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26. チャーリー・アマドールという少女の話

アムニット市に住む、どこにでもいる普通の女の子——のはずだ。


坂の上から街を見下ろすと、見慣れているはずなのに、なんだか遠い場所みたいに見える。胸の中がぐるぐるして、うまく言葉にできない。


あの街で、私はずいぶんいろんなことがあった。


泥んこと草の香り

小さいころ、私は村に住んでいた。


毎日の楽しみと言えば、近所の農家の子どもたちをかき集めて、野原を走り回ること。村の近くの森には時々魔物が出ることもあって、何人かの子が帰ってこなかったこともあった。でも村は広くて、走り回れる場所がいくらでもあって——そのころの日々は、本当に楽しかった。


「チャーリー! 追いかけっこしよ!」


みんなの声が風に乗って遠くまで響いて、私はいつも先頭で走っていた。


八歳のとき、お父さんの仕事の都合で、家族でアムニット市に引っ越すことになった。


出発の朝、村の入り口にある大きな樹の下で、幼なじみたちと別れた。寂しかったけど、心の隅でこっそり思っていた。


(街には、もっといっぱい楽しいことがあるに違いない!)


——ところが、着いてみてびっくりした。


街の通りは、どこもかしこも汚水が流れていた。足元はぬかるんでいて、一歩踏み出すたびにぐちゅぐちゅと嫌な感触がした。臭いも、もう、目が痛くなるほどで。


田舎育ちで、外ならどんな場所でも平気だった私が——街の臭いに耐えられなかった。


「お母さん、この街、なんでこんなに汚いの?」


「人が多いと、汚水の処理が難しいの。慣れるまで少し待ってね」


お母さんはそう言ったけど、慣れる前に気持ちが折れそうだった。


お父さんもお母さんも朝早くから夜遅くまで働いていて、私はひとり家の中で、お母さんが買ってくれた布の人形を抱きしめながら、その人形とひとり喋り続けた。


別に外に出られないわけじゃない。でも、あの汚れた通りを歩く気には、どうしてもなれなかった。


「いつになったら、村に帰れるんだろう」


窓の外を眺めながら、そんなことを考える日が続いた。


毎週の野外ピクニックだけが、私が生きていくための心の支えだった。


街が変わった日

十二歳になったころ、アムニット市が少しずつ変わり始めた。


最初は、ゴミ収集の馬車が現れたこと。毎日決まった時間に各家の前に停まって、ゴミを回収していく。通りのゴミが減って、空気が少しだけましになった。


それからしばらくして、各家の壁に四角い管が取り付けられた。最初は何のためのものかわからなくて、じっと見ていたら——なるほど、汚水を集めて城外へ流す管だった。


「この仕組みを考えたのは、領主の公爵様と、クローディアというお嬢様なんですって」


街の人がそう話しているのを聞いて、私は思わず声に出してしまった。


「すごい……! そのクローディアって人に会ってみたいな」


(同じくらいの年齢の子が、街全体の仕組みを考えたの? どんな人なんだろう)


オリバー商会と最初の仕事

うちには「自分の力で道を開く」という家訓がある。お父さんもお母さんも、それを守って生きてきた。


だから私も、学費は自分で稼ぐことにした。


いろいろ調べたところ、オリバー商会が接客の仕事を募集していると聞いた。お客さんと話して商品を紹介するだけなら、私にもできそうだ——そう思って、迷わず飛び込んだ。


「ここにします!」


商会の入り口で一回深呼吸して、ドアを押した。


担当についたのはオットーという青年だった。見た目も特別なところもなく、性格もなんだか暗くて愛想がない。挨拶しても「ふん」と一声返ってきたきりだった。


「あの、公爵夫人とお嬢様もたまにいらっしゃるって聞いたんですけど……」


「新入りが気にする話じゃない。公爵夫人もお嬢様も、お前みたいいな新人が近づける相手じゃないから」


(……つまんない人だな)


初日はとにかく手がついていけなくて、ぐるぐる動き回るだけで何もできなかった。オットーには呆れた顔をされて、接客を外された。


悔しくてしょんぼりしていたその夜——店に、ふたりの変わった女の子が来た。


着ているものは粗末な麻布の服だったけど、不思議とみすぼらしくは見えなかった。服はきれいに洗ってあって、穴もほつれもなかった。


最初にふたりに話しかけたのはオットーだった。でも彼はちらっとふたりを見ただけで、私を引っ張ってきて小声で言った。


「貧乏人の相手、しといて」


そう言い残して、休憩室へ消えていった。


「……えっと」


私は仕方なく前に出た。


ふたりのうち黒髪の方の女の子が気づいて、話しかけてきた。


「あの、賃貸物件を紹介してほしいんですけど。アムニット魔法学院に近いところで」


「家賃は問題ありません」と言いながら、ポケットをぱんと叩く。中身が詰まった金属の音がした。


(賃貸! これは大きな仕事だ!)


私は気合いを入れ直して、ふたりを物件に案内することにした。


いくつか見て回って、学院の北側に手頃な二階建ての物件を見つけた。


歩いている途中、話しながら名前を教えてもらった。黒髪の子はケイシー・コエーリョ、金髪の子はユーナ・フランチ。これから同じ学院に通う子たちだという。


「ねえ、知ってる?」私は思わず話しかけた。「この街、前はすっごく汚かったんだよ。どこ歩いても汚水まみれで。でも今はきれいでしょ? これ全部、公爵様とクローディアって人のおかげなんだよ」


すると、ケイシーの顔色がなぜかさっと変わった。


(あ、気分でも悪くなったかな?)


心配して声をかけようとしたその瞬間——足元の看板に引っかかって、私はすっ転んだ。


「いったあ!」


「大丈夫ですか?」


ユーナがすぐに手を差し伸べてくれた。起き上がりながら、私は服を叩いた。


「大丈夫大丈夫! でも、今の街がきれいでよかった……昔だったら転んだだけで汚水まみれになってたとこだよ」


考えただけでぞっとする。でもケイシーはなぜかどこか複雑そうな顔をしていた。


賃貸の契約はすんなりまとまって、私は得意満面で契約書を持って商会に戻った。


オットーが一瞬目を丸くしたけど、何も言わなかった。


——翌日、給料日。


私の歩合が入っていなかった。


「副会長さん、昨日の賃貸の奨励金はどこですか?」


「あれはオットーが担当した件だ。お前は何もしていないだろう」


「えっ、でも私が——」


契約書を引っ張り出して確認すると、私の名前のはずの部分が全部オットーの名前に書き換えられていた。


「……これ、私が書いた字じゃない」


手が震えた。


オットーを直接問い詰めると、彼は涼しい顔で言った。


「言いがかりはやめてくれる?」


その後、学院へ向かう道で、見知らぬ人間に囲まれて殴られた。


お母さんが持たせてくれた回復薬がなければ、学院に着いたときにはもっとひどい状態になっていたと思う。


ちょっとだけ、泣きそうだった

その日の学院で、私は誰とも話せなかった。


昨日はあんなにケイシーとユーナと盛り上がったのに、挨拶する元気もなかった。


夜、商会には行かずそのまま家に帰って、お母さんにすべて話した。


お母さんはテーブルをばんばん叩いて怒った。


「そのオットーって人は何なの! 功績を横取りされた上に、帰り道に暴漢まで差し向けるなんて! 明日、一緒に商会に行きましょう!」


ところが翌朝、商会を名乗る人が家を訪ねてきた。


「チャーリーさん、新しい副会長に就任した者です」


彼は丁寧に頭を下げて言った。


「調査の結果、昨日の賃貸契約書がオットーによって書き換えられていたことが確認されました。オットー本人は、公爵様のご息女を侮辱した罪で身柄を拘束されており、明日正午に市場の入り口にて公開処刑が執行されます」


そう言って、彼は小さな袋を差し出した。


「こちらが本来の歩合と、精神的苦痛に対する賠償金です。合計十枚の金貨になります」


受け取った袋の重みに、手が震えた。


……金貨十枚。うちの生活費、五十ヶ月分だ。


「精神的苦痛への賠償制度は、クローディア様が主導して設けた法律です」


副会長さんがそう添えた。


(また、その名前だ)


クローディア。


私は名前を、もう一度心の中で繰り返した。


魔法決闘戦と、私たちのチーム

入学してしばらくして、新入生の魔法決闘戦が開催されることになった。


上位五名に奨学金が出る。一位から順に金貨十枚、八枚……と続く。


私は魔法を習い始めてまだ日が浅かった。でも心強い仲間がいた。


ケイシーとユーナ、それからカールハインツ。三人の中で一番強いのは間違いなくケイシーで、魔法を使い始めたばかりの私とニーナには少し届かない壁みたいに見えた。


個人戦が始まると、ケイシーは開始五秒で対戦相手を場外へ吹き飛ばした。


私とニーナは並んで眺めながら、声も出なかった。


「……反撃魔法?」


「あれで相手を吹っ飛ばしたの……?」


「凄すぎ」


でも第二戦が始まる前に、ケイシーが消えた。


私とニーナで広場を探して、教室を回ったけど見つからなかった。


個人戦が終わる直前にようやく戻ってきたケイシーに声をかけると、答えは返ってこなかった。ただ、彼女から、鉄のにおいに混じったような、生臭いような——とても不吉な気配を感じた。


(……まあ、人それぞれ事情がある、か)


私は聞くのをやめた。


団体戦が始まると、ケイシーが茨の障壁を張った。


それが、対戦相手に触れた瞬間——相手が全員一瞬で吹き飛んだ。


「えっ、今何が……?」


「反射ダメージって、こんな速攻で決着つくの……?」


会場がざわついていた。私たちは優勝した。


ずっしりと重いトロフィーを受け取って、金貨十枚が日の光を受けてきらきらと光るのを見たとき、なんとも言えない気持ちになった。


「金貨の分け方、どうする?」


ニーナがトロフィーをつついて、いつもの静かな目をきらりとさせた。


「私たちはひとりひとつでいい」


ケイシーとユーナが同時にそう言い出した。


「ふたり合わせて二枚!? 貢献度考えたら絶対おかしいでしょ!」


だって、茨の障壁もユーナの無双魔法も、あれがなければ私たちが勝てたわけがない。私とニーナはまだ魔法を放つのがやっとだったし、カールハインツは……うん、最後にちゃんと働いたからよしとしよう。


私とニーナで交互に「聞かない聞かない、受け取れ受け取れ」を繰り返し、ケイシーたちを根負けさせた。


結局、五人で均等に二枚ずつ。


「……なんか、あんたたちって」


ケイシーが苦笑いしながら金貨を受け取った。


私は金貨を手のひらに包んで、ぎゅっと握った。


うまくいかないことも、怖い思いも、いろいろあった。


でも今は、隣に友達がいる。


それだけで、この街での毎日が、ずっと明るく見えた。

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