283. 毒のある植物
昼は当然、一旦ホテルに戻って休むことにした。
なにしろ叻沙城は、太陽の沈んだ夜でさえ汗だくになるほど暑いのだ。
増してや今、太陽は頭上高くに昇っている。
その気温たるや、確かめるまでもなく殺人的な高さであるのは火を見るより明らかだった。
どれほど厳しいかといえば、試しに私が店の外へほんの少し手を伸ばしただけで、肌を焼き切るような激痛が襲ってきたほどだ。
まるで赤く熱した鉄板を、腕の内側の柔らかな皮膚へ直に押し当てられたかのようだった。
私は素早く手を引っ込めた。
俯いて腕を改めると、強烈な日差しによって白い肌の上に一本の赤い跡が刻まれていた。
境目はクッキリと鮮明で、まるで焼き印でも押されたかのようだ。
「ここの太陽は、本当に容赦がないな……」
私は腕の上の赤くなった跡を、半ば呆れながら見つめて呟いた。
精霊の肌はもともと浮世離れしたほど白い。
一度日焼けして赤くなると、元の白さに戻るまで何日もかかってしまうのだ。
これは転生して以来、私がどうしても慣れられないことの一つだった。
前世である三十歳の男だった頃の身体も、色こそ白い方だったものの、長年野山を駆け回っていたおかげでそれなりの抵抗力を備えていた。
それが今生のこの身体ときたら、まるでバターで作られているかのように繊細で脆い。
「とてもじゃないけれど、歩いて帰れるような日差しじゃないね。タクシーを呼ぼう」
そう言ってユーナはスマホを取り出し、手際よく配車アプリを操作し始めた。
彼女の指が画面の上を何度か滑り、ほどなくして軽快な通知音が鳴って配車が完了した。
間もなくして、一台の白いセダンが米粉店の前に滑り込んできた。
年式はそれほど新しくなさそうだったが、エアコンの効きは抜群だった。
ドアを開けてシートになだれ込んだ瞬間、吹き出し口から勢いよく溢れ出る冷気が、猛暑で死に瀕していた私たちを絶望の淵から救い出してくれた。
私は後部座席に深く身をもたせ、冷気が頬や腕を優しく撫でていく心地よさに浸りながら、心の中で密かに決意した。
今日の午後、どうしても外せない観光予定がないのなら、夕方までホテルに籠城しよう、と。
◇
ホテルへ戻った私たちは、午後三時までじっくりと身体を休めた。
午後三時の叻沙城も、太陽はいまだその威光を衰えさせる気配を見せていなかった。
それでも、正午の殺人的な灼熱に比べれば、ほんの少しだけ柔らかくなっていた。
少なくとも、外へ手を伸ばしただけで肌が焼けるようなことはなくなった。
とはいえ、ホテルに引きこもっているわけにもいかない。
私たちは重い腰を上げ、次の目的地へと向かうことにした。
今日の予定は、植物園、御花園、そして夜市の三箇所だ。
文字に起こせば大した数ではないように思える。
しかし、人間をドロドロに溶かしてしまいそうな叻沙城の暑さの中では、屋外の観光地巡りはどれも強靭な意志力を試される試練と同義だった。
最初に訪れたのは、とある植物園だった。
そこは叻沙城の東の郊外に位置しており、ホテルからタクシーで二十分ほどの距離にあった。
車が園の入口に停まったとき、私は車窓越しに外の様子を伺った。
園の門構えは、お世辞にも立派とは言えない佇まいだった。
二本の石柱の上に一枚の石板が渡されているだけのシンプルな造りで、その石板には四つの文字が刻まれていた。
『勐植熱帯植物園』
「勐植」の「勐」は、この土地の言葉でよく使われる接頭辞で、「ここ」あるいは「この場所」を意味する。
そして「植」は文字通り植物のことだ。
飾り気も趣向を凝らした修辞もない名前だったが、叻沙城のような素朴な土地においては、むしろ飾らない誠実さが感じられた。
券売機で入園券を買う。
入園料は実に手頃な価格だった。
代金を支払ったのは母で、彼女は「ここは私が払う」と言って聞かなかった。
「せっかくの旅行なのだから、お前にばかり払わせるわけにはいかん」というのが彼女の言い分だった。
私も素直にお言葉に甘えることにした。
そもそも紅龍幣に両替した金貨自体、母が出してくれたものなのだから。
園内に足を踏み入れると、真っ先に私たちを迎えてくれたのは視覚的な景色ではなく「音」だった。
頭上に広がる樹冠のあちこちで、見たこともない熱帯の鳥たちが賑やかにさえずっている。
透き通った鈴のような声、かすれた声、口笛を吹くような調子、まるで笑っているかのような不思議な鳴き声。
木漏れ日が重なり合う広葉樹の隙間からこぼれ落ち、地面の上に不規則な光の模様を描き出していた。
その上を歩いていると、まるで細かく砕いた黄金を踏みしめているかのような錯覚に陥る。
木棉城の植物園と比べても、ここ叻沙城の植物園には熱帯特有の固有種が圧倒的に多かった。
天を突くように高くそびえるヤシの木、瑞々しく大きな葉を広げるバショウ、大輪の赤い花を咲かせるハイビスカス、小ぶりの黄色い実を房なりにつけた巨木。
その多くは名前も知らない植物だったが、一つひとつに小さな説明板が丁寧に添えられており、名称、原産地、用途などが記されていた。
ユーナは私の隣を歩きながら、時折足を止めては興味深そうに説明板を読み込んでいた。
「ねえ、これ……」
彼女が指さした先の一枚の板には、こう書かれていた。
『見血封喉』
「……なにこれ、ものすごく物騒な名前ね」
私も近寄って、その説明文に目を通した。
【見血封喉】
現地名:箭毒木
特徴:樹皮から毒矢の毒を採取できる。樹液には強力な劇毒が含まれており、傷口から体内に入ると即座に心停止を引き起こす。
用途:当園では観賞および教育目的で展示。絶対に接触しないでください。
板の下部には、赤地に白抜きの文字で『危険:有毒植物につき立ち入り禁止』と強調されていた。
ユーナはサッと手を引っ込め、碧い瞳に警戒の色を走らせた。
「ここの植物、木棉城の植物園よりずっと物騒じゃない……?」
「熱帯ですからね」と私は応じた。
「種の種類が多い分、有毒な植物の割合も増えるんです。これもまた生物多様性の一環ですよ」
私たちはさらに奥へと進んだ。
園内は特別広いわけではなかったが、生い茂る樹木が実に鬱蒼としており、石畳の小道がゆるやかな傾斜に沿ってどこまでも続いていた。
道の両脇には、大小さまざまな植物が所狭しと立ち並んでいる。
ある木の幹には深緑の苔が一面に生い茂り、触れるとひんやりと湿っていた。
またある蔓植物は樹冠からダラリと垂れ下がり、歩く人の頭を掠めそうなほどだった。
しばらく進むと、道端に案内板が現れた。
『この先:南薬園 →』
南薬園。
それこそが、この植物園における目玉エリアだった。
噂によれば、ここで栽培されている薬用植物の多くは現地の古文書に記された処方を元にしており、今では市場でもめったにお目にかかれない貴重な品種ばかりなのだという。
私たちは案内板に従って右へ折れ、より一層深々とした木立の小道へと足を踏み入れた。
このあたりの植生は外にも増して鬱生としており、日の光はほとんど届かない。
そのおかげで、周囲の気温も幾分涼しく感じられた。
空気の中には、独特の複雑な香りが漂っている。
湿った土の匂い、草木の青く苦い香り、そして漢方薬局に足を踏み入れたときのような、乾燥した薬草が混ざり合った独特の香気だ。
南薬園自体の広さは、バスケットコート二面分ほどとさほど広くはない。
しかし、そこに植えられている植物たちは、嫌でも目を引く存在感を放っていた。
なにしろ、展示されている植物のほとんどに、例の赤い警告板が掲げられていたのだから。
中でも際立っていたのは一本の巨木だった。
太い幹を持ち、その樹皮は不自然なほど濃い紫色をしている。
幹には鉄製のプレートが打ち付けられており、そこにはこう刻まれていた。
【紫血藤】
危険度:高
注意:樹液が傷口に触れた場合、即座に意識障害を引き起こし昏倒する恐れがあります。樹皮、枝、葉には一切触れないでください。
母はその木の前まで進むと、伏し目がちにプレートの文字を最後まで読み込み——。
そして、間髪入れずに数歩後ろへと後退した。
その無駄のない素早い動作といい、真剣そのものの表情といい、本気度が伝わってくる。
「……なぜこのような恐ろしいものを、わざわざ人が通る場所に植えているのだ?」
彼女は振り返って私に尋ねてきた。その顔には「心底理解できない」といった困惑が広がっていた。
私が答える前に、ユーナが助け舟を出した。
「きっと、毒としてだけでなく、薬としての効能もあるからだと思いますよ」
彼女は語りかけた。
「毒があるからといって、まったく役に立たないわけではありませんから。お薬の多くは元々有毒な植物から成分を抽出し、適切な量に調整して作られるものです。使い方次第で、毒も良薬になり得るんですよ」
母はユーナの解説を聞いてほんの少し表情を緩めたものの、視線がずらりと並ぶ赤い警告板を捉えるたび、そこには拭いきれない警戒心が浮かんでいた。
なにしろ、元冒険者である彼女にとって、「毒」という言葉は単なる知識や概念ではない。
実際に命を奪いにくる「凶器」そのものなのだから。
結局、私たちが南薬園に滞在したのは十五分ほどだった。
展示内容が退屈だったわけではない。
ただ、あの物騒な警告板の山を見つめていると、どうにも背筋がムズムズして落ち着かなかったのだ。
この植物たちが、叻沙城の湿気を含んだ風に乗せて何か有害な成分でも撒き散らしているのではないか——そんな妙な不安さえ芽生えてくる。
おそらく気のせいだろうが、念のために早々に退散するのが賢明というものだろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




