製のタレを包んで食べます。作中では対比として挙げられ、大理の地元の焼き魚や乳扇の美味しさを引き立てています。
三、 信仰と民俗風物
甲馬紙(こうまし / お札)
白族の甲馬: 大理の民間信仰において、祭祀や祈願に用いられる木版刷りのカラー紙札です。紙には様々な神様(自然の神、職業の神、家内安全の神など)の姿や呪文が刻まれています。
民俗的な意味: 人々は祈祷や参拝の際にこれを燃やすことで、心の中の願いが神様に届くと信じています。人々の平穏な暮らしへの願いを託す道具のひとつです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




