266. 杜鵑中学の門
「ええと……」私は少し考えた。
「私たち、外国人なんです。これを見てもらえれば」
私とユーナは目を合わせ、同時にポケットを探るふりをした。
実際には収納の腕輪からパスポートを取り出して、守衛に手渡したのだ。
花の国のパスポートの表紙は赤く、質感はしっかりとしていて、中央に花の国の紋章が描かれ、下には花の国の言葉でパスポートの文字が印刷されている。
全体に格式があり、信頼できそうに見える。
守衛のおじさんはそれを受け取り、開いてしばらくじっくりと見つめた。
眉が少しずつ緩んでいき、あの怒りの気配もかなり収まった。
証明書は偽造できない。
うえに白黒はっきりと書かれた名前は、まさにこの名前だ。
「よし、分かった」彼はパスポートを返し、声も普段どおりのさっぱりした調子に戻った。
「中に入って見学して構わない」
彼は半身をずらし、入口の通路を開けた。
「ただし」彼はふと思い出したように一言、付け加えた。
声にはほんの少し、好奇心が滲んでいる。
「お前たち、外国人の子どもが、なんでうちを見学しに来たんだ? うちは留学生を受け入れてないぞ」
「ただの好奇心です。見学してみたいだけです」私はそう答えた。
この答えはあまりにも簡潔すぎて、本当のようには聞こえない。
守衛のおじさんは、きわめて複雑な表情を浮かべた。
「信じられないが、どうしようもない。お前たちはちゃんと書類を持っていて、今日はたしかにオープンスクールで、だからどうあっても止められない」という表情だ。
「分かったよ」彼はあきらめたようにため息をついて、私たちを通り過ぎた。
校門を踏み入れた一歩。
足裏が、きれいに掃かれたコンクリートの地面に触れた。
見知った気配が、顔に打ち寄せた。
あの、キャンパス特有の、陽射しで熱された草地の香りと、教室の古い本の紙の匂い。
そして何か、どこから来るのかはっきりしない、「ここは青春の時代を過ごす場所だ」という総合的な気配が混ざり合った匂い。
ユーナがそっと、私の指を握った。
私は俯いて彼女を一目見た。
彼女は口をきかず、ただ口元だけ、ほんの少し曲げた。
まさか、自分の母校に戻るのに、オープンスクールのへたくそな口実を使わねばならない日が来るとは。
外国人として、偽のパスポートを持ち、来訪者名簿に偽名を書き、そうやってようやく、ここを歩く資格を得る。
私は心のなかでため息をついた。
それから顔を上げ、歩き続けた。
グラウンドは昔のままだった。
トラックのゴム面は部分的に少し改修されていて、色が他所より新しかったが、配置は変わらない。
四百メートルの標準トラック、中央は緑の芝生、北側はあのメインの校舎の並び。
校舎の外壁は塗り直されていて、記憶よりも少し白かった。
窓はアルミ枠の断熱ガラスに取り替えられ、陽射しを反射している。
教室からは講義の声が漏れてくる。わざと低く抑えた、放送向けの声ではない。
本物の、人の声。
ときおりチョークの音が混じり、一度、椅子の脚が床を擦る「ぎゅっ」という音も聞こえた。
私とユーナはグラウンドの縁に立ち、すぐには中へ踏み込まなかった。
ゆっくりと、学校のなかを歩き始める。
足裏が、掃かれたばかりのコンクリートに触れる。
地面にはまだ、散水車が通ったあとの湿り気が残っているのが感じられた。
あの、南方のキャンパスだけが持つ匂い、水が陽射しに蒸発し、グラウンドのゴムの走路が照りつけられて微かに柔らかくなった焦げた匂いと混ざる。
そして花壇の、名前も知らない樹木が剪定されたあとに放つ、青く渋い樹液の匂い。
私とユーナは肩を並べて校門の内側に立ち、三、四秒ほど、どちらも口をきかなかった。
目の前のグラウンドでは、制服を着た学生たちが椅子を運んで走り回っている。
彼らが着ているのは、私にもユーナにも、あまりにも見慣れた制服だった。
白い半袖のシャツ、右胸には杜鵑中学の校章が縫い付けられている、満開の杜鵑の花。
その花は濃い赤の刺繍糸で五枚の花びらが縁取られ、花芯は黄金色の絹糸で点描され、刺繍の出来栄えは緻密とは言えないが、簡潔で、端正で、一目でそれと分かる。
ズボンは濃紺のハーフパンツで、両側に白いラインが一本ずつ、飾りとして走っている。
この制服を、私も着ていた。
ユーナも着ていた。
しかもまる三年間。
私とユーナはグラウンドの縁の木陰に立っていた。
塀に近いこの一列のガジュマルは昔のままだった。
幹は記憶よりも一回り太くなり、樹冠はそれでも変わらず、どことなく怠そうにグラウンドの方へと傾いたまま。
まるでこの二十年間、この木たちの唯一の仕事は、ここに立って、一世代また一世代の学生が足もとを駆け抜けていくのを見つめることだったかのように。
頭のうえでは、陽射しがガジュマルの幾重にも重なる葉を抜け、無数の細かな光の斑となり、私とユーナの肩や腕に落ちていた。
誰かが気まぐれに金色の硬貨をひとつかみ、ばらまいたように。
風がグラウンドの方から吹いてきて、草地が陽に熱されたあとの、あの乾いて温かい匂いを運んでくる。
ときおり、校舎の方から漂ってくる古い本とチョークの粉の混ざった匂いが、ほんのわずかに紛れ込む。
記憶のなかの匂いだ。
「椅子を運んでる」ユーナが小声で言った。
「うん」
「たぶん説明会の準備ね」彼女の視線はグラウンドを越えて、あの仮設舞台の方に落ちている。
「昔はこんなの、なかったのに」
「なかったな」と私は言った。
「昔はこんなことする必要、どこにもなかった」
あれはたぶん、オープンスクールに必要な椅子を準備しているのだろう。
どうやらこのあと、誰かがグラウンドで、舞台の下の来場者に向けて説明をするらしい。
グラウンドのやや北寄りの中央には、すでに仮設の舞台が組まれていた。
舞台は大きくない。
三、四卓分の教壇を繋ぎ合わせたくらいの広さで、上には深紅のビロードが掛けられている。
布面は陽射しの下で光る箇所があり、縁には擦れて白くなった部分が数箇所あるが、まずまずきちんと敷かれていた。
舞台の手前には広い空間が空けられていて、数人の学生が校舎のなかから折りたたみ椅子を運び出している。
あの金属の骨組みにプラスチックの座面がついた青い折り畳み椅子で、運ぶときに椅子の脚どうしがぶつかり合い、甲高い金属音が響く、グラウンドのうえを、次から次へと鳴り渡っていった。
これは、私が通っていたころには見たことのない光景だ。
なにしろ、私が通っていたころは、いわゆるオープンスクールだの、学校見学会だのといった催しは存在しなかったのだ。
杜鵑中学は、トップクラスの中学とは言えないまでも、木棉城のなかではそれなりに確かな地位を占めていた。
あのころ、木棉城には大した数の学校がなかった。
保護者たちは「杜鵑に入れば片足は大学に踏み込んだも同然」という説を信じ込み、毎年の入学願書だけで、門の前の小さな窓口をぎっしりと塞いだものだ。
だからこそ、当時はたくさんの人間が競争をくぐり抜けて、どうしても杜鵑中学に入ろうとした。
だから、学校としても、オープンスクールや見学会などというもので名声を高める必要は、どこにもなかったのだ。
合格発表の日を覚えている。
私とエイは人混みのなかに揉まれながら、爪先立ちになって、掲示板に貼られた真っ赤な大判の紙のうえに、自分の名前を探した。
私は自分の名前を見つけたあと、ほっと息をつき、汗がこめかみを伝って、襟のなかに流れ込んだ。
痒かった。
だが私はその場を動かず、その一行を三度、読み返して、やっと信じることができた。
それから振り返ってエイを探すと、彼女はすでに一足先に自分の名前を見つけていて、私に向かってOKのサインを出していた。
その笑顔は、掲示板の傍らの陽射しよりも、まだ明るかった。
要請されて開催したことはあったにせよ、こんなに盛大なものでは絶対になかった。
ところが今は、グラウンドの光景は、私の記憶のなかのどんなときよりも、明らかに規模が大きかった。
仮設舞台だけではない。
校舎の正面には真っ赤な横断幕が掲げられていて、「杜鵑中学第二十七回オープンスクール、社会各界のご来臨を歓迎します」と書かれている。
校門の両側には一列ずつ、広報パネルが並べられ、内容は創立の歴史から優秀卒業生の写真ギャラリー、近年の進学実績データに至るまで、なんでも揃っていた。
写真の上の学生たちの笑顔はとても晴れやかで、見る者の心を惹きつける笑顔だった。
すべてが「どうかうちに入学してください」という、懸命な空気を放っている。
どうやら紅龍国の少子化問題が、学校の募集に影響を及ぼし始めているようだった。
なにしろ、私が前世で世を去る十年前から、専門家たちは繰り返し、紅龍国がまもなく少子化の波に直面するかもしれないと警告していた。
あの専門家たちはテレビ番組に座って、真剣な口調でさまざまなデータや趨勢を語っていた。
そしてあのころの私は、毎日満員電車に揺られて深夜まで残業し、唯一の悩みは家賃をどう工面するかだった。
少子化に対する実感は、だいたい天気予報で「明日は雨」と言われるのと同じくらいだった、知った、それで?
私が列車の線路に転落した年には、紅龍国の出生数は死亡数をすでに数年前から下回っていた。
これもユーナから聞いた話だ。
彼女は記憶を取り戻したあと、私より先に、ここ数年の社会変動の情報を集めてくれていたのだった。
そして今、ますます減っていく学生たちが、かつて競争の激しかった中学を、ひっそりとさせていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




