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160. 楔形の艦隊

 今夜は特別な夜だと、すべての女中が知っていた。


 夕刻、女中頭が私たちを集めて短い会議を開き、二つのことを告げた。


 一つは、公爵一家が明日この館を離れるということ。


 日程はすでに整っていて、今夜のうちに準備を終えなければならない。


 荷物の整理、部屋の掃除、外出用の備品の手配——。


 もう一つは、お嬢様の身の回りを仕えていたユーナ・フランキーが、本日をもって正式に女中団を離れるということだった。


 二つが告げられると、女中頭はすぐに解散を言い渡した。


 解散したあと、廊下ではひそやかな噂話が起きた。


 ユーナに関するものが大半で、彼女がどこへ行くのか、新しい任地は決まったのか、あるいは公爵が彼女を別の部署に残すつもりなのか——そんな憶測が飛び交っていた。


 私はそうした噂には加わらず、自分に割り当てられた仕事をきちんと頭に入れて、準備に取りかかった。


 女中頭から渡されたリストによれば、私の担当は東側廊下の一帯の灯具点検、および予備の客室の遮光カーテンを下ろしておくことだった。


 明朝、誰もいない部屋に早い時間から日が差し込んで、埃が舞い上がるのを防ぐためだ。


 途中、時刻はすでに夜の八時か九時を回っていただろうか。


 館のなかはずいぶん静まりかえっていて、外の風の音が窓の隙間からかすかに忍び込み、廊下の気温を少しだけ下げていた。


 私は灯りを手に廊下を歩いていた。


 一つの角を曲がったとき、前方に二人の人影があるのに気づいた。


 反射的に足を緩め、彼女たちが先に通り過ぎるのを待とうとした。


 だが次の瞬間、それが通りすがりの客ではないと気づいた。


 先を行くのはお嬢様だった。


 白金色の長い髪を肩に垂らし、身にまとっているのは普段の制服ではない。


 淡い緑色の絹の袖なしの部屋着で、色はとても淡く、廊下の灯りの下でかすかな光を放っていた。


 歩みは早くなく、手は傍にいる人物に引かれていて、表情まではよく見えなかったが、横顔だけで、口元に何かが浮かんでいるように見えた。


 彼女の手を引いているのは、ユーナだった。


 白いキャミソールドレスを着て、こちらの方が少し歩幅が広い。


 お嬢様を半ば引っ張るようにして前へ進めている。


 ピンクの長い髪は、彼女が振り返るときに肩の後ろへと跳ねた。


 私が彼女たちを見咎めたとき、彼女たちもまた、廊下に人影があることに気づいたらしかった。


 ユーナがこちらの方向へ一瞥をくれた。


 私たちの視線は短く交差し、それきり彼女はまた前を向いて、黙ったまま歩き続けた。


 お嬢様もまた何も言わなかった。


 ユーナに手を引かれて歩く中で、かすかに顔を横へ傾け、こちらへ視線を滑らせた。


 その眼差しは淡いものだった。


 命令ではない。


 ただ通りすがりにちらりと見て、すぐに目を戻しただけの。


 それから二人は私の傍を通り過ぎ、浴室の方角へと歩いていった。


 二人の手はずっと繋がったままで、離れなかった。


 廊下の灯りが彼女たちの背中を照らして、一つは白く、一つはピンクで、その橙黄色の光のなかで、言葉にできないほど優かな質感を帯びていた。


 あたかも今夜というこの館のなかで、重々しいものはすべて去り、残ったのはただ廊下をゆっくりと歩く二人だけになったかのように。


 私は声を立てず、その場に立ち尽くして、彼女たちが遠ざかるのを待った。


 二つの影が浴室の方角へと曲がり込み、視界から消えてから、私はようやく目を下ろして手元の記録票を見た。


 灯具点検、東側廊下、第三灯、異常なし。


 私はそれを書き留めた。


 動作は普段より速くも遅くもなかった。


 それからまた前へ歩き出した。


 数歩歩いたあとで、自分が笑っていることに気づいた。


 大声を出して笑ったわけではない。


 ただ口元が少し持ち上がって、すぐにまた元に戻っただけだ。


 何に笑っているのか、自分でもよくわからなかった。


 もしかしたら、お嬢様が廊下で女中に会ったときはいつも荘厳に会釈を送っていたのに、今夜は誰かに手を引かれて歩いていて、表情を整える余裕もないままだったからかもしれない。


 もしかしたら、ユーナが今日女中団を離れたけれど、やっぱりこの館にいて、やっぱりこの廊下にいて、ただ「すべてを取り仕切る女中」という身分から、手を繋いで人を引っ張るもう一つの身分へと変わっただけだからかもしれない。


 あるいは、何でもないのかもしれない。


 ただあの光景を見ていて、なんだかとてもよかったと思えただけなのかもしれない。


 館のすべては変わっていなかった。


 灯りはいつもの灯りで、廊下はいつもの廊下で、手元の記録票にはまだ書き込む項目が残っている。


 でも今夜、この空気のなかにだけは、どこか少し違うものが混じっていた。


 それがどこなのか、うまく言葉にできない。


 私は廊下の突き当たりの角を回り込んで、次の灯りの方へと歩を進めた。


 足音は絨毯の上で軽やかに消えていった。


 朝霧はまだ完全には晴れていなかった。


 海面には薄い灰白色の層が漂っている。


 九隻の大型木造帆船が、海岸線のカーブに沿うようにして、緩やかな楔形の編隊を組み、レイク郡の方角へとゆっくりと進んでいた。


 風は強くない。


 帆は半ばだけ膨らみ、船体が水面を割る音は低く律動を帯びていて、拍子を踏む足音のようでもあった。


 マストの頂上では、ダールトン子爵の旗が朝風になびいていた——濃紺の地に、右下端に押し潰されたような銀色の貝殻の紋。


 この旗印はエリクソン領の海域ではほとんど見かけないものだったが、その原産地では、沿岸の漁師の誰もがあの旗が何を意味するかを知っていた。


 チャールズ・ダールトンは旗艦のマストの根本にある展望台に立ち、真鍮製の単眼望遠鏡を手に前方を眺めていた。


 それほど背の高くない男で、四十を少し出たあたり。


 体躯はやや丸みを帯びているが、顔には世渡りを心得た余裕のある気配が常に漂っていた。


 十七歳のときから海上で暮らし、海戦を二十年以上戦ってきた。


 沈めた船は数知れず、逆に自分の船を沈められたことも何度かある。


 そのたびに彼は生き延びた。


 だからこそ、自分には他の者にはない海戦の勘があると固く信じている。


 望遠鏡の先には、レイク郡の港の輪郭が朝霧のなかからゆっくりと浮かび上がってきていた。


 桟橋、灯台、倉庫、そして停泊中の船。


 彼はそれらを一つ一つ見渡し、最後に鏡筒を港側の軍事区画に据えた。


 三隻の戦艦が停泊スペースに留まっている。


 帆はまだ上げられておらず、マストは丸裸だった。


 彼は望遠鏡を畳んで、口元を緩めた。


 情報では三隻、つまり三隻だ。


 自分が送った斥候は、なかなか要領よく動いてくれたようだ。


 九対三。


 優勢すぎて、むしろいじめと言ってもいい。


 彼はこのことを頭のなかで一遍にさらい、心配するような点はどこにもないと確認した。


 となれば、ただ前を見て進むだけだ。


 彼は心のなかで、今日の作戦に一つの基調を定めた。


 迅速に侵攻し、桟橋を爆破して、あの三隻の船を焼き払う。


 それから港を制圧して、陸路から増援部隊が到着するのを待つ。


 ここで時間を浪費するつもりはなかった。


 彼にはもっと大きなことがあった。


 彼は公爵になりたかった。


 この思いが頭のなかを巡っているのは、もう一年や二年のことではない。


 彼の子爵領は三方を海に囲まれていて、海軍がすべての底力だった。


 だが子爵はあくまで子爵に過ぎない。


 帝国貴族の会議の場では、彼の声はいつだってわずかな重みしか持たなかった。


 発言しても聞いてもらえるとは限らないし、黙っていても誰も気に留めはしない。


 しかしもし彼がエリクソン公爵領を手中に収めれば、話は変わってくる。


 公爵という称号、長大な海岸線を擁する領地、そして彼がもともと持っていた海軍の実力——。


 彼は頭の中の図を描いてみた。


 エリクソン領の新築された港を出発し、海峡を越えて、衰退しきったインゲリア諸島国を狙う。


 インゲリア側の動きは彼がずっと追っている。


 あの小国は挟み撃ちにされて幾年も戦わされ、国庫はとうの昔に底を突き、軍隊は有名無実のものとなっている。


 だがそこは王国の名を頂いていて、王国としての大義名分を握っている。


 それを呑み込んだ者は、順当に王へと昇る。


 王。


 チャールズ・ダールトン、王。


 彼はその二つの言葉を頭の中ですべて唱えてみた。


 口元の弧は、知らず知らずのうちにさらに上へと伸びていた。


「閣下」


 傍に副官が寄ってきて、声を少し潜めて言った。


「艦隊はすでに予定航路に入りました。現在の速度を維持すれば、三刻後に港へ到着する見込みです」


「うむ」


 チャールズは視線を戻して、一言頷いた。


「各艦、編隊を維持せよ。速度を上げる必要はない」


「心得ました」


 副官が伝令に下がると、チャールズは再び望遠鏡を構えて、前方を眺めた。


 海面は相変わらず穏やかなままで、朝霧は日の角度とともにゆっくりと引いていき、その下の濃紺色を現し始めていた。


 よし、今日の海況は悪くない。


 こちらに有利に働く。


 彼は気づかなかった。


 レイク郡からそう遠くない一所の山腹に、風のない今朝のなかでかすかに揺れている茂った草むらがあることに気づく。

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