21. 団体戦の凱旋
団体戦が始まった。
俺とユーナは「初心者の補助」という立ち位置に収まることにした。先ほどまでデーモンに叩き込んでいた攻撃魔法は全部しまい込んで、基礎的な魔法での援護に徹する。
相手は人間だ。デーモンと同じ扱いをしたら一瞬で終わってしまう。それはちょっとまずい。
試合は順調に進んだ。
相手チームのほとんどは、連携が噛み合っていなかったり、魔法の精度がまだ低かったりと、弱点を露わにしていた。カールハインツがチャーリーとニーナのコンビの援護を受けながら、次々と相手を倒していく。
俺とユーナはその間、攻撃魔法以外のすべてを担当した——防御壁の展開、体力補助、視野確保、魔力補填。攻撃はあえて出さない。ここで俺たちが本気を出したら、カールハインツたち三人の実戦経験を奪うことになる。
「それにしても、個人四位って伊達じゃないよな」
俺は台上でだんだん消耗していくカールハインツを見ながら、密かに考えた。
(もし今年俺たちがいなかったら、彼はこの学院でトップになっていたかもしれない)
準決勝でユーナに滅多打ちにされて、最後の三位決定戦では力尽きて倒れた。あれで四位なのだから、地力は本物だ。
「そうですか? 私はそんなに強そうには見えませんでしたが」
ユーナがきょとんと首を傾げる。
「……それ、自分が最初からフルボッコにしたから、実力を見せる機会がなかっただけだよ」
俺は苦笑いを浮かべた。
そしてついに、十六強の一戦でカールハインツが相手の最後の一人に倒された。その相手もすぐに力尽きて膝をついたので、試合はこちらの勝利だったが——前衛を失ったのは事実だ。
「これからの三戦は、四人で戦うことになる」
俺は台から退場するカールハインツを眺めながら、小さく息を吐いた。
(俺とユーナが抑えている分、チャーリーとニーナへの圧が増えてきてる)
ユーナも頷く。「前衛がいなくなりましたね。これから矢面に立つのは私たちになります」
その読みは正しかった。
個人戦一位を取ったユーナが目立ちすぎたせいか、次の試合では開幕から相手の全火力がユーナへと集中した。
が、ユーナはただ一枚の障壁を展開しただけで、それらをすべて受け止めた。
何度撃っても、何属性で撃っても、貫けない。
「……これ、削れなくない?」
相手チームの誰かがそう言ったのが聞こえた。
しばらくして、彼らは作戦を変えた。一番強いユーナは後回しにして、まず残りの三人を倒す——その判断自体は悪くない。
そして彼らが最初に狙ったのは、個人戦で途中失踪して順位なしの、一見最弱そうな俺だった。
(柿子は柔らかいのを選ぶ、というやつか。でも、凍った柿子を選んでいるとは思わなかったよね)
第一試合の「五秒でアウト」は、多くの学生に「相手が自分で降参した」と思われていたらしい。魔法を放った瞬間に終わっていたから、何が起きたか見えなかったのだ。
「自業自得、ですね」
ユーナが横でくすくすと笑った。
相手の攻撃が俺の障壁に命中した瞬間——痛みの声を上げたのは俺ではなく、魔法を放った彼ら自身だった。
俺の障壁には茨属性が付与してある。触れたものへ反射ダメージを返す仕様だ。
彼らは自分たちの魔法で自分たちを傷つけ続け、最終的に重傷を負って担架で運ばれていった。
(申し訳ないとは少し思う。でもこれが戦術だから)
台上が静まり返った。
最終結果を言うまでもなく、俺たちのチームが優勝した。
その後の試合も同じだった。相手は毎回、「まずユーナを叩く」か「個人戦で消えた謎のケイシーを最初に倒す」かのどちらかを選んできた。そしてどちらを選んでも、どこかで詰んだ。
おかげでチャーリーとニーナはほぼ毎回、残った相手を気持ちよく仕留める役に回ることができた。
「トドメ係、楽しかった!」
チャーリーが満面の笑みで言った。ニーナも珍しく少しだけ口元が緩んでいた。
俺たちのチームは最終的に、学院から十枚の金貨を受け取った。
一人につき二枚ずつ。均等分配。
「やった、金貨二枚! 何か買える! いっぱい買える!」
チャーリーが手のひらの上で金貨を弾ませながら大喜びする。
ニーナも静かに「ありがとう、ケイシー、ユーナ」と微笑んだ。
こうして、新生魔法決闘戦は幕を閉じた。
下校時間になり、学生たちが学院を後にし始めた頃——
俺とユーナは路地裏の曲がり角を利用して、着替えをすませた。それから変装魔法を解除し、再び学院の中へと戻った。
「今朝の旧校舎の状態を確認しておきたい」俺はユーナに小声で言った。「ジャックは父上に帰順したとはいえ、ハーランド帝国のスパイ組織から逃げてきた人間だ。百パーセントは信用できない」
(もし母上をうまく言いくるめて現場に何か仕込んでいたら——同僚への連絡先だとか、情報の断片だとか——俺たちはそれに気づけない)
ユーナは静かに頷いた。「念のため、ですね」
旧校舎に着いた俺たちは——思わず絶句した。
床も、壁も、完璧に清掃されていた。
さっきまで魔物の肉片が飛び散っていた床は、まるで何事もなかったかのように磨き上げられている。デーモンとの戦闘で壊れた板張りも、周囲の木目に近い新しい板に取り換えられていた。
ハッキリ言って、俺の想定を超えていた。
念のため魔力で空間を探っても、マーキングの痕跡は一切検出されなかった。
「……処理が上手すぎる」
俺は正直な感想を口にした。
ユーナも頷く。「さすがは本職のスパイですね。専門の検査器具でもなければ、ここで何があったかを知ることは不可能でしょう」
「そうだな。それはそれとして、油断はしない」
小心者を笑うなかれ。慎重こそが俺の生存戦略だ。
特に異常がないことを確認した俺たちは、学院を離れ、自分たちの家へと帰った。
しかしその時、俺たちは気づいていなかった。
二つの人影が、俺たちの一部始終を見ていたことに。
青い長髪の少女と、黒い短髪の少女。
「え、ちょっと待って。ケイシーの髪、黒じゃなかった?」青い長髪の少女が目を丸くした。「さっきまで白っぽい色だったんだけど……」
黒髪の少女もこくりと頷く。「……確かに、おかしい」
翌日。授業中。
チャーリーとニーナが俺を、校内の人気のない隅へと連れ出した。
「……えーと、これはいじめ? ちょっと怖いんだけど」俺はおどけた顔を作りながら、心の中ではじっとりと冷や汗をかいていた。
「ケイシー。あなたは一体、何者なの?」
チャーリーが珍しく、真剣な目をしていた。
「……え? ケイシーはケイシーだよ?」
「ごまかさないで。昨日の夜、私たち見てたんだよ。あなたの髪が黒から白に変わるの」チャーリーは一歩踏み出した。「ちゃんと説明して」
俺は困ったように笑ってみせた。
「人違いじゃないかな。昨日は私、すぐ帰ったよ」
「個人戦で途中でどこか行って、失格になったのはどうして?」ニーナが静かに続けた。「その時、何してたの」
「対、対ね! おっかしいよね~!? どんどん怪しくなってくる!」
チャーリーが指をバシバシ鳴らして畳み掛けてくる。
(……これは困った。どうする)
俺は少しだけ考えて、決めた。
賭けに出るしかない。
この世界には一つの仕組みがある——天に向かって誓いを立て、その言葉の中に嘘が一言でも混じっていれば、天雷が落ちる、という話だ。多くの人は「ただの伝説だろう」と笑うが、信じている人間も少なくない。
今の俺には、これしかない。
「じゃあ証明する。天神の御名において誓うよ——私が言うことはすべて真実だ!」
俺は大声で宣言した。
直後——
頭上に、黒雲が湧いた。
面積にして畳三枚分はある、真っ黒な厚い雲の塊が、あっという間に俺の真上に集結する。ビリビリと空気が痺れた。本物だ、伝説じゃなかった。
(あれ、割と本気で落ちてくる……!?)
俺は即座に、体内の魔力を右手の人差し指一本に全集中させた。
「うるさい。黙れ」
細い光柱が、指先から一直線に空へと突き抜けた。
黒雲は光柱に触れた瞬間、轟音とともに爆散した。爆発の余熱で周囲の気温が一瞬だけ二度ほど上昇し——すぐに秋晴れの空へと戻った。
チャーリーとニーナは呆然と空を見上げていた。
「……雷、来なかったね」ニーナが呟いた。
(いや来てた。来てたけど俺が潰した)
もちろん、そんなことは口が裂けても言わない。
魔力を動かした動作は一瞬だったし、魔法を感知できない学徒レベルの二人には、俺が何かしたことすら気づいていないはずだ。
チャーリーはしばらく唸っていたが、最終的に「……まあ、いっか」とため息をついた。
「なんか証明できたし、ケイシーが嘘つきじゃないのはわかった。でも引き続き注目しとく!」
「ご自由に」俺は微笑んだ。心の中では天に向かって拳を振り上げた。
そんなひと悶着を経て、俺たちは昨日の優勝祝いとして、四人で外食へ出かけることになった。
カールハインツ? ……行方不明。
まあいいか。
チャーリーとニーナの家にそれぞれ挨拶に行ってから向かうことになり、まずはチャーリーの家へ。
扉を開けた先には、チャーリーと同じ黒い髪の両親が待っていた。
第一印象——明るい。というか、暑苦しいくらい明るい。
「娘がいつもお世話になってまーす! どうぞうちで夕飯食べてってください! 遠慮しないで!」
「い、いえ、今日は別のお店に……」
「遠慮しないでって言ってるじゃないですか! え、もしかしてうちの料理が嫌い?」
「そういうわけでは……!」
チャーリーの天然は、ちゃんと家庭環境から来ていたのだと俺は確信した。なんとか断り切り、脱出する。
次いで、ニーナの家へ。
こちらは打って変わって、静かだった。
ニーナが扉の前に立ち、中の両親に向かって、ほんの数回、手のひらと指先で何かのジェスチャーをした。
両親はそれを見るや、無言でこくこくと頷いた。
「……出発していいって、言ってもらいました」
ニーナがふり返って教えてくれた。
「え、今の何?」俺はきょとんとした。
「家族の中では、なんとなくで通じちゃうんですよ」ニーナが答えた。
「なんとなくで……」
俺はユーナと目を合わせた。ユーナが小さく口角を上げる。
「眼力での意思疎通、かもしれませんね」
「それにしてもニーナの両親、お互いあんな感じで、よく夫婦がやっていけてるよな……」
俺は小声で呟いた。
「……それって、逆に相性ぴったりってことでは?」ユーナが言う。
確かに。
俺たちは笑いながら、夕日の中へと歩き出した。




