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263. 記憶のなかの味

「高校生になったとき、やっと気づいたんだ、たぶん私、あなたに、なにか別の気持ちを抱いてるんだなって」


 ユーナの声が、私を散り散りの記憶から引き戻した。


 彼女はなおも、草に覆われたあのプールの底を見つめたままだった。


 声は大きくないが、きわめてはっきりとしている。


 その口調には、奇妙な潔さがあった。


 長いあいだ誰にも答えてもらえなかった言葉を、ようやく口に出せる場所を見つけて、そのまま口にした、そんな響きだった。


 何かの答えがほしいわけではない。


 ただ、口にするという行為そのものに、ひどく静かな解放があった。


 私は彼女の傍らに立ち、すぐには口を開かなかった。


 彼女が言ったあの時間の節目が、どんな感覚なのか、私には分かっていたからだ。


 高校。


 それは、私たちのこの関係のなかで、もっともこじれていた時期だった。


 小学生のころは何も分からなかった。


 友情は友情で、白紙のように純粋だった。


 だが 高校 は 、違う。


 高校生の私は、自覚していた。


 自覚していて、それが少し、苦しかった。


 彼女は私の隣に座りたがり、自分の教科書を持ってきては、本当は訊く必要もないはずの質問をした。


 食堂の列に並ぶときは、一緒かどうかちゃんと声をかけてきた。


 スマートフォンで、とくに意味のない短い動画を送ってきては、それに「笑」と一言添える、ただ私を会話のなかに引き込むために。


 こういうことの数々。


 もしこれが、血縁関係などまったくない一人の少女と、あなたのあいだで起きていることで、しかも彼女のほうから積極的に、繰り返し繰り返し起きているとしたら。


 バカでも分かるだろう。


 私はバカじゃなかった。


 だが、動かなかった。


 あのころの私は、表面的には誰にも気づかれなかった。


 相変わらず食事に行き、相変わらずグループで返信を返し、相変わらず試験の二日前に彼女からノートを借りた。


 すべてが、何事もなかったかのように。


 だが心のなかでは、あの最後の一歩を、毎回押し戻していた。


 怖かったからだ。


 何が怖いのか。


 私は何年も考え、いくつもの答えを出してきた。


 だが結局のところ、すべては同じことに帰結する。


 失うことが怖いのだ。


 私は生まれたときから、本当に自分のものと呼べるものを、何も持っていなかった。


 両親はすでになく、孤児院は常に変動する場所で、同室の子は去り、先生は入れ替わる。


 あそこのすべては、仮のものだ。


 借りているだけで、自分のものではない。


 エイは、私にとって初めての、本当の意味で、幼いころからずっと一緒に歩いてきた友達だった。


 あの絆は、私にとっては、本物の、地に足のついた、揺るぎない存在感だった。


 それを、崩したくなかった。


 動けば、失うかもしれないからだ。


 私はむしろ、このまま維持していたかった。


 たとえ前に進まなくても、たとえ心のなかでときどき、かすかに痛むことがあっても、それでも私は、この安定を守りたかった。


 そして結局、私は彼女より一年先に逝った。


 告白もせず、何の言葉も残さず、ただ逝った。


 あのころは、後悔する時間すらなかった。


 あまりに突然で、何も考えられなかった。


 ただ一瞬で、何もかもが、なくなった。


「……ごめん」


 私はうつむいた。


 いつのまにか、目の縁に熱いものが滲んでいた。


「あのころの私は、臆病すぎた。苦しませてしまって」


 その言葉は、前世の彼女に向けてのものだった。


 木棉城のなかで、私がもう知ることのできないどこかの日に、あの知らせを聞いたエイに。


 あの一年は、彼女にとって、さぞ辛いものだったろうと思う。


 私より一年遅れて逝った人。


 私がいなくなったあとも、なお一人で生き続けなければならなかった人。


 あの一年を、彼女がどうやって過ごしたのか、私には分からない。


 そして彼女も、そのあと間もなく逝った。


 目覚めたときには、もう別の世界で、別の身体、そして記憶もなかった。


 記憶喪失であった、あるいは保護であったのかもしれない。


 おそらく彼女はすべてを忘れ、あの時期の苦しみも、一緒に忘れてしまったのだ。


 だが忘れたとしても、あの苦しみはどこかで、確かに存在していた。


 ただ、もう覚えられなくなっただけで。


 私が負っていたこの謝罪は、どうあっても、口にすべきだった。


 涙が、ゆっくりと滑り落ちて、石板の隙間を濡らした。


 それから。


 一本の手が、私の頭のうえに、置かれた。


 ユーナは何も言わず、ただ手をそこに置き、そっと、二度、往復させた。


 ひどく悲しむ子どもを慰めるように。


 その仕草は、少しぶきっちょで、慣れてはいなかった。


 だがとても優しく、とても安定していた。


 しばらくして、彼女はようやく口を開いた。


 声は普段より、少しだけ低かった。


「あのとき言えなかったことは、今、言って」


「私たちはまだ、ここにいるから」


 私は顔を上げた。


 涙でぼやけた視界の向こうに、青草に覆われた古いプールが見えた。


 あの、錆びついた鉄柵の門が見えた。


 朝の光が、ユーナの横顔に落ちているのが見えた。


 この状態は、長くは続かなかった。


 ほどなくして、私は先ほどの失態から立ち直った。


 なにしろ今生の私は、領地の指定継承者だ。


 五歳のころから、優雅な貴族の礼儀作法というやつをたっぷり学ばされてきた。


 こういうものはぱっと聞くと馬鹿馬鹿しく、実際にやってみても、やはり馬鹿馬鹿しい。


 だが、認めざるを得ないことが一つある。


 自分の感情を素早く平静に戻す技術は、あの長い礼儀作法の授業のなかで、偶然身につけた実用的なスキルだった。


 私はゆっくりと息を吐き出し、呼吸を整え、さっきまで渦巻いていた感情を押し沈めた。


 何かを箱に入れ、蓋を閉めて、心のどこかの隅の棚へと押しやり、あとは後日開けることにして。


 それから顔を上げ、ユーナを見た。


 彼女は傍らに立ち、首をかしげ、睫毛を伏せている。


 その目には、きわめて抑制された、私が誰よりもよく知っているものがあった。


 彼女は、待っていた。


「行こう」


 私は言った。


 彼女はすぐさま顔を上げ、口元がふわりと曲がった。


 余計な言葉は言わなかった。


 ただ半歩前に出て、私が追いつくのを待ち、それから手を差し出した。


 私はその手を握った。


 手のひらは温かく、指の骨は細く、さっき私が気にも留めていなかった陽射しに、手の甲がほんのり温められ、そのぬくもりを、残していた。


 今日の昼食は、家でとるつもりはなかった。


 だから私たちは、記憶のさらに深い方へと、歩き続けた。


 私とユーナは手を繋ぎ、高架橋の延びていく方角へと歩いていった。


 この高架橋は、あまりにもよく知っている。


 前世の私は、毎日、登校と下校のたびに、その下を通っていた。


 高架橋はこの街の環状線の一部で、私たちが通っていた中学の校区からずっと北へと伸びている。


 高架橋沿いには、古びた団地が並び、一つは青果市場、一つは靴や鍵の修理を専門にする小さな店、そして。


 高架橋の下の、とある一角に、地元の人間だけが知っている、一軒の食堂があった。


 十数分ほど歩き、私とユーナはそこに着いた。


 店の前は、ひどく寂れていた。


 私の記憶と寸分違わない。


 看板はなく、外にテーブルは出ておらず、窓ガラスに貼られた定食のポスターもない。


 入口に置かれるあの「本日のおすすめ」と書かれた小さな黒板さえなかった。


 食堂の間口は、高架橋の橋脚脇のビルの1階に、ひっそりと嵌まり込んでいる。


 扉はごく普通のアルミサッシの引き戸。


 ガラスには、すでに黄ばんだ赤い「福」の字が数枚、貼られていて、その一枚の角はすでに捲れ上がり、通り抜ける風に、かすかに震えている。


 壁面は斑になっている。


 年を経たコンクリートが自然に老いた斑だ。


 わざとらしい、レトロ風の加工ではない。


 ここは、本物の、長い年月を生き抜いてきた場所だ。


「老舗」を装う必要はない。


 もともと本物の老舗なのだから。


「ここだ」


 ユーナはしばらく黙っていた。


「……入ろう」


 彼女が言った。


 声のなかのあの疑いは、もう、こっそりと引っ込められていた。


 私がガラス戸を押して、中に入った。


 店内は広くない。


 七、八卓のテーブルが置かれ、ざっと三、四十人は座れる。


 この時間帯はまだ学生たちが授業中のため、食堂の中はがらんとして、一人の客もいなかった。


 椅子はきちんとテーブルのうえに上げられ、ただ奥の二卓だけ、椅子が下ろされている。


 おそらくさっき、店主が開店準備のために下ろしたのだろう。


 壁にはクリーム色の塗装が施され、年を経て少し黄ばみ、局所的に細かいひび割れがあった。


 古い磁器の貫入のように。


 テーブルの天板は焦げ茶色の木目調プラスチック貼りで、角は丸く面取りされ、中央にはいつからあるのか分からない傷が一本走っている。


 床には明るい色のタイルが敷かれ、その一枚の縁がわずかに浮いていて、踏むと、かすかな軋みがする。


 私が踏んだとき、そのタイルは、やはり軋んだ。


 二十年経っても、同じタイルで、同じ音だった。


 帳場の背後には、数多くの古びた木の札が掛けられていた。


 表面の漆はすでに擦り減り、字は黒々とした太字で、書体までが旧式の、きっちりとした楷書体だ。


 牛バラ肉の煮込み、中華ワックスセージの土鍋ご飯、豚足の黒酢煮、甘味スープ、骨だしスープの米粉麺。


 ここの料理は、私はほとんどすべてを食べ尽くしている。


 それらの木の札はそこに掛かっていた。


 誰にも意図的に保存されることのない、ある種の記録として。


 この食堂の二十年間、一度も変わらなかったメニューを静かに記録し続けてきた。


 私はその場に数秒立ち尽くし、それらの木の札を見つめた。


 何も言わなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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