273. 紅花鶏煲、そして変わらぬ味
座ってみると、彼が厨房の奥から出てきて、私を見て、それから一言言った。
「お前、いよいよ行くのか?」
当時の私は不思議に思い、「なんで分かったんですか」と訊いた。
彼は言った。
常連が去るときは、たいてい、最後にもう一度、足を運ぶ。その顔つきを見れば、俺には分かるんだ、と。
それから彼は、私の向かいに椅子を一脚運んできて座り、背後の棚から、まだ半分ほど残った瓶詰めの米焼酎を取り出し、私の前に押し出した。
「別れの前の一杯だ。見送りってわけじゃない。ここいらの流儀と思え」と。
あの酒は、遅くまで続いた。
私たちはたくさん話をした。
その大半は、今ではもう、あまりはっきりとは覚えていない。
ただ、彼が口にした一言だけは覚えている。
それはまるで、ついでに言ったかのような軽さだったが、そのときの彼の目には、冗談めかした気配はなかった。
「俺たちは、また会うかもしれん。だがそのときは、お互い変わりすぎて、誰だか分からなくなってるだろうな」
当時の私は、彼が「年を取ると記憶が衰えるから、何年も会わないうちに相手の顔を忘れてしまう」という意味で言っているのだと思った。
今、私はここに座っている。二十数年ぶりに。
十二、三歳の少女の身体をまとって、プラチナブロンドの長い髪、精霊の耳は変化の魔法でしまい込んで。
そして向かいの白髪と無精髭の店主を見る。
彼はまだ客を呼び込み、私たちを席に案内し、メニューを差し出して、名物を滔々と勧めてくる。
私に気づく気配は、まったくなかった。
現実は、彼の言った通りだった。
今の私の変わり様では、彼が気づけるはずもない。
だが、私の方では、彼が誰だかハッキリと分かった。
「お二人のお嬢さん方は、どうやら初めてこの雄鷹市に来られたようですな。せっかく来られたなら、当店自慢の名物料理を、いくつかお勧めさせてください」
彼はメニューを渡しながら、続けて話した。
その声は前世の記憶のなかのものと同じ、地元の訛りを帯びた、腹から出る低い声だった。
何十年経っても、変わっていない。
「うちの鶏煲は、地元で放し飼いにした三黄鶏を使っておりまして、当日に締めたものです。出汁には化学調味料は一切使わず、レモングラスと乾燥唐辛子、豆豉だけで、弱火でじっくりと……」
「お気遣いは無用です」私は言った。「一番定番の鶏煲と、野菜料理を一品、お願いします」
彼は「一番定番の鶏煲」という言葉を聞いた瞬間、およそ一秒、言葉を止めた。
それから顔を上げて、私をもう一度見た。
その目には、何か細かな手がかりを掴んだが、その手がかりが何を意味するのかまでは、まだ判断しかねている——そんな色があった。
「ええ、かしこまりました。どうやらお二人は、うちのメニューを……少々、ご存じのようだ」
彼の声には、いくぶん控えめな困惑が滲んでいた。
「ですが、お二人の顔には、見覚えがありませんな」
「なにしろ、こちらのお店、有名ですから」私は笑顔で、さらりと言った。「ネットの口コミを調べたら、おすすめの一番上にこの定番メニューが載ってたんです。だから自然に知ってたんですよ」
彼はそれを聞くと頷き、あの困惑をすっと引っ込めて、向きを変えて厨房へと戻っていった。
私は、実際にここの料理を食べたことがあるとは言わなかった。
それも仕方のないことだ。
二十数年前、この辺りのホテルの従業員で、毎週お宅の料理を食べに来ていました——なんて言えるわけがない。
いや、その後に死んで、転生して今の姿になったので、お宅のメニューを知っているんです——なんて、言えるはずがない。
そんなことを言ったところで、相手はにこやかに「ははあ、そうですか」と頷き、私が顔を背けた隙に、こっそりスマホで「近くの精神科、空いてるか」を検索するか。
あるいは、ひどく慈愛に満ちた目で私を見つめ、「子どもはでたらめを言うもんじゃないよ」と諭すか。どちらかだ。
私は頭を振って、ごちゃごちゃした思考を頭の外へと追い出した。
ほどなくして、店主が小さなワゴンを押して出てきた。
ワゴンの上には深い色の土鍋が一つ。
蓋はぴっちりと閉められ、鍋の底には断熱の厚い布が敷かれ、ワゴンの脇には携帯用ガスコンロの台が挟まれていた。
彼は土鍋をワゴンから取り上げ、テーブルの下のガスコンロの差込口に置き、火を点けて、弱火にした。
それから傍らに白米を盛った茶碗を二つ置き、箸と匙を茶碗の脇に揃え、一歩後ろに下がって「少々お待ちください」と一声かけて、別の卓の応対へと向きを変えた。
土鍋の底のガスコンロが、じゅうじゅうと鳴る。
青い炎が鍋底に均等に、ぴったりと舌を這わせていた。
私とユーナは顔を見合わせた。
あの、今すぐ蓋を開けたいという衝動——それはとても具体的で、そしてとても幼稚だった。
今蓋を開けても出汁はまだ沸騰していないと分かっているし、生の野菜を食べれば腹を壊しかねない。
だが、目の前の土鍋の隙間からは、もう、糸のような香りが滲み出し始めていた。
あの豆豉とレモングラスの香りが、あらゆる理性的な判断を飛び越えて、一足先に、記憶のとても深い場所へと届いてしまう。
「ちょっと我慢しよう」と私はユーナに言った。
実は、自分自身にも言っていた。
「分かってる」彼女は箸を持ち上げては置き、を繰り返した。「……でも、もう香りが出てる」
「野菜がまだ生だ」
「一口だけ」
「だめ」
「ちょっとだけ——」
「だめ」
彼女は口を閉じ、箸を箸置きに差し戻し、それから顎を支えて土鍋を睨んだ。
その目には、「なんでよ」と「いや、あなたの言うとおり」が同時に入り混じる、複雑な表情があった。
こうして私たちは、土鍋が沸騰するのを待つあいだ、それぞれ腕を組んで、隣の卓の客が振り返るほどの集中力で、その土鍋を見つめていた。
鍋蓋の縁から、白い水蒸気が少しずつ滲み出していくのを見送る。
最初の一筋から、やがて白い細い線につながり、そして鍋蓋が押し上げられて、ひとつ、震え、「ぷ」と軽い音を立てた。
鍋のなかが沸騰し始めた。
「これでいいでしょ」ユーナが箸を取った。
「いいよ」
「本当にね」彼女は土鍋のなかに箸を差し入れ、鶏肉を一切れ、つまみ上げた。
「仕事を始めたら、昔の味なんてもう食べられないと思ってたのに。まさか、また味わえるなんて」
「うん」私も箸を取り、一切れ、つまんで、口に入れた。
味は変わっていなかった。
豆豉の塩味と旨味、レモングラスの甘み、出汁の層。
鶏肉が煮込まれて、味のしみ込んだあの柔らかさ。
私がこの味を最後に食べたのは、三十歳のときだった。
線路のうえで意識を失う前、たしかあの日の昼も、ここで昼食をとっていたのを覚えている。
世の中には、時間が経つうちに消えたり、形を変えたりするものがたくさんある。
だが、ある種の味は、消えない。
それらはどこかに刻まれていて、何かの、ふとした拍子に、記憶の奥から丸ごと、飛び出してくる。
「そういえば、ここ数日、昔話が多すぎない?」私は鍋のなかに野菜料理を一箸入れながら、何気なく言った。
「多いに決まってるでしょ」ユーナは白米を一口かぶり、箸で茶碗の縁をこんこんと軽く叩いた。
声は軽く、気負い言がなかった。
「なにしろ、せっかく十二、三歳に転生して、一番時間があって、一番元気があったあの時代に戻ってきたんだもの。誰だって、これまでの人生を振り返りたくなるでしょ」
これには、同意せざるを得なかった。
今生の私たちの身体は十二、三歳だが、魂は三、四十歳だ。
あるいは、三、四十歳よりも、もう少し重い。
そのなかには前世の、あの一連の生き方、悔い、口にできなかった言葉、やり遂げられなかったことが、丸ごと押し込められているのだから。
前世で三十年を生きた。
ある種のものは、失って初めて、その重さが分かる。
たとえば——夏休みを、心置きなくアルバイトに使って稼げたあの頃は、たしかに辛かったが、気持ちにはどこか余裕があった。
三十歳の人間に、夏休みはない。
あるのは法定休日だけ。
一年に決まった数日だけ。
三ヶ月前から切符の争奪戦が始まり、休みに出かけようものなら、どこも人、人、人。
高速道路のサービスエリアのトイレでさえ、三十分は並ぶ。
三十歳の人間にとって、休暇は遊ぶためのものではない。
日頃の鬱憤を晴らすための休息だ。
三百日あまりの、毎日変わらぬ勤務を「埋め合わせる」ためのものだ。
たとえ本当に出かけたとしても、いつでもパソコンを開いてメールを受け取れるよう、身構えたままだ。
休暇と勤務のあいだの境界線は、ある年齢を過ぎると、どんどん曖昧になっていく。
いつか、どちらの状態こそが「正常」なのか、自分でも分からなくなるまで。
そして、今。
私はここに座っている。
前世でよく通った鶏煲の店で、二十年以上変わらない味の鶏煲を食べている。
向かいには、顎を手の甲に乗せて土鍋を見つめるユーナがいる。
彼女のピンクの髪が肩に散り、もみあげの一筋は湯気に蒸されて、ほんの少し縮れている。
目は土鍋の湯気のなかで、細められている。
口元には、鶏煲があまりに美味しくて抑えきれない満足感が、ほんの少し、浮かんでいた。
私は俯いて白米を見て、それから隣のユーナを見た。
心のなかのどこかの隅で、ある種の、きわめて具体的な、静かで満ち足りた感覚が、そっと広がっていくのが分かった。
「もしかすると、この世界は私にとって、本当に良いものなのかもしれないね」私はそっと言った。
「人に、もう一度やり直す機会を与えてくれる。それは、本当に素晴らしいことだ」
そう言い終えて、私は一瞬、ぽかんとした。
この言葉が、ただの感慨ではなく、本音だったのだと、そのときようやく気づいたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




