238. 水と電脳
転送事故の事後処理、つまりあのフィギュアの処理には、いくらか時間がかかった。
正確に言えば、処理の方法はきわめて単純かつ乱暴だ。
私は床にしゃがみ込み、砕けたフィギュアの破片をだいたい一か所に掻き集め、素材を確認した。
樹脂、内部は中空、金属の骨格はなし。
おそらく大量生産のPVC素材のフィギュア。
それから私は、掌のなかから一団の微弱な炎を解放した。
大きくなく、温度も高くない。だいたいガスコンロの内炎と同じくらい。
だがこの炎はあの破片の山を精密に覆い、数秒のうちに樹脂素材をドロリとした粘りつく、かすかな刺激臭を放つ液体へと融かした。
ユーナが横で見ていた。
顔色はようやく赤から正常に戻った。
「燃やしてしまっていいの」
彼女が訊いた。
「樹脂は可燃物よ。低温の炎で十分」
私は言った。
「燃やしたあと、この液体は自然に固まって塊になる。そのとき捨てればいい。花の国にはちゃんとしたゴミの分別回収システムがある。樹脂類は可燃ゴミか粗大ゴミに分類されるわ」
「あの……」
佐藤健が横で、小さな声で一言。
私は顔を上げて彼を見た。
彼の表情はとても複雑だった。何かの苦痛を堪えているようで、でもはっきりと口に出せない。
彼の視線は知らず知らず、ゆっくりと凝固しつつあるあの樹脂の液溜まりへと漂い、すぐにさっと引き戻された。
「あのフィギュアは……」
彼の声は小さかった。
「完全オーダーメイドなんです」
空気が二秒、静かになった。
「完全オーダーメイド?」
ユーナの声が、突然、危険なものに変わった。
「……あの、つまり……」
佐藤健が数学の公式を説明するような慎重な口調で言った。
「量産の普通のフィギュアじゃなくて、専門の工房に個別に注文して作ってもらったものでして。素材は高ランクの樹脂で、細部の彫刻は手作業で行われていて。それに、君たちのこのテーマ、つまりお二人のこれ、は、比較的ニッチな分野なので、製作期間が特に長くて……」
「いくら」
私が訊いた。
佐藤健の口元が再び引き攣った。
「……だいたい……半月ぶんの給料です」
また沈黙。
今回の沈黙の相手は、私でも、ユーナでもない。ヘレナだった。
ヘレナはそこに立ち、表情は静かに佐藤健を見つめ、それからとても穏やかな口調で訊いた。
「半月ぶんの給料とは、どういう概念かしら」
佐藤健は唾を飲み込んだ。
「あの……花の国の普通の会社員が、半月、連続して働いて、食べず、飲まず、使わず、収入の全部を合わせると、だいたいこれがひとつ買える、ということでして」
「ならば、なぜ買ったの」
「……」
この問いは魂を直撃した。
佐藤健の顔が肉眼で分かる速度で赤くなっていった。さっきの脅かされて白くなった赤ではなく、羞恥に焼かれた赤。
「これは……なんと言いますか……あの……お二人の物語が……とてもいいと思いまして……それで……」
「物語?」
ヘレナの眉がかすかに上がった。
私は慌てて割って入った。
「母上、この件は私が処理します」
私は立ち上がり、膝の埃をはたいた。
「佐藤健、このフィギュアの代金は私が弁償する。明日か明後日、リストの品物を整理し終わったあとに。フィギュアの購入記録を私に送って。元の値段で賠償する」
「いらないいらないいらない!」
佐藤健は三度「いらない」と繰り返し、手をでんでん太鼓のように振った。
「本当にいりません! あのフィギュアだけのことです! 壊れたならそれでいいんです! 本当に構いません! 皆さんがいらしてるのに、こんな小さなことを気にしないでください!」
「だめよ」
私は言った。
「他人の物品を壊したら賠償する。これはどこの世界でも基本の礼儀。父も、そう私に教えた」
「でも」
「母もここにいる」
私はヘレナを一目見た。
「もし私が壊した物品を賠償しないと母が知ったら、その結果は金を払うより、はるかに深刻になる」
ヘレナは何も言わなかったが、かすかに頷いた。
その頷きの力はとても小さいが、意味は極めて明確。「その通りだ」。
佐藤健は口を開き、結局何も言えず、ただため息をひとつついて、それからローテーブルの上から布を一枚取り、黙って床の上のあの凝固した樹脂を拭き始めた。
事後処理が一段落すると、佐藤健はようやく最初の衝撃からいくらか立ち直った。
彼は私たちのためにコップ数杯の水を注いでくれた。花の国の水道水で、浄化処理を経たもの。普通のガラスのコップに入っている。
ヘレナはコップを受け取り、数秒間じっと見つめ、それからごく小さく一口含んだ。表情は変わらない。
「魔力がない」
彼女が言った。
「花の国に魔力はありません」
私は言った。
「ここの水は、ただの普通の水です」
「うん」
彼女はコップをローテーブルの上に戻した。
動作はとても軽く、音も立てなかった。
「たしかに、私たちの世界とは違うわね」
それから彼女はこの六畳の部屋をぐるりと見回した。
畳の床、壁側のローテーブル、ノートパソコン、散らかった文具、隅の衣掛け、窓枠の上の鉢植え。
ひとつひとつの細部を真剣に見ている。まるで目で空間全体を走査し、記録するかのように。
「ここが、あなたが前に過ごした場所?」
彼女が訊いた。
「はい」
私は言った。
「私が前回、花の国に来たときは、ユーナと一緒にここに住んでいました。佐藤健は私が知り合った友達で、彼の部屋が前回と今回の、転送のアンカーです」
ヘレナは「うん」と声を漏らし、続けて部屋の様子を見渡した。
彼女は窓辺まで歩き、カーテンの隙間から外を見た。外は花の国の典型的な都市の街路の景色。
整然と並ぶアパート、向かいのビルの外壁のエアコンの室外機、階下の道路脇に停まる数台の小型車、遠くの電信柱と交通信号。
彼女の視線はそれらのものの上に長く留まった。
「馬がいない」
彼女が言った。
「ここでは馬は必要ありません」
私は言った。
「代替の交通手段がある。内燃機関で動く車両、略して『車』。馬よりずっと速く、馬よりずっと安定しているわ」
「どれだけ速いの」
「一番速い車は、一時間に三百キロ以上走れます」
ヘレナは何も言わなかったが、彼女の目が輝いた。
あの輝きはかつて私が見た「興奮」ではない。「分析者が新たなデータに出会ったとき」特有の冷静な好奇心。
それから彼女の視線は、佐藤健のローテーブルの上のノートパソコンに落ちた。
そのノートパソコンは起動したままだ。
佐藤健がさっきパソコンの前に座ったときはたぶん何かをしていたのだろう。
画面にロックはかかっておらず、先ほどまで開いていたページがそのまま残っている。
ヘレナは歩み寄り、かすかに身を屈め、その発光する画面を見つめた。
「これは何」
彼女が訊いた。
「パソコンです」
私は言った。
「電子計算機器。とても高度な算盤だと思ってください。情報の処理、文字や画像の表示、音声の再生、全世界の情報ネットワークへの接続ができます」
「情報ネットワーク?」
「全世界に張り巡らされた魔力感知の網のようなものです。ただし魔力で動いているのではなく、電気信号で。理屈から言えば、このネットワークを通じて、この世界のほぼすべての公開情報を取得できます」
ヘレナの杏の目がわずかに大きくなった。
「……すべての公開情報?」
「大部分です。すべてではありません」
彼女は手を伸ばし、指先でノートパソコンのキーボードをそっと触れた。
指先がキーに触れたとき、かすかなカチッという音がして、画面上のカーソルが跳ねた。
「これに反応するのね」
彼女が言った。
「これは入力装置です」
私は言った。
「キーボードのうえのひとつのキーが、ひとつの文字、あるいはひとつの命令に対応している。あなたがキーを押して情報を入力すれば、パソコンはあなたの命令に従って操作を実行するわ」
ヘレナはもう一度キーを押した。今度はひとつの文字キーに触れ、画面のテキストエディタのなかに「あ」の一文字が増えた。
「あ」
彼女が声に出して読んだ。
「この記号は……」
「花の国のことばのなかの、ひとつの音節です」
私は言った。
「『あ』と言って、発音はだいたい『a』です。私たちの言語で言う『阿』の声に近いわ」
「ひとつの記号が、ひとつの音を表すの?」
「表音文字体系です」
私は言った。
「私たちの表意文字とは異なります。私たちの文字はひとつの記号がひとつの意味を表す。彼らの文字はひとつの記号がひとつの発音だけを表すの」
ヘレナは頷いた。どうやらこの情報を消化しているらしい。
彼女はパソコンの前に立ち、しばらく画面を見つめた。
画面にはテキストエディタのページが開いていて、中には大量の文字がぎっしりと並び、いくつかの表と注釈が混ざっている。
遠くからでは具体的な内容はよく分からないが、タイトルバーに表示されているファイル名は、何かのノート文書のようだった。
それからヘレナの視線が、画面の最下部の小さな一行に止まった。
その一行は文字サイズがとても小さく、色も灰色で、備考か注釈のようで、わざと目立たない位置に置かれている。




