140. 彫刻木扉の奥へ
廃工場の地上部分は、荒廃の一言に尽きた。
錆びついた設備の骨組みが夜の闇の中に太古の生物の残骸のようにそびえ立ち、割れたガラスが床一面に散らばり、壁の塗料は剥がれ落ちていた。
一歩踏み出すたびにギシギシと軋み、灰色の埃が舞い上がる。
だが、一か所だけ様子の違う場所があった。
工場西側の中央付近。
一枚の鉄扉の隙間から、ほんのりとオレンジ色の灯りが滲み出ていた。
空気には微かにタバコの匂いと、何か刺激的な化学薬品の匂いが混じっている。
私とユーナは目を合わせ、歩を進めた。
扉の向こうには地下へと続く階段があった。
錆びた鉄板を溶接して作られたそれは、踏み下ろすたびに低い呻き声を上げ、まるで私たちの体重に抗議しているようだった。
私はゆっくりと歩みを進め、魔力を足の裏に纏わせて、足音を限りなくゼロへと近づけた。
そして最下段を踏み、二枚目の扉を開く。
地上の廃墟と比べて、地下の世界はまるで別次元だった。
壁には金箔紙がべったりと貼り付けられ、暖色の照明を浴びてひそやかに輝いている。
床は大理石タイルで、複雑な寄木模様が繊細に刻まれており、踏み心地が地上の錆と埃とは天と地ほど違った。
広間は天井が高く、燭台の形を模した照明器具がいくつも吊り下がっている。
全体的に「レトロな豪奢さ」を演出しようとしているのだが。
どこか力みすぎた安っぽさが滲み出ていた。
まるでここの主人みたいに、金はある、でも品がない。
広間は人で溢れていた。
スリッパにジャージにジャンパー姿の男たちが、目の前の機械に食い入るように視線を注いでいる。
この絢爛な内装との違和感は凄まじいが、当の本人たちはまったく気にしていないようだった。
「来い!来い!来い!」
あちこちから歓声が湧き上がり、混ざり合う。
地下賭博場。廃工場の底に隠されたそれは、この広間だけで七、八十人は収容しているだろう。
四方には黒スーツの警備員が立ち、一般人より一回り大きな体格で視線を絶えず動かし、時折袖口のイヤホンマイクに向かって短く何か告げていた。
私は場を見渡し、頭の中で素早く整理した。
銃を路上の小悪党に流すことができて、花の国の中心部でこの規模の地下賭博場を経営している。
背後のボスはよほど強力な後ろ盾があるか、あるいはグレーゾーンで長年渡り歩いて抜け道を熟知しているタイプか、どちらかだ。
一筋縄ではいかないが、手がないわけでもない。
指先で手鎧の縁をなぞり、中に収めた剣の重みをそっと確かめた。
ユーナが耳元で囁く。
「あっちに個室がある。見張りがついてるわ」
視線を向けると、広間の最奥部、彫刻を施した木の扉。
扉の前に立つ二人は他の警備員よりも明らかに警戒心が高く、立ち姿が違う。
スーツの仕立ても上等で、腰の脇には輪郭のはっきりした膨らみがある。
その中に、今夜の目的の人物がいる。
私はフードを深く被り直し、ユーナと目を合わせた。
彼女は目を細める。
その表情の意味は大体わかる。
「あまり大きな騒ぎにしないで」。
「わかってる」
心の中でそう返して、私はあの彫刻木扉へと歩み出した。
*
私とユーナは廊下の壁に沿って、魔力で編み上げた気配障壁の中に身を潜めた。息さえ意識して浅く押さえる。
気配障壁というのは、要するに自分から発するあらゆる情報。
体温、匂い、魔力の波紋、歩行時の微かな振動を、周囲の人間が知覚できる閾値以下まで圧縮する魔法だ。
正確ではないたとえをするなら、灯りのついたランプを防音の黒い箱に閉じ込めるようなもの。
灯りはついている。
ただ、外からは見えも聞こえもしない。
廊下には人が往来していた。
黒スーツ、腰の膨らみあり。
心の中で数える、右の廊下に二人、前の曲がり角に一人、彫刻木扉の前に定点で立つ二人、それから飾り棚の陰で居眠りしていそうな一人。
表向きだけで計六人。
暗所の人員は別途計算が必要だ。
横目でユーナを窺うと、彼女もやはり辺りを観察していた。
ピンクの前髪が垂れて頬を半分隠しているが、集中していることは伝わってくる。
そのとき、彫刻木扉が内側からわずかに開いた。
ファイルを抱えた男が出てきて、扉前の警備員に何かを告げ、三人揃って廊下の反対方向へ歩いていく。
扉は、完全には閉まっていなかった。
私はユーナと目を合わせた。彼女が頷く。
二秒後——私たちはその細い隙間から体を横にして、静かに滑り込んでいた。
*
奥の部屋は、外の広間の豪奢さとは正反対だった。
踏み込んだ瞬間、錆の匂いが顔面に吹き付けてくる。
内装らしき内装は何もない。
床はつなぎ合わせも不揃いな錆びた鉄板で、踏み出すたびに低い振動が響く。
壁面は剥き出しの金属鋼板で、腐食の生んだ茶褐色の染みがあちこちに広がっていた。
天井も同様、大きさのばらばらな薄い金属板を雑然と打ち付けたもので、隅の一角はすでに端が反り上がり、細い亀裂が走っている。
豪奢な外殻、荒廃した内側。
このコントラストは少し興味深い、意図的なスタイルなのか、単に装飾する気力がなかっただけなのか。
そして部屋の中央に、黒い革張りのソファがあった。
ソファはそれなりに年季が入っていて、端の革が割れかけており、縫い目からスポンジが顔を覗かせている。
座った男は、体格はやや細身で年齢は入っていたが、顔の輪郭にはまだ彫りが深く、年を重ねても精気を失わないタイプに見えた。
身に纏っているのは、花の国伝統の黒い紋付羽織袴。
外袍には複雑だが主張しすぎない家紋が刺繍されており、この錆びた鉄板の部屋の中では際立って異質だった。
冲田。
今夜探し求めていた男がここにいた。
私とユーナは相手に気づかれる前に、ゆっくりと気配障壁を解いた。
魔力が引き戻される瞬間、二つの人影が空気の中から静かに浮かび上がってくる。
まるで一枚の写真の露光時間を無限に引き延ばしたように。
まず輪郭が、次に細部が、そして完全な人間の姿が。
冲田が先に目を上げた。
私たちを見た瞬間、彼の表情は大きく動かなかった。
本当に落ち着いているのではない。
場数を踏んだ人間が極度の緊張状態に陥ったとき、逆に短い空白が生まれることがある、あれだ。
彼の視線が私とユーナの間を行き来し、次の瞬間、わずかに細められた。
それから、手が動いた。
動きは小さかったが、私にはとっくに見ていた。
右手が太腿の上からわずか数ミリ浮き上がり、また静かに戻る。
指がゆっくりと内側へ曲がった。
自分の反応を制御しようとしているのだろうが、指の関節の皮膚が白くなっていた。
長時間力を込め続けた筋肉のせいだ。
手全体が微かに震えている、何かをぎゅっと握ろうとして、でも悟られたくなくて。
篩のように、この形容は少しも大げさではない。
側にいる部下たちはもっと堪えられていなかった。
誰が先に動いたのかはわからない。
七、八人がほぼ同時にソファの両脇と部屋の隅から立ち上がり、腰のナイフを引き抜く音が一本、また一本と連なった。
白熱灯の光の下で刃が冷たい輝きを放ち、乱れた足音が私たちに向かって押し寄せてくる。
冲田は制止しなかった。少なくとも最初は。
「お二人さん、冲田に御用とは」
声はまだ安定していたが、口角がほんの少し引きつっていた。
言葉を発する際の筋肉が言うことを聞ききれていない、そういう細かい乱れだ。
普通の人間には見えないが、私には丸わかりだった。
目の前のこの二人の小娘が見た目通りの無害な存在でないことは、おそらく察しているのだろう。
何もない空気の中から突然現れるような者が、まともな人間であるはずがない。
部下を前に出したのは、儀礼の一部でもあった。
考える時間を稼ぐためでもある。
「冲田老先生、アポなしでお邪魔してしまい、申し訳ありません」
相手がある程度礼を保っていたので、私は拳を開き、比較的落ち着いた姿勢を保った。
この老人の反応は予想よりずっと理性的だった。
即座に乱切りを命じなかった。
これはまだ話のできる相手だということだ。
なら交渉で済ませよう、その方がずっと楽だ。
「それほどのご実力をお持ちとは。お名前を伺っても?」
冲田がゆっくりと体をやや起こした。
姿勢の上では少し引いてみせたが、視線は変わらず私たちを観察し続けている。
「もちろん、冲田先生にお名前をお伝えする用意はあります。ただ、先にこちらの方々に部屋の外へ出ていただけますか……」
「無礼者! 老大がお前たちに聞いているんだ、さっさと答えろ!」
私の言葉が終わりきる前に、右側から誰かが割り込んできた。




