231. 夜の街角、そして厚かましい男
残る子どもたちの料理も次々と運ばれてきた。煮込みあり、サラダ風の和え物あり、さまざまだ。
グリーン主厨の評価は相変わらずプロそのもの。大げさに褒めすぎず、かといって相手を居心地悪くさせることもない。
どの子も彼から評価を受けたあと、顔に認められたという小さな誇りを浮かべていた。
その後はグリーン主厨の助手が壇上で解説する時間だ。
切り方の違いが食感に与える影響、調味料を入れるタイミングによる風味の差、火加減と食材の柔らかさの関係。
十二、三歳の普通の子どもにはやや抽象的に感じられる内容かもしれないが、真剣に聞いている何人かは、もう小さな手帳に記録を取り始めていた。
ニーナの聞き入り方は特に真剣で、小さな手帳は三ページも進んだ。
チャーリーは横で頬杖をつき、話を聞きながら時折、壇上へと視線を向けている。
今日の授業内容が比較的実用的だったからか、彼女の集中力は珍しく長いあいだ保たれていた。
ユーナがこっそりと近づいてきた。
「この前、公爵邸の食堂で料理人が作ったじゃがいもは鍋にごった煮だったわ。これとはまったく別物ね」
「この世界のじゃがいもは導入から日が浅いから、みんなまだ手探りなんだよ」
「じゃあ、これからもっと食べ方を教えるの?」
「……まず導入したいくつかの品種を安定させてから、食べ方の話」
「じゃあ焼き芋はいつ導入するの」
「……さつまいもの種は持ってきてない」
「えっ」
「花の国から持ってきたのは、じゃがいもとトウモロコシ。さつまいもじゃない」
「じゃあ……焼きトウモロコシは」
「今あんたが食べてるのが、まさにそれ」
「あ、そうだったわ」
ユーナはうつむいて、皿のなかの食べかけのトウモロコシを見つめ、満ち足りた表情を浮かべた。
時はいつしか、夕暮れへと滑り込んでいた。
サービスセンターの西側の窓から斜めに差し込む夕陽が、食堂全体をあたたかな橙赤色に染めている。
卓上のどの皿も空になっていた。少なくとも七、八割方は空になっていて、残った分は本当にもう食べきれなかっただけで、不味かったからではない。
フィオナ先生の声が響いた。
「夕食は終わり。今日の実習はここまで。就寝時刻まで自由時間よ。各自、安全に気をつけて」
それから、がやがやと散っていく学生たちの音。
四人は食堂を出て、サービスセンターの玄関前に立った。
空はすでに深い青に変わっている。
通りの両側の灯油ランプはひとつ、またひとつと灯り、大通り全体をあたたかく透き通るように照らし出していた。
「戻る?」
チャーリーが訊いた。
「今から?」
ニーナが本を胸に抱えたまま、首を傾げて彼女を見た。
「こんなに早く?」
「じゃあ、どこか行くとこある?」
チャーリーはもう歩き出していた。
「ぶらぶらしない?」
「ぶらぶら」
ユーナが言った。語気は極めて明快だった。
そうと決まった。
温泉町の大通りは、昼間とはまったく異なる二つの顔を持っている。
昼は商業区で、行き交うのは商人や旅人ばかり。歩みは急ぎ、目的ははっきりしている。
夜になると、そうした奔走がひと段落した彼らが、もっとゆるやかな状態で同じ通りに姿を現す。
これまで温泉町についての私の知識は、ほとんどが計画図と管理報告書から得たものだった。
だがこうして実際に夜の通りを歩いてみて、初めて紙面では見えてこないものがいくつもあると知った。
道路は大きな石板で舗装されている。
私たちが他所で見てきた玉石の道や砂利道よりずっと平らで、歩いていて足の裏に小石が食い込む感触がない。
一定の距離ごとに、大型の灯油ランプの架台が立っている。
単にランプを柱に引っ掛けただけではない。
鉄細工の腕木で、道の中央に吊り下げるようにして支えられているのだ。
ランプの覆いは半透明のすりガラス。
光がやわらかく拡散して、道の一区間全体が均等に照らし出される。
これは当初、私がこの通りを計画したときにだした要求だった。
結果が証明している。
良い照明は安全の問題だけではない。
商業の活発さに直接影響を与える。
明るい夜は、通りすがりの人に、もっと長く、もっと多く見て、もっと多く消費したいと思わせる。
「ここ、すごくお店が多い」
チャーリーが背伸びをして、両側の商店を見回している。
「あれ、酒場?」
「うん」
「なか、すごくうるさい」
「商人たちが酒を飲んでるんだ」
私は言った。
「この気候と地理の条件じゃ、温泉町は公爵領で最も商人が集中する拠点の一つになる。各地から来た商人は、昼間は商談して、夜は総括するか、発散するか、接待するか。どの需要も、酒場か音楽ホールに向かう」
ニーナが私の横で、いつも持ち歩いているあの本を開き、こっそりと何行か書き留めた。
「……ニーナ、何をメモしてるの」
チャーリーが覗き込んだ。
「商業の論理」
ニーナの声はふわりと軽い。
「いつか、役に立つかもしれないから」
チャーリーは首を傾げて、それ以上は追及しなかった。
通りを先へ進むほど、酒場と音楽ホールの密度は上がっていく。
贅沢な装飾を凝らし、制服を着た迎賓の給仕が玄関に立つ高級店から、民家の玄関先に値段の書かれた木の札を一枚掛けただけの簡素な店まで一通り揃っている。
さらにもっと周縁に、机が三、四脚あるだけで、入口の幕が油布という小さな屋台もあった。
そこに座るのは、いずれも旅のほこりにまみれた顔つきの行商たちで、手には自家製の淡い色の麦酒。
話し声は大きくないが、笑い声は豪快だった。
私たちは子どもなので、こうした場所とのあいだにはくっきりとした距離がある。
立ち入り禁止という強制ではなく、まだその歳じゃないという暗黙の了解だ。
だがそもそも、入ろうという気持ちもなかった。
こうやって歩きながら見ているだけで、もう十分だった。
チャーリーはこの町に足跡を残そうとでもいうように、店の前を通るたびに立ち止まっては一瞥した。
音楽ホールから漏れてくる弦楽の音に三分ほど足を止め、結局はニーナに腕を引かれて離れた。
ユーナはというと、道端の食べ物の屋台に興味を示していた。
屋台は二つあり、ひとつは鉄板で焼く薄いクレープを、もうひとつは蜜を絡めて焼いたナッツを売っている。
彼女はナッツの屋台の前で立ち止まり、匂いを嗅ぎ、それから私を見た。
「買ってもいい?」
「お金、あるの」
彼女はポケットから銅貨を二枚取り出し、真面目くさった顔で屋台の主人に差し出した。
小さな袋に詰まった蜜のナッツを抱えて、歩きながら食べる彼女の姿を見ていると、なんとも言えないやわらかさが胸のなかに広がった。
そろそろチャーリーに、戻ろう、これ以上いると就寝時刻に遅れる、と言おうとしたそのときだった。
「お嬢ちゃんたち、ちょっと寄っていかない? お兄さん、君たちのこと気に入っちゃったなあ」
右側の酒場の入口から声がした。
脂ぎっていて、安物の果実酒の匂いが漂う。
視線を向ける。
男だった。
年の頃は三十代。背はさほど高くなく、革の上衣を着て袖口を捲り上げている。
顔には、何杯飲んだか分からないあとに浮かんでくる、自己評価だけは異様に高い笑みを貼り付けている。
酒場の扉の枠に半分凭れかかって、その視線は私たち四人のあいだをうろついていた。
私は立ち止まった。
チャーリーも立ち止まり、顔をそちらへ向けた。
表情はまずきょとんとし、それから急速に、この人は何してるの、という困惑へと変わった。
ニーナは半歩だけ私に近づいた。何も言わない。
ユーナは私の隣。
手にはまだナッツの袋を抱えている。突然の呼びかけにまず一瞬固まり、それからナッツの袋をぎゅっと握りしめた。
不確定な環境で彼女が無意識にしてしまう動作だ。もうすっかり慣れた。
十二、三歳の女の子が四人。
通りすがりの何人かがこちらに視線を投げた。
ほとんどは男に向けられたもので、酔っ払ってるなという悟りが滲んでいた。
だが、声を出す者はいない。
私は目の前の状況を見極めた。たぶん商人だろう。
手には収納の腕輪、腰帯には商会連盟のバッジ。
多少、酒は入っているが、意識が混濁するほどではない。
つまり、正気で自らこうしている。
あまり良くない。
どう言い返そうかと考えていたら、チャーリーが先に口を開いた。
「お兄さん?」
彼女は極めて真面目で、極めて率直な口調でこの呼称を復唱し、それから同じく真面目で率直な口調で言った。
「うちの父さんより老けて見えますけど」
男の顔から笑みが消えかけた。
左を通り過ぎた旅人二人が笑いを堪え、歩調を速めた。
「チャーリー」
私は声をかけた。
「あれ、間違った?」
チャーリーが私のほうを向いた。表情はまったく無垢そのものだ。
「うちの父さんより老けてるから、それで……」
「間違ってないわ」
ユーナが極めて平静に言った。同時に、ナッツの袋から一粒口に放り込んだ。
男の笑みには、いくぶん気まずさが滲み始めた。彼は咳払いをひとつし、姿勢をやや正して、なんとか主導権を取り戻そうとしたらしい。
それから彼の視線が、私の上に落ちてきた。
おそらく、私が数人のなかで一番落ち着いて見えるか、話の通じそうな相手に見えたのだろう。
彼は口調を変え、三分の笑みを載せて言った。
「そちらのお嬢さん、お兄さんは悪い人じゃないんだ。ただ、ちょっと座って話でも」




