257. 再会の団欒
それは古びた古い住居棟だった。
外壁はすでに斑になった白いペンキで、棟の入口の鉄の扉には多少の錆があり、インターホンには黒いマーカーペンで書かれた入館パスワードが貼ってある。
字はややぞんざいで、急遽、貼り足したもののようだった。
ここがユーナの両親が住む場所。
彼女が生まれたときから、住み続けている場所。
建物そのものはとても古びているが、病院、スーパー、市中心部に近く、場所の便利さは極めて高い。
ここに住む人も、おそらくはもう、棟の外の斑になった白い壁を、我が家の輪郭として見慣れてしまっているのだろう。
「ここは花の国の建物とは、ずいぶん違うな」
母は車の横に立ち、顔を上げて周囲の高さの異なる棟々を見渡している。
目つきには本物の驚き。
この密集して上へと伸びる建築の形式は、彼女にとってはまったく未知のものだった。
エリクソン公爵領の建物は、どれほど格式があろうと、横へと拡がる宮殿や邸宅の様式であり、こんな真っ直ぐに上下に積み重ねる多層式ではない。
「はい。紅龍国は人口が多いので、もし一戸ごとに一軒、独立した家を建てていたら、このあたりの住宅区は隣の市まで伸びていってしまうでしょう」
私は説明した。
「だから、ほとんどの人が住んでいるのは、この種のアパートです。多くの世帯を一棟のなかに積み重ねて、上へ、上へと建てていく、地面の空間を節約するために」
「なるほどな」
母は得心した表情を浮かべ、同時に真剣に、もう一度、顔を上げて見上げることも忘れなかった。
おそらく心のなかで、これらのビルがどれほど高いか、もう一度、測り直したのだろう。
その後、私達はエレベーターに乗って、ユーナの両親の住む階へと向かった。
エレベーターはやや小さく、四面のステンレスの壁はすでに細かな引っ掻き傷でいっぱいだった。
隅には鏡が一枚、その上に宅配業者の小さな広告が貼られ、端はすでに捲れ上がっている。
トントントン。
ユーナは扉の前に立ち、指で三度、叩き、一拍だけ間を空けて、さらに二度、足した。
それはとても自然なリズムだった。
おそらく物心ついた頃から染みついた癖で、考える必要もない。
「どちらさん」
部屋のなかから、年老いているがまだ気力のこもった男の声が伝わってきた。
ユーナの父親の声。
「私」
二字。
簡単で、軽く、だがはっきりと。
部屋の内側の扉から、椅子を動かす音が聞こえ、それから足音。
遠くから次第に近づき、それから鍵のかえ金を外す音。
扉が開いた。
一人の真っ白な頭髪の初老の男性が入口に立っていた。
彼の背はさほど高くない。
洗濯で色が淡くなった格子柄の木綿のシャツを着て、腰と背はかすかに曲がっているが、目つきだけは輝いている。
彼が扉の外に立つ桃色の長髪の少女を認めたとき、一瞬、固まった。
目つきのなかの驚きは本物で、まるで彼がずっと心にかけていた何かが、突然、目の前に現れたかのようだった。
短い失語のあと、彼の眉も目も、すうっと開いた。
目尻の皺も、それに伴って深くなる。
それは人間が本当に笑っているときの顔。
彼は慌てて外側のあの防犯ドアも押し開け、身体を横にして場所を空け、私達三人をまとめて中へと通した。
「どなた?」
台所の方から、水の音と女の声が聞こえた。
静おばさん。
ユーナの母親の声。
彼女はちょうど皿を洗っているところで、一枚の台所の扉を隔てて、その声には、家族だけのものの気安さが滲んでいる。
「エイが来たよ」
「エイが来たのかい!」
水の音が止まった。
止まるのがとても速い。
まるで手が、すぐに茶碗と箸を放したかのよう。
それから、一人の、髪にすでに多少の白髪が混じっているが、まだ気力がひどく良い女性が、台所から顔を覗かせた。
靴を履き替えているユーナを見て、顔の驚きを覆い隠しきれない。
「早く座って早く座って。皿を洗い終わったらすぐ行くから」
「お母さん、お皿は置いて、私が洗います」
ユーナはもう靴を履き替え終え、立ち上がっていた。
語気には真剣な固執がある。
「あらあら、ほんの少しの茶碗と箸だけ。すぐ終わるから。あんたはお父さんと居間でお茶でも飲んでなさい。せっかく来たのに、あんたにやらせることなんて」
「せっかく帰ってきたからこそ、家のことを手伝うべきなんです」
ユーナがこの言葉を発したとき、語気はとても平らかだったが、袖を捲り上げる動作だけは、とても断固としていた。
彼女は台所の方へと歩き出した。
身形はきびきびとしていて、歩きながら軽く髪を後ろへと撫でつけ、垂れて邪魔にならないようにしている。
私は気づいた。彼女が台所へと向き直ったまさにその瞬間、彼女の眼窩に一筋のきらめきが浮かんだ。
泣き出したのではない。
涙が目に溜まって、まだ零れていない、あの種のもの。
彼女は顔を上げ、軽く瞬きをして、その湿り気を散らし、それから台所へと入っていった。
私は、口に出さなかった。
「ふふ、エイにやらせておきなさい」
洪おじさんは扉をきちんと閉め、振り返り、視線が私と母の上に落ちた。
顔の上の熱意は、私たちを認めた一瞬にすでに支えられていた。
あの心の底からの、虚飾のない、誠実さ。
「竜児。 こちらは?」
「ああ、こちらは私の母です。ヘレナと呼んでください」
「ヘレナさん、初めまして」
洪おじさんはかすかに頭を下げ、それがひとつの短く正式な挨拶となった。
その後、目を上げ、語気はもっと真剣になった。
「あの世界で、うちの娘を気にかけてくださり、ありがとうございます」
母は一秒、固まり、すぐにかすかに首肯した。
表情は穏やかだった。
「当然のことをしたまでです」
洪おじさんは私達を居間へと案内し、歩きながら部屋のなかの椅子を外へと少し引き、どうぞ座ってくださいと示した。
居間は大きくないが、片付けられてきれいに整っている。
ローテーブルの上には、いつから置いてあるのか分からない保温ポットがひとつ、横には湯呑みがいくつか、まだ出されていない。
洪おじさんはこのときになって、ようやく食器棚からきれいなものを二つ取り出し、手拭いで拭き、水を注いだ。
彼がこれをするとき、手は安定していたが、何度か、湯呑みがローテーブルに触れるときの音が、普段より少しだけ大きかった。
それはおそらく、彼自身にも気づかれていない、ほんのわずかな感情。
この前、ユーナから聞いた、クローディア、つまり竜児とその母が彼女を買い取ってくれなければ、あのときのユーナは、とうにどこかの貴族に弄ばれて死んでいた。
この恩義は、一人の父親の心に、どれほどの重みで押しかかっているか、彼自身にしか分からない。
今生のユーナは、彼ら二人が産んだ子ではない。
だがエイの魂を宿したこの子を、ご夫婦はとうに、実の子として見なしている。
だからこそ、ヘレナとクローディアは、娘の命の恩人として、当然、この家の、名実ともに、貴い客人なのだ。
居間では、茶の湯気がゆっくりと立ち昇り、台所の方からは、水道の水で皿を洗う音と、二人の女の声が聞こえてくる。
ひとつの大きな声、ひとつの小さな声。
ひとつの老いた声、ひとつの若い声、静かな朝のなかで何かを話している。
たまに、ひとつふたつ、軽い笑い声も。
その笑い声はとても軽いが、本当に笑っているのだと聞き分けられる。
私は湯呑みを持ち上げて一口飲んだ。
茶葉の味は淡く、清らかだ。
しばらく置かれた茶で、新鮮な香りはいくらか減っているが、時間が沈殿させたあの醇さがある。
私は湯呑みをそっとローテーブルに戻し、背凭れにもたれかかり、台所の物音を聞いた。
この一瞬、心のなかの何かが、少しだけ、緩んだ。




