277. 叻沙城
ようやく夜の十時前、私たちの乗った列車は彩雲行省の南西の辺境の街——叻沙城に到着した。
車両のドアを開けた瞬間、湿った熱気と青草の匂いが混ざり合った空気が顔一杯に押し寄せてきた。
木棉城の乾いた暑さとは違う。
叻沙城の暑さは、ねっとりとまとわりつくような湿気を含んだ暑さだった。
まるで街全体が巨大な熱帯植物に包み込まれているかのようで、空気の中には言葉にできない青臭さが漂っている。
夜風が吹くと気温は少し下がるものの、それでも木棉城の夏の夜よりずっと蒸し暑かった。
「暑い……」
ユーナはピンクの長い髪を片側に寄せ、もう片方の手で顔を扇ぐようにした。
「それに……すごく湿気てる」
「彩雲行省は熱帯に近いからね。叻沙城は南西の辺境で、もともと暑いんだ。夏は特にね」
私は説明しながら、収納の腕輪から折りたたみ扇子を二本取り出して二人に渡した。
「出発前に買っておいたんだ。絶対使うと思ってね」
ユーナは扇子を受け取ると、すぐに広げて扇ぎ始めた。
それからパタリと手を止め、横目で私を見た。
「どうして二本しかないの?」
「私の方が暑さに強いから」
「……単に、三本目を買い忘れただけでしょ」
私は否定せず、収納の腕輪を手首に戻すと、聞こえなかったフリをした。
叻沙城駅は小さかったが、駅前広場はきれいに整備されていた。
街灯の脇にはヤシの木が数本並び、大きな葉が夜風の中でゆったりと揺れている。
周りにはもうそれほど乗客の姿はない。
だが遠くから、かすかに賑やかな音が聞こえてきた。
きっと夜市がまだ営業しているのだろう。
私たちを迎えに来てくれたホテルの送迎スタッフは、とっくに駐車場で待機していた。
私たちが駅から出てくると、私の名前を書いたネームボードを掲げた黒いスーツの男性が、すぐに歩み寄ってきた。
彼はまず母のスーツケースを受け取り、それから私のスーツケースも受け取った。
スーツケースの中には簡単な衣類しか入っていない。
なにしろ、旅行に出かけるのに手ぶらというわけにもいかない。
それではあまりにも不自然に見えてしまうからだ。
だからユーナの両親の助言に従い、私たちは形だけでも荷物を携えて彩雲行省へやってきたのだった。
送迎スタッフは足取りもしっかりと、二つのスーツケースを両手で手際よく持ち替えながら、先に立って案内してくれた。
口数は少なく、ただ一言だけこう尋ねてきた。
「道中、お変わりありませんでしたか?」
「まあまあですね。ただ……駅の米粉がちょっとハズレで」ユーナが正直に答えた。
男性は一瞬言葉を詰まらせ、それから苦笑いを浮かべた。
「駅の米粉は、地元の専門店にはとてもかないませんからね。明日、フロントでおいしいお店を聞いてみるといいですよ」
「そうしてもらえると助かります」私は言った。
車は叻沙城の夜の街並みを走っていく。
沿道の店はほとんど閉まっていたが、路傍にはいくつか屋台が残っており、薄暗い明かりの下で片付けをしていた。
焼きトウモロコシ、もち米のお菓子、あるいは切り分けたトロピカルフルーツなどを売っているようだ。
街灯のオレンジ色が地面をあたたかく照らし、時折バイクが一台脇を疾走しては、テールランプの光を残して街角へと消えていく。
母は窓ガラスに頭をもたれかけ、静かに外を眺めていた。
「木棉城より、ずっと静かだな」彼女がそっと言った。
「叻沙城はもっとこぢんまりとした街ですから。もともと人も少ないですし、夜はなおさら静かです」
「私は、こういう雰囲気の方が好きだ」
母は静かに言うと、言い終えてから私を見た。
その目には、どこか期待に満ちたような色が宿っていた。
「明日は、街を歩いてもいいか?」
「そのために、わざわざここまで来たんですよ」
車は十五分ほど走り、ようやくホテルの玄関前に到着した。
ホテルの規模は大きくなかったが、外観は清潔で、吹き抜けになった入口にはオレンジ色の暖かな丸い照明がいくつか吊り下げられ、車寄せを優しく照らしていた。
熱帯特有の気候のせいか周囲の植物はいっそう生い茂っており、入口の両脇にはバショウの木が数株植えられ、大きな葉がそよ風にそよいでいた。
ホテルのスタッフの手際は良く、すぐにトランクを開けて中のスーツケースを下ろしてくれた。
同時に別のスタッフが後部座席のドアを開け、私たちを恭しく出迎えてくれた。
「叻沙城へようこそ」
案内係に連れられてカウンターへ向かった私たちを見て、フロントの男性が笑顔で声をかけてきた。
「チェックインですね。道中、叻沙の印象はいかがでしたか?」
フロント係は二十代か三十代くらいの男性で、深緑色のチャイナカラー風のシャツを着て、胸ポケットにホテルの名札を差していた。
その笑顔はマニュアル通りの営業用のものではなく、長年のもてなしの習慣から出る自然で落ち着いたものだった。
「なかなか賑やかでしたよ。それに、来る途中で蚊に何箇所も刺されてしまって」
そう言って、私は両腕を持ち上げ、赤い虫刺されの跡を彼に見せた。
そうしながら、ポケットからパスポートを三冊取り出し、手続きのためにカウンター越しに手渡した。
フロント係はプロらしい微笑みを浮かべてパスポートを受け取りつつ、代わりに「青草膏(タイ式の万能軟膏)」と書かれた小さな薬の箱をテーブルの上に置いた。
私はその薬と自分の腕を交互に見比べ、遠慮なく受け取った。
「実はですね、叻沙城は今まさに夏の盛りでして、蚊が非常に多く発生しているんです。お出かけの際は、ぜひ虫除けをご用意ください」
彼はそう言いながら、テキパキと手元の手続きを進めた。
「それから、当ホテルでは虫除けシールもご用意しております。お部屋の化粧台の上にございますので、ご自由にお使いください。もちろん追加料金はいただきません」
そう言うと、彼は木製のルームキーを二枚キーホルダーに差し込み、両手で私に差し出した。
「ケイシー様。今回は三名様でのご滞在ですので、当ホテルのご好意により、ツインのお部屋を大きいベッドと小さいベッドのあるファミリールームへ無償でアップグレードさせていただきました」
彼は続けた。
「それから、朝食も一名様分追加でお付けしておりますので、ぜひ三人でお召し上がりください。お部屋の冷蔵庫にあるお飲み物もご自由にお飲みいただけます。こちらも無料です」
そう言いかけて、彼はふと何かを思い出したように、「あ」と声を上げた。
「もし飲み切ってしまわれましたら、いつでもお申し付けくださいね。すぐに補充いたしますので」
私とユーナは顔を見合わせ、驚きを隠せなかった。
この部屋の宿泊費は一泊合わせても五百紅龍元(約一万二千円)程度だ。
お手頃な価格帯なのでそっけない対応でも仕方ないと思っていたが、まさかここまで行き届いたおもてなしを受けるとは思ってもみなかった。
ユーナが私の耳元に顔を寄せ、声を潜めて言った。
「木棉城のあのホテルより、ずっとサービスがいいね」
「そうだね」
私は小声で応じた。
心の中でもまったく同感だった。
おそらく、叻沙城は観光地として長く発展してきた歴史があるからだろう。
ここのスタッフは、旅人に対してどこか根っからの誠実さを持っている。
大都市のような慌ただしさや機械的な対応がないのだ。
ここの人々は、一つの小さなことを丁寧にこなす生活リズムに慣れている。
たとえば、夜遅くにやってきた疲れた旅人のために、チェックインの際、さりげなく虫刺されの薬を差し出してくれるように。
私はその薬の箱を開け、腕の赤くなっているところに少し塗ってみた。
スーッとした清涼感のあるミントの香りが立ち上り、叻沙城の湿った夜の熱気の中に溶け込んでいく。
どこかすがすがしく、不思議と心地よかった。
母が隣から興味深そうに覗き込んできた。
「それは何だ?」
「虫刺されの薬です。刺されたあとに塗ると、痒みが引くんですよ」
彼女はその薬を手にとり、真剣な目つきで箱をひっくり返して、裏に印刷された説明書きをじっくり読み込んだ。
「……翻訳しましょうか?」私が尋ねた。
「いや、絵を見れば大体わかる」
母は薬をテーブルに戻すと、自分でも指先に少し取って手の甲に塗ってみた。
それから、深く納得したように言った。
「匂いは独特だが、効きそうではあるな」
「ええ、かなり効きますよ」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




