220. 最終層への道、そして約束の指切り
陽射しがカーテンの隙間から滑り込み、床の上に細い金色の帯を一本描いている。
私が目を開けたとき、天井には昨夜の魔法灯の淡い暖色の痕跡がまだ残っていた。
隣のユーナはまだ眠っている。
彼女は全身を布団のなかに丸め込み、桃色の毛先だけがわずかに覗いていた。
まるで布団の中で丸まる小さな動物のようだ。
起こさないように、そっとベッドを抜け出した。
顔を洗い、身支度を済ませると、窓辺に座ってしばらくぼんやりと外を眺めた。
窓の外は温泉町の早朝だ。
別荘群の小径には、すでに何人もの係員が行き交っている。
空気にはほのかな温泉の硫黄の香りと、草木の清々しい匂いが漂っていた。
遠くの山々は朝靄のなかでぼんやりと浮かび上がり、その山腹のひとつには、昨日私たちが入ったあの白い石英柱の門の輪郭が、かすかに見えた。
流浪迷宮。
昨日の戦闘の記憶は、まだ脳裡にはっきりと刻まれている。
暗黒の喰らい球が寒氷蠑螈の後半身を呑み込んだあの光景、淡い青の体液が滲み出す場面、転送陣の輝き。
これらの映像は夢のなかでも色褪せることがなかった。
だが今日はもっと大事な用がある。
昨日、ボス層の洞穴の奥で、私たちは二筋の転送光を発見した。
赤い光のほうはすでに使った、迷宮の入り口へ戻る転送陣だ。
そして、もう一筋の白い光。
フィオナ先生はあれが最終層へ通じる転送陣だと言った。
昨日は時間の都合で、赤い光の転送陣から脱出するだけで精一杯だった。
だが白い光の転送陣の先にある領域が、ずっと胸の奥に刺さった棘のように引っかかっていた。
好奇心だけではない。
洞穴の奥で感知した魔力濃度は、下へ行けば行くほど濃くなっていた。
あの濃度は、通常のダンジョンの範疇を超えている。
むしろ……巨大な魔力の溜まり場に近い。
迷宮全体の魔力が、あの方向へと集まっているような感覚だ。
そんな場所には、何もないか、とんでもないものが眠っているかのどちらかだ。
「何、考えてるの?」
背後からユーナの声がした。
かすれていて、目覚めたばかりのあの不明瞭さがまだ残っている。
振り返ると、彼女はすでに起き上がっていた。
桃色の長髪は乱れて肩にかかり、青金色の瞳は半眼のまま。
冬眠を邪魔された猫のような姿だ。
「今日の予定を考えてたんだ」
「……どんな予定?」
「迷宮の、最終層」
ユーナは二秒ほど沈黙した。
それから、突然その瞳が輝いた。
「今日、行くの?」
「うん。フィオナ先生が昨日、白い光の転送陣は最終層の入り口だって言ってたでしょ。行ってみたいんだ」
ユーナは布団をはねのけてベッドから飛び降り、裸足のまま床を踏んで自分の服を探し始めた。
動きが速い、さっきからずっと起きていて、私が言い出すのを待っていただけではないかと疑いたくなるほどの素早さだ。
「じゃあ先に顔洗ってくる。五分待って」
彼女は着替え一式を掴んで浴室に飛び込み、もう一度ひょっこり顔を覗かせた。
「……そういえば、今回は何人で行くの?」
「三人。私と、あんたと、フィオナ先生」
「ヘイティ先生は来ないの?」
「今日は学生を連れて温泉区で水質調査の実習指導をするんだって。フィオナ先生が一人で十分だって言ってた」
「ふうん」
ユーナはパタンと扉を閉めた。
浴室からはざあざあという水音が聞こえてくる。
私は窓辺に座り、収納の腕輪からあの親指大の暗色の魔力珠を取り出した。
昨日、寒氷蠑螈の魔力の大半を喰らい尽くして圧縮された産物だ。
朝の光のなかで、それは夜空を凝固させたかのような深い墨黒色を見せている。
手のひらに載せて軽く重さを確かめてみるが、ほとんど重さを感じない。
だが内部に含まれた魔力濃度は、恐ろしいほどに高かった。
使い道はまだよく分かっていない、魔力補給品として直接吸収するのか、何かの材料とするのか、あるいはもっと特殊な用途があるのか。
だが保存できるなら、まずは保存しておこう。
得体の知れない力に手当たり次第に頼るより、慎重であるに越したことはない。
珠を腕輪にしまい、今日の装備を整え始めた。
ブリュンヒルデの槍、昨日その完全解放形態を目の当たりにしたが、威力は予想をはるかに超えていた。
ただ、狭く入り組んだ洞窟環境では、投槍系の武器は振るえる空間に限界がある。
今回は予備として留めておこう。
収納の腕輪——魔力珠、包帯、応急薬品を確認。
すべて揃っている。
簡単な点検を終えると、浴室の扉が開いた。
ユーナが出てきた。
桃色の長髪はすでにきちんと梳かされ、動きやすい濃い色のジャケットと長ズボン。
洞穴のときとほぼ同じ装備だ。
だが昨日と比べて、その表情は明らかに昂揚している。
「行こう」
彼女が言った。
迷宮の入り口へ向かう道すがら、私たちは梅の別荘の前を通った。
正確には、私がユーナにここで立ち止まるよう促した。
「なに?」
ユーナが別荘の扉を見る。
「昨日、二人と約束したから」
私は言った。
「ダンジョンに入るときは、せめてチャーリーとニーナに一言伝えるって」
ユーナの表情がほんの少し固まった。
それから彼女は、小さく頷いた。
「そうね」
チャーリーのような大雑把な人間にとって、「鍵をかける」という概念はそもそも日常の辞書に存在しない。
私は微かに開いていた扉を押して、居間へと足を踏み入れた。
チャーリーは卓の前に座って朝食を摂っていた。
トーストにバターを厚く塗りたくった、一口噛めば破片がぼろぼろこぼれる、あのタイプのパンだ。
口元にはパン屑がついていて、手元には湯気の立つ牛乳のカップが置いてある。
ニーナは向かい側に座り、両手に本を抱えて静かに読書していた。
青い長髪が肩の脇に垂れ、表情は集中していて穏やかだ。
よく見なければ気づかないだろうが、ページをめくる速度は実に速い。
この本はもう何度も読み返している証拠だ。
「おはよう」
私が声をかけた。
チャーリーは顔を上げた。
口にはまだパンが入っている。
私とユーナの姿を認めた瞬間、彼女の視線が私とユーナの全身をざっと走査した。
何かおかしなものを持っていないか確認するように。
そして口のなかのパンをゴクンと飲み込んだ。
「……また行くの?」
「うん」
私は否定しなかった。
「今日は最終層まで行ってみようと思ってるんだ」
「最終層……」
チャーリーはその言葉を繰り返し、手に残った半分のパンを見下ろした。
三秒ほどの沈黙。
「今回は、ヘイティ先生はいないの?」
ニーナがページを一枚めくりながら、顔も上げずに訊いた。
「いないよ。ヘイティ先生は今日、実習の授業があるから。フィオナ先生が連れて行ってくれる」
「危ないの?」
この問いはチャーリーからだった。
声は普段よりいくぶん低く、いつもの気の抜けた口調ではなく、真剣で慎重な調子が滲んでいた。
私は言葉を選んだ。
「なんとも言えない。最終層の魔力濃度は昨日私たちが戦った区域よりさらに高いんだ。理屈から言えば……寒氷蠑螈より強い奴がいる可能性もある」
「寒氷蠑螈より強いの!?」
チャーリーの手からパンが落ちそうになった。
「そんなところに行くの!?」
「だからこそ、先に伝えに来たんだ」
私は言った。
「前回、何も言わずに消えたのは私の落ち度だった。今回は、もう心配をかけたくないからね」
チャーリーは私を見つめた。
大きな瞳のなかで、いくつもの感情が交錯している。
心配、悔しさ、そして私だって本当は行きたいけれど自分が足手まといになるだけだと分かっている、あのやるせなさ。
感情を消化するのに、彼女は五秒ほどかかった。
そして残りのパンを口のなかに一気に押し込み、勢いよく何度か咀嚼し、手のパンくずをパンパンとはたいた。
「きついなあ……」
彼女がぼそりと言った。
「……じゃあ、あんた。」
「でも、次こそ絶対だからね!」
チャーリーが突然、指を一本立てた。
表情はこの上なく真剣だ。
「次! 私が強くなったら! 絶対に連れて行きなさいよ!」
「いいよ」
私は思わず笑ってしまった。
「次こそ、絶対ね」
「本当?」
「本当」
チャーリーは数秒間私をじっと見つめ、私が適当に流しているかどうかを見極めようとした。
そして満足げに頷いた。
「それならいいわ。指切り!」
彼女が小指を差し出した。
私は小指を差し出し、彼女の小指と絡めた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます!」
チャーリーが一音一音しっかりと言い終え、指を離した。
横で、ニーナが静かに本を閉じた。
立ち上がり、私の前に歩いてくる。
青い長髪が動きに合わせて軽く揺れ、淡い青の瞳が私をまっすぐに見つめている。
彼女の背丈は私より少し低いが、その眼差しには、真剣に向き合わざるを得ない重みがあった。
「ケイシー」
「うん?」
「……気をつけてね」
声はとても軽く、喉の奥から絞り出されたかのようだった。
だが、一語一語がはっきりしている。
「うん、気をつけるよ」
彼女は私を一目見て小さく頷くと、うつむいて自分の席に座り直し、再び本を開いた。
ユーナは私の背後に立ち、このすべてを静かに見届けていた。
梅の別荘を出ると、秋の朝風が真正面から吹きつけてきた。
「変わったね」
ユーナが突然言った。
「え?」
「前のあんたなら、自分から人に事情を話したりしなかったでしょ」
その視線は前方の山道に向けられている。
「特に、こういう『事前に説明する』なんてさ」
「……お仕置きされたからね」
私は言った。
「ふふ、そうね。チャーリーのくすぐり攻撃の効果は絶大だったみたい」
「…………」
反論しようと思ったが、少し考えてみると、どうやらその通りのようだった。
チャーリーやニーナとの絆が深まり、パーティ全体の雰囲気が温かくなったとても良い繋ぎのシーンですね!
最終層への突入と物語のさらなる進展に向けて、何か続きの執筆や調整したい点などはございますか?




