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13. 変装

中世の人々には週休二日という概念はない。


……それは分かってる。


でも人間、やっぱり休息は必要だよな。


そんなわけで——今月丸々、我が家の定めた休暇期間だ。


あの苦行以外の何物でもない礼儀作法の授業も、丸一か月お休みだ。


やったあああああ!!!!休暇月、万歳!!!


しかも今月は、うちの専属メイドのユーナも女中修行がお休みになるから、一緒に遊べるじゃないか。


これは最高だ。


普通の貴族なら、休暇中は馬車で近郊の別荘に向かって、そこでのんびり過ごすらしい。


でも今年に限っては、それができない。


海沿いにあるラグニルの別荘から、急報が届いたんだ。


「ただいま沿岸部にて海の魔物が出没しており、避暑地としての利用は一時困難な状況です」とのこと。


……海の魔物め。


今は許しておく。だがいつか必ず、お前たちを冷凍シーフードにしてやる。


そんな事情で、今年の休暇は家の中で過ごすことになってしまった。


とはいえ、ずっと家にいるのも飽きる。


やっぱり外に出て、なにか面白いことを探さないと。


そう思い立って、ユーナを引っ張って父上のところへ向かった。


外出許可を申請するためだ。


普段、父上は俺が外出することにあまり積極的じゃない。


勉強も、うちの敷地内の専用エリアで家庭教師に習うのが基本だ。


(中世の貴族って、みんなこうなのかな。引きこもりすぎでは?)


でも今回は、父上も諸々考慮してくれたんだろう。


海辺の別荘に行けなかったこと、先日の賊討伐で母上と冷静に対処できたこと、そして日頃の野外訓練で魔熊を追いかけ回している残念な姿…………全部ひっくるめて、今回はあっさり許可が下りた。


ただし、一言だけ条件を付けられた。


「相手がお前の命を脅かしていないなら、勝手に焼き焦がすんじゃないぞ」


……信用がなさすぎる。


俺がそんなに危険人物に見えてるのかよ。


こんな美少女がそんな物騒なことするわけないだろうに。


ねえ、俺の品格について少しは考えてほしいんだけど?


まあ、結果オーライ。外に出られるんだからそれでいい。


そう思ったら、日頃のもやもやも一気に吹き飛んだ。


でも、一つ問題がある。


この時代、娯楽が少なすぎる。


外に出てみたとして、いったい何をするんだ?


……うーん。


こういう時は、異世界の先住民に聞くのが一番だな。


で、俺の考える「異世界先住民の中で最も遊びを知っている人物」といえば——


ヘイティ先生だ。


なんといっても、異世界の大学生経験者だ。


人生の中でいちばん遊んでいる時期って、大学時代じゃないか?


前世の俺もそうだったし、たぶん世界が変わっても変わらないはず。


ヘイティ先生がうちに来て、もう六年ほどになる。


四年前に近くの街でそこそこの家柄の男性と結婚して、今は子持ちの奥さんだ。


しかも第二子は、今月末にも生まれる予定らしい。


産前はうちの公爵邸に滞在してもらっている。


街の病院よりも設備が整っていて、医者のレベルも高い。


まあ、うちの従業員福利厚生ってやつだ。


入室の許可をもらってから、俺とユーナはヘイティ先生の部屋に入った。


先生は侍女に支えられながら、部屋の中をゆっくり歩き回っていた。


ずっと部屋の中にいると退屈なのは分かる。


それに今はもう春も終わって、窓の外の花壇の花も枯れている。


ベッドに座っていたって、見るものがない。


「あらあら、クローディアお嬢様、ユーナちゃん。今日は授業もないのに、どうしておばさんのとこに来たの?」


ユーナも最近はヘイティ先生の魔法の授業に参加している。


しかも二つの属性に高い親和性を見せて、授業中もとても真剣に取り組んでいるらしい。


ヘイティ先生はユーナが奴隷として家に来た子だからといって、差別するようなことは一切しない。


知識の前では、出自なんて関係ない——そういうことだ。


「ヘイティ先生、先生って前にハーランドの学院に通ってたじゃないですか。授業のない日、みんなどうやって時間を潰してましたか?」


俺は単刀直入に聞いた。


ヘイティ先生はそういう堅苦しいやり取りが苦手なタイプだ。


回りくどい貴族風の言い回しをしても、かえって困惑させるだけだろう。


「そうねえ。授業終わりは、やっぱり近くの高級レストランで夕食、かしら。あとはティーサロンでアフタヌーンティーを楽しんだり、ね。学院の子たちって平民出身が多いでしょう? みんな将来の貴族を目指してるから、貴族の暮らしが覗けるようなお店が、息抜きになるのよ。でも、そういう感覚って、お嬢様には当てはまらないわよね」


……ごもっともです。


前の世界でも、高級レストランとかアフタヌーンティーって、庶民が憧れるものだった。


でも今の俺にとっては、それ、日常なんだよな。


普段が雑穀飯なら、たまに美味しいご飯が出てきたら感動する。


でも毎日ちゃんとしたご飯を食べてたら、それが「特別」じゃなくなってしまう。


俺が苦笑いしているのを見て、ヘイティ先生はくすっと笑った。


「そうだわ、お嬢様。もし休暇が暇すぎるなら、アムニト市の魔法学院に体験入学してみてはどうかしら。初等科の内容は一年前にもう全部終わってるでしょうけど——同い年の子と一緒に過ごす経験は、また別のものよ」


……その一言が、俺の頭を一気に覚醒させた。


そうだ。


学校って、知識を学ぶ場所だけじゃない。


同い年の、話の合う人間に出会える場所でもある。


前の人生では当たり前すぎて気にしてなかったけど——この世界に転生してから、ずっとそれが欠けていた。


俺はすぐにヘイティ先生に礼を言い、ユーナの腕を引っ張って部屋を飛び出した。


「あらまあ、若いって元気ね〜」


ヘイティ先生は二人の去っていく後ろ姿を見ながら、微笑んだ。


「……でも、クローディアお嬢様、あれだけ礼儀の授業を受けてて、まだ人の部屋を出る時にドアを閉める習慣が身についてないのね。礼儀の先生に一言言っておかないと」


……それを俺が知るのは、一か月後の礼儀の授業においてだった。


いい提案をもらったなら、すぐに動かなきゃ。


残り一か月しかないんだ。


一分一秒だって無駄にしたくない。


父上の書斎に飛び込んで、紙に書いた申請書を差し出した。


父上はそれをひと目見て、少し眉をひそめた。


でも、何かを考えるように間を置いてから、頷いた。


「……分かった、許可しよう」


「えっ、また即答!? 父上って、俺のことを甘やかしすぎでは?」


「別荘にも行けなかったしな。それに、お前の年頃は友達を作ることも大切だ。普段から貴族の授業ばかりじゃなく、もっと外で学ばせてやれたらよかったのだが」


父上は苦い顔でそう言った。


……実情は、分かってる。


我々フォンティーヌ公爵家は、ハーランド帝国の中でも辺境に位置していて、他の貴族とのつながりがほとんどない。


他の貴族から宴会の招待が来ることもない。


こちらから催しても、誰も来ない。


だからもうずっと家族だけで小さな食事会をするのが我が家の社交の全てだ。


帝国内では、人間以外の種族はひどく差別されている。


精霊族の俺たちが孤立するのも、当然といえば当然だ。


ただ、五年ごとに行われる皇帝の巡察だけは避けられない。


皇帝がわざわざ辺境まで足を運んでくるのは、我が家に圧力をかけるためだ。


父上アルフレッドから爵位を剥奪して、帝国全土を人間の支配下に置くために。


だから巡察のたびに、こちらのちょっとした言動を事細かく突いてくる。


礼儀の授業が厳しすぎるくらい厳しいのも、それが理由だ。


……皇帝め。


いつかぶっ飛ばしてやる。


「ありがとう、お父様! 明日からでも通うね!」


「身分は明かすなよ」


「変装魔法があるから大丈夫!」


父上の書斎を出て、自分の部屋に戻ると——


中途でいなくなったユーナが、椅子に座って縫い物をしていた。


そう、父上のところに向かう途中で「ちょっとお手洗いに」と言ってそのまま雲隠れしたあのユーナだ。


俺の部屋で呑気に手仕事してたのか。


……ん?


なんで俺の枕が椅子の上に乗ってるんだ?


まあ今はそれより大事なことがある。


「クローディアお嬢様、申請、うまくいきましたか?」


「うん、バッチリ! 行こうよユーナ、街の中に部屋を借りて、仮の学区房にしようよ」


「私も一緒に行くんですか? それに小姐、普通に一軒買えばいいんじゃないですか。……それより、学区房って何ですか?」


ユーナが首を傾けた。


純粋な異世界人に学区房の概念を説明するのは難しい。


「学区房ってのは、学校の近くにある家のことよ。買ったら後で管理人を置かないといけなくて面倒くさいし、借りた方が気楽でしょ。さあ行こっ!!」


ずっと家で過ごして、ずっと人との接触が少なかった。


久しぶりの自由な時間に、俺の体はじっとしていられない。


「でもその格好で行ったら、平民に見えないですよ」


そう言いながら、ユーナは俺の今日の服を指した。


淡い緑色の肩出しワンピース。


上質な生地は柔らかく光を受けてほんのり輝いていて、裾のレースは控えめだけど上品だ。


一目見たら「これ、庶民には無理」と分かる代物だ。


「……あっ、完全に忘れてた。じゃあ可愛いユーナ、平民らしい服を見繕ってちょうだい」


「っ……」


ユーナの頬が瞬時に赤くなった。


それから「もう」とか「仕方ないですね」とか言いながら、そそくさと部屋を出ていった。


……大きくなると、かあさんのことを煙たがるようになるっていうけど。


なんで俺が思い浮かべたのが「かあさん」であって「とうさん」じゃないんだろうな。


性別の問題か。


そんなことを考えていると、ユーナが両手に服を抱えて戻ってきた。


褐色の麻布の上下。


でも普通の麻布より繊維が細かくて、肌当たりはだいぶマシなやつだ。


着替えて姿見の前に立つ。


伪装魔法をかけると——どこにでもいそうな黒髪の人間の少女の完成だ。


でも、顔はやっぱり可愛い。


そこは変えなかった。


(変える理由がない)


ユーナは、前に俺が買ってあげた麻布の服に着替えていた。


ピンクの髪は伪装魔法で金髪に変えている。


……うん、可愛い。


でも——


「ユーナ、そっちの服、胸のあたりがちょっと苦しそうじゃない?」


ボタンが明らかに限界を訴えている。


去年買った服だから、サイズが合わなくなってきたんだろう。


成長期というやつだ。


……これは、新しい服を買ってあげないとダメかな。

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