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127. 懐かしい味

 ユーナは私の隣に座って、微かに身を乗り出し、目の前の皿に盛られたグラタンをじっと見つめていた。


 その瞳には好奇心と期待が溢れ返っている。


 陶器の皿はまだ出来たての熱気を帯びていて、黄金色のとろけるチーズが皿いっぱいに広がっている。今もジュウジュウという音を立てていた。


 細かな気泡が次々と湧き上がってはまた弾けて、濃厚なミルクの香りとチーズの塩気が混ざり合いながら、空気に乗って鼻腔の中へと流れ込んでくる。


 食欲をたまらなく刺激する。


 ユーナはスプーンを握る手をかすかに震わせて、指先でそっと皿の縁に触れる。


 またすぐに引っ込めた。まるで熱いものに触れることを恐れているようだった。


「クローディア様、これ……この白いドロドロしたソースって、本当にミルクから作ってるんですか?」


 細い指先が、皿の中の濃厚でなめらかなクリームホワイトソースをそっと指し示している。瞳の底には戸惑いが揺れていた。


 私はそっと頷いて、口元に穏やかな笑みを浮かべながら、丁寧に説明した。


「これはクリームホワイトソースだよ。私たちのエーリクセンにある乳汁とは、やっぱり少し違うんだ」


 少し間を置いてから、さらに付け加えた。


「私たちのところのミルクは特別な加工をしてないから、どうしても乳臭さが残って、舌触りもサラサラしてるの。だから作ったグラタンもそんなに香ばしくないし、食感もずっと落ちるんだよね」


 ユーナは真剣な顔で聞きながら、時折こくりこくりと頷いていた。


 ピンクのポニーテールが彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れていて、とても聞き分けのいい子のように見える。


 確かに私たちの世界では、グラタンはぜんぜん人気のある食べ物じゃない。


 濃い乳臭さが喉を通らないほどで、シャバシャバのソースはご飯にも絡みつかなくて、食べると口の中がパサパサするわ、しつこいわで最悪なのだ。


 だからユーナも普段、この料理を作ることはほとんどなかった。


 でもここ花の国のグラタンは、現代の製法で加工されていて、クリームホワイトソースの香りと粘度が絶妙なバランスに達している。


 嫌な乳臭さはなく、あるのは深いミルクの香りとチーズの塩気だけで、ユーナが驚くのも無理のないことだった。


「食べてみない?」


 私は笑いながら彼女を見つめて、指先でそっと彼女の手の甲に触れた。


 温かい感触が伝わってきて、ユーナの頬がほんのりと赤らんで、慌てたように頷いた。


 向かい側の佐藤さんが突然大げさな奇声を上げて、腕を組んで、恍惚とした表情で私たちを凝視している。


 分厚い唇をきゅっと一文字に結んで、そばかすだらけの顔は興奮のあまり薄っすら赤みを帯びている。


 考えるまでもない。このバカ百合オタクはまた頭の中で何かおかしな妄想を膨らませているのだ。


 高確率で私たちのちょっとした仕草を、何かドキドキするような場面として脳内補完しているに違いない。


 私は仕方なく白目をむいて、心の中でツッコミを入れながら、思わずユーナに声をかけた。


「熱いから気をつけてね、出てきたばかりだからチーズがまだすごく熱いよ」


 でもユーナはもう待てなかったようだ。


 私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、スプーンを手に取ると恐る恐る小さくひとすくいして、黄金色のチーズとクリームソースをまとった一口分を、そっと口の中に運んだ。


 溶けたチーズがスプーンに引っ張られて細い糸を引き、陽の光を受けてほんのり輝いている。


 ユーナは驚いたように小さく声を上げて、目をぱっと見開いた。


 その表情は好奇心から、みるみる感嘆へと変わっていった。


 濃厚なミルクの香りが口の中いっぱいに広がっていく。


 深みがあってなめらかで、乳臭さのかけらもない。


 チーズの塩気がちょうどよく、もちもちのご飯を包み込んでいて、口当たりは層を重ねるように豊かで、どこまでも余韻が続く。


「クローディア様!このクリームソース、本当に……!」


 声が急に詰まった。目元がじわりと赤みを帯びて、鼻の先もほんのりピンクに染まっている。


 手に持ったスプーンが微かに震えていた。


「今まで食べた中で、いちばん美味しいクリームソースです……私が作るより百倍、いえ千倍も美味しい……!」


 感動と満足で溢れるその様子を見て、私はつい笑ってしまった。


 テーブルのペーパーナプキンを手に取って、彼女の口元についたクリームソースの染みをそっと拭き取る。


 指の腹が何気なく彼女の頬をかすめた。


 その瞬間に肌から伝わってくる温もりを、はっきりと感じた。


 きめ細かくて柔らかいその感触に、私の心臓も思わずドキリとした。


 気持ちを確かめ合ってから、こんな何気ない触れ合いひとつでも、こんなふうにドキドキしてしまうなんて。


 まあ、四十三年間ずっと独り身だった私にしてみれば、こんなに可愛くて小さな子が傍にいてくれるだけで、恥ずかしくなってしまうのは当然のことかもしれないけど。


 この動作に向かい側の佐藤さんが、「ヒュー!」と大げさに息をのむ音を立てた。


 体がガクッと傾いて、危うく椅子から滑り落ちそうになっている。


 両手をわたわたと振って、興奮のあまり顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「なんですかこれ!? 神様みたいな尊いやりとり! 甘すぎて昇天しそう!!」


「うるさい、佐藤さん!」


 私は振り向きもせずにポテトのかけらを一つ投げた。


 指先で狙いを定めると、ポテトは正確に彼の額に命中して、ポンッと小気味いい音を立てた。


 佐藤さんは頭を押さえて、あからさまに不満そうな顔をしたけれど、もう声は出さなかった。


 ただこっそりと横目で私たちを盗み見て、口の端にはまだニヤニヤした笑みが残っている。


 どうやらさっきの場面をまだ心の中で反芻しているらしい。


 ユーナはこの一幕に吹き出して笑い声を上げて、頬の赤みがさらに深くなった。


 そっと私の袖口を引っ張る。


 私の頬もほんのり熱くなって、さも平静を装いながら顔を背けた。


 フォークを取り上げてトマトベーコンパスタを一口食べると、なじみ深い酸味と甘みが舌の上に広がっていく。


「気にしないで」


 私は小声で言った。


 でも声の奥には、自分でも気づかないほどの、ほんのりとした優しさが滲み出ていた。


「早く食べよ、冷めちゃうよ」


 ユーナは笑いながら頷いて、うつむいてまたグラタンを食べ始めた。


 口元には明るい笑みがずっと貼り付いていて、目元にまで笑みが溢れている。


 三人でテーブルを囲んで、グラタンの湯気立つ香りとトマトベーコンパスタの甘酸っぱい匂いが混ざり合っていた。


 佐藤さんは揚げ物の盛り合わせをばくばくと食べながら、花の国の面白い話をべらべらとしゃべり続けている。


 ユーナは食べながら時折顔を上げて相槌を打っていて、ピンクの長い髪が咀嚼するたびにゆらゆらと揺れている。


 陽の光が彼女の髪の毛の先々に降り注いで、温かみのある金色の光の輪を作っていた。


 私は椅子の背もたれに背を寄せながら、ユーナに目を向けていた。


 満足そうで嬉しそうに食べる彼女の様子を見て、心の底から温かい気持ちが込み上げてくる。


 前世の私には、三十年の人生の中で、こんな温もりを感じたことが一度もなかった。


 家族の傍らもなく、心を許せる友人もなく、毎日繰り返しの仕事と孤独な夜だけがあった。


 でも今は、こうして異世界のエルフの女の子に転生して、ユーナという真心で接してくれて、私のことを好きだと言ってくれる人が傍にいてくれる。


 しかも今は、自分が大切に想っている人を連れて、かつて自分が生きていた場所に戻ってきて、私が好きだったものを、私が大切に想う人に教えてあげることができる。


 こんな日々は、前世のどんな日々よりも、かけがえのないものだと思った。


 食事を終えて、会計を済ませ、私たちはレストランを出た。


 午後の陽射しはずいぶんと柔らかくなっていて、正午のような目を刺すような眩しさはない。


 体に降り注いで、ほんのりと温かみを運んでくる。


 微風がそっと吹き過ぎて、地面の落ち葉を巻き上げながら、私とユーナの髪をそよがせた。


 ユーナはまるで檻から解き放たれた小鳥のようで、私の手を引き離すと、ぴょんぴょんと跳ねながら前を歩き始めた。


 通りのあれこれに好奇心いっぱいでお目目が止まらない。


 その様子を見て、私は思わず笑ってしまった。


 普段のユーナはいつも真剣で凛としている。


 私の身の回りの世話をしていても、エーリクセン領の政務を処理していても、きびきびと有能でそつがない。


 でも今この瞬間、彼女はそのすべての真剣さを脱ぎ捨てて、世間知らずの子どものように、何もかもに純粋な好奇心を向けていた。


「クローディア様、見て! あの鉄の箱の中って、人が閉じ込められてるんじゃないの?」


 ユーナが突然立ち止まって、振り返り、私の腕をがしっと掴んだ。


 通り沿いの銀白色の自動販売機を指差して、ひそひそ声で言っている。


 声には警戒の色が混じっていて、隠し切れない怯えの気配もある。


 彼女の指が私の袖口をぎゅっと握りしめていて、指の関節が白くなっているほどだった。


 瞳の中には戸惑いが揺れている。


 彼女の指の先を目で追うと、思わず吹き出しそうになった。


 ただの普通の自動販売機だ。


 つるっとした外装に各種ドリンクのイラストが印刷されていて、硬貨を入れれば商品が出てくる。


 花の国の街角ではどこにでもある光景だ。


 でもユーナの目には、黙って立っていながら何かを「吐き出す」ことのできるこの鉄の箱が、何か危険な魔法装置のように映っているのだろう。


「あれは自動販売機だよ、中に人は入ってないよ」


 私はそっと彼女の手の甲を軽く叩いて、穏やかな声で説明した。


「飲み物を売るための機械なんだよ。硬貨を入れて対応するボタンを押すと、欲しい飲み物が出てくるの。花の国じゃよくある光景だよ」


「じ……自動はん……ばい……き?」


 ユーナは眉をひそめて、その聞き慣れない言葉をぽそぽそと繰り返した。


 瞳の中の戸惑いはさらに深まっていて。


「それって……でも、今確かに音がしてたよ。『いらっしゃいませ』って言ってたし……!」


 そう言いながら、彼女は恐る恐る一歩前に出かけて、またすぐに私の横まで引き戻った。


 警戒する姿勢で自動販売機を見つめている。


 エーリクセンの世界では、声を発するのは人間か、呪いをかけられた器物だけだ。


 動かないのに音を出せるこんな鉄の箱なんて存在しない。


 ユーナの警戒は、この世界に不慣れなことから来ているのだから、当然と言えば当然だった。


 ユーナが自動販売機についてこんなに深刻な誤解を持っていることを見た佐藤さんは、目をきらりと輝かせた。


 彼は即座に名乗り出て、自分の胸をドンと叩いて、分厚い唇をにかっと大きく開いた。


 そばかすだらけの顔いっぱいに得意げな様子が広がっている。


「ユーナさん、怖くないよ! これはただ飲み物を売ってるだけの普通の機械だよ。俺が実演してあげる、一目見れば絶対わかるから!」


 そう言いながら、ポケットから硬貨を何枚か取り出してユーナの目の前でひらひらさせてから、自動販売機の前まで慎重に歩み出た。


 そして硬貨を投入口にそっと入れた。


 ユーナは彼の一挙一動をじっと見つめていた。


 目をまんまるに開いて、ピンクの睫毛がかすかに震えている。


 息まで潜めて、細部も見逃すまいとしているようだった。


 佐藤さんはコーヒーの絵が描かれたボタンを押した。


 すると「ガタン!」と乾いた音が響いて、缶コーヒーが一本、取り出し口から転げ落ちてトレイの上に着地した。


 ユーナは驚いて危うく飛び上がりそうになり、反射的に私の後ろへと身を隠した。


 両手で私の服の裾をぎゅっと握りしめて、体が微かに震えていた。瞳いっぱいに衝撃の色が宿っている。


 しばらくたってから、彼女はようやくそっと首を出して、トレイの上で転がっている缶を眺めた。


 ずいぶん長い間ためらってから、ゆっくりと近づいて、その少し冷えた金属の缶にそっと触れてみた。


 指先が冷たい缶の表面にほんの少し触れた瞬間、まるで熱いものに触れたかのようにさっと引っ込めた。


 缶に噛まれるとでも思っているかのような、なんとも可愛くてつい笑ってしまいそうな様子だ。


「これって……からくり仕掛けなの?」


 彼女は小声で聞いた。自動販売機を見つめる瞳には、畏敬の念が溢れている。


「魔力もいらないし、職人の手も借りなくていい。


 硬貨を入れるだけで物が出てきちゃうなんて……すごい」


 私はその様子を見て思わず笑い、手を伸ばして彼女の長いピンクの髪をくしゃりと撫でた。


 指先が柔らかい髪の毛の間をくぐり抜けていく感触が心地よかった。声は優しい。


「からくりじゃないよ。これはここの科学技術なの、私たちの魔法とは違うんだよ」


 佐藤さんも傍らで頷いた。


「そう! ユーナさん、これが科学の力ってやつだよ!」

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