186. フィオナの知る真実
私は眉をひそめ、手を挙げて教師に質問しようとした、そのときだった。
ニーナが不意に、席から立ち上がった。
「先生、この魔導器の文様に問題があります」
ニーナの声は澄んでいて、はっきりとしていた。
教室が、ざわりと私語に包まれた。
「え? 問題があるのかよ、全然気づかなかったけど」
そのとき、前列に座っていた男子学生が振り返り、顔にはあからさまな軽蔑を浮かべていた。
彼の名はカルロス。
クラスのなかで自らを「魔導器名人」と称し、常に人より一段上から、他人の作品に講釈を垂れることを好む男だ。
「金属性の魔法適性すら持ってないくせに、よくもまあ魔導器の問題に気づいたなんて言えるな」
カルロスの言葉はあからさまな嘲りに満ちていた。
あのやや青白い顔には得意げな笑みが張り付き、まるでニーナが恥をかく場面をすでに見通しているかのようだった。
だが、フィオナの目に一瞬の驚きが光った。
彼女はあの厭味な学生を一切無視し、ニーナのほうへと顔を向けた。
その目には、探るような色が浮かんでいる。
「ニーナ、どんな問題が見つかったの?」
ニーナは深く息を吸い込み、鉄板の文様を指さして言った。
「先生のこの火球術の魔導器は、核になる陣の中心部の文様が、何筋か欠けています」
「このままでは火球術の魔導器が火球術を発動できず、文様のなかに魔力が過剰に滞留して、爆発を起こす可能性があります」
ニーナが言い終えると、フィオナの顔に喜びの色が浮かんだ。
それは原石を見つけたときのような歓びだった。
彼女の口元はかすかに上がり、目には称賛の光がきらめいている。
「ニーナがこれほど魔導器に詳しかったとはね」
フィオナの声には偽りのない感嘆が滲んでいた。
「実はこれらは、わざと欠陥のある魔導器を用意して、みなさんの魔導器への習熟度を試したものなのです」
教室はどよめきに包まれた。
先ほどまでニーナを嘲笑っていた学生たちは、互いに顔を見合わせ、カルロスの顔色は一瞬にして真っ赤に染まった。
まるで衆目の前で平手打ちを食らったかのようだった。
私は首をめぐらせて、あの自ら魔導器名人を任じる男子学生を見た。
彼は今、深くうつむき、両手で鉄板をぎゅっと握り締め、指の節は力のあまり白く浮き出ている。
あの得意げだった顔には今、恥辱と羞恥がべったりと張り付いていた。
「ぷっ」
ユーナが不意に小さく吹き出した。
「ユーナ、何がおかしいの?」
私は小声で尋ねた。
ユーナは身を寄せ、声を潜めた。
「ケイシー、覚えてる? 高校のとき、自分は美術の天才だって吹聴して、あちこちで人に指図ばかりして、最後に提出した絵を先生に『何を描いたのかすら分からない』って言われた、あの子のこと」
彼女にそう言われて、私も思わず笑みが零れた。
あの場面は今もありありと思い出せる。
あの天狗になっていた美術部員が、クラスの面前で完膚なきまでに叩きのめされたときの表情が、今のカルロスとまったく同じだった。
私たちの笑い声はさほど大きくはなかったが、この静かな教室のなかではことさら目立った。
フィオナの視線がこちらを掃いた。
彼女の目にはいくぶん呆れの色があったが、それ以上に「やっぱりそう来たか」という了解にも似た色のほうが、ずっと濃かった。
「お二人さん、あとで私の部屋に来るように」
フィオナは私たちの傍らまで歩いてきて、声を潜めて言った。
「え?」
私とユーナはぎょっとした。
顔の笑みが、一瞬で凍りついた。
その後の授業は、微妙な空気のまま続けられた。
フィオナは魔導陣の文様の描画原理と、よくある誤りの類型について詳しく解説した。
だが、私とユーナの意識はすでに授業の外にあった。
私たちはときおり不安げな視線を交わし合い、フィオナがなぜ私たちを部屋に呼ぶのか、その理由をあれこれと推測し続けた。
ほどなく、授業が終わった。
級友たちが次々と実習室をあとにし、教室にはまもなく、私とユーナだけが残された。
私たちはまるで何か悪さをして捕まった子どものように、うつむいてフィオナの後ろに従った。
廊下の窓から陽の光が差し込み、床のうえに斑の影を落としている。
「先生、私たち、本当にわざと笑ったわけじゃなくて……」
私は説明しようとした。
フィオナは振り返らず、淡々と言った。
「部屋に着いてからにしましょう」
彼女の声は平静で、その感情を読み取れなかったが、それがかえって私たちをますます不安にさせた。
授業中に、先生から放課後に部屋へ来るよう言われるなど、ろくなことになるはずがない。
フィオナの部屋は教師棟の最上階にあり、独立した一室だった。
廊下の壁には代々の優秀な卒業生の肖像画が掛けられ、どの面差しも自信と誇りに満ちている。
私とユーナの足音が、がらんとした廊下のなかをこだました。
まるで何か不吉な前触れのように。
部屋の前に着くと、フィオナはスカートのサイドポケットから一本の鉄の鍵を取り出した。
鍵が手のなかで回り、澄んだ金属の打ち合う音が響く。
錠前が「カチリ」と解かれた。
「入って」
フィオナは手で招く仕草を作り、私たちを先に通した。
私たちは借りてきた猫のようにおとなしく部屋へ入った。
いまさら否など言えるはずがない。
フィオナの部屋はゆったりとして明るく、一面の壁いっぱいに広がる大きな窓が学院の庭園に面していた。
窓の外の景色は、たしかに学院のなかでも随一のものだった。
刈り込まれた芝生、咲き乱れる色とりどりの花々、遠くにうっすらと浮かぶ山並みが、一幅の静かで美しい絵を織り成している。
学院長の部屋でさえ、フィオナのこの眺めには敵わないだろう。
室内の調度は簡素で、趣味がいい。
壁際の本棚にはさまざまな魔法書や巻物がぎっしりと並び、背表紙に押された金箔の題名が陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
部屋の中央には幅広のオークの執務机が一脚、机のうえには羽根ペン、墨壺、精度高く並べられた課題の束が整然と置かれていた。
私たちが部屋へ入ると、フィオナは扉を閉めた。
彼女は振り返り、両手で宙空にいくつかの複雑な符文を描いた。
淡い青色の光が彼女の指先から溢れ出し、瞬く間に四方の壁へと拡散して、半透明の遮音障壁を形作った。
「ケイシーさん、それとも……」
フィオナは振り向き、いたって平静な顔で私たちを見つめた。
「クローディアさん、座って。そんなにかしこまらなくていいから」
私の心臓が、一拍、飛んだ。
「先生、何をおっしゃっているんですか……私がクローディアだなんて」
私は最後の足掻きを試みたが、声は自分でも分かるほど、かすかに震えていた。
フィオナは緊張しきった私の顔を見て、笑った。
その笑みには嘲りはなく、ただ「もう芝居はいいわ」と言わんばかりの了解だけがあった。
「もしあのとき私がブレンの関へ徴集されていなかったら、あなたの正体は一生知らずに終わったかもしれないわね」
フィオナは笑いながら言った。
その口調は今日の天気の話でもしているかのように軽やかだった。
「え?」
私は怪訝そうに彼女を見つめた。
「頼むから、私はこれでもハーランド魔法高等学院の卒業生よ」
フィオナは窓辺に歩み寄り、私たちに背を向けた。
「あなたの魔力の波動は、ブレンの関にいたクローディアと寸分違わず同じだった。それで分からないとでも?」
彼女は振り返り、いくぶんからかうような目を向けた。
「ましてや、戦場で鉄甲聖騎兵を召喚し、あの水準の魔導巨砲を扱える人間なんて、エリクセン領のなかで公爵家の令嬢をおいて、ほかに誰がいるっていうの」
私は口を開きかけたが、返す言葉が見つからなかった。
「え?」
私は不意に一つの要点を掴み、驚いて問いかけた。
なにしろ私の家庭教師であるヘイティも、同じ学院の卒業生なのだ。
「あら? 『も』とはどういうことかしら?」
フィオナは興味を引かれた表情を見せ、執務机へと歩み寄り、優雅に腰を下ろした。
「先生、ヘイティ・モリナという方をごじですか。彼女も先生と同じく、ハーランド魔法高等学院の卒業生なんです」
その名を聞いたフィオナの顔色が、かすかに変わった。
それは複雑な表情だった。
懐かしさと、懸念と、何か言葉にしがたい感情とが混ざり合っていた。
「あなた、どうしてその名前を?」
彼女は私がヘイティの名を知っていることに、はっきりと関心を示し、身体をわずかに前に乗り出した。
「先生がもう私の正体をご存じなら、遠回しな言い方はやめます」
私は深く息を吸い込み、腹を括った。
「ヘイティ先生は、私の家庭教師なんです」
「そうだったの」
フィオナは顔を上げ、窓の外へと目を向けた。
陽光が彼女の横顔に降り注ぎ、柔らかな輪郭を描き出している。
彼女はしばらく沈黙し、思考を整理しているようだった。
それから、口を開いた。
「実はね、私とヘイティは同じクラスの学生だったの」
「五年間、ずっと一緒で、とても仲が良かった」
彼女の声は少し低くなり、追憶の色を帯びた。
「でも、卒業を目前にして、あることが起きたの」
フィオナの指が、机のうえをそっと叩いた。
「ヘイティは、学院のなかでエドアルド・ペスっていう精霊族の教師と、多少の交流があったというだけで、優秀卒業生から修了生へと格下げされてしまったの」
「エドアルド教授……」
私はぽつりと呟いた。
その名は両親から聞いたことがある。
彼は精霊族のなかでも稀有な魔導学の達人であり、研究におけるヘイティの恩師でもあった。
「当時の状況は、ひどいものだった」
フィオナは続けた。
その声にはかすかな怒りが滲んでいた。
「ハーランド帝国の非人間種族への差別は、あなたも知ってのとおりよ」
「エドアルド教授は精霊だからという理由で、『非人間種族は教職に就くべからず』という建前で学院を追い出された」
「そしてヘイティは……ただエドアルド教授と学術的な交流があったというだけで、『精霊に同情する人類の裏切り者』という烙印を押されたの」
「優秀卒業生の資格は取り消され、学位は修了証書に格下げされ、推薦状すら出なかった」
フィオナの声はますます低くなっていった。
「あのとき私は学院長のところへ押しかけて、ヘイティの潔白を訴えたわ」
「でも誰も耳を貸さなかった」
「それどころか、『精霊に同情する人類の裏切り者』の味方をするな、自分の将来に響くぞと忠告してくる者までいた」
彼女は苦笑した。
「あのとき初めて分かったの」
「いわゆる『正義』なんてものが、偏見の前では、どれほど無力で、空虚なものかってね」
部屋のなかに、しばしの沈黙が落ちた。
窓の外の陽射しは変わらず明るいのに、室内の空気はなんだかひどく重くなっていた。




