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163. 蛟龍の末路、そして逃げ場のない海

 しかし、帆を目一杯張り、追い風まで受けているにもかかわらず、あの金属戦艦を振り切ることができなかった。


 それどころか、肉眼でもわかるほど距離が縮まっていた。


「なんであいつ、あんなに速いんだ!」


 チャールズは目を剥いた。


 装甲が厚い。


 武器が段違いだ。


 おまけに足まで速い——これが普通の戦艦のはずがなかった。


 追撃の最中にも数発が放たれ、精度こそ最初より落ちていたが、それでも二艘に命中した。


 一発は「嵐号」の艦尾をかすめ、舵の一部を吹き飛ばした。


 その艦はたちまち制御を失い、海面の上でぐるぐると回り始めた。


 速度が一気に落ちる。


 もう一発は「海鷹号」の主マスト基部に直撃した。


 マストは完全には折れなかったが、大きく傾き、帆布が燃え始めた。


「閣下!嵐号と海鷹号が離脱しています!」


 見張りが焦った声で報告した。


 チャールズは歯を食いしばり、減速命令を出さなかった。


 旗艦「蛟龍」はこの艦隊の中で最も速い。


 逃げ切れるだけの余地がある——。


「艦長に報告!一番ボイラー爆発、推進力三割喪失!」


 無畏号の艦橋に、通信器を通じた報告が飛び込んできた。


 艦長ウィリアム・スターリングは眉をひそめ、制御盤の上で指を静かに叩いた。


 四十代の中年で、きれいに整えた短い顎鬚、角ばった顔立ち、落ち着いた眼差し。


 無畏号に着任する前は、五月花号の旧船長として二十年の海上経験を積んでいた。


 それでも、この艦に向き合うたびに途方に暮れることがある。


 無畏号は実のところ、公爵夫人ヘレナ殿下の金魔法を借りた突貫工事の産物だった。


 設計図から進水まで三ヶ月。


 造船史上の奇跡と言って差し支えない。


 代償として、随所が間に合っていた。


 艦に積まれている装備はすべて新規開発品で、試験もないまま取り付けられた。


 三門の魔導巨砲、船底の蒸汽推進システム、通信器に観測機器——全部がエリクソン金属公社とクローディア商会技術部の試作品だった。


 しかも無畏号はまだ海上試験を経ていない。


 そもそも全金属戦艦というものを初めて目にした老船長たちの反応が、それをよく物語っていた。


「鉄が……本当に水に浮くんだな?」


 白髪の老船長がぽつりと呟き、手のパイプを落としかけた。


 ——


「ボイラーは直せるか?」


 ウィリアムは傍らのエンジニア、ジョンに向き直った。


 この若者はクローディア商会技術部の人間で、無畏号の推進系を担当するために派遣されてきた。


 ジョンは首を振った。


 額に汗が浮いていた。


「艦長、厳しいです。この設備、引き継いでからまだ数日で。小さな不具合なら何とかなりますが、爆発となると……」


 仕方なさげに計器盤の点滅する赤いランプを指差した。


「一番ボイラーの圧力弁が吹き飛びました。機関室全体が蒸気で満ちています。中に入るのも難しい状態です」


 ウィリアムは息をついた。


 正直なところ、この艦がここまで持ったこと自体が奇跡だった。


 先ほどの追撃と砲撃で船内の石炭備蓄を大量に使い、ボイラーは高負荷をかけ続けていた。


 何も起きなければそちらがおかしい。


「まあいい、残り二基はまだ生きている。問題ないだろう」


 艦長はそう言って、安堵の色を浮かべた。


 言い終えた直後、船底から二発、轟音が響いた。


「ドォン——ガン!」


 艦全体が激しく揺れ、艦橋の全員がよろけた。


 続いて、通信器から機関室当直の叫び声が飛び込んできた。


「報告します、ボイラー全基爆発!無畏号、動力喪失寸前!」


 ウィリアム・スターリングの表情が固まった。


 今すぐ自分の頬を張りたかった。


 俺の口は何を言い出すんだ……!


「……くそっ」


 低く呟き、素早く制御盤に歩み寄って通信器の話筒を掴んだ。


「機関室、詳細を報告!」


「か……艦長……」


 通信器の向こうの声が泣きそうになっていた。


「二番、三番ボイラーも……爆発しました!機関室全体が蒸気で、温度が高すぎて誰も入れません!……動力が……失われました!」


 ウィリアムは目を閉じ、深く息を吸った。


 再び開いたとき、眼差しはすでに静けさを取り戻していた。


「全員機関室から退避。水密扉を閉鎖。全艦に通達、推進力喪失、漂流状態に移行する」


 自分の声がこれほど落ち着いているとは、自分でも驚いた。


「了解!」


 通信器の向こうが答えた。


 動力を失った無畏号は、艦首の二門の砲も動かせなくなった。


 砲塔の旋回には電力が要るが、その電力は機関室の発電機から来ていた。


 ウィリアムは舷窓に歩み寄り、遠ざかっていく帆船の群れを眺めた。


 速度は明らかに落ちている。


 それでも少しずつ距離が開いていく。


 このまま指をくわえて見送るしかないのか——。


 その時、ウィリアムは気づいた。


 敵艦隊の中の一艘、やや大型の戦艦が、進路を変えた拍子に射線の真正面に入ってきた。


 三本マストの帆船。


 艦首には豪奢な龍の彫刻——チャールズ・ダールトンの旗艦「蛟龍」だった。


 他の傷ついた艦と足並みを合わせていたせいで、この旗艦の速度はそれほど速くなかった。


 しかもこの角度は、ほとんど完璧な射撃位置だった。


「艦長……」


 観測手もそれに気づき、声に期待が滲んだ。


 ウィリアムの口角がわずかに上がった。


「砲術長!」


 振り返って呼んだ。


「目標、敵旗艦!射撃諸元を算出!」


「了解!」


 砲術長はすぐさま射撃管制台へ走り、複雑な目盛りと計器を素早く操作し始めた。


 砲塔は回らない。


 しかし艦体は波に揺れ、わずかな角度変化を生み出す。


「風向き南東、風速三級、目標距離……約二千メートル!」


 観測手が大声で告げた。


「目標速度……約八ノット!」


 別の観測手が続けた。


 砲術長の額に細かな汗が浮いた。


 動力補助なしの手動計算、しかも漂流状態での照準——ほぼ不可能に近い課題だった。


 それでも諦めなかった。


「左舷微調……三度!砲口仰角……二度!」


 計算しながら指示を出した。


 艦首の二門の巨砲が、ゆっくりと角度を変えた——遅かった。


 蝸牛の歩みだった。


 しかし確かに動いていた。


 砲塔旋回機構はまだ完全には死んでいなかった。


 ウィリアムは目標艦を凝視した。


 時間が引き延ばされたように感じられ、一秒一秒が無限に長かった。


「装填完了!」


 砲塔から報告が入った。


「射撃諸元……確定!」


 砲術長がようやく顔を上げ、ウィリアムを見た。


 ウィリアムは頷いた。


「撃て」


 ———


 チャールズは突然、それほど遠くない位置に見える戦艦の煙突から出る黒煙が少なくなり、速度も徐々に落ちていくのに気づいた。


「どうしたんだ?」


 望遠鏡を掴んだまま、あの艦を凝視した。


 視野の中で、金属戦艦の煙突はもう滾る黒煙を吐き出してはいなかった。


 代わりに薄い灰色の煙が一筋、たなびいているだけだった。


 艦の航跡も緩やかになり、あの猛烈な推進力は感じられなくなっていた。


「動力に……問題が?」


 チャールズはぽつりと呟き、胸の中に一筋の希望が湧いた。


 何が起きたかはわからない。


 しかし敵の速度が落ちたことはよいことだ。


「はっはっは、幸運の女神はやはり俺の味方だったな!」


 速度が落ちていくのを見て、チャールズは笑い出した。


 笑い声は最初小さく、次第に大きくなり、やがてほとんど狂ったような高笑いに変わった。


 甲板の水夫たちは顔を見合わせ、自分たちの主がなぜこんなに喜んでいるのかを理解できなかった。


「急げ!もっと速く!距離さえ開けば、もう安全だ!」


 チャールズは下に向かって怒鳴った。


 今夜港に戻ったら、シャンパンでも開けたいところだ。


 チャールズはすでに頭の中で今夜の祝宴を計画していた。


 最上の酒を開け、最も美しい踊り子を呼び、宴を開いて全員に語る——敵の新式兵器の追撃を受けながらいかに逃げ延びたかを。


 そう、撤退だ、逃走ではない。


 これは戦略的撤退、後の反撃のための戦力温存だ。


 今夜は何の酒を飲もうかと考えていたその瞬間、強烈な赤い光が彼を飲み込んだ。


 チャールズには、何かに反応する時間すら残されていなかった。


 彼が最後に見たのは、視野の端に暗紅色の光の流れが空を切り裂くのが見えた——。


 そして視界全体が、眩い赤に染まった。


 次は言いようのない高熱が来た。


 まるで熔炉の中に放り込まれたようだった。


 激痛は零点一秒と続かなかった。


 そして意識は、完全に消えた。


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