242. 龍井茶、そして擾される午後
接客係の案内で、私たちは四人席の焼き肉台の前に着いた。
焼き肉屋はホテルから歩いて七分の商業街にある。
花の国の某アプリに「老舗・地元人気推奨」のタグが表示される、あの種の店だ。
間口は大きくなく、二階建て。
店の外に掛けられた看板は煙でやや黒ずみ、入口のメニュー看板は透明のビニールカバーに入っていて、油染みの跡が正直な時間の証人だ。
佐藤健が店の扉を押し開けると、中から漂ってくる肉の香りが先に挨拶をした。
あの香りは、木炭のきれいな焦げの香りに牛肉特有の旨みが混ざり、ほのかな葱油の繊細さと、ほんの少しの甘さが乗っている。
私は深く息を吸った。
前世の記憶のなかに、この香りがある。
込み合った店のなかで、煙に燻されて目を開けていられないのに、注文を止められないあの空気。
龍児の三十年のなかで、ごく普通だが、とても確かな愉しみだった。
今生、私は十三歳。
母と一緒に、焼き肉台の前に座っている。
このこと自体が、まだ少しシュールだ。
真正面に炭火の入った七輪が一つ。
真っ赤な炭の上に鉄の焼き網が架かっている。
網目のあいだには細かな鉄線が交差し、全体はアーチ型にかすかに湾曲し、表面はすでに高温で黒ずんだ古い痕跡の層に覆われている。
店員がタレを次々と運んできた。
琥珀色の焼き肉のタレが一皿、透き通った淡黄色の液体が一皿、そして濃い色の小皿がひとつ。なかには一団の色の濃いタレが盛られている。
ヘレナはうつむいて一巡りし、それから顔を上げて店員を見た。
「これは何かしら」
店員は一瞬、止まった。
おそらく言葉の処理で少し回り道をしたのだろう。翻訳の魔導器の出力音調には標準の花の国語と微妙な偏差がある。だが続けてとてもプロらしく説明を始めた。
「こちらは当店秘伝の焼き肉のタレで、牛肉にも豚肉にもよく合います。こちらの清らかな香りのするものは柚子酢で、酸味がさっぱりとしていて、野菜や脂の多い部位に合います。そしてこちら」
彼女はあの濃い色のタレを指さした。
「当店特製の味噌ダレで、味はやや塩気と旨みが強く、濃いめの味がお好みのお客様向けです」
「ありがとう」
ヘレナが言った。
店員は礼儀正しく頷き、向きを変えて去っていった。
ついでに私たちの炭火に新しい炭を二つ足した。
火勢はすぐに強まった。
私はヘレナの表情を見た。
彼女は真剣にあの三皿のタレを見つめ、眉がかすかに寄っている。何かを分析するときの、あの表情。
不機嫌ではない。
思考。
焼き肉のタレ、柚子酢、味噌。
中世の異世界で育った人間にとって、この三つの言葉はおそらく「魔力共振器」と聞くのと大体同じ。何かは知っているが、どんな感じかは知らない。
「母上、肉が焼ける前に、まだつけないでくださいね」
私は言った。
「最初の肉が出たら、それぞれ一つずつ試してみて。どれが口に合うか」
彼女は頷いた。
あの分析モードをしまい込み、再び焼き網へと視線を落とした。
店員が最初の肉を運んできた。
薄切りのカルビ。
桃色の断面が皿のなかにきちんと巻かれて並び、まだ網に上がる前から、大理石の文様のように均等に散った霜降りが見えている。
佐藤健が皿を受け取り、焼き網の上に数枚並べた。
動作は熟練し、角度は精密。
家庭の焼き肉で鍛え上げられた、炭火の均等な熱の入り方に執念を持つあの細やかさ。
「この角度が一番、焦げ目の入り方が均等になりまして」
彼は説明した。
「火加減はだいたいこんな感じです」
彼が手ぶりを示した。
「こっちの面に焦げ目がついたら、裏返す。それから同じくらい待てば、だいたい出来上がりです」
ユーナが横から焼き網に近づいて見て、真剣に頷いた。
技術のポイントを覚えるかのように。
肉が炭火の上で発するあの「ジュッ、ジュッ」という音は、とても安心感のある音だ。
脂が高温で析出し、肉の筋に沿って下へ流れ、炭火に触れた瞬間に小さな白い煙の柱が一本、立ち昇る。
焦げの香りを載せて、ふわりと広がる。
ヘレナの目が、その煙の柱を上へと追った。
最初の一枚が焼き上がった。
佐藤健が箸で摘まみ、ヘレナの前の取り皿に置いた。
さりげない動きだが、年長者を先にする礼儀がそこにあった。
「まずはこれでお試しください」
彼が焼き肉のタレを指差した。
「これが一番、定番です」
ヘレナは箸を手に取った。
昨日、すでに向こうの家で一度練習した。
今日の持ち方は明らかに昨日より自然だ。
なあの一切れの肉を摘まみ、焼き肉のタレに軽く一週、潜らせた。
それから口へと運ぶ。
二秒の沈黙。
「……」
「どうですか」
ユーナが我慢できずに訊いた。
ヘレナはすぐには答えなかった。
箸を置き、手元のあの小皿の焼き肉のタレを見つめ、焼き網の上でまだジュッジュッと煙を上げている肉を見つめ、それからとても落ち着いた口調で言った。
「予想より、複雑だったわ」
「複雑は、いい意味ですか」
佐藤健が慎重に追及した。
「ええ」
彼女は言った。
「甘み、塩気、旨み。三つの味の配合が、とても……精確ね」
佐藤健はほっと息を吐いた。
その後の一時間、焼き肉屋の空気は徐々に窮屈さから、ある種の「流暢さ」へと変わっていった。気楽さではない。「言葉にできないことがたくさんあるけれど、お互いにだいたいの意味は通じる」という基盤の上に築かれた、穏やかな流暢さ。
佐藤健は前回のことを話し始めた。
もともと、一緒に焼き肉を食べる約束をしていたのに、一発の銃声であの夜がうやむやになった、あの話。
「覚えてたんだ、あのこと」
私はため息をついた。
彼は真剣に頷いた。
「だって」
彼は一拍おいて、手元の茶碗を半回転させた。
「異世界から来た友達と花の国の焼き肉を一緒に楽しめるなんて、これだけでもう十分に奇妙で、十分に得難いことですから。それなのにせっかくの食事まで壊されて、やっぱりどこか腑に落ちなかったんです」
私は返さなかった。
あの夜のことは、よく覚えている。
最後に、ヘレナがあの店を出るとき、手には店がわざわざ紙箱に包んだものを持っていた。
焼き肉のタレ、五本。
五本の焼き肉のタレはきっちりと紙箱のなかに並べられ、透明のテープで封がされ、持ち手は太い麻紐で縛られている。
「本当に五本でよろしいですか」
店員が会計のときに一度確認した。
「結構です」
ヘレナが言った。
口調はとても平静で、まるで軍需物資を調達しているかのようだ。
その五本の焼き肉のタレは、のちに収納空間を通じて、一緒に異世界へと持ち帰られた。
私の知るかぎり、これは有史以来、初めて異世界転送門を通じて次元を跨いで輸入された焼き肉のタレである。
佐藤健はこのとき、すでに去っていた。
これから私たちが会いに行く相手は、彼を同席させるには適さない。
彼は焼き肉屋の入口で私たちを見送り、手を振った。
何か言いたげだったが、最後はただため息をつき、向きを変えて歩き去っていった。
私は彼の背中が街角を曲がり、午後の人波のなかに消えるのを見送った。
それから私は振り返った。
「行くわよ」
私が言った。
母の身分問題を解決できるあの老先生は、この街の別の場所に住んでいる。
その名は、沖田。
「沖田」という名前。
花の国の大多数の普通の人にとっては、ただの普通の、少し古風な姓にすぎない。何の連想も呼ばない。
だが彼を知る者にとって、その二文字は別種の重みだ。
どこかの場所。
畳敷きの和室。
午後の陽射しが障子の隙間から斜めに差し込み、浮遊する埃をくっきりと浮かび上がらせている。
この部屋のしつらえはとても簡素。
ローテーブルが一脚、茶器が一式、何冊かのきちんと重ねられた古い本、そして掛け軸が一幅。
ローテーブルの向こうに座っているのは、年の頃七十から八十の老人。
髪は完全に白く、乱れなく後ろへ撫でつけられ、広く風雪を経た額を露わにしている。
顔の皺はあの深くて横向きの皺。顔を幾筋かの安定した線に切り分け、眉弓は突き出し、両目は深く落ち窪んでいる。
だが目の光だけはとても醒めていて、とても鋭いものがあり、年齢ゆえに彼を侮ることを誰にも許さない。
彼は正座をし、両手で青磁の茶碗を抱き、紅龍国から届いたばかりの龍井茶をじっくりと揺らしている。
茶葉が熱い湯のなかでゆっくりと開き、淡い青緑を滲ませる。
「親父」
彼の傍らに座る、肩幅の広い屈強な男が口を開いた。声は低い。
「午後のあの件、俺たちで片をつけましょうか」
「 不要だ 」
沖田は顔を上げなかった。
ただ指で茶碗の縁を軽く一度、叩いた。
「ああいうことは、下の者に任せておけばいい」
屈強な男は頷き、それ以上は言わなかった。
この部屋には、とても特別な静けさがある。
死んだような静寂ではない。長年の抑制の習慣によって培われた、主体的に保たれる静けさ。
この静けさは花の国の、ある種の組織のなかで特殊な言語となっている。この空間に入る者すべてに告げる。ここの一言一言には、それに相応しい重みがある、と。
沖田は茶碗を持ち上げ、杯の口を近づけ、細かく香りを嗅いだ。
龍井特有の栗の香り。
いい。
それから。
背中に、突然、一筋の冷気が走った。
その感覚は寒さではない。風でもない。身体の本能から来る、理由を必要としない警戒。
この感覚を、彼は生涯で数度しか経験したことがない。そのすべてが、彼の人生に深く刻まれた刻印となっている。
茶碗の上の手が止まった。
「親父?」
屈強な男が彼の異変を察知し、かすかに身を乗り出した。
「い……いや」
彼の声は普段より半音低かった。彼自身もそれに気づいた。
あの冷気はまだ消えていない。
彼は必死に、この感覚の由来を頭のなかで遡ろうとした。
特定の脅威ではない。名前を思い浮かべられる相手でもない。もっと……彼が定義できない何かに感知された感覚。
まるで、彼がもう遠ざかったと思っていた何かが、彼の方角へと、ゆっくりと近づいてきている、そんな。
この感覚を味わったのは、一年前の、たった一度だけ。
あの、二人の少女が現れたとき。
「……折角の上物の龍井が、惜しいことをした」
うつむいて、初めて気づいた。
手にした茶碗が、いつ傾いたのか。
温かい茶の湯が杯の口を伝って流れ出し、彼の目の前のあの畳を染み透らせていた。
青磁の杯の縁は、畳の繊維のなかに、丸い、色のとても濃い跡をひとつ、残していた。
彼はその茶染みを見つめ、ため息をついた。
「……」
屈強な男はすでに立ち上がり、白い木綿の布を一枚、差し出していた。
沖田は布を受け取り、ゆっくりと茶染みを何度か拭いた。
動作に焦りも慌てもなかったが、彼が顔を上げて窓の外を見た、あの一瞥に、屈強な男の背筋もまた、思わず張り詰めた。
沖田は再び居住まいを正し、空の茶碗の上に一枚の新しい茶葉を載せ、ゆっくりと熱い湯を注ぎ込んだ。
水の柱は細く、杯のなかに落ちても音はしない。
茶葉は杯の底でくるりと回り、ゆるやかに立ち昇る。
窓の外。
午後の陽射しが和室の障子を透き通り照らし、逆光のなかの彼、目には、差し込んでいたあの細長い一筋の光を映したまま、微動だにしない。




