281. 母の旅の記憶
そのとき、私の思考はふと、先日母が語ってくれたあの話を思い出していた。
彼女と父が若い頃、二人でイオヤプ大陸を旅したという、遥か昔の思い出話だ。
あの日の午後、私たちはもともと「なぜ母が旅に対して、若い頃ほどの情熱を抱けなくなったのか」という話をしていたのだった。
それがいつしか話題が転がり、母が昔語りを始めたのだ。
二人はハーランド魔法高級学院で出会ったのだと、彼女は言っていた。
あの頃の二人はまだ若く——あまりに若すぎて、大陸のすべてを自分の足で巡ることができると信じ切っていたし、時間は無限にあると思い込んでいた。
卒業の日、二人は同級生の仲間たちと約束を交わした。
一緒に旅立ち、このイオヤプ大陸を隅から隅まで歩き尽くそう、と。
あの頃の父は、まだ公爵ではなかった。
学院を卒業したばかりの、一人の若い精霊に過ぎなかったのだ。
そしてあの頃の母も、まだ公爵夫人ではなかった。
クリスト家の次女として優れた戦闘魔法を身につけ、卒業式のまさにその場で、測定器を叩き折ってみせたおてんば娘だった。
二人はハーランド帝国を発ち、一路西へと進んだ。
グリンマン帝国の広大な平原を抜け、中央山脈を越え、同世代の冒険者たちが誰もが口を揃えて憧れた、あの目的地を目指したのだ。
ソフィア城——かつてのグリンマン帝国が遺した、最後の都。
「あの頃のソフィア城は……」母はその話をするとき、いつも声をひときわ低くした。「本当に、美しかった」
街のいたるところに美しい公園と噴水があり、荘厳な広場と天井の高い柱廊が並び、どの通りにも帝国時代の誇り高き建築美が残っていた。
あの頃、すでにグリンマン帝国は分裂していたものの、帝都としての威厳はまだ保たれていた。
悲劇の直前、どうにか持ちこたえていたのだ。
二人はソフィア城にしばらく滞在し、長旅で積み重なった疲労をゆっくりと癒やしていった。
だが、それからほどなくして情勢は急変する。
魔族が急速に勢力を伸ばし、ソフィア帝国の国境地帯を絶え間なく侵食し始めたのだ。
街の中には、言葉にしがたい不穏な空気があふれ始めた。
それはパニックではなく、すぐそこに危機が迫っていると知りながらも、いつそれが弾けるかわからないという、重苦しい静けさだった。
「私たちはソフィア帝国の市民ではない。あそこに長居することはできなかった」母は言った。「だから、元来た道を引き返すことにしたのだ」
帰り道、二人はかつて各地へと散っていった旅の仲間たちを、一人ずつ訪ねて回った。
ある友人はすでにその土地に腰を落ち着け、店を開いて家庭を持ち、膝元には小さな子供がいた。
ある友人はすでに引き払っており、行方が分からなくなっていた。
そしてまたある友人は……あるときの魔獣の暴走を前に、耐えきれず命を落としていた。
「最初のうちは、大したことではないと思っていた」母は言った。「何しろ、これは長命種と普通の人間との間に、最初から存在していた絶対的な隔たりだ。若い頃の私たちは誰もがそれを知っていた。ただ、気に留めていなかっただけなのだ」
だが旅を続けるうちに、音信不通となる名前がひとつ、またひとつと増えていった。
見ないふりをして脇に退けていたその現実が、次第に容赦のない実感を帯びて押し寄せてきた。
「私は、旅に出たことを後悔しているわけではない」母は淡々とした声で、そう付け加えた。「ただ……旅をしなくなるのは、何も恐怖からではないのだと知った。もう一度あの場所へ戻ったとき、そこにいたはずの誰かがいなくなっている——そんな姿を二度と見たくないからなのだ、と」
あのときの私は、何も言わずにただ耳を傾けていた。
それは前世の私が完全には経験していないものの、胸のどこかで痛いほど共感できる感情だった。
時は流れ、いなくなる人がいて、戻った場所はすっかり変わり果てていて、それでも自分だけはここに生き残っている。
それが幸運なのか、それとも残酷な重荷なのか、私には分からなかった。
二人は最後にハーランド帝国へと戻り、帝国の北西部で開拓団に加わって、後のエリクソン公爵領を切り開いた。
彼らの旅は、そこで終わりを迎えた。
怠けたからではない。
もっと魂の深いところにある何かが、静かに向きを変えたからだ。
今の母にとって、いわゆる「観光」など今更目新しくもないのだろう。
大陸のあらゆる景勝地は、あらかた見尽くしてきた。
かつて心を揺さぶられたような絶景も、四十年に及ぶ冒険者人生の中でとっくに味わい尽くしている。
だが、未だ見ぬ「挑戦」は残されている。
険しい試練は、まだそこにある。
誰も登り切ったことのない峰、誰も歩き通したことのない秘道。
そうした冒険の匂いだけは、今なお彼女にとって新鮮な煌めきを放っているのだ。
だからこそ、彼女はここへやってきた。
生ぬるい観光のためではない。あの雲龍雪山に挑むために。
そして孟勒金塔寺というこのささやかな山は、長い旅路の途中に佇む一つの宿場町に過ぎない。
真の目的地へ辿り着く前の、つかの間の静寂に過ぎないのだ。
山を下りるとき、私たちは石段を歩いて下りることにした。
下り道は登りよりもはるかに楽で、参道の両脇に広がるミャンマーカツラの木々は、この時間になると日陰を作ってくれていた。
まばらな木漏れ日が石段を彩り、風が吹き抜けるたびに甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。
さっき木陰でへたり込んで水筒をあおっていた例の男の子は、いくぶん体力を回復させたようで、スマホで撮影した写真を送っている最中だった。
その表情も、先ほどよりはずっと軽やかになっている。
彼はこちらが通りかかるのに気づくと顔を上げ、じっと私たちを見つめてきた。
その瞳には、少々複雑な色が浮かんでいた。
自分と同年代に見える私たちが、汗ひとつかかず、まったく無様な様子もなく涼しい顔で下りていくのを目にして、言葉にならない敗北感でも覚えているのだろう。
私は彼に向かって、軽く会釈をしてみせた。
彼は一瞬気押されたようにたじろぎ、それからぎこちなく会釈を返すと、慌てて俯いてスマホに視線を戻した。
「みなさん、本当に余裕そうですね」
同行していた、まだ元気そうな女の子が私たちの隣に並び、感心したように声をかけてきた。
「どうしたらそんなに平気でいられるんですか?」
「そうですね……まあ、体質がいいのかもしれません」
私は少し考えてから、曖昧な苦笑いで誤魔化した。
女の子は羨ましそうに溜め息をついた。
「私ももっと体を鍛えなきゃなあ」
私は深く追求せず笑って誤魔化し、ユーナや母と一緒にそのまま山を下り続けた。
するとユーナが耳元に寄り、声を潜めて囁いてきた。
「体質がいい、ですって? それとも『魔力に余裕がある』の間違いじゃないの?」
「両方だよ」私も小声で返した。「でも、あの子に本当のことなんて言えないでしょ」
ユーナはくすくすと笑い声の漏らし、そっと私の腕に自分の腕を絡めてきた。
歩調を合わせるようにして、並んで歩いていく。
母は私たちの少し前を歩いていた。
背中をぴんと伸ばし、力強い足取りで、遠くに見えるさらに高い山々の影へと視線を向けている。
正午。
この街の正午は、一日の中で最も残酷な時間帯だ。
太陽が容赦なく頭上から降り注ぎ、街全体を巨大な蒸し器のように蒸し上げていく。
アスファルトは焼きつけられ、靴底を通してじりじりと熱気が伝わってきた。
空気中には、熱帯植物が炎天下で蒸されたときに放つ特有の青く濃い匂いが立ち込めている。
嫌な臭いではないが、あまりに濃密で息が詰まりそうだった。
私たちは孟勒金塔寺の麓で、見たところ比較的清潔そうな食堂を見つけ、そこで昼食を済ませることにした。
食堂とは名ばかりの、道端にある小さな米粉の店だ。
店内は手狭で、店の前に出された数台の折りたたみテーブルの上に、青い日除けタープが張られていた。
タープの布地は何箇所か風に煽られて端がめくれ上がり、正午の熱風の中でバタバタとはためいている。
このあたりには米粉を出す店が他にも何軒かあった。
通りを歩けば串焼き屋や炒飯屋、赤い提灯を吊るした「伝統の焼き魚」を謳う店などが目に入る。
だが、私たちは迷わずこの米粉専門店を選んだ。
もしかすると彩雲城の駅で食べたあの不味い米粉のせいで、「本当に美味しい米粉を食べなければ収まりがつかない」という一種の執念めいたものが、私たちの中に残っていたのかもしれない。
あるいは、店の入口の木柱に貼られたあの手書きの貼り紙に心を惹かれたからかもしれない。
その貼り紙の文字は歪んでいて、墨が盛大に滲んでいた。
店主が自ら筆をとって書いたのだとひと目でわかる。決して上手な字ではなかったが、書かれている内容は異様な存在感を放っていた。
牛肉の新鮮さや手打ち麺のこだわりをアピールする一般的な文句ではなかった。
こう書かれていたのだ。
『当店の勐牛米粉、スープは初め苦く、後に酸っぱい。苦味の中に甘みが戻り、酸味の中に爽やかな旨味あり。一杯食さねば、叻沙に来た甲斐なし』
「なかなか一風変わった米粉だな」
母は入口に立ち、その貼り紙を一字一句じっくりと読み込むと、碧い瞳を好奇心で輝かせた。
「自分から『苦くて酸っぱい』と宣伝しているとは」
苦いものも酸っぱいものも普段は好まない母が、この強烈な個性に興味を惹かれたのは当然のことだった。
彼女は首を傾げて私を見つめ、それからユーナへと視線を移した。
その顔にはあからさまに「試してみないか?」と書かれている。
ユーナと私はかつて木棉城で共に暮らし、あの街の名物であるゴーヤスープを食べた経験があった。
あれも苦いといえば苦かったが、肉の出汁と絶妙な味付けが支えており、「一口で捨てたくなる」ほどのものではなかった。
だが、「苦くて酸っぱい牛肉の米粉」など、私たちにとっても初耳だ。
結局、私とユーナも好奇心には勝てず、母の提案に乗ることにした。
「よし、この店にしよう」私は言った。「どれほど苦くて酸っぱいのか、実際に確かめてみようじゃないか」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




