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145. 帰りの船と、記憶という名の箱

 機内に入ると、座席は後方だった。


 私が窓側、ユーナが真ん中に座る。


 彼女は座るなり両脇のシートベルトを触り、裏返したり表に返したりして眺めてから、顔を上げて、どうやって留めるのかと私に尋ねた。


 私は一度だけ手本を見せた。


 彼女はじっと見ていて、同じように留めてから、自分で軽く引っ張って、しっかり噛んでいることを確かめた。


 それからしばらくベルトをあちこち引っ張っていたが、やや真面目な口調でこう言った。


「この安全ベルト、あまり役に立たないと思う」


「普通はあまり出番はないわね。規則で決まってるの」


「じゃあ、どうして締めるんですか」


「規則で締めることになってるから」


 彼女は二秒ほど静かになってから、「……はい」とだけ言った。


 機体がゆっくりと動き出し、エンジンの轟音が低く響き始める。


 私は座席の背にもたれ、離陸前のあの前方へ押し出されるような加速感を感じていた。


 妙な話だ。地球で三十年生きて、何度も飛行機に乗ってきた。


 とっくに何の感慨も抱かなくなっていたはずなのに、今こうしてここに座っていると、かえって不思議な落ち着きがあった。


 まるで、見覚えのあるリズムの中に戻ってきたかのように。


 機体が地面を離れたあと、私はちらりとユーナを見た。


 彼女は警戒と集中の入り混じった表情で肘掛けをつかみ、指にかなり力が入っている。


 明らかに緊張していた。


 でも声は出さなかったし、取り乱す様子もなかった。


 ただ黙って、その緊張を一身に引き受けていた。


 私は何も言わず、肘掛けの上にある彼女の手に自分の手を重ね、そっと押さえた。


 彼女は一瞬きょとんとしてから、手のひらを返して、私の指にそっと絡めてきた。


 力が少しずつ抜けていった。


 高度が安定すると、機内の照明が暗めのモードに切り替わった。


 乗客のほとんどが座席の背に身を預け、それぞれの眠りに入っていく。


 機内放送が花の国語と紅龍国語で注意事項を一通り流し、それから静かになった。


 私は目を閉じた。


 窓の外は深い紺色の夜空で、雲が低く垂れ込めている。


 機体は今、その雲の中を抜けようとしていた。


 時折、小さく揺れては、また安定する。


 頭の中を空っぽにした。


 そういう半睡半醒の状態の中で、今日一日のすべてが断片となって再生されていく。


 パスポート、銀行、搭乗ホール、ユーナが麺を食べていた横顔、前世の友人の思い出、そして、機体の前で彼女があの数字を口にしたときの、あの言葉にできない感覚。


 それらの映像は意識の縁をしばらく漂っていたが、私は掴もうとはせず、そのまま流れに任せた。


 そうして、眠りに落ちた。


 指は、ユーナの指と絡めたまま、離さなかった。


 夜がほんのりと明け始める頃、機体は小さな揺れを伴って高度を下げていった。


 機内放送が二か国語で着陸前の定型文を流し、その声に私は眠りの縁から引き戻された。


 目を開けて、数秒ぼんやりとしてから、ようやく自分の位置と状態を把握する。


 右手に重みがあった。


 私は俯いてそれを見た。


 ユーナの指がまだ私の指に絡まったままで、彼女は体ごとこちらに傾き、桃色の小さな頭を私の肩に預けている。


 呼吸は長く穏やかで、深く眠っているのがわかった。


 私は動かなかった。


 その姿勢のまま、窓の外に目を向けた。


 地球で三十年生きて、この空は数え切れないほど見てきた。


 でも、その間に十三年の歳月と、まるごと一つの異世界が挟まっている。


 いま改めてこの景色を目にすると、やはり言い表しようのない何かが喉の奥に込み上げてくる。


 私はそれを外には出さず、ただ黙って見つめていた。


 機体がどんどん低くなり、地上の細部が次第にはっきりとしていく。


 滑走路端の指示灯、駐機中の他の便、そして灯りのついたあのターミナルビル。


 着陸の瞬間、タイヤが地面を捉える鈍い衝撃音が響き、ユーナが少し動いた。


 すぐには目を覚まさず、ただ眉をひそめて、頭を私の肩にこすりつけ、それからまた静かになった。


 私は堪えきれず、空いているほうの手で彼女の頭のてっぺんをそっと揉んだ。


 今度は彼女は目を覚ました。


 ゆっくりと頭を上げ、まだ目も開かぬうちに、まず寝ぼけたような曖昧な声がひとつ漏れ、それからようやくまぶたを持ち上げた。


 最初に視界に入ったのは、どうやら私の横顔だったらしい。


 彼女は一瞬固まり、すぐに状況を把握した。顔に残っていた眠気が、あっという間に、ある種の醒めた羞恥と交差する。


「……私、もたれてましたか?」声はまだ少し掠れていた。


「うん」


「……いつからですか」


「離陸して、しばらくしてから」


 彼女は黙り込み、それ以上は何も言わず、ただ俯いて視線を前方に向けた。


 前の座席の背にある安全のしおりを見ているふりだった。


 私はそれを指摘せず、視線を戻して、もう一度だけ窓の外を眺めた。


 それから、機内でベルトを外したり立ち上がったりする人の流れに合わせて、すべきことを片付けていった。


 私たちには預け荷物がなかった。


 だから、機内の大半の人が荷物を取り終えて通路が空くのを待ってから、私はユーナと一緒に立ち上がり、人波に従って機外へ出た。


 ボーディングブリッジからターミナルに入ると、気温は機内より少し低く、空調の冷気が空港特有の循環空気の匂いを帯びていた。


 私はユーナに入国審査の案内表示を目で追わせながら歩いた。


 彼女は花の国の空港のときのようにあちこちを見回したりはせず、ただ黙って私の後をついてきて、時折、頭上の表示をちらりと見上げては、また俯いた。


 彼女はもう「クローディアについていけば大丈夫」という流れに馴染んでいる。


 私はそれをなんとなく感じ取ったが、口には出さなかった。


 角を二度曲がり、自動ドアを抜けると、外の空気の質が変わった。


 あの、木棉城の海辺特有の、潮を含んだ湿った感触だった。


 私は深く息を吸い込み、その息を肺の中で少し押さえてから、ゆっくりと吐き出した。


 この匂いは、本当に久しぶりだった。


 乗船場は埠頭の片隅にあり、私とユーナは対応する待合所を見つけて、木棉城行きの乗船券を二枚買った。


 船が岸に着くまでまだ二十分ほどあり、私たちは待合所のベンチに腰を下ろした。


 私はその間にスマホを取り出し、木棉城の天気を調べた。


 晴れ、二十九度、体感温度は三十三度。


 記憶の中のあの街は、寸分も変わらない。


 雨季と、一か月にも満たない冬を除けば、それ以外の季節はほとんど、こんなべったりとした暑さに覆われている。


 船が着いた。私たちは人波に従って乗船し、窓際の席を見つけて腰を下ろした。


 船はゆっくりと埠頭を離れ、紫荊城と木棉城の間をつなぐ、あの灰青色の水域を横切り始めた。


「クローディア、楽しみなんですか」


 隣に座るユーナが、私の返事を待たずに、先に視線を私に向けていた。


 なぜなら私はもう窓枠に両腕を重ね、顎を手の甲に預け、じっと窓の外を見つめていたからだ。


 私は振り返らず、強く頷いた。


「うん」


 窓の外の景色は、取り立てて綺麗というほどのものではなかった。


 ただ海が広がっているだけだ。灰青色で、時折遠くを貨物船が横切り、水鳥が船尾を旋回している。


 でも、私はずっと見ていられた。


 なぜなら、対岸に徐々に浮かび上がるあの輪郭こそが、本命だからだ。


 高層ビル、橋、街路樹、そして遠くにある、一目でそれとわかるいくつかのランドマーク。


 三十年。


 私はそこで生まれ、そこで育ち、そこで学校に通い、働き、友人を作り、友人を失い、そして自分自身も失った。


 それから、異世界でさらに十三年が経った。


「……ようやく帰ってきた」


 自分がこの言葉を口に出していたことに、私は気づかなかった。


 声はごく軽く、風音より小さかったけれど、静かな船室ではちゃんと届いたらしい。


 ユーナは何も返さなかった。


 ただ、私が言い終わったあと、そっと自分の手を窓枠に置いた私の手の甲に重ねてきた。


 ただそれだけで、何も言わなかった。


 私も、何も言わなかった。


 木棉の港に着岸し、私たちは人波に乗って埠頭の出口を抜けた。


 この地面に足を踏み下ろした途端、あの馴染み深い熱気が肌に貼りついてきた。


 陽射しが遮るものなく真っ直ぐに降り注ぎ、地面から立ち昇る熱気が押し寄せ、両側の街路樹が風にざあざあと揺れている。


 記憶の中と、何ひとつ変わらなかった。あの交差点の大きな榕樹さえ、まだそこにあった。


 私はしばらく立ち尽くし、船室から持ち越したわずかな冷気を体の内側で調整してから、タクシーを一台拾った。


 運転手は中年の男で、方言の訛りがかなり強かった。


 私が普通語で行き先を告げると、彼は一瞬きょとんとしてから、濃い地元訛りの混じった普通語で「はいよ」とだけ返し、車を走らせた。


 ユーナは私の隣で、窓の外を流れていく街並みをじっと見ていた。


 時折、あれは何かと尋ねるので、私は一つずつ説明した。


 騎楼のこと、古い街のことを話し、あの道は昔よく渋滞したと言い、あの交差点にワンタン麺の屋台があって、朝は行列が街角まで続いたものだと言った。


 話しているうちに、それらの記憶が次から次へと溢れてきた。


 長いことしまい込んでいた箱の蓋を開けたみたいに、中身が我先にと飛び出してくる。


 私はそれを無理に抑えようとはせず、ただ出てくるままに任せた。


 でも、完全に流されていたわけでもない。心のどこかではわかっていた。


 今日ここに来たのはただ懐かしむだけじゃない。


 確かめなきゃいけない用事がある。


 昨夜、意識の縁に漂い、私が一度は押さえ込んだ、あの事だ。

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