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241. 摩天楼の景色、そして焼き肉の午後

 ルームカードが二枚。


 薄くて、白地に青字で、ホテルのロゴが印刷されている。


 私は一枚をユーナに渡し、もう一枚をポケットにしまった。


「行くわよ」


 私たちはエレベーターホールの方へと歩いた。


 エレベーターホールは廊下の突き当たりにある。


 二枚のステンレスのエレベーター扉、片側には階数ボタンのパネル。


 数字が整然と並び、各ボタンの横には対応する階の点字表示がある。


 私は最上階の数字を押し、エレベーターの扉が開くのを待った。


 扉が開いた。


 私とユーナが中に入った。


 私は「開」ボタンを押し続けた。


「ずっと押してて」


 私は小声で言った。


 ユーナは理由を聞かず、ただ私をちらりと見て、了解の頷きを返した。


 約二十秒後、エレベーターがかすかに揺れた。


 その揺れはとても軽く、故障ではない。


 重さの微妙な変化、何かが、音もなく、中に入ってきた。


 私は「開」ボタンから手を離した。


 エレベーターの扉が閉まった。


 上昇する。


 階数表示が一から二に飛ぶとき。


 かすかな息を吐く音が聞こえた。


 大人の女性が、極限まで抑え、極限まで平静に、何かの感慨を一口の吐息に押し込めた、あの音。


 私は振り返らなかった。


 最上階の廊下はとても静かだった。


 カーペットは階下のロビーより厚く、踏むとわずかな弾力がある。


 歩く音は大半が吸収される。


 灯りは暖色で、廊下の両側の壁のなかに埋め込まれ、廊下全体を柔らかく均等に照らしている。


 私たちは部屋番号を探し当てた。


 私はルームカードをドアロックに差し込んだ。


 緑の表示灯が点き、ドアが開いた。


 私はすぐには中へ入らず、入口で一秒、立ち止まった。


 空気に異臭はない。


 黴臭さも、強すぎる洗剤の匂いもない。


 ただかすかに、人が住んだあとに掃除された、あの中性の気配。


 カーテンは半開き。


 入口の位置から、窓の外の景色が一角だけ見える。


 高層ビル、スカイライン、そして一面の晴れ渡った昼前の空。


 私は中へ入った。


 ユーナが続き、ついでに部屋のドアを閉めた。


 ドアロックがカチリと閉まった。


 それから、隠身魔法が消散した。


 とてもきれいな解除の仕方だった。


 突然、姿を現すのではない。


 薄く一枚の光の膜が空気のなかでゆっくりと溶けていくかのように、光がその位置から再び差し込み、それからその位置に重さが生まれ、色が生まれ、輪郭が生まれた。


 ヘレナは窓側に立ち、かすかに目を伏せて、私にはとても馴染みのあるやり方で、この部屋の細部のすべてを、目で走査していた。


 二つのシングルベッド。


 白いシーツ。


 きちんと折られた角。


 壁掛けテレビ。


 黒くて、画面は佐藤健のノートパソコンの三倍以上はある。


 小型冷蔵庫はベッドサイドテーブルの横に埋め込まれている。


 書き物机、小型の卓上灯。


 そして窓。


 彼女は窓辺へと歩いた。


 カーテンは半開きだった。


 彼女は手でそっと片側を押し開き、遮るものを払いのけ、視野を完全に開放した。


 窓の外。


 花の国の都市。


 晴れた陽射しのなかに、広がっていた。


 このホテルのある場所は、花の国の典型的な都市構造のなかにある。


 近景は、大量の密集した低層住宅。


 一戸建ての屋根が連なり、太陽熱温水器の円筒が陽射しを銀色に反射し、バルコニーには各家の洗濯物が干してある。


 やや遠くには、何本か整然と並んだ商店街。


 看板がぎっしりと建築の外壁に掛かっている。


 そしてさらに遠く、あの景色だ。


 超高層の摩天楼群。


 遠くに聳え立ち、まるで一片の人工の山脈のよう。


 ガラスのカーテンウォールが陽射しに白い光を反射し、形も高さもさまざま。


 だが密度は十分で、スカイライン全体を不思議な、人類が己の力で強引に空へと伸び上がっていく感覚で満たしていた。


 あの高層ビル群と、私たちの足元の一戸建て群は、花の国にしか現れない、極めてアンバランスな景色を形作っている。


「ずいぶん変わった景色ね」


 ヘレナは窓辺に立ち、この言葉を口にしたとき、振り返らなかった。


 視線はずっとあの高層ビル群のうえに置かれている。


 彼女の声はとても平静だった。


 冷淡さではない。


 大量の情報を消化しているときに特有の、感情をすべて深い層に押し込めた、あの平静。


「私たちの領地も、いつかこんな景色になるのかしら」


「なりますよ、母上」


 私は彼女の傍らに立ち、同じくあの高層ビル群に視線を置いた。


 あのガラスと鉄。


 遠くから見れば積み木のようだが、近づけばひとつひとつが独立した世界であると分かる、あのビル群。


 夜になれば無数の灯りを点す、あの建築群。


 これは人類が、魔法のない世界で、純粋な工学と労働力だけで作り上げたものだ。


 私の目標は、最初から異世界に地球を複製することではなかった。


 それはあまりに浅はかだ。


 地球には地球の問題があり、地球には解決できないことがある。


 私が欲しかったものは、前世の記憶を取り戻したあの瞬間から、一度も変わっていない、努力をした人がみな、報いを得られる世界。


 理想郷ではない。


 技術至上でもない。


 ただ、それだけ。


「……なんでも造れる世界?」


 ヘレナが考え込むように訊いた。


「造りたいと思えば、造れる世界です」


 私は言った。


「違いは大きくないけれど、ときに、とても大きいわ」


 彼女はすぐには返さなかった。


 窓の外の風が都市を越えていった。


 遠くの摩天楼群は陽射しのなかで沈黙して聳え立つ。


 まるでこの問いへの最も直接的な答えのように、人類がどれだけの世代を費やして、この四角い箱をひとつひとつ、雲のなかまで積み上げてきたか。


「その日を見られるのを、楽しみにしているわ」


 彼女は最終的にそう言った。


 声はとても軽かった。


 だがその言葉を口にしたとき、彼女の目のなかには何かがあった。


 それをただの口から出任せの感慨として受け取ることは、私にはできなかった。


 昼食の時間が来た。


 ホテルの部屋の電話のベルが、正午近くに鳴った。


 フロントから、ロビーに紳士が一人待っているという。


 誰かは分かっていた。


「彼が来たわ」


 私が言った。


 ユーナはすでに荷物を片づけていた。


 肩掛け鞄のチャックを閉め、髪をもう一度整えた。


 彼女の桃色の髪は、私の白金色ほど極端に目立たないが、花の国の街路では依然として、人目を引くに十分だ。


 彼女自身もおそらく分かっていて、いっそ泰然自若とした表情で、隠そうとする気配すらなかった。


 ヘレナは窓辺から振り返り、うつむいて自分を見た。


「着替えが必要ね」


 彼女が言った。


 それは事実だ。


 あの濃い青の、銀の刺繍入りの礼服は、今日には合わない。


 幸いにも、私は出発前に収納の腕輪のなかに花の国で買った普段着を数セット入れておいた。


 前回来たときに、ついでに買ったもの。


 買ったあとで「いつか使うかもしれない」と思い、ずっとそのままにしてあった。


 今、役に立った。


 私は収納の腕輪のなかを探り、きちんと畳まれた服を一組取り出した。


 淡いクリーム色の長袖シャツに、濃い色のワイドパンツ、そして底の柔らかいフラットシューズ。


「これ、どうですか」


 私は服を彼女に差し出した。


 彼女は受け取って、見た。


「ベルトはないの?」


「花の国の普段着は、たいていベルトを締めません」


 私は言った。


「この型はもともとゆったりしたシルエットなので、ウエストを絞る必要がないんです」


 彼女は考え込むように服を見つめ、それから何も言わずに洗面所へ行った。


 十分ほどして、彼女が出てきた。


 クリーム色の長袖シャツのゆったりしたカッティングが、彼女の長身の上で意外にも……とても妙な輪郭感を支えている。


 彼女はさりげなくシャツの裾をズボンの前側にほんの少しだけ差し込んだ。


 この細部が、全体から幾分かゆったり感を減らし、幾分か気ままなきびきびしさを加えた。


 金色の長髪を後ろでまとめるやり方も、私が渡したヘアゴムで簡単に低い位置のポニーテールに結っただけ。


 精霊族の耳、あのかすかに上に反り上がった、優雅な耳介、は次の瞬間、変化の魔法で丸く人間の耳の形へと収められた。


 こうして、今朝まで銀の刺繍の礼服をまとい、背後に金色の暈を帯びていた公爵夫人は、一人の気品溢れる、西欧のどこかの国から来た成熟した大人の美女旅行者へと変わった。


 彼女は鏡の前に一秒立ち、かすかに首を傾げた。


「まあまあね」


 彼女が言った。


 ユーナは横で見ていて、こっそりと私の袖を引っ張り、耳を寄せて言った。


「奥様、普段着でもすごく……」


「分かってるわ」


 私が言った。


「まだ最後まで言ってないよ」


「言わなくても分かる」


 佐藤健はロビーのソファエリアで待っていた。


 携帯電話を手に、頭はかすかにうつむき、画面の光がレンズに映り込んでいる。


 彼は私たち三人が廊下の方から歩いてくるのを見て、顔を上げた。


 それから固まった。


 おそらく予想していなかったのだろう。昨日、彼のアパートを押しつぶしそうだった、金色の長髪の礼服の貴族女性が、今、こんな姿で彼の前に現れるとは。


「……あの、ヘレナさん?」


 彼はためらいがちに口を開いた。


「ええ」


 ヘレナは翻訳の魔導器を通じた花の国の言葉で彼に応えた。


 声調は落ち着いて、口調はあっさりしていて、まるで毎日、普段着で外をぶらついている人そのものだった。


「あの……ずいぶん雰囲気が変わりましたね……」


「何か問題でも?」


「いえいえいえ、とても自然で、まったく問題ありません!」


 佐藤健は残りの半分の言葉を慌てて飲み込み、立ち上がり、鼻を撫で、彼の標準状態に戻った。


 押しつぶされそうに息苦しいのに、必死で落ち着いているふりをするあの様子。

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