265. 誤解
美味しい牛バラ煮込みを食べ終えた私とユーナは、学校へと向かった。
高架橋の下の陰を抜け出ると、陽射しがまた身体のうえに落ちてきた。
コンクリートに隔てられていた時間を経て、改めて照りつけるあの温かさを連れて。
私は小銭をポケットにしまい込み、見慣れたけれど少しだけ知らない顔の街路を歩いていった。
足もとのこの道は、二十年前の私が、何百回、何千回と歩いた道だ。
登校もこの道、下校もこの道。
休み時間にこっそり抜け出して牛バラを食べに来たのもこの道。
期末試験に失敗して、うなだれながら歩いたのもこの道。
広くはない。
両側には古いガジュマルの木が植わり、木の根が歩道のタイルを幾箇所も盛り上げている。
踏みしめると平らではない。
だが、この平らでないさは、すでにこの道の一部に溶け込んで、この道の特徴になっていた。
前世では、あの店主のおじさんは、あそこまで老いてはいなかった。
あのころはたぶん五、六十歳で、顔の笑い皺もここまで深くはなく、腹もここまで丸くはなかった。
だが話し方は同じだ。
「お嬢ちゃん」と呼ぶやり方も同じだ。
椅子を下ろして、ぺたぺたたと厨房に戻っていく足音も、同じだ。
彼もまた、老いたのだ。
学校の前に着いてようやく、ここが記憶のなかの姿とはもう違っていることに気づいた。
もともとの校門は、金属の枠組みと細い鉄柵を組み合わせた簡素な造りだった。
うえに校名の鉄文字が溶接されていて、白く塗装されていた。
ときどき、いくつかの文字の塗膜が風雨に晒されて剥がれ落ち、底の鉄の赤錆色を覗かせていた。
あの素朴さには、むしろ飾り気のない誠実さがあった。
今は、大理石のアーチ門に変わっている。
アーチは三メートルを優に超える高さで、両側は分厚い大理石の柱で、頂部は弧を描く渡り廊下になっている。
中央には黒光りする石板が嵌め込まれ、彫り込みに金を詰めた文字で、こう刻まれていた。
「杜鵑中学」。
金の文字、黒い石。
午前の陽射しを受けて、格式高く、重々しい。
私は門の前に立ち、しばらく見上げていた。
杜鵑中学、これが前世の私が通った高校の名前だ。
記憶にあるかぎり、それはとくに優れた教育水準の学校ではなかった。
この街でも、順位が上の方というわけではない。
だが、その管理は人間味のある方で、生徒の身体状況や心理状態にも目配りがあり、成績表だけを見る学校ではなかった。
あのころの私は、ある種の、あまり口にし得ない時期に、ここから少なからぬ助けを、たしかに受け取っていた。
なにしろ、少しは特別な場所だったのだ。
ただ、今は、新しい門に変わり、大理石が貼られ、校名は金文字で刻まれている。
まるで、この正式な装いをもって、外の世界に向けて宣言しているかのようだった。
ここは学校です。どうか真剣に向き合ってください。
「お二人の……お嬢さんたち、何のご用ですか?」
私とユーナが校門の前まで来ると、一人の守衛のおじさんに道を遮られた。
そのときようやく気づいた。
私たちの足が、いつのまにか、身体の記憶に従って、ひとりでにキャンパスの方へと向かっていたのだ。
何の思考も経ず、何の決断もなされないまま、両足がただ勝手にここまで歩いてきていた。
二十年前に筋肉に焼きつけられた経路が、この瞬間、自動的に実行されたのだ。
あの守衛のおじさんは四十代半ばほど、中肉中背、制服はパリッとしている。
私達を見る目には、隠しようのない困惑があった。
悪意のある類ではない。
純粋な、「お前たち、いったい何者だ」という困惑だ。
なにしろ、私たち二人の髪は、あまりにも目立った。
紅龍国、花の国、ここの人々は、黒髪が主流だ。
たまに染めている人がいたとしても、濃い茶色やワインレッド、あるいは明るい茶色や明るい金色くらいのものだ。
だが、ここまで明るいプラチナブロンドの長い髪となると、もう「これは地元の人間ではない」というレベルに近い。
ましてやユーナにいたっては。
ピンクの長い髪、ここでは、どう説明しようと、普通の地元の学生という枠に収めるのは難しい。
魔力で一時的に髪色を普通の色に染めることはできるが、私たちは紅龍国にあと半月ほど滞在する予定で、魔力の備蓄には限りがある。
変身の魔法は持続的に維持するだけでもそれなりの消耗があるから、こういう場面で使うのはやめておいた方がいいだろう。
守衛のおじさんは私たちを二秒、品定めし、きっぱりと結論を出した。
彼の目には、ある種独特の、長年、校門の前でさまざまな種類のうろつき者たちを見てきた末に蓄積された職業的鑑識眼があった。
彼は私達を「街をぶらぶらしている問題児」に分類した。
「すみません、私たちはただ、中を見学したいだけなんです」
私はそう言いながら、ついでに、遠くない場所にある掲示板に貼られた一枚のA3用紙に、さっと目を走らせた。
その紙は印刷が明瞭で、掲示板の中央に貼られていた。
標題は、「杜鵑中学オープンスクール見学会のお知らせ」。
そして今日は、まさにそのオープンスクールの初日だった。
守衛のおじさんの眉が、ほんの少し寄った。
明らかに、さらに不審を募らせている。
オープンスクールのことは、彼もたぶん知っている。
だが、この髪色の異常な見知らぬ二人の子どもが突然学校の前に現れて見学したいと言い出す、どう見ても、普通に来る見学者の様子とは思えなかった。
しかし、オープンスクールというのは、まさに外の人に学校を知ってもらうためのものだ。
彼にも、断るだけの十分な理由はなかった。
彼はやむなく、門の傍らの小さな詰め所に入っていき、中から分厚い来訪者名簿とボールペンを取り出し、あまり乗り気でない様子で、私に手渡した。
名簿は新しいページに開かれ、上に印刷された枠線があり、二つの欄に分かれていた。
氏名、身分証明書番号。
私は氏名欄にケイシー・コエーリョと記入し、証明書番号欄には、私たちの花の国の偽造パスポートの番号を記入した。
それから名簿をユーナに渡し、彼女も同じく記入して、守衛のおじさんに渡し返した。
彼は俯いてさっと目を通し、第一の反応はぽかんとした。
第二の反応は、顔を上げて私達を見た。
第三の反応としては、これまでいろんな種類の問題児を見てきたが、君たちはなかなか新しいな、という呆れを含んだ表情を顔に浮かべた。
「ケイシー・コエーリョ……ユーナ・フランキー……」彼はその名前を声に出して読み上げ、一拍置いた。
「それから、この証明書番号……なんだこりゃ? お前ら、おじさんをからかってるのか?」
あのパスポート番号は、たしかに紅龍国の身分証明書の形式には合致しない。
花の国のパスポートの番号体系であって、知らない人には、いったいこれが何なのか見分けがつかないのも無理はなかった。
彼の声には、もう、本当の怒りが滲んでいた。
「違います、からかってなんかいません」私はできるだけ落ち着いた口調で言った。
「彼女は私の友だちで、花の国から来たんです。私は別の場所から来ていて、証明書番号もこちらの様式とは違います。でもオープンスクールですから、見学はできるはずですよね」
守衛のおじさんはもう一度名簿を見つめ、それからもう一度私達を見た。
彼の視線は明らかに、「信じるべきか」と「信じがたい」のあいだで苦しそうに揺れていた。
数秒の沈黙ののち、彼はため息をつき、名簿を閉じ、横に一歩、退いた。
「……中に入ったら騒ぐなよ。授業中だからな」
「ありがとうございます!」
私たちは声を揃えて礼を言い、足早に校門を通り抜けた。
門の内側は、意外なほど静かだった。
キャンパス内のメインストリートは、広々と舗装され、両側には新しく植えられたらしいヤシの木が並んでいる。
遠くの校舎は、記憶のなかの古びた外壁から、淡いクリーム色のタイル貼りに変わっていた。
グラウンドは人工芝に張り替えられ、トラックも赤いプラスチック走路になっている。
ぜんぶが変わっていた。
それでも、あの空気だけは、同じだった。
午前の陽射しが葉のあいだを透かして差し込み、校舎の廊下からは教師の講義の声がかすかに漏れてくる。
どこかの教室で、生徒たちが一斉に笑った。
何が面白かったのかは分からないが、その笑い声だけは、二十年前と寸分違わなかった。
私は立ち止まり、その笑い声をしばらく聞いていた。
ユーナも立ち止まった。
彼女は何も言わず、私の隣で、同じ方向を見つめていた。
「……入ってみる?」私が訊いた。
「うん」
私たちは校舎の玄関へと足を踏み入れた。
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