表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/92

14. 娘という名の奇跡、父という名の誇り

新政の布告。


ハーランド帝国が少数種族に対して振るう圧政は、ついにその頂点に達した。


これまで少数種族の貴族は、国家へ三割の税を納めればよかった。


だが新しい皇帝の政令は、その倍だ。


六割。


収入の六割を帝国へ差し出せ、と。


……頭が痛い。


正直に言えば、この突然の変化には、俺も相当に動揺した。


領地の財政を頭の中で素早く計算しながら、どうにか凌ぐ手立てはないかと考え続けた。


しかしその年——悪いことばかりではなかった。


いや、むしろ、その年は俺の人生における最大の転機だったと言ってもいい。


娘が生まれた。


クローディアという名の、俺の誇りだ。


白い髪が、産室に差し込む光を受けて、淡い金色に輝いていた。


白くて柔らかな肌。


整ったその小さな顔。


まるで天使が産まれてきたようだった。


あの瞬間——積み重なっていた重圧が、全て消えた気がした。


そしてこの子は、俺に次々と驚きをもたらし続けた。


クローディアが五歳になった頃から、その才能が一気に花開き始めた。


「花開く」という表現では、まだ生ぬるいかもしれない。


なぜなら——彼女の頭の中は、まるで千年を生きた精霊の学者のようだったから。


俺がヘレナとの会話の中で、ふと領地の問題を口にすると。


クローディアはちょこんとそちらを向いて、小さな額に皺を寄せて、真剣な顔で考え始める。


最初は「大人の真似をする子供のままごとかな」と思っていた。


だが試しに、笑いを噛み殺しながら彼女に問いかけてみた。


「クローディア、これをどうすれば解決できると思う?」


……返ってきた答えが、子供のものではなかった。


語彙も文法も確かに幼い。


でも、その解決策の発想は——俺が今まで一度も思いついたことのないものだった。


頭の中で真剣に検討してみると、理論上は筋が通っている。


試しに実践してみたら、それがうまくいった。


出来すぎるほど、うまくいった。


……五歳の子供に、政務の問題を解決されてしまった。


内閣の大臣の何人かより、ずっと優秀ではないか。


その後も、領地の問題を彼女に聞いてみる機会が何度かあった。


うまくいかないこともあった。


でも、うまくいかなかったとしても——俺には、彼女の考えが「間違っている」とは思えなかった。


ただ、今の俺たちにはまだ実現できない、というだけで。


そして魔法の才能に至っては、もはや語る言葉も見つからない。


魔法属性を測る試験で、測定器のパネルを吹き飛ばした。


物理的に。


文字通り、粉々に。


……その報告書を受け取った日、俺はしばらく何も言えなかった。


五歳のクローディアが「魔法を習いたい」と言ってきた時、正直、驚いた。


こんなに小さな子が、外で遊ぶよりも魔法の修行を望むとは。


一時的な気まぐれかもしれない、とも思った。


だが——政務への向き合い方を見ていると、この子の「やりたい」は本物だと分かった。


俺はハーランド帝国の中で最高の学院を探し、そこから教師を引き抜いてきた。


ヘイティ・モリーナ。


それが娘の魔法教師だ。


彼女の成長の速さは、予想を遥かに超えていた。


貴族のお嬢様が舞踏会で披露するような見せ物の魔法ではない。


本物の戦闘魔法だ。


十歳の時——彼女は自分の体の三倍はある魔熊を追い回して斬りつけていた。


魔熊が森に逃げ込まなければ、今頃は肉片になっていただろう。


俺は生まれて初めて、魔物に対して「逃げ切ってくれてよかった」と感謝した。


十二歳の時——外からひとりの少女を連れてきた。


その子を自分の専属メイドにしてほしい、と言った。


それまで数人のメイドを順番に割り当てていたのだが、全員、クローディアに断られていた。


毎日そばにいる付き人がいないと日常生活が心配だ、と悩んでいたところだったので、正直ホッとした。


ユーナという名のその子は、粉紅の髪をした、目の大きな女の子だった。


食の方面でも、クローディアは我が家に新しい風をもたらしてくれた。


「ラハール麦」という穀物。


普通の麦とは違って、粉に挽かなくていい。


脱穀して沸騰した湯の中に入れるだけで、香り豊かな麦粥ができあがる。


彼女が持ち帰った野菜の種からは、俺が今まで見たことのない野菜がいくつも育った。


長期保存が利くものもあれば、日持ちはしないが食べ応えのあるものもある。


従来の野菜より育てやすく、収量も多い。


俺は娘の提案を受け入れ、領民たちへのこれらの作物の普及に取り組んだ。


結果は上々だった。


領民たちの体の丈夫さが少しずつ上がっていった。


病院や教会へ足を運ぶ人の数が減った。


そして——体が丈夫になれば、働ける人も増える。


南方の開拓地への人手も、以前よりずっと多く送れるようになった。


気づけば、領民たちはその野菜に愛称をつけていた。


「クローディア・キャベツ」


発見者の名前を冠した野菜の名前だ。


……俺の誇りだ。


最近では、都市整備についても提言をくれた。


クローディアが言うには——領民の体が弱い原因の一つは、生活排水を路上に垂れ流す習慣にあるそうだ。


汚れた街は、暮らす人の体を蝕む。


それが兵士の質と数に直結している、と。


俺は特別に予算を組み、領内の都市に大規模な改修工事を施した。


生活で汚染された水を、地中に埋めた水管を通して、城外の川の下流へ排出する仕組みだ。


人々の生活習慣がすぐに変わるわけではない。


でも——街の臭いは、みるみる変わった。


きれいになった通りに、人が増えた。


消費が動き出した。


領内で徴収できる消費税が増えた。


工事費の回収にも、道が開けてきた。


排水使用料は、排水量の多い商会から徴収する予定だ。


最初は商会が渋った。


でも領民の体が丈夫になれば、彼らも医療費が減る。


財布に余裕が生まれれば、消費もする。


それが商会にとっても得だと分かれば、話は通る。


娘の試算によれば、下水道の建設費は五年以内に回収できるとのことだ。


……本当に、この子はどこまでやるのか。


今年こそ、海辺でゆっくり過ごさせてやりたかった。


クローディアとユーナが並んで笑っている時の、あの無邪気な顔が好きだ。


あれが、娘の一番美しい瞬間だと俺は思っている。


領地のために頭を使ってくれることは、嬉しい。


本当に嬉しい。


でも——今のこの子には、十三歳の子供らしい時間を過ごしてほしい。


笑いたい時に笑って。


泣きたい時に泣いて。


甘えたい時に、遠慮なく甘えてほしい。


この世の厳しさを、まだ全部知らなくていい。


だから——魔法学院を一か月体験したいという申請が来た時、迷わず許可した。


とはいえ、正直なところ心配はある。


街の中には、ろくでもない輩も少なくない。


……まあ、以前ファイアボールで家屋を吹き飛ばしかけた娘だ。


危険にさらされるのは、むしろ相手側かもしれない。


ならば、許可しよう。


ただし条件は一つ。


公爵家の娘だということは、絶対に明かすな。


アムニト市の中に、ハーランド帝国皇帝の手の者がいないとも限らない。


万が一にも狙われては困る。


……それにしても。


やっぱり心配だな。


火加減を間違えて街を燃やされたら洒落にならない。


密偵を二人、こっそり後をついてもらおう。


念のために、だ。


俺はそれを、今日の最重要事項として手元の紙に書き記した。


『仕事終わりに、優秀な密偵を二人手配すること』


目立たぬよう。


でも絶対に見逃さぬよう。


ゆっくりと息を吐いて、俺は背もたれに身を預けた。


天井を見つめながら、ぼんやりと思う。


もし——クローディアが生まれていなかったら。


帝国に収める貢金が捻出できず、今頃は爵位を剥奪されていただろう。


土地も、民も、すべて帝国に奪われていた。


だが今の我がエリクソン公爵領は違う。


領内の税収は、帝国への貢金の何倍にも達している。


使える労働力は、以前の五倍。


領地軍はかつて二千に満たなかったが、今や一万を超えた。


召集可能な軍勢を合わせれば、四万余り。


今のこの力なら——ブリュン関隘で、帝国軍を食い止めることもできる。


俺はハーランド帝国の少数種族隔離政策を、許容するつもりはない。


だが今はまだ時ではない。


領内に潜む敵もいる。


兵力もまだ十分ではない。


だから今俺にできることは——ブリュン関隘を開き、他の地で迫害されている少数種族の者たちをここへ受け入れることだ。


せめて、ここだけは逃げ場所にする。


それが今の俺にできる、精一杯だ。


……などと考えていたら、気づいた。


俺はまた、娘の知恵に頼ることを前提に頭を動かしていた。


いかんいかん。


親が子に甘え切っていてどうする。


俺が情けなさに気づいた瞬間、両手で自分の顔を叩いた。


背もたれから跳ね起き、書斎の椅子に座り直す。


目の前には、書類の山。


やることは山積みだ。


俺はそばにいた侍女に声をかけた。


「財務総長と行政総長を呼んでくれ」


さあ——もうひと頑張りだ。


娘に笑われないように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ