254. 青龍国の夜
花の国のコンビニに比べ、青龍国のコンビニの選択肢は明らかに少なかった。
この言い方も、まだ正確とは言えない。
むしろ、青龍国の夜そのものが、花の国よりずっと寂しい、と言うべきか。
夜の帳が下りたあとの花の国は、別の意味での賑わいがある。
コンビニにはいつでも、行き交う会社員、明け方の二時までゲームをして缶ジュースを買い忘れたことにようやく気づいた大学生、そして様々な落ちぶれた表情でおでんの鍋をぼんやりと見つめる哀れな勤め人たちが、絶えない。
あそこでの深夜には、それ自体の温度がある。
たとえ一番安い温かい汁物でも、寒風のなか、この世界がまだそれほど孤独ではないと思わせてくれる。
Wait、青龍国の夜は。
通りは空っぽだ。
静かな空っぽではない。
かすかな警戒心を帯びた空っぽ。
たまに対向車線を一台の車が通り過ぎる。
車のなかの人間は、絶対にわざわざ窓の外を覗いたりしない。
まして花の国のように窓を開けて風に当たることなど。
街灯の色は、あまり健康そうでない橙黄色。
人影のない通りを照らして、かえって妙な寂寥を際立たせている。
青龍国は治安の問題から、日が暮れてから外をぶらつく住民はほとんどいない。
そのせいで、青龍国全体の夜間飲食への需要は、花の国に比べて、ずいぶん劣ってしまう。
消費がなければ、当然、供給もない。
私はコンビニの防犯フィルムの貼られたガラス扉の前に立ち、棚の上の商品を左から右へ、右から左へと走査し、最後には冷凍ケースとサラダ区のあいだを二度、行ったり来たりした。
結論は、この二つだけ。
電子レンジで温める冷凍の既製ピザか、さもなければドレッシングでぎちぎちに埋まったポテトとコーンのサラダボウル。
私はサラダを一箱手に取り、裏返して栄養成分表を見た。
カロリーはたしかに正直に書いてあるが、右上のあまりにぞんざいに印刷されたトマトの写真は、どうにも食欲をそそらせてくれない。
もう一度、横の冷凍ケースのなかのピザに目をやる。
箱には「チーズたっぷり」と書いてあるが、透明のフィルム越しに覗き込むと、上のまばらなチーズ粒は、この「たっぷり」が実質詐欺だと思わせるには十分だった。
だが、とにかく腹は減った。
いくら気が進まなくても、何かを食べなければ。
私はサラダボウルをひとつとピザを一箱、手に取り、レジへと向かった。
二品をカウンターの上に置き、振り返ってまだ棚の前で迷っている方角へと叫んだ。
「母上、決まりましたか」
「待て。もう少し、考えさせてくれ」
「考えるほどのものじゃありません。この二つだけです。あるいはそっちの電子レンジのところで、カップ麺を見てみますか」
「カップ麺とは、なんだ」
私は一秒、固まった。
それから気づいた、この世界にカップ麺は存在しない。
ため息をついて、手招きで彼女を呼び寄せた。
「あの……まあ、来てみてください」
母ヘレナは小走りに歩み寄り、棚の上に並ぶカップ麺の列をしばらく見つめた。
顔の表情は新奇から困惑へと変わり、最後には、これは一体、何の化け物だ、という無言の表情に落ち着いた。
「娘よ。私達はなぜ、こんな混乱していて、美味しいものすらない場所に来たのだ」
彼女はプラスチックのフォークで、私の手から受け取ったポテトサラダの器をつつきながら、恨みがましい口調で訊いた。
この問いには、おおむね半分は現実への不満の表明で、もう半分は、たぶん、本当に知りたかったのだろう。
私はピザを電子レンジに押し込み、加熱ボタンを押し、ブーンと唸る音を聞きながら、答えた。
「ここでしか、ほかの場所ではなかなか手に入らないものが、手に入るからです」
「なんだ、それは」
「銃器。それと、発電機」
私はそう言った。
口調は淡々としていた。
まるで今日の買い出しリストを報告するかのように。
母はフォークを宙に止め、ぽかんと私を見た。
この二つの品物と、わざわざこんなひどい場所に来なければならないこととの論理的関係を、どうやらまだ、きちんと把握できていないらしい。
「お前、以前にも銃を持ち帰ったではないか」
私は頷き、電子レンジからあのピザの箱を取り出し、横のセルフ台で包装を剥がし、紙のフォークで小さく一切れに切った。
熱すぎて口に入らないほどではないと確認してから、続けた。
「はい。あの銃はこの世界の現在、最も先進的な武器です。私達の精錬技術では、たしかに複製はできません」
私は一拍おいて、あの一切れのピザを口に入れ、真剣に咀嚼した。
食感は、並。
チーズは加熱しすぎて、ゴムのような質感。
底の生地はカリカリに焼けているが、薄すぎる。
噛むたびに、いつ粉々に崩れるか分からない不安定さがある。
だが、まあいい。
腹が膨れることが何よりだ。
「でも今回は、複製に来たのではなく、構造を見に来たんです」
私は続けた。
「この種の銃の構造は、前回持ち帰ったものよりずっと簡単で、工芸の要求も低い。領地の鍛冶師たちが手探りでやってみれば、あるいは突破口が見つかるかもしれない」
それだけではない。
もうひとつ、彼女には言っていないことがある、花の国にいるうちに、私はすでに中古品のプラットフォームを使って、この近郊の農場の主とひとつの取引を、事前に成立させていた。
それはついでの取引ではない。
この青龍国行き全体の最も主要な目的のひとつ。
今ここで説明するつもりはない。
わざと隠しているわけではなく、いったん話を広げると、含まれる論理の鎖が長すぎて、二言三言では到底すまない。
そして母の今の状態は、むしろ無理に持ち堪えている。
こんな奇妙な場所でただぼんやり座っているわけにはいかない、という根性だけで、食べ物を口にしている。
やはり、陽が昇ってからにしよう。
そうして私達は、コンビニのなかの、大きなガラス窓に面したあの一列の椅子に座り、それぞれが手にした、甘かったり塩辛かったりの食べ物を抱えて、空がすっかり明けるのを待った。
ユーナは私にもたれて座っている。
彼女のあのサラダは、三分の一しか食べられておらず、残りはフォークで中をかき混ぜているだけ。
一目で、もう食べられないのに、言い出せないと分かる。
私は自分のピザを一切れ、彼女のほうへと押し出した。
彼女は受け取り、小さく小さくかじっている。
視線は窓の外を漂って、何を考えているのかは分からない。
外の通りは、相変わらず空っぽだった。
たまにバイクが一台、通り過ぎる。
排気音が静かな夜のなかでひときわ大きく、すぐに遠ざかり、再び静寂。
道端の看板の灯りは、いくつかもう消えていた。
残っているのは、私たちのいるこのコンビニだけ。
橙黄色の光がガラス扉から漏れ出て、扉の前のコンクリートの地面を、小さな一角の、あたたかな色の区域に変えている。
私は背凭れにもたれ、顔を上げてコンビニの天井の蛍光灯を眺めた。
とても規則的な頻度で、かすかにちらついている。
おそらく灯管が老朽化したせい。
思う、この世界の夜は、本当にずいぶん違う。
向こうでは、夜は疲労を伴ったが、充実していた。
ここでは、夜はただ、早く陽が昇るのを耐え忍ぶことを意味する。
どれほど経ったか分からないが、外の空の色がようやく、深い黒から深い青へと変わり始めた。
それからゆっくりと、一筋の灰白色が滲み出てくる。
窓の外の通りには、ぽつぽつと人が現れ始めた。ほとんどが自転車で朝市へと急ぐ商人か、あるいは制服を着て開店準備に向かう店員。
たまに、コンビニの前を通り過ぎる人が、中をちらりと覗き込み、私達三人の、明らかに場違いなよそ者を認め、視線が一秒だけ留まり、また逸れていく。
そろそろ時間が来た。
私は携帯を取り出し、事前に予約しておいた配車アプリを開き、運転手のルート情報を確認した。
しばらくして、一台の銀灰色のセダンが、ゆっくりとコンビニの前に停まった。
「母上、乗ってください。これから本題に行きます。用事を済ませて、早く帰りましょう」
言い終えると、私は立ち上がり、ついでにゴミを入口の分別ボックスに捨て、ユーナの手を引いて車の方へと歩いた。
母は、私がまさか手軽に車を一台呼べることに、どうやら困惑したらしい。彼女のもともとの認識では、移動は馬車か歩き、どちらか。
こんなに短い時間で、勝手に走る鉄の塊を調達できる人間がいるなんて、と思ったのだろう。
が、何も言わず、そのまま車に乗り込んだ。
おそらくは、とっとと片づけて、とっとと花の国に戻って美味しいものを食べたい、という思いが、彼女をして多くを問わせなかったのだ。
なにしろこのポテトサラダは、彼女をして心を閉ざさせた。
車のなかには、かすかなアロマの香りが漂っている。
おそらく運転手が置いたもの。
ラベンダーの香り。
バックミラーに吊るされたあの小さな丸い芳香剤は、すでに色が白っぽく褪せて、もうすぐ使い切りだ。
母は後部座席に座り、前方のフロントガラス越しに、窓の外の建物が次々と流れ去るのを見つめながら、ときどきセンターコンソールのあの発光する画面を二度、三度、ちらりと覗いた。
表情は真剣だ。
まるで何かとなくもない仕掛けを研究しているかのよう。
私は邪魔をしなかった。
車は、三時間ほど走った。




