284. 曼傣王苑
南薬園を後にした私たちは、そのまま湖に沿った静かな小道を歩き続けた。
湖面は風もなく穏やかで、岸辺に立つ背の高い熱帯樹の影を鏡のようにくっきりと映し出している。
湖の真ん中にぽつんと浮かぶ岩の上では、数羽の水鳥が微動だにせず佇み、じっと水面を見つめていた。
獲物の魚が通りかかるのを、じっと待っているのだろう。
先頭を歩いていた母がふと足を止め、湖の対岸に生える一本の木を指さして私に言った。
「あの木……葉っぱの形を見てごらん。回復ポーションの材料に使う『清風葉』に少し似ていないか?」
私は彼女が指さす方に目を向けた。
確かにその木の葉は綺麗で楕円形で、縁には細かなギザギザがあり、陽の光を浴びて瑞々しい緑色を放っていた。
だが、私の植物に関する知識など知れたものだ。確信を持つには程遠かった。
「たぶん……そうかもしれませんね」
私は曖昧に答えた。
「でも、確かめるなら近くまで行って直接見ないとわかりませんよ」
「いや、やめておこう」
母は即座に首を振った。
「もしあの木まで毒を持っていたら、どうするのだ」
その一言が飛び出した瞬間、私とユーナは思わず吹き出してしまった。
あの母が、たかが毒のある植物を本気で恐れているなんて。
いやいや、彼女はかつて修羅場を潜り抜けてきた元冒険者なのだ。
一体何が、あの最強の剣士を後ずさりさせたというのか。
答え——「一本の怪しい木」。
この微笑ましくも滑稽な一幕は、日記にでも記録しておく価値が十分にあると思えた。
◇
この植物園はさほど広くなく、小さな湖を囲むようにして造られていた。
私たちがメインの散策ルートをひと通り歩き終えるのに、一時間もかからなかった。
幸いだったのは、園内には大きな木がたくさん生い茂っており、叻沙城の頭上に立ちはだかる容赦ない灼熱の太陽をすっかり遮ってくれていたことだ。
木漏れ日の下を歩きながら、時折湖面から吹き抜ける心地よい風に身を任せるのは、外で直射日光に晒されるのに比べれば遥かに快適だった。
植物園を出た私たちは少し休憩を挟み、水分を補給してから再びタクシーを拾い、そう遠くない場所にある二つ目の観光地へと向かった。
その場所の名は、「曼傣王苑」と呼ばれていた。
曼傣王苑。
この優雅な名の由来は、数百年前の歴史にまで遡る。
聞くところによれば、ここはかつてタイ族の首長たちが所有していた専用の庭園であり、市井の庶民が足を踏み入れることは決して許されなかったのだという。
園内には珍しい花々や草木が咲き乱れ、手掘りの池や重厚な東屋が配され、タイ王が蒸し暑い夏を逃れて涼を取るための私的な聖域だったらしい。
しかし今や、そこはただの観光地へと成り下がり、かつての貴族や王のためだけの場所ではなくなっていた。
入場券さえ買い求めれば誰であっても足を踏み入れ、かつてタイ王だけが腰を下ろすことを許されたあの東屋で、ぼんやりと風に吹かれることができるのだ。
この理屈は、私が前世の人生で疾くに理解していたことでもあった。
歴史の車輪が容赦なく通り過ぎた後、かつて絶対的だった特権は、現代における単なる「入場券」へと形を変えるのだ。
タクシーが曼傣王苑の重厚な門前で停車した。
私たちは車を降り、門へと歩いてチケットを購入し、内部へと足を踏み入れた。
——そして、深い失望感を味わうことになった。
決してここが見劣りするというわけではない。
実際、十分に手入れが行き届いており、古木が立ち並び、色鮮やかな花壇があり、立派な小仏塔まで鎮座していた。
樹齢百年を超えるという巨大なガジュマルの木が何本もそびえ立ち、枝から垂れ下がった気根が土へと突き刺さって、まるで緑のカーテンのような幻想的な景観を作り出している。
だが致命的な問題は、先ほど訪れた「勐植熱帯植物園」があまりにも広大で見応えがありすぎたことだった。
確かにこの王苑には、いくらか風変わりな建造物はある。
件の小さな仏塔や庭園の中央に鎮座する立派な木造の東屋などがそうだ。
東屋の屋根は鮮やかな青い瓦で葺かれ、四隅が優美に反り上がっている。
しかし、植物のバリエーションやその観賞価値となると、さっきの植物園で目にした圧倒的なスケールには遠く及ばなかった。
植物園には南薬園があり、熱帯の希少種が咲き乱れ、天を突くヤシの木や多種多様な蔓植物が鬱蒼としていた。
それに比べれば、曼傣王苑の緑はどこか形ばかりで、数本申し訳程度に植えられているに過ぎない。
だからここを「王の御苑」と呼ぶよりは、「入場料を徴収するこぢんまりとした市民公園」と呼ぶ方が、よほどしっくりときた。
「……これだけか?」
母は小さな仏塔の前に立ち、あたりをぐるりと見回した。
その顔に浮かんだ表情は、今朝「孟勒金塔寺」の山脚で「これだけか?」と呆れていたときのものと寸分違わぬものだった。
「タイの王の庭園が、たったこれっぽっちなのか?」
「数百年前のタイ王にとっては、この庭こそが手に入れられる最高の贅沢だったのかもしれませんよ」
私は歴史的な観点から、精一杯の寛容なフォローを試みた。
「あの時代に『植物園』なんて高度な概念はありませんでしたからね。自宅の敷地内でこれだけの空間を作り維持できただけでも、当時にしてみれば相当な権力だったはずです」
「ふむ……」母は頷いた。
「お前の言う通りだな。私が勝手に……期待値を上げすぎていただけか」
「期待値が高すぎた」。
それこそが、旅というものにおいて最も頻繁に遭遇する落とし穴なのだろう。
見知らぬ土地に膨大な幻想を抱いてやってきて、実際に目の当たりにした現実がその妄想に届かなかったとき、失望という感情は必然的に芽生えてしまうのだ。
とはいえ、曼傣王苑にもまったく見どころがなかったわけではない。
庭園の奥深くには、さほど広くはないものの風情あるハス池が広がっていた。
水面いっぱいに青々とした葉が広がり、その間から可憐な薄桃色のハスがすっと茎を伸ばし、午後の柔らかい日差しの中でひっそりと咲き誇っていた。
池には風情ある石造りのアーチ橋が架かっていたが、長年の苔のせいか足元が少々滑りやすくなっており、母が踏み出した瞬間に危うくバランスを崩しかけた。
もちろん、彼女ほどの卓越した身体能力があれば、そんな危うさなど一瞬の通過儀礼に過ぎない。
コンマ数秒で完璧に重心を立て直し、何事もなかったかのような澄まし顔で橋を渡りきってみせた。
ユーナは池のほとりで何枚か風景写真を収めると、こちらへ駆け寄ってきて私の腕を引っ張り、石橋の上で一緒に記念撮影をしようとねだってきた。
「はい、笑顔になって!」
スマホを構えるユーナに、私は苦笑いを返した。
「さっき植物園で劇薬の看板にビビらされたばかりなんだから、そんな簡単に笑えないよ」
「じゃあ、ビビってなかった顔をして!」
「……それ、論理的に矛盾してないか?」
結局、私たちが曼傣王苑をブラブラと散策したのは三十分にも満たず、そのままそそくさと出口を抜けてしまった。
◇
ホテルに戻ると、フロントの女性スタッフが私たちを見つけ、洗練されたプロの笑顔を向けてきた。
そして、営業スマイルを絶やさないままこう提案してきたのだ。
「お客様、今夜は当ホテル提携の送迎バスをご利用いただけますよ。叻沙城で一番賑わう大人気の夜市まで無料でお送りしておりますが、いかがでしょうか?」
彼女はそう言って一枚のチラシを差し出してきた。
そこには色鮮やかな文字で、こう躍っていた。
『月光夜市——叻沙城、眠らない不夜城へようこそ』
月光夜市。
なんとも風流で美しい命名だ。
月明かりの下で夜市がひらかれ、人々が月光を浴びながらショッピングを愉しみ、屋台のグルメに舌鼓を打つ。
そんなロマンチックで優雅な情景が脳裏に浮かぶ。
もちろん、現実の夜市に本物の月光など必要ない。
どこもかしこもギラギラとした眩しい人工の照明で埋め尽くされているのだから。
しかしフロントの説明によれば、この夜市は現在叻沙城で最も規模が大きく、最も盛り上がっているスポットであり、夕方から屋台が立ち並んで深夜まで活気が途絶えることはないという。
地元のB級グルメ、伝統工芸品、華やかな民族衣装、瑞々しい熱帯のフルーツ……手に入らないものはないほどだというのだ。
せっかく遠出をして遊びに来たのだ。
それに、今の紅龍国にはネット上で囁かれている、こんな古い決まり文句があるらしいではないか。
『来都来了(せっかく来たんだし)』。
この悪魔的な一言を前にして、どうして足を踏み出さずにいられようか。
こうして私たちは、この新しく流行している魔法の言葉にすっかり乗せられ、今夜は夜市へと繰り出すことを決めたのだった。
夕食はもちろん、その賑やかな夜市で済ませるつもりだ。
きっと地元の名物が目移りするほど並んでいるはずだし、今日の昼に食べたような「苦くて酸っぱいだけの地獄の米粉」を再び押し付けられる惨事も避けられるに違いない。
……。
しかし。
この時の見通しこそが、私たちが今回の旅で下した「あらゆる決断の中で最も過酷な間違い」になろうとは、この時の私たちは知る由もなかったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




