291. 彩雲城に到着
来るときのバスと同じく、運転手は中年の男だったが、昨夜私たちを夜市へ送ってくれたあの大叔さんではなかった。
こちらの運転手はずっと無口で、切符を確認するときはちょっとうなずいただけで、あとは運転席へ戻って、出発を待っていた。
このバスの乗客は昨夜よりもいくぶん多かった。
前のほうの席に、それぞれ数組の旅人が座っていて、多くが若者で、大きなリュックを背負い、軽いスニーカーを履いていて、一目で、わざわざ彩雲行省を巡りに来た者たちだと分かった。
私たちは窓際の三席を見つけて座った。
叻沙城から彩雲城までは、およそ五時間以上の道のりだ。
来るときに彩雲城から乗り継いだ区間よりも長く、別のルートで省都へ回ることになるからだ。
はじめのうち、窓の外はまだ叻沙城で見慣れた熱帯の風景で、低い椰子の木、整った通り、ときおり目に飛び込む椰子の実を売る露店だった。
叻沙城の朝はもう熱を帯び始めていて、空気には湿った植物の香りが立ちこめ、車の排気と混じり合い、この熱帯の小さな街独特の朝の匂いをさせていた。
だが、バスが叻沙城の市街を抜け出すと、窓の外の景色はそっと変わり始めた。
まず平地がゆるやかに起伏を帯び、なだらかな斜面になった。
路傍の植生は椰子の木から、もっと茂った広葉樹へと代わり、葉は大きく緑濃く、路肩の山肌を覆うように積み重なって、誰かが分厚い緑の絨毯を山ごと敷き詰めたかのようだった。
それから、トンネルだ。
「一つ目」ユーナが窓の外を数えながら言った。
「……」母は何も言わなかった。
私はこっそり彼女を盗み見た。
彼女の顔に変化はない。
その視線はトンネル内の暗い壁に落ち、車の速さに合わせて等間隔に流れるトンネルの灯りを順に追っていた。
トンネルを抜けると、短い山間の道だ。
くねくねと曲がるアスファルトの道が山腹に埋め込まれ、道の片側は山肌、もう片側は下へ落ちる谷で、谷底には細い渓流が一本、陽の光に白く輝いていた。
そして、またトンネルだ。
「二つ目」ユーナは数え続けた。
「昨日気づいたんだけど、彩雲行省の道って、トンネルが主役なのよ」
「全部の橋が完成したら、トンネルは減るかもしれないわ」私は言った。
「でも橋を架けるほうがトンネルを掘るより難しいから、こんな地形では、トンネルがいちばん手っ取り早い解決策なのかもしれないわね」
「じゃあ、今日は幾つ通るのかしら」
私はスマホの地図を確認した。
「……なんとも言えないけど、かなりあると思う」
母は深く息を吸い込んだ。
「なら、耐えるしかないわね」彼女は言った。
およそ道のりの中程で、バスはサービスエリアに二十分ほど停まり、乗客に足を伸ばさせたり用を足させたりした。
サービスエリアはさほど大きくなく、小さな売店が一軒、トイレが二ヶ所、それに駐車場の広場があるだけだった。
駐車場の脇には展望台があって、ちょうど眼下に広がる谷を俯瞰できた。
谷はとても深く、底の木々は苔のように小さく見え、隙間なく谷底を敷き詰めていた。
両側の峰はそれほど高くはないが、どこまでも長く連なり、ひとつ、またひとつと雲霧のなかへとぼんやり繋がって、視線の果てまで続いていた。
ここはもう、叻沙城とはすっかり違っていた。
叻沙城の山は、あの低く丸みを帯びた熱帯の小山で、緑は濃く、湿って賑やかだった。
だがここの山は、次第に高原の山岳らしい骨格を帯び始めていた。
稜線は鋭く、輪郭は硬く、雲霧が山腹を横切り、谷全体にひと筋の冷たい気配を添えていた。
私は展望台の端に立ち、手を柵にかけ、深く息を吸い込んだ。
空気は冷たかった。
叻沙城であの扇風機で吹き付けるような作り物の涼しさではなく、本物の標高の高い山が持つ、あの冷たさだ。
肺の奥へと沁み入り、わずかに草木の気配を帯び、そしてもう少しだけ、山の岩特有の鉱物の清らかな香りを含んでいた。
「ずっといい」私は小声で言った。
「叻沙城より、ずっといいわ」
「うん」
ユーナは私の隣に立ち、同じように手を柵にかけ、顔を私へちょっとだけ向けた。
彼女のピンクの長い髪は谷からの風に持ち上げられ、かるくひと波打って、また落ちた。
彼女の瞳は、この標高の光のなかではやや浅い緑で、まるで谷のなかのあの細い渓流の色のようだった。
「似たようなところ、前に来たことある?」彼女は聞いた。
私は考えた。
前世のその体は、三十歳、社畜、ゴールデンウィークには切符が取れず、長い休みは法定祝日だけで、旅に出るたびにいつも人混みのなかだった。
私が訪ねた山は、たいていあれこれ整備された観光地で、ロープウェイに、木道に、写真撮影ポイントに、山頂のタピオカミルクティーの店だった。
本当にこうして、サービスエリアの脇の展望台に立って、過度に開発されていない谷を一望したことは、おそらくなかった。
「ないわ」私は言った。
「前世には時間がなくて、今世でやっと来られたの」
ユーナは少し沈黙した。
彼女はふと口を開き、声はとても軽く、まるで独り言のように言った。
「長距離バスで別の街へ行くとき、こういう場所を通りかかることがあったの。でもそのときはいつも寝てたか、スマホをいじってて、ちゃんと見たことがなかったのよね」
「今は見られたわ」私は言った。
「うん」彼女はうなずいた。
「今は見られた」
しばらく沈黙した。
谷から風が上ってきて、その冷気を帯びながら、二人の髪を少しだけ乱した。
ユーナは手を上げて自分の前髪を後ろへかきあげ、視線はまだあの谷に留めたまま、表情は平静で、けれどどこか集中しているような顔つきだった。
「前は考えたこともなかった」彼女は言った。
「もう一度やり直せるなら、いちばんしたいことは何か、なんて」
「じゃあ、今は?」
彼女は考えた。
「今は思うの」彼女は言った。
「たぶん、こういうことなのかなって。時間があって、これまで見逃してきた場所を、ちゃんとこの目で一目見られるなら、それで十分だって」
私は何も言わなかった。
私には、彼女の言いたいことが分かるような気がした。
前世の私たちは、時間をびっしりと埋め尽くして生きていた者たちだ。
仕事、移動、任務の完遂、そして倒れるように眠る。
立ち止まって一目見る価値のある場所は、いつも「また今度」という四文字に押しやられていた。
そして「また今度」は、ときに、二度とやってこない。
この世では、少しだけ違う。
「集合よ」母の声が駐車場のほうから届いた。
「バスが出るわよ」
私たちは顔を見合わせ、何も言わず、振り返って戻っていった。
夕暮れ、バスは彩雲城へと入った。
来るときに乗り継ぎでほんのひととき通りすぎた印象とは違い、今度は本当に、滞在するのだ。
彩雲城は彩雲行省の首府として、叻沙城よりずっと大きく、ずっと賑やかだった。
高層ビルと古い様式の建物が混じり合い、通りは叻沙城より幅広く、車も多い。
だが、もっともはっきりとした違いを感じさせたのは、やはり気温だった。
バスを降りて、吸った最初の一息で違いが分かった。
叻沙城の空気は、ねばつく、熱い、熱帯の植物の腐葉土の匂いがした。
彩雲城の空気は、清らかで、高原特有の乾きを帯び、気温は二十二度ほどで、肌に触れると、久しぶりの心地よさだった。
「やっと」ユーナはバスのドアのところに立ち、彩雲城の夕暮れの空を見上げて、深く息を吸い込んだ。
「やっと、暑くないわ」
「うん」私もその涼しさを味わっていた。
「彩雲城のこの気候、前世ではずっとしばらく滞在してみたいと思ってたんだけど、結局チャンスがなかったのよ」
母は私たちの前を歩き、足取りはずっと軽やかになっていた。
叻沙城の暑さは彼女の忍耐をずいぶん削り取っていたらしく、今のこの温度こそが、彼女にとって旅らしい状態だった。
「木綿城より涼しいわね」彼女は言った。
「それに空気が清らかよ」
「そうね、彩雲城には別名があって」私は言った。
「『一年中春のような街』って呼ばれるの。ここは一年を通して穏やかな気候で、叻沙城みたいに極端じゃないってことなのよ」
「じゃあ、今後はここでしばらく過ごすのもいいかもしれないわね」母は思案げに言った。
「紅龍国での、ひとつの拠点とするのも悪くないわ」
「……母さん、私たち今、旅行に来てるんですよ。拠点を選びに来たんじゃないですから」
「どっちも同じよ」彼女は平静に言った。
「地形を下調べし、情報を集め、ついでにくつろぐの」
私は何を言えばいいか分からなかった。
ユーナが脇で、笑いをこらえるのにずいぶん苦労していた。
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