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222. 初陣の炎、そして四分の壁

 彼女は慌てて目を閉じ、息を止めた。


 だが一部の花粉はすでに鼻腔を通じて体内に入り込んでいた。


「慌てないで」


 フィオナ先生の声が横から響いた。


 まるで教科書を読み上げるかのように、冷たく落ち着いている。


「方向感覚の錯乱は一時的なものよ。その場から動かず、先に花粉を一掃して、それから攻撃に移りなさい」


 ユーナの両脚はその場に釘付けになった。


 右手はいまだ燃え続けている。


 あの焔が、花粉の霧の壁のなかで唯一の光源だった。


「炎よ……!」


 彼女が詠唱を紡ぎ始めた。


 声は花粉の霧のなかで曇っているが、魔力の流れる韻律ははっきりと伝わってくる。


 熱波が彼女の身体の周囲から四方へと広がっていく、荒々しい一撃ではない。


 持続的で、均一な熱の場。


 小さな炎の障壁のようなものだ。


 花粉は熱の場に触れると急速に蒸発し始めた。


 三秒後、紫の霧の壁が散った。


 ユーナはその場に立ち、顔には不自然な紅潮が浮かんでいた。


 視線が一瞬、虚ろに揺らいだ。


 が、すぐに再び焦点を結んだ。


「方向錯乱の感覚はまだ残ってる?」


 フィオナ先生が訊いた。


「……少しだけ」


 ユーナは頭を振った。


「でも、続けられます」


「なら、ぐずぐずしない」


 ユーナは奥歯を噛み締め、再び視線を迷心花に固定した。


 彼女は炎を凝縮し始めた。


 先ほどの花粉を追い払うための小さな火球ではない。


 もっと大きく、もっと威力を集中させた火球だ。


 橙赤色の魔力が彼女の掌のなかで回転し圧縮され、その熱で空気さえも指の周りで肉眼で分かるほどに歪んでいた。


 迷心花は脅威を察知したらしい。


 花弁が猛然と閉じ合わされた。


 白い花弁が伏せた器のように自らを包み込み、天然の盾を形作る。


 同時に、数十本の繊細な蔓が古木から弾き出され、蛇のようにユーナを狙って絡みついてきた。


「蔓の巻きつきよ」


 フィオナ先生が言った。


「力ずくで振りほどけるわ」


 ユーナは避けようとしなかった。


 というより、大火球を溜めると同時に蔓を避ける余裕はすでになかった。


 三本の蔓が彼女の左腕と腰に巻きついた。


 蔓の締めつける力は大したものではない。


 誰かに軽く引っ張られている程度で、倒されるほどではない。


 だが、集中力を散らすには十分だった。


 ユーナは低く呻き、左腕の魔力を猛然と跳ね上げた。

 炎が彼女の腕を伝って燃え広がり、絡みついた蔓を直接焼き切る。


 蔓が断裂した瞬間、焦げた植物の匂いが立ち込めた。


 だがすぐに新たな蔓が絡みついてくる。


「どういうことだ……」


 私は横で思わず小声で呟いた。


 もちろん、自分だけに聞こえるほどの声で。


 ユーナの魔力水準なら、門番代わりの魔物が相手なら、理屈の上ではこんなに苦戦するはずがない。


 だがよく考えると……彼女の火力は確かに強い。


 いや、かなり強力と言っていい。


 ただ、使い方が直線的すぎるのだ。


 毎回、正面で魔力を練り、正面から放つ。一筋に目標へ叩きつけるだけ。


 寒氷蠑螈や巨大蜘蛛のような、大火力で正面から制圧できる相手なら、この戦法でも問題はない。


 だが迷心花のように特殊なギミックを持つ敵が相手だと。


 花粉を追い払いながら、蔓を振りほどきながら、火力を花心に集中させる。


 彼女の一直線な戦法は、そこで手詰まりになってしまう。


 ただ、こういう経験は、やはり実戦で積むしかないものだ。


 フィオナ先生も明らかにそれを見抜いていたが、手を出す気はなかった。


 彼女の役割は観察者であり、保護者ではないからだ。


 ユーナは二巡目の蔓を再び断ち切った。


 今度は学習していた——蔓を切った瞬間に直接炎を腕の表面に纏わせ、新たに絡みついてきた蔓を、締めつけられる前に焼き切っていく。


「ようやく分かったか」


 フィオナ先生が淡々と一言。


 だが迷心花もただの相手ではなかった、初級のボスクラスとはいえ。


 蔓でユーナを拘束できないと分かると、戦略を変えてきた。


 固く閉じた花弁が突然、一本の隙間を開く。


 花芯から太い舌のようなものが伸びてきた。


 本物の舌ではない。


 花弁の繊維で構成された、食虫植物の「顎」に似た器官だった。


 それがユーナの手首めがけて噛みついてきた。


 速度は速くないが、角度が極めて悪質だった。


 ユーナが火球を凝縮している右手を、正確に狙い澄ましている。


「魔法の発動を邪魔する気ね」


 フィオナ先生の口調は相変わらず平静だった。


 ユーナの反応は速かった。


 反射的に右手を引き戻し、同時に身体を後ろへ仰け反らせた。


 花顎が彼女の指先から二センチ足らずの距離を掠めて、空を噛む。


 だが右手を引っ込めた代償として。


 すでに半分まで凝縮していた大火球が制御を失い、掌のなかで小さな炎の塊となって弾けて消えた。


「くっ……!」


 ユーナが眉をひそめた。


 すでに三度目の魔法の強制中断だ。


 私は彼女の背中を見ながら、心のなかでため息をついた。


 もしフィオナ先生が戦えば——土魔法一発で、花ごと古木まで根こそぎ引き抜けるだろう。


 もし私なら——光の矢で直接花弁を貫いて花心を射抜くか、あるいは暗黒の喰らい球で花ごと蔓ごと一気に喰らい尽くせたはずだ。


 だがこれはユーナの戦いだ。


 彼女自身が戦いのリズムを見つけなければならない。


 ユーナは深く息を吸った。


 そして、戦術を変えた。


 彼女はもはや、大きな火球の凝縮を試みなかった。


 あれは長すぎる詠唱と高い集中力が必要で、発動を妨害してくる相手には後手に回りすぎる。


 代わりに、小火球の連射に切り替えたのだ。


 一発の大技ではなく、途切れなく続く小火球。


 ひとつひとつは拳大ほどで、魔力消費は少なく、凝縮速度は速い。ほとんど詠唱を必要としない連射。


 シュッ——シュッ——シュッ——


 三発の小火球が二秒のあいだに次々と飛び出し、正確に迷心花の花弁を撃ち抜いた。


 花弁は灼けて黒焦げの痕がついた。


 だが迷心花はほとんど瞬間的に再生した。


 この程度の低烈度の攻撃では、相手の自己治癒力に完全に追いつかれてしまう。


「火力が足りないわね」


 フィオナ先生が評した。


「この程度の炎では表皮を焦がすだけよ。花芯を狙わないと」


「分かってます!」


 ユーナの声には苛立ちが滲んでいた。


 攻撃の頻度が加速した。


 五発、七発、十発。


 小火球が雨あられと迷心花に降り注ぎ、花弁の焦げ跡がどんどん増えていく。


 同時に、放たれる熱波によって、空気中に残る花粉も絶えず駆逐されていった。


 迷心花はさらなる蔓を放ち始めた。


 しかし今度は、ユーナはもはや蔓を振りほどこうとはしなかった。


 蔓が左腕と左脚に絡みつくのを、そのままにしたのだ。


 意識のすべてを、右手の炎だけに集中させる。


 蔓が締めつけを強める。


 ユーナの左腕に、何筋もの赤い痕が食い込んでいくのが見えた。


 だが彼女は振り返らなかった。


「今……っ!」


 彼女が低く叫んだ。


 右の手のなかの炎が猛然と膨張した。


 すべての連射で生じた周囲の残余魔力が、彼女によって再び凝縮され、右掌の上にこれまでのどの火球よりも巨大な火球が形成された。


 橙赤色の炎が内側へと圧縮され、温度が急上昇していく。


 火球の中心には、白い光すら滲み始めていた。


 迷心花は、この異次元の熱量を察知したらしい。


 開いた花弁が猛然と閉じ合わさり、すべての蔓が同時にユーナを引き倒そうと、あるいは魔法の発動を阻もうと猛烈に締め上げた。


 だがユーナの両脚は、まるで地面に釘付けにされたかのようだった。


 左腕は蔓に締めつけられて血の気が引き、身体はわずかに前傾していた。


 だが、右手の火球は……


 ついに完成した。


「いけぇっ!」


 大火球が手を離れた。


 飛翔の途中、花顎が再び花芯から弾き出され、撃ち落とそうと迎撃を試みた。


 しかし火球の温度はすでに恐ろしい水準に達していた。


 花顎は火球の縁に触れた瞬間に灰と化し、減速させることすらできなかった。


 大火球は花顎の残骸を貫き、正確に迷心花の中心を捉えた。


 淡い金色の花心は炎のなかで瞬時に干からび、焦げ、砕け散った。


 白い花弁は命の支えを失い、骨を抜き取られたかのように、一枚、また一枚と古木から剥がれ落ちていく。


 蔓がユーナの腕と脚から力なく落ち、地面のうえで数度くねったあと、完全に動かなくなった。


 迷心花は満開から枯死へ。


 その間、わずか五秒にも満たなかった。


 濃厚な焦げた植物の匂いが空気中に満ちていく。


 だがそれと同時に、これまでずっと鼻先に絡みついていたあの甘ったるい花粉の匂いも、きれいに消え去っていた。


 ユーナはその場に立ち、肩を揺らして大きく息を切らしていた。


 全身が汗まみれだった。


 雨林の蒸し暑さのせいか、それとも先ほどの激しい消耗のせいか。


 左腕に蔓で刻まれた赤い痕が、熱を持った肌の上にひときわ目立っている。


 右手の指先はまだ微かに震えていた。


 大量の魔力を一気に消費したあとの反動だ。


 フィオナ先生は歩み寄り、うつむいて地面に散らばった枯れた花弁を見下ろした。


「どれくらいかかったかしら」


 彼女が訊いた。


「……長すぎました」


 ユーナは荒い息のまま答え、その声には明らかな悔しさが滲んでいた。


「最初の火球から最後の大火球まで——だいたい四分ね」


 フィオナ先生の口調は褒めもせず貶しもせず、ただ淡々と事実を告げていた。


「成長期の使い手にしては、悪くないわ。でもより上位の敵を前にすれば、四分の猶予なんて与えてもらえない」


 ユーナは黙り込んだ。


「ただ——」


 フィオナ先生が振り返り、彼女を一瞥した。


「最後の戦術転換は悪くなかったわよ。大火球一発から連射による牽制、そして一点集中の爆発への切り替え——実戦の中で敵の仕組みに合わせて柔軟に対応できた証拠よ」


 ユーナの瞳がわずかに輝いた。


「ただ、詠唱の予備動作がまだ長すぎるわね」


 フィオナ先生は付け加えた。


「魔力の総量に問題はないわ。でも放出の効率が足りない。魔法の発動を妨害してくる敵に対しては、一撃ごとにより高い精度と、スキのない速度が必要になるわ。戻ったら特訓ね」


「……はい」


 ユーナが低い声で、けれどしっかりと返事をした。

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