189. 内戦の報せ、そして秋の休日
「な、なにをするつもりだ!」
ランカスターが恐怖に声を裏返らせて叫んだ。
ランカスターはこの突然の出来事に明らかに呆然とし、視線を正面に座るハインツに向けた。
ハインツは相変わらず席に端然と座り、手にした杯のなかで赤ワインをゆるゆると回している。
その表情には何の変化もなかった。
まるで目の前で起きていることのすべてが、あらかじめ彼の予想の範疇にあるかのように。
「グリーン公爵、これはどういうことだ?」
ランカスターの声は震えていた。
その問いには、皇帝の威光でハインツを怯ませようとする意図が滲んでいた。
だが彼はすぐに思い知った。すべては無駄だった。
ハインツの目には一片の動揺もない。
まるで死人を見るような目だった。
ハインツはゆっくりと立ち上がり、ランカスターの前へと歩み寄った。
彼は見下ろすようにして、この肥え太った公爵を見つめた。
その目に一瞬、憐れみの色が走り——だがそれ以上に、冷酷さが勝っていた。
「シヴァ公爵、お前は知っているか」
ハインツの声はごく軽かったが、天幕の隅々まで、はっきりと響き渡った。
「エイドリアンは、すでにグリーン公爵領の外に十万の軍を集結させている」
「あの重騎兵どもは、ライリーダシアを相手にするためじゃない。俺を潰すためだ」
ランカスターの顔色が、一瞬で真っ青に変わった。
彼はもちろんこのことを知っていた。
それどころか、これはエイドリアンが彼に伝えていた「予備計画」そのものだった。
だがハインツがすでにそのことをつかんでいるとは、思いもよらなかった。
「お、お誤解です……陛下はただ、万一に備えて……」
ランカスターは吃りながら言った。
「万一に備えて?」
ハインツは冷ややかに笑った。
「ランカスター、俺を阿呆だと思っているのか」
「エイドリアンは俺の手でエリクソン領を弱らせたあと、俺自身を始末するつもりだ」
「精度お前は、そのために俺を監視する目付け役としてここに送り込まれた」
「ち、違います……そうじゃ……」
ランカスターは必死に首を振った。
額からは冷や汗がにじみ出ている。
ハインツはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、じっと彼を見つめた。
天幕のなかは死んだような静寂に包まれ、ただランプの燃えるぱちぱちという音だけが響いた。
しかし、ランカスターはハインツの返事を待つこともできなかった。
ハインツの言葉を待つこともなく、兵士の手によってその首はすでに刎ねられていた。
剣光が一閃し、鮮血が噴き出した。
ランカスターの首が絨毯のうえに転がり落ちる。
目はまだ大きく見開かれたままだった。
自分がこんな死に方をするとは、死の瞬間まで信じられなかったのだろう。
彼の胴体は数度痙攣してから、完全に沈黙した。
鮮血が高価なペルシャ絨毯を赤く染め上げ、空気には濃厚な血の臭いが満ちた。
「そうだ、俺はまさに、反逆するのだ」
ハインツは無表情で、絨毯のうえに転がったシヴァ公爵の首を見下ろしながら言った。
その声は平静だった。
まるで、ありふれた事実を陳述するかのように。
だが、その一言の重みは、ハーランド帝国全土を揺るがすに十分だった。
ハインツは踵を返して席に戻り、杯を手に取り、なかに残った赤ワインを一息に飲み干した。
酒が喉を灼き、空気に満ちる血の臭と混ざり合って、奇妙な刺激を舌の上に残す。
「布告せよ。シヴァ公爵は、急病により逝去した。彼の軍は、このときより私が接収する」
ハインツの声は低く、重かった。
「加えて、南方の諸侯に通達せよ。グリーン公爵ハインツ・フォン・ハーランドは、ここに正式に挙兵し、暴君エイドリアンを討つ」
「はっ!」
天幕の外の衛兵たちが声を揃えて応じた。
ハインツは天幕の入り口へと歩み寄り、夜空に瞬く星々を見上げた。
明日、陽が昇るとき、ハーランド帝国はかつてない内戦の幕を開けるだろう。
そして彼こそが、その嵐の中心となる。
かくして、ハーランド帝国の内戦が、ついに勃発した。
報せはまるで翼でも生えたかのように、数日のうちにハーランド帝国全土へと広がった。
グリーン公爵ハインツの反乱、シヴァ公爵ランカスターの「病死」、南方諸侯の相次ぐ呼応……
その一つひとつが巨大な爆弾のように、帝国各地に激震を走らせた。
だが、遥か彼方のエリクソン公爵領において、これらはまだ、紙の上の文字に過ぎなかった。
【エリクソン公爵領】
「なんだか、ほとんど学院に行ってなかった気がする」
季節は秋に移っていた。
多くの学生が実家の麦の刈り入れを手伝う必要があったため、学院は秋季休暇に入っていた。
アムニット学院の構内には、黄金色の落ち葉が石畳の小道を埋め尽くし、踏むたびにかさかさと音を立てる。
秋風がほんの少しの冷たさを帯びて、私の白金色の長い髪をそっと撫でていった。
私は学院の門の前に立ち、目の前に広がる見慣れた光景を眺めながら、胸のなかに奇妙な感慨が込み上げるのを感じていた。
たしかに、今年の初めから今まで、私が実際に学院の授業に出た日数など、指で数えられるほどだ。
反抗的な地方貴族の一掃、地球への帰還、ブレン要塞の戦争、その他さまざまな突発事態……
学生としては、まったくもって不真面目の極みだった。
「そうね。ずっとあちこち走り回ってた気がする」
ユーナが私の隣に立ち、ピンクの長い髪を秋風にそよがせていた。
ベージュのコートを羽織った彼女は、見るからに暖かそうで、そして愛らしかった。
私とユーナは、この休暇を利用して公爵邸へと帰ることにした。
馬車は広やかな道をゆっくりと進み、窓の外の景色は都会の喧騒から、しだいに田園の静けさへと移り変わっていく。
黄金色の麦畑が見渡す限りに広がり、農民たちが忙しく刈り取りに精を出していた。
汗が彼らの衣をぐっしょりと濡らしていたが、顔には豊作の喜びが満ち溢れていた。
私は車窓に凭れかかり、そのすべてを眺めていた。
前世の地球人としての記憶が、ときおり脳裏に浮かび上がる。
あの高層ビル群、車や人が絶え間なく行き交う光景は、目の前の田園風景と鮮やかな対照をなしていた。
ときどき私は思う。
前世の暮らしも、これくらい素朴で穏やかなものだったら、どれほどよかっただろう、と。
「何を考えてるの?」
ユーナが私の手を握り、優しく尋ねた。
「何でもない。ただ……今年は本当にたくさんのことがあったなって」
私はそっと言った。
ユーナは何も言わせず、ただ私の手を、もっと強く握り締めた。
二人はそうして、ただ静かに座り、このあまりに貴重な、穏やかなひとときを味わっていた。
フィオナ先生がヘイティ先生と再会してからというもの、彼女はいまや公爵邸に常駐するようになっていた。
公爵邸の正門がゆっくりと開き、馬車が中庭へと滑り込む。
私が馬車を降りると、まず目に入ったのは、門の前に立って出迎えるフィオナ先生とヘイティ先生の姿だった。
二人の恩師が並び立つ姿は、一方は大人びて有能、もう一方は優しく理知的で、不思議と絵になっていた。
「おかえりなさいませ、クローディア様、ユーナ」
ヘイティ先生が微笑みながら言った。
「やあ、小さな英雄のお帰りね」
フィオナ先生は眉をぴくりと上げ、その口調にはからかいの色が滲んでいた。
私は少し照れ臭そうに笑った。
フィオナ先生に正体を見破られてからというもの、私たちの関係は、むしろずっと親密なものになっていた。
先生はもはや私を普通の学生としては扱わず、対等な友人のように接している。
そんなわけで、今の私の魔法理論と魔導器製作の授業は、二人の先生が交代で受け持っている。
公爵邸の書斎で、私は机に向かい、目の前には分厚い魔法理論の書物が置かれている。
フィオナ先生は傍らに立ち、魔力の伝導効率を最適化する手法について解説していた。
「魔導陣の設計で鍵になるのは、エネルギーの流れよ」
フィオナ先生は指でページをなぞった。
「ここを見て。この結節点をほんの少し調整するだけで、全体の効率が少なくとも十五パーセントは上がるわ」
私は真剣に耳を傾け、ときおり頷いた。
フィオナ先生の教え方はヘイティ先生とはまったく異なり、実用性と効率をより重視し、一つひとつの知識がすべて核心を突いている。
「はい、今日の理論の授業はここまで」
フィオナ先生は本を閉じた。
「明日はヘイティの実技の授業よ。遅れないようにね」
「はい、フィオナ先生」
私は恭しく応じた。
エドアルド教授の行方については、母がすでに自らの実家であるクリスト家に捜索を依頼していた。
今のところ、まだ何の報せも戻ってきてはいない。
だが、まさに今日——ハーランド帝内部からの情報が公爵邸へと届いた。
私がそれを見たとき、思わず驚愕の表情を浮かべてしまった。
それは緊急の軍事情報で、父アルフレッドが自ら私に手渡したものだった。
報告の内容に、私は目を丸くし、自分が見ているものが信じられなかった。
「ハーランド帝国で、内戦が始まった……?」
私は伝えられた報せを見て、呆然と呟いた。
報告にははっきりとこう記されていた。
皇帝の実弟、グリーン公爵が南方の諸侯とともに、皇帝エイドリアンの支配に反旗を翻したと。
私の手はかすかに震えていた。
ハインツ——あのブレン要塞で自分と矛を交えた賢者級の強者が、反乱を起こした?
あまりに突然すぎて、簡単には受け入れられなかった。
「父様、これは本当ですか」
私は顔を上げ、アルフレッドを見つめた。
アルフレッドは頷いた。その表情は重かった。
「間違いない。ハインツはシヴァ公爵ランカスターを殺し、その軍を呑み込んで、今まさに皇都へと進軍している」
「シヴァ公爵が……殺された……」
私は思わず息を呑んだ。
ランカスター——あのブレン要塞で、ハインツと肩を並べて戦ったあの公爵が、こんなにも簡単に殺されたのか。
「それだけじゃないわ。我が公爵領へ流れ込む流民も、しだいに増えてきているの」
ユーナが傍らから補足した。
たしかに、内戦の勃発に伴い、ハーランド帝国各地が動揺していた。
北方の貴族たちは皇帝エイドリアンを支持し、南方の貴族たちはハインツに付く。
双方は剣を抜き身にして睨み合い、戦火はまさに一触即発だった。
切して罪のない平民たちは、ただ家を捨てて逃げ出し、安全な避難所を求めるしかなかった。
エリクソン公爵領は、帝国のなかでただ一つ中立を保つ一大勢力として、当然ながら流民たちにとって真っ先に目指すべき目的地となった。
そのあと、私は流民の受け入れに関連するいくつかの業務を片付け、ユーナに肩を支えられて執務室をあとにした。
私はこめかみを揉んだ。
ずっしりとした疲労が全身にのしかかる。
流民の受け入れは、私の想像をはるかに超えて複雑だった。
食料、住居、医療……あらゆる工程を細心に手配しなければならない。
農場のほうも拡張に力を尽くしてはいたが、絶え間なく流入する流民の前に、どこか焼け石に水の感は否めなかった。
「お疲れさま」
ユーナが私を支えながら、そっと言った。
「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
私はどうにか笑みを作った。
二人は廊下をゆっくりと歩いた。
公爵邸の廊下は広く明るく、壁には代々の公爵の肖像画が掛けられ、その一枚一枚が、我が一族の歴史と栄光を刻みつけている。
窓から陽の光が差し込み、床に斑の影を落としていた。
さあ、これから自室に戻って、私の最も好きな活動——昼寝をしよう。
「やっぱり仕事なんてしたくないな〜」
私はユーナに抱きつきながら言った。
廊下にはときおりメイドたちが通りかかり、手には掃除道具を抱えて、せわしなく立ち働いている。
私とユーナを見かけると、みな恭しく会釈をしてから、手の作業に戻った。
私はユーナを抱きしめ、顔を彼女の肩に埋めた。
ユーナの身体はふわりと柔らかく、どこか懐かしい、清楚な花の香りが漂っている。
心の底から、安らいだ。
それと同時に、私は自分の頭でユーナの柔らかい頬を、ぐいぐいと自分の頬を擦りつけていた。
彼女の頬は柔らかく、温かく、擦りつけるととても気持ちがいい。
私はまるで子猫のように、ユーナの顔に自分の頬をこすりつけ、そのきめ細やかな感触をたっぷりと味わっていた。
「クローディア、やめて。あんたの耳、当たるとチクチクするんだからね」
ユーナはぐいっと私の長い精霊の耳を摘まみ上げ、無理やり私の顔を引き離して言った。
耳は私の敏感な場所だった。
ユーナにこうして摘まれると、たちまちぞくりとした痺れが全身を走る。
私は仕方なさそうに自分の耳を揉んだ。
尖った耳が、宙空でパタパタと切なげに震えている。
「そんなあ……」
私は思い切り不満げな顔で、手で耳を揉みほぐしながら言った。
「それに、ここは人目が多いんだから。こんなことされると、恥ずかしい」
ユーナは真っ赤になった頬を見せて言った。
たしかに、廊下のなかではメイドたちがそれぞれ自分の仕事に没頭していたが、誰かがこちらの様子に気づかないとも限らなかった。
ユーナの顔は熟した林檎のように赤くなり、うつむいたまま周囲を見ようともしなかった。
私はぐるりと周りを見回した。
廊下にはたしかにメイドたちが行き来していたが、彼女たちは明らかに掃除やガラス磨き、陶器の手入れに忙しく、私たち二人に注意を向けている者はいなかった。
「大丈夫、みんな気にしてないよ。だから、もうちょっとだけ」
そう言うと、私は再び自分の顔をユーナの頬に寄せ、そのまま擦り続けた。
ユーナはまるで観念したかのように、もう抵抗するのをやめた。
されるがままに私が彼女の頬に顔を擦りつけるのを許している。
彼女は微かに溜息を吐いた。
それがまるで最後の抵抗のように思えた。
私は満ち足りた気持ちで、ユーナの頬を擦り続けた。
あたたかな、やわらかな感触。
この瞬間、すべての悩みも疲れも、遠くへと放り出されていた。
戦争の影も、流民たちの重圧も、未来への不安も。
何もかもが、もはやどうでもよくなっていた。
ユーナだけが——この傍らに寄り添い、前世も今生も分かち合ってくれる、この人だけが。
私にとって、何よりも大切な存在だった。
「ユーナ」
私はそっと名前を呼んだ。
「ん?」
「ありがとう」
ユーナは一瞬きょとんとして、それからそっと笑った。
彼女は何も言わなかった。
ただ、私の手を、今までよりもっと強く握り返した。




